18話 終わらぬ推しトーク

 キーンコーンカーンコーン――。

 4限目の授業終了を知らせるチャイムが鳴り、ようやく訪れた昼休憩ランチタイム

 いつものように、大八木くんが机と一緒に振り返り、ゴトンと机同士を合わせた。


「なんか全然やる気になれない……」


 そう言いながら、コンビニで買ったおにぎりのビニールを剥がす大八木くんの表情は、確かにやる気がにように見えた。


 ――いつも以上にテンションも低いし、試験結果以外のことで何かあったのかな……。


「大八木くん、なんかあった?」

「……う~ん」


 シュンとした表情でおにぎりを一旦机の上に置き、俯く姿を見ていた俺と雫石さんは、少し心配になりながらも彼の言葉を待っていた。


「俺……、今回の試験結果が良ければ、バイトするはずだったんだよ!」


 瞳をうるうるさせ、唇を噛みしめるように言い放った大八木くんに対し、俺も雫石さんも言葉を失いそのまま固まってしまった。


「えっ……?なんでだんまりなの?」

「あぁ……なんと言うか……ねぇ」


 ――雫石さん、ごめん……。俺がなんと言っても大八木くんには喧嘩を売ってしまう……。ここは女の子から言って欲しい……。


 心の中で謝罪しながら俺は片手で頬を掻き、助けを求めるように雫石さんの方に視線を向けた。その事に気付いた雫石さんは、表情ひとつ変えずに応じてくれた。


「なんで試験結果でバイトする、しないになんの?」

「それは……親と……そういう約束をしたから」

「結果が出なかったんだったら仕方ないんじゃない」

「うぅ……ごもっともですぅ」


 ストレートパンチが華麗に決まり、大八木くんはノックアウトされたように意気消沈していた。


「まぁ……期末で頑張ればいいんじゃない?」

「……そう簡単に言う」

「期末試験までまだ時間はあるんだし、今からコツコツと勉強すれば結果が出ると思うよ」

「なんだよなんだよぉ!ベスト5入りしてる2人にはわかんないでしょうがよ!」


 息を吹き返した大八木くんは、ばくばくとおにぎりを口一杯に頬張り始めた。


 ――まだ怒ってるのかな……。


 俺は大八木くんの事を気にかけながらも、お弁当を食べ進めた。


「そう言えば、なんでバイトしようと思ったの?」

「それはだな……推し活するにしても……お金がなければできないじゃんか」


 耳まで赤らめ、ほんのりピンク色に染まる頬、上目遣いで見上げる姿――。


「もっ、もしかしてっ、推しができたの?」

「凛人っ!声が大きい!」

「……ごめん」


 慌てて両手で口元を押さえ辺りを見渡したが、そこまで俺たちの話に興味を示す人はいなかった。


「で、誰推しになったの?」


 少し前のめり姿勢で聞こうとする俺を引き気味に、大八木くんは躊躇いながらも小声で推しの名を教えてくれた。


「【LiNoリノ】のNonoののちゃん」

「ののちゃんかぁ」

「そう……。もうマジで可愛い!可愛いし、歌声とか天使みたいな声なんだよ!アニメも見始めて、1話目から俺号泣~」

「確かに……1話目から涙腺やばいよな。けど……、これからもっとだから」

「メインストーリーも進めてるんだけど、あんなに頑張って頑張ってトップを目指してるのに、なかなか結果が伴わなくて苦戦する姿……切なすぎるんだよぉ」


 俺たちが熱く語っている姿を見ながら、紙パックのコーヒー牛乳を飲む雫石さんがぼそりと呟いた。


「大八木はLico《リコ》を選ぶかと思ってた」

「りこちゃんも悩んだんだよ……けどさ、ちょっと気が強いところあるじゃん。俺との相性が悪い気がしちゃってさ」

「……相性って」


 【LiNoリノ】はきらきら輝くガールズコンビ。お互い、トップアイドルを目指すために地方から上京。数々のオーディションを受け、ようやく巡り合った2人だったが、互いのプライドが嚙み合わず、衝突する日々……。マネージャーであるユーザーも彼女たちの間に入るも、なかなか打ち解けられず、解散の危機に直面してしまう。そんな時、同じクプラニの【'AmOアモ】のライブに感化され、2人は少しずつ歩み寄り、アイドルとしても成長していくのだ。


「ののちゃんと、りこちゃんがバッチバチに言い合う場面とか、今をときめくアイドルじゃないよ!どっちの言い分もわかるんだけど、どっちかの味方にもなれないマネージャーの立ち位置も大変だったし……俺、アニメ何回も見ちゃってる」


 熱心に語りながら目を潤ます姿を見て、俺も泣きそうになっていた。


「推しが尊い気持ち、わかってもらえたかな」

「わかった……これが推しなんだ……って思えた。んでさ、推しができるとその子に貢ぎたくなるんだよね。つまり……お金が要るんだよ!」

「あぁ!それでバイトか!」

「そう!……俺、部活も辞めずに高校生活を送りたいんだよ!そのためにはさ、勉強もきちんとできるアピールをしなきゃ、わがままを認めてもらえないの!わかる?……クラスベスト5に入れば、納得してもらえるはずだったんだよ」

「……そっか」


 俺はその後、なんて言葉をかければいいかわからなかった。

 雫石さんも同じだったのか、その後はしばらく無言でそれぞれ食事をしていた。


「あっ、ここで言うのもどうかと思うけど、私……バイトが決まった」

 

 雫石さんの思いもよらない発言に、大八木くんは悔しそうな表情だった。


「……くぅ。このタイミングで言いますぅ」

「まぁ、後は期間限定でバイトをしてもいいか聞いてみるしかないかもね」

「ん?どういうこと?」

「……夏休みとか」

「夏は夏でイベントが多いじゃん!海行って、花火大会に行って、祭りに行って……俺の隣には可愛い彼女がいて」


 ――あぁ……。変な妄想が始まった……。


 俺はその場から逃げるかのようにお弁当を片し席を立った。その様子を見ていた雫石さんも同じように片し、鞄から何冊か本を取り出しながら大八木くんに向かって言った。


「俺、トイレ行ってくるわ」

「私も図書室に借りてた本を返しにいくわ」

「……お、おぅ」


 少し寂しそうな大八木くんだったが、これ以上あの場にいると彼の妄想トークが止まらなくなるため、逃げるが勝ちだろうと思い、2人してその場から急いで離れることにした。

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