36話 近くて遠い距離感

 彩菜と一緒に納涼祭へ出掛けた翌日――。

 気怠い身体を無理やり起こし、恐る恐るスマホを見た。が、彼女からの返事はなかった。

 

「……読んではくれたみたい」

 

 既読が付いていただけでも、俺はほっと胸を撫でおろしていた。

 予定を確認するためスケジュールアプリを開き、俺は思わず息をのんだ。


「……まじかぁ」


 残りの夏休み数日に予定されているバイトで、彩菜と被って入っている日は1日もなかった。このまま話をすることなく、新学期を迎える恐れがあるのではないかと思った。だが、彼女の方から連絡がなければ俺としては何もできない。


 ――どうしたらいいんだよ……。


 そんなことを悶々と悩んでいたが、バイトの時間が刻一刻と迫っており、俺は慌てて準備をして家を出た。




「……ん。……らくん。……神蔵くん、ってば!」


 商品の並び替えをしている横で、俺の名前を呼ぶ店長の姿があった。


「……っ!はい、すみません」

 

 ――やべぇ!今は仕事に集中しなきゃいけないのに、何やってんだよ!


「今日の神蔵くん、ちょっと変だよ。何かあった?」

「……いえ、何もありません。ご迷惑かけてすみません」

「いや、迷惑はかかってないよ。ただ、今日来てからずっとぼんやりと考え事をしているみたいだからさ……。まぁ、私にできることなんて何にもないんだけど、話は聞くよ」

「……でも」

「そうやって1人で悩んで解決しない時は、誰かに話をしてみてもいいんだよ。話すことで、気分もすっきりすると言いますか、アドバイス的なことも貰えちゃうかもしれないからね」

「……店長」


 俺は店長の言葉に甘えるかのように、ぽつりぽつりと話し始めた。――彩菜が彼女であることは伏せて……。


「う~ん……。彼女の身内が神蔵くんの憧れの人だったと。で、彼女の誤解を解くために連絡しても返事はないと。大まかな情報は合ってるかな」

「……はい」

「……青春だねぇ」

「へ?」


 店長の思いも寄らない返事に、俺は思わず腑抜けた返事をしてしまった。


「あ、ごめん。別に嫌味とかじゃないんだよ……。ただね、若いなぁ、と思ってね」

「店長って……おいくつなんですか」

「38だよ」

「えっ!?」

「その反応はどっちのなんだろうか……。もうちょっと老けて見える、なのか……若いよ、なのか」

「若く見えます!」

「……なんか無理やり言わせた感が否めないけど……、その優しい気持ち、有難く受け取っておくね。……って、私の話は別にいいんだよ。神蔵くんの事だよ」

「そうでしたね。……俺はどうすればいいでしょうか」

「う~ん……。ちゃんと話し合った方がいい、としか言えないね。すぐに連絡を取ることが難しいなら、少し日を空けてメールするとかはどうだろうか。彼女も彼女でどう連絡していいかわからないだろうし、他愛ない内容を送るといいんじゃないだろうか」

「……なるほど!店長、ありがとうございました」

「……あ、うん。私は別に何も……」


 ――店長の言葉はなんか重みがあるな……。やっぱ、俺よりも大人なだけあってアドバイスが適格な気するし。


 俺は、店長と話をして沈んでいた気が晴れ、その後はミスなく仕事をこなすことができた。




 ◇◆◇◆


「雫石さん、この商品のことなんだけど……。ってな感じで……って、雫石さん?おーい、雫石さ~ん」

「えっ!?……あぁ、はい。この商品……、なんでしたっけ」

「やっぱり聞いてなかったのね」

「本当にすみません。仕事中なのにすみません」

「……なんかあったの?」

「え?」

「いや、いつもならシャキッとしてるのに、今日は来た時から上の空と言うか、いつもと違うなぁ……って思ってね」

「少し……考え事をしてて。……だからって、仕事中に考え事をするなんて。本当すみませんでした」


 ――私のバカっ!なんで目の前のことに集中できてないのよ……。


 店長に頭を下げながら、ふとあの日の事を思い出していた。

 納涼祭の日、凛人の最推しである私の姉があの場に現れるなんて、私ですら予想していなかった。あの時の彼の表情が、今でも頭から離れない。そりゃそうでしょ……。私だって、推しが突然目の前に現れたら固まって何にもできないでいると思うもん。……かと言って、私の態度もたいがいだよね……。メッセージもろくに返せないなんて、本当に情けないよ。


 アニショップ内で商品の入れ替え作業をしようと思い、運んで来た段ボール箱を開け、私はそのまましばらく固まってしまった。


 ――まさかの……クプラニ商品!?それも、凛人の好きな【PiliNaピリナ】特集!


「……はぁ」


 誰にも聞かれないように吐いたため息だったが、タイミングよく通り過ぎようとしていた先輩に聞こえていたようだ。


「えっと……、僕……、何かしたかな」

「いえ。先輩は全く悪くありません。私個人の問題ですので、お気になさらないで下さい」

「あ、はい」


 そそくさと私の隣を通り過ぎ、バックヤードへと戻る先輩の背中を見送り、私は凛人の事は一旦考えず、作業に集中することとした。

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