39話 1%の望み

 目覚ましで設定した時間よりも前に俺は目が覚めてしまった。


「……はぁ。今までで一番来てほしくない今日が来てしまったなぁ」


 重たい身体を無理やり起こし、俺は出掛ける準備へ取り掛かることにした。

 約束の時間まであと2時間――。鏡の前で表情の練習をしようと思うも、一体どんな表情をすればいいのかわからず、俺はその場で項垂れていた。


「にゃぁ」


 落ち込みが激しい俺の足元には、玉三郎が喉をゴロゴロと鳴らしながらすり寄って来た。


「玉……、俺が落ち込んで帰って来ても、今みたいに慰めてくれよなぁ」

「んにゃ!」


 俺が抱きかかえようとするも、気分が乗らなかったのか、そのまますり抜けて立ち去ってしまった。


「おいおい、この世の終わり、みたいな顔になってるぞ」

「……父さん、俺はもうおしまいだ」

「何言ってんだ。男ならもっとシャキ、っとしなさい」

「父さんにはわかんないよ……。振られる男の気持ちなんか……」

「まだ振られると決まったわけじゃないんだろ?」

「99パーは振られるね」

「じゃあ父さんは残りの1パーに賭けようかな」

「何を賭けるのさぁ……。第一、もうほぼ確定だかんね、……俺が振られるの」

「そんなことはないと思うけどなぁ。ま、こればかりは父さんが言えたことじゃないからな。……何にせよ、しっかりと話し合ってくるんだな」

「……わかってるよ」

「さ、そうと決まれば腹ごしらえだ!朝から豪勢にするか?」

「いつも通りでいいよ」


 父と話しただけで少し気持ちが楽になった俺は、心の中で感謝しつつ、父とともに朝食を済ませた。

 自宅を出た足取りは重く、彩菜と待ち合わせをしているカフェに辿り着きたくない一心だった。


「……はぁ」


 無情にも待ち合わせ場所に早く着いてしまった俺は、スマホを見つめていた。

 そこに映るのは、納涼祭の日に撮った仲睦まじい様子の彩菜と俺の姿だった。


 ――なんか……、すごく昔のようだけど、そうでもないって不思議だよな……。


 スマホをポケットに入れ、俺はしばらく地面を見つめていた。

 顔を上げて辺りを見てしまうと、どこか切ない気持ちになる俺自身がいた。


 ――このまま彩菜が来なければ……。


 そう思った矢先だった――。


「凛人っ!」


 俺の名を呼び、走って来る彩菜の姿が目に入って来た。


「え?……早く……ない?」

「それ、凛人が言う?待ち合わせの時間まで、まだ20分はあるよ」

「彩菜こそ……早いじゃん」

「う、うん……」

「というか、もう店に入ろっか。このまま外に居ると暑くて汗が流れてきそうだから」

「うん、そうしよ」


 彩菜と俺は並んでカフェへと足を踏み入れた。

 店員に案内され、カウンター席で隣り合うように座るや否や――沈黙の間が続いていた。


「……何か、頼もうか」

「……そだね。私、アイスカフェラテにしようかな」

「わかった」


 俺は店員に声を掛け、アイスカフェラテを2つ注文した。


 ――彩菜の誤解を解くために、何か話さないと……。けど、俺から言うのも……。何か話せばこの関係性も崩れてしまうんじゃないかな。このまま終わっちゃうのかな。


 ぐだぐだと考えているうちに、火照った身体にはちょどいい、アイスのカフェラテが届いた。

 一口口に含み、飲み込んだ俺は意を決して話そうと口を開いた。


「あのさっ」

「あのねっ」


 見事なまでにハモった。


「……彩菜からどうぞ」

「え?……でも」

「いいんだ、俺はもう覚悟できてるから」

「……覚悟?」

「振られるなら、潔く振られたいんだ!」


 ――わぁ……、言ってしまった……。けど、もうこれで後戻りできない!


「振られるって……、なんのこと?」


 俺がふと隣を見ると、状況が理解できていないように目を丸々とさせる彩菜の姿があった。


「……別れ話、じゃないの?」

「え、私たち……別れちゃうの?」

「ん?……違うの、か」

「私っ!凛人と別れたくないよ!その……私がちゃんと伝えていなかったから悪いんだけど、今日凛人を呼んだのは……この間のことを……話したくて」

「俺も彩菜に言いたいことがある!」


 俺の言葉に少しだけ驚いた彼女だったが、俺は気にすることなく話を続けた。


「メッセでも伝えたことなんだけど、確かに俺は水梨愛菜さんのファンだよ。綺麗だし、何よりあの透き通った声が好きなんだ。でもっ!この好きっていうのは、ファンとしての好きであって、恋愛として好きってわけじゃないんだ。俺が好きなのは……彩菜なんだよ」


 俺は必死に想いを伝えた。

 言ってる途中から、顔が熱くなるのをお構い無しになるくらい必死だった。


「……凛人」


 か細い声で呼んだ彩菜の顔は、俺の熱が移ったかのように真っ赤だった。

 

 ――恥ずかし……。けど、あんまり人がいなくて良かったかも……。


 店内には数人の客がいたが、それぞれ集中して作業をしているため、俺たちのやりとりは聞かれていない……と、俺は俺自身に言い聞かせていた。


「なんか……一方的に話しちゃってごめん」

「ううん、私の方こそ……凛人の話をちゃんと聞かずにごめん。……連絡もしないなんて本当、最低だよね」


 落ち込む彩菜の手を、俺はそっと握った。


「元はと言えば、俺があの時に男らしい所を見せるべき、だったと思うんだけど……。状況をくみ取るのに時間がかかり過ぎた上に、どう声を掛けるべきかわかんなかった。だから……彩菜はなんにも悪くないよ」

「……うん。……大事なことは、こうやってきちんと話さないといけないって学べたね。……勘違いが晴れて良かったぁ」

「その……、俺……、彼女ができたの初めてだし、どうしていいかわかんないときがあるんだけど……。彩菜、何か俺にして欲しいこととかあったら言ってね!」

「う、うん」


 お互いの気持ちを話せてすっきりした頃には、頼んでいたカフェラテが溶けた氷で薄まってしまっていた。

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