37話 大人の勘
私は薄々何かを感じ始めていた。
ここ数日、2人の高校生の様子がいつもと違う事に――。
事の発端は8月初旬のこと。
いつも、業務開始10分前には店内の倉庫で作業を始めるはずの姿が見当たらず、スタッフ控室へ私が赴くと机に突っ伏したままの神蔵くんを発見した。
「神蔵くん!?」
「……あぁ、店長……。って、もうこんな時間!?」
「そんなに慌てなくても、まだ始業時間じゃないから大丈夫だよ」
「……すいません」
その後も、せっせと業務をこなす反面、時折上の空な様子を見受ける機会が多く、私は心配になって話を聞いてみることにした。
「う~ん……。彼女の身内が神蔵くんの憧れの人だったと。で、彼女の誤解を解くために連絡しても返事はないと。大まかな情報は合ってるかな」
「……はい」
――ほんの些細なことでも、若い子たちには大きな衝撃になるんだなぁ……。私が神蔵くんくらいの年齢の時って……、いかに親に隠れて悪事を働くかを考えていたかもしれないな。
「……青春だねぇ」
気づけば私はそう呟いていた。
「へ?」
――あれま……。何かまずいことでも言ったかな。
その後、私は神蔵くんに的確なのかわからないようなアドバイスをした。
「う~ん……。ちゃんと話し合った方がいい、としか言えないね。すぐに連絡を取ることが難しいなら、少し日を空けてメールするとかはどうだろうか。彼女も彼女でどう連絡していいかわからないだろうし、他愛ない内容を送るといいんじゃないだろうか」
「……なるほど!店長、ありがとうございました」
「……あ、うん。私は別に何も……」
――神蔵くんって、本当素直なんだよな……。というか、私が答えても良かったのだろうか……。同世代の子たちに聞いたりはしないのかな、なんて言うとお節介甚だしいと思われちゃうか。
私は、どことなく清々しい表情をして作業に移る神蔵くんを見てホッとしたまま、私自身の仕事を始めた。
◇◆◇◆
別の日――。
神蔵くんと同じ高校で同級生の雫石さんと作業をしている最中――。
「雫石さん、この商品のことなんだけど……。ってな感じで……って、雫石さん?おーい、雫石さ~ん」
「えっ!?……あぁ、はい。この商品……、なんでしたっけ」
「やっぱり聞いてなかったのね」
「本当にすみません。仕事中なのにすみません」
雫石さんはどんな仕事でもテキパキとこなし、私が指示する以上の働きをしてくれることもあってか、ついつい頼み過ぎてしまうことがある。そんな彼女が、私の話をスルーしてしまうだなんて思いも寄らなかった。
――雫石さん、あんまり自分の事を誰かに話す仕草がないし、どちらかというと近寄り難い印象を受けやすいよね……。だけど、いつもとは違う様子なのをほっとけるわけないし……。
「……なんかあったの?」
「え?」
「いや、いつもならシャキッとしてるのに、今日は来た時から上の空と言うか、いつもと違うなぁ……って思ってね」
「少し……考え事をしてて。……だからって、仕事中に考え事をするなんて。本当すみませんでした」
――これはあんまり聞かない方がいいやつだ。しかも、異性である私が踏み込みすぎるとセクハラとかになってしまうかもしれない……。にしても、前にも似たようなことがあったような……。
新商品の入った段ボール箱を持ち、商品展開をしている場所へ移動する彼女の後ろ姿を見つめながら、私はある事に気づいた。
――そう言えば、神蔵くんも何かに悩んでいたよな……。同じようなタイミングで、雫石さんも悩んでいる。ってことは、もしかして2人は……!?
そんな事を考えていると、私の後ろからひっそりと声を掛けてきた人物がいた。
「……店長」
「……っ、
「あぁ、驚かせましたよね……、すみません」
「いや、気にしなくてもいいんだよ。で、何かあった?」
「僕思うんですけど、神蔵くんと雫石さん、付き合ってますよね」
「……っ!?」
――いつも何を考えているかわからない安平くんだけど、こういう勘だけは鋭いと言いますか、よく人の事を観察しているとでも言いますか……。
「なんか今、店長が僕の事で考えを巡らせているとは思うんですけど、それは一旦置いておいてくださいね」
「あぁ……、はい。……それよりもなんでそう思ったの?」
「2人の様子がどことなくおかしくなったタイミングが同じ、神蔵くんが言うに、会いたくてもすれ違いのシフトだからどうのこうのとか言ってたました。同じバイト先の可能性があること、このアニショップ内に神蔵くんと近しい年齢の人は雫石さんしかいないこと。色々と考えた故に、神蔵くんと雫石さんは恋人同士かと……。まぁ、僕の勘なんでそこまで信憑性はありませんけどね」
――安平くん……。私よりも推理力があったよ。
心の中でそう呟きながら、私は若い2人の悩みが解決するように願うばかりだ。
――若いっていいな……。そいやって悩んで、君たちは大人になっていくんだよ。
「店長、他店から問い合わせの電話がきてます」
「あぁ、すぐに対応する」
――機会があれば、バイトの子たちとご飯でも行きたいな。
そんな事を考えながら、私はバックヤードへ足を早めた。
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