38話 思わぬ事態

「はぁ……」


 俺は今日何度目かわからないため息を吐くと、愛猫の玉三郎が足にすり寄って来た。


「にゃ」

「そうやって俺の事を慰めてくれるのか、……お前は優しいな」


 玉三郎を抱き上げ膝の上に置くと、彼はその場で身体を丸め、瞼を閉じかと思うと一定のリズムで身体を上下に動かしていた。


 ――俺が傷心気味なのに気づいてくれたのか?……アニマルセラピーってやつかな。


 そんな事を考えながら、俺は彼の背中を優しく撫でながら音沙汰のないスマホを見ていた。

 夏季休暇の課題を一通り終えた俺は、休み明けの期末試験へ向け、全教科の総復習に取り掛かっていた。中間試験と期末試験の大きな違いは、試験範囲が広いことに加え全教科の試験があることだ。その総合得点で上位5名に入れば、中間試験時同様、掲示板に貼りだされる。前回貼り出された彩菜や俺は、なんとしても順位を維持、もしくは順位を上げなければならないというプレッシャーもある。


 ――変に頑張ってしまったからなぁ……。全科目で8割取れたらいいけど、このままだと取れる自信がない……。


 彩菜のことが気になりすぎて、全く勉強に集中できないでいた。


 ♪~♪~――。

 着信を知らせる音に驚いたのか、玉三郎が慌てて膝の上から飛び降り、俺の部屋から出て行ってしまった。

 スマホ画面に映し出された名前を見て、俺はあまり乗り気でなかったが、スピーカー対応をして電話に出ることとした。


「……もしもし」

『おっひさ~!凛人、元気しとった?』

「変わらずやけど。……そういう大八木くんは元気そうやね」

『おぅ!俺から元気取ったら何にも残らへんやろ』

「……用事がないなら切ってもいい?」

『ちょいちょい待ちぃ。用がなければ電話なんぞせんやろ』

「ご用件は?」

『……ごほん。当たって砕けたわ、俺』

「……は?何、どういうこと!?」

『美香ちゃんに告白して、見事に振られた、って言ってんの!』

「へぇ……、そう、なんだ」

『え、それだけ?他に何か言ってくんないの!?振られた友達を慰めるとかないわけ?』

「いや……言うてなんやけど、大八木くん落ち込んでなさそうやん」

『……まぁ、立ち直るまで時間かかったんやけどな』


 大八木くんの話としては、夏休みに入ってすぐに短期バイトを開始。お小遣いを貯め、野辺さんとの夏祭りを楽しみにしていたそう。だが、野辺さんと2人っきりで祭りに行くという望みは叶わず、野辺さんの友人も交えての祭りだったそうな。機会を伺って2人っきりになったタイミングを見計らい、想いを伝えたものの――。


『悠ちゃんの気持ちは嬉しいんだけど、あたし……今、付き合ってる人がいるんだ。だからごめんなさい。って!』

「あぁ、うん」

『けどさ、なんと言うか、言い方がね、可愛かったの。だから俺もそこまでダメージがなかったんだけど……!』

「まだ続きがあるの?」

『……美香ちゃんの彼氏、特進クラスの人だったんだよ!』

「……そら敵わんな」

『くぅ……。俺……、俺……。期末で凛人に勝つからな!』

「それが言いたかったの?」

『そうだよ!』

「……そっか、きっと今の大八木くんなら俺に勝てると思うよ」

『……なぁ。なんかあった?』

「いや、何にもない。ちょっとこれから用事あるし電話切るよ」

『お、おぅ。いきなり電話してごめんな』

「ううん。久々に声聞けて良かったよ。……また学校でね」

『あいよー』


 久々に友人の声を聞き、俺はどこかほっとした気持ちでいっぱいだった。


 ――大八木くん……、振られたのかぁ。


 ぼんやりとそんな事を考えながらスマホを見ると、俺が待ち望んでいた人からのメッセージが来ていることに気づいた。


「彩菜っ!」


 俺は速まる鼓動を抑えるように深呼吸し、スマホのメッセージアプリを開いた。


『明日、時間あるかな。話したいことがある』


 ――これって……、もしかして別れ話……とか!?


 俺の気持ちはずーんと沈み、とりあえず彩菜との時間調整をした後、何も手につかずふて寝するようにベッドへと潜り込んだ。


 ――短い間だったけど、あんなに綺麗で可愛い子と付き合えて……俺は幸せ者だったよなぁ。……これが夢ならいいのに……。


 夜が明けると同時に、彩菜との幸せだった時間が終わるのかと思うと、寂しい気持ちでいっぱいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る