4話▶️これぞオタ道!
綺麗に咲き誇っていた桜も、人々を魅了する役目を終え、今となっては所々新緑の葉が顔を出していた。
俺の高校生活は早くも週末を迎えていた。
日に日にクラスメイト同士の仲は深まり、個人的に連絡先を交換したり、仲良しグループができるまでになっていた。一方……俺自身はクラスに馴染めていない、と感じていた。席が近い大八木くんは厚意に接してくれているが、特別仲がいい、とも言い難い……そんな存在だ。
教室に入るなり、毎朝のように「おはよー」とあちこちで聞こえてくる。俺はいつものように、陽キャたちの塊の後方を通りすぎ、どさくさに紛れるように自分の席に行こうとした――。
「神蔵おはよ~」
突然の名指し挨拶に俺は驚いた。
「え……あ、おはよぅ……」
語尾にかけて声が小さくなるのも俺自身、気付いていた。
――俺、存在を消していたと思ったのだが、上手く消せていなかったのか……こんな俺にでも声をかけてくれるんだな……ま、気まぐれかもしれないけど。それか……学級委員という役職に就いているがゆえの認知度なのか!?
そんなことを考えながら自分の席へと向かう。俺の隣には既に雫石さんが登校し、いつものように小説を読んでいた。小説にはカバーがされており、タイトルが見えない……。見かけによらず、真面目な雰囲気が漂う雫石さんから俺は視線をはずせないでいた。
「何か言いたいことでもあるの?」
「ふぇっ!な、何読んでるのかと思って……」
――はっ!思わず思っていることをまんま聞いてしまった!俺、デリカシーなさすぎだろ!
「……クプラニのサイドストーリー」
「クプラニって……もしかして最近発売された
「そう」
「俺、予約特典で悩んだんだよなぁ。本屋で予約するとしおりが付いてくるけど、アニショップだと4人のオフショットが付いてくる、っていう点でアニショップにしたんだよなぁ。雫石さんは予約して買ったの?それとも発売と同時に買ったの?」
「えっと……私もアニショップで予約した……」
早口で話す俺に対して、小声で答える雫石さんの姿を見て俺は察した。
――あ……やってしまった……。ついつい嬉しくなってオタク独特の早口かつ前のめりになってしまった。……あぁ、おしまいだ。
「クプラニ、って何?」
後ろを振り向きながら大八木くんが問いかけてきた。
「簡単に言うとアイドル育成ゲーム」
「へぇえ……聞いたことないな~」
「これだよ」
俺はスマホでゲームアプリを開き、画面を大八木くんに見せた。
「あぁ!見た事ある!アニメしてたよな!」
「去年第1シーズンをしてて、今月から第2シーズンが始まってるんだよ」
「凛人、すっげぇ好きなんだな!目がキラキラしてる」
「は!……うん……俺、オタクなんだ……たぶん気付いていたんじゃないかな?」
これまでの俺だったらオタクであることを隠していたはずだが、不思議と隠さなくてもいいような気がしていた。
「私は別にいいと思うよ」
「へ?」
――雫石さん!?
「人には多種多様があっていいと思う。かくいう私も……オタだし……」
「雫石さん……」
「誰にだって知られたくないことはあると思うけど、殻を破ることで……仲良くもなれるでしょ」
少し照れ気味に話す雫石さんの表情に、俺の胸はキュン、と高鳴り始めた。
「俺も始めてみようかな」
「おっ、いいね!初回登録時にSSRガチャが回せるんだけど、自分のお気に入りの子が出るまで回せるんだよ!俺のおすすめはね……」
キーンコーンカーンコーン―—。
授業開始の鐘が鳴り、1限目の準備ができていなかった俺は慌てて鞄から教科書とノートを取り出したのだった。
「また昼休みに教えて」
「りょ!」
雫石さんが言った「人には多種多様があっていいと思う」という言葉を頭の中で何度も繰り返してはニヤけそうになる衝動を抑えていた。
――早く昼休みにならないかなぁ。
俺自身、殻に閉じ籠ったまま3年という歳月を過ごすのかと思っていた。だけど、こうして共通の趣味で仲良くなれるのであれば殻を破るのも悪くない。
強いて言うなれば、こうして雫石さんと同じクラスかつ隣の席、という優越感に浸れてしまう俺自身を誇りに思っていた。
◇◆◇◆——
最近気づいたことだが、ここ数日昼休みに他クラスの生徒がちょくちょく扉越しに誰かを覗きに来ていた。たまたまトイレから戻った時に、本人には聞こえない大きさの声で話しているのを聞いてしまっていた。
「ほら、あそこに座っている人やで」
「かわいい、というよりキレイやな」
他クラスの生徒の目線の先にいるのは、紛れもなく雫石さんだった。
「一昨日やったかなぁ、5組のやつが告って振られたらしいぞ」
「まじか……俺も彼女にしたいけど、そもそもの共通点がないしなぁ。今度の交流会で仲良くなれるかな」
「お前やったらできるかも!」
「頑張ってみよかな~」
――なぬ!こいつら……雫石さんとワンチャン狙ってんなぁ……許せないっ!……って言っても、俺だって別に大したレベルないしな。
独りでに怒りを露わにしても、何事もなかったかのように落ち込む、ただただ虚しい気持ちになるだけだった。俺は他クラスの生徒の後ろからこっそりと教室へ入るしかできなかった。
雫石さんの魅力が校内に広まるのは、まだもう少し先のことになるだなんて、この時の俺は知る余地もなかった――。
◇◆◇◆——
4限目の授業を終え、待ちに待った昼休みがきた。
いつものように机ごと俺の方を向く大八木くん。俺の隣には自分の席で昼食の準備をする雫石さんの姿——。
「雫石さんもこっちで一緒に食べればいいのに」
「何度も言ってるけど、私はここでいい」
「ははは……大八木くん、懲りないね……」
――俺も今のままでいいと思う。雫石さんが近くに座った状態で落ち着ける自信なんてないし。なんなら今でもまだ緊張して心臓バクバクなんですよ……。大八木くんよ……俺の気持ちなんて知ったこっちゃないだろう。
独り言を心の中で呟き、俺は至って冷静な態度で弁当箱を開けた。
「うおっ!美味そう!オムライスじゃん!」
「うん。俺、父さんが作るオムライス好きなんだ」
「おとんが作ってくれるとか最高じゃん!俺のおとん……なんもせんで、いつもおかんに怒られとる。俺よりも子どもって言われてるわ」
「そうなんだ……」
「大八木、食べながらでもアプリ開けるでしょ。初回ダウンロードに時間かかるんだからさっさと開けて」
雫石さんの突然の参入に大八木くんは驚いていた。
「お、おぅ!そうだな」
聞き慣れた音楽とともに大八木くんのスマホ画面には【クプ☆ホクラニ】のタイトルコールをする、
初回ダウンロードで時間を要する間、俺は大八木くんにクプラニの大まかな内容について語り始めた。
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