23話 夏に向けて

 球技大会で俺自身の気持ちに気付いて以降、俺の目には雫石さんの事が誰よりも輝いて見えるようになってしまった。

 授業中……、休み時間……、バイトで重なった日も……。他の女子には見えない、キラキラとしたオーラが雫石さんの周りに見えていた。


 ――これは重症だ……。最近の俺は何かがおかしい。集中するにしても全然集中できていないし、今までならしなかったちょっとしたミスもしてしまう始末……。


「はあぁ……」


 盛大な溜息を漏らしていると、同じように隣で溜息を吐く大八木くんの姿があった。


「いつもテンション高めな大八木くんのテンションが低いなんて珍しいね」

「早口言葉みたいに言うなよ……。俺だって、悩むことがあるんだ……」

「何を悩んでるの?」

「……もうすぐ夏休みじゃん」


 ――そうか……あと数週間で夏休みなのか……。言われるまで気付かなかったや。


「夏休みだね」

「夏休みと言えば……お祭りじゃん」

「あぁ……京都と言えば祇園祭りだね」

「俺……美香ちゃんを……誘おうと思うんだ」


 だんだんと小声になる大八木くんの表情はみるみるうちに紅潮し、耳まで真っ赤になっていた。


 ――大八木くん……野辺さんのこと本気ガチなんだろうな。……どうか、……どうか……その想いが実りますように……。


「夏休みまで時間あるんだし、大八木くんなら誘えるでしょ」

「はぁん?そんな悠長な事言ってられないんですけどぉ」

「なんでよ。……まだ時間はあるじゃん」

「凛人はわかってないっ!俺の気持ちをわかってないっ!」


 そう力説する大八木くん曰く、ここ数日の間に何人もの男たちが野辺さんに告白している姿を見ていたようで、大八木くんは気が気じゃなかったらしい。


「けどさ、野辺さんは……その……断ってるんでしょ?だったら……」

「俺も振られるよね!」

「うぐっ……なんでそうなんのさ」

「だって……美香ちゃんは俺のこと、異性として見てないでしょ……。魅力を感じてないでしょ……。俺、……別にイケメンでもないし。美香ちゃん好みじゃないよね、きっと……ゔぅぅぅぅ」


 ――自分で言っといて悲しくなるんだったら言わなきゃいいのに……。


 そんな俺たちを見兼ねた雫石さんが、視線は本に集中したまま話しかけて来た。


「野辺は見た目だけで判断するような女じゃないよ」

「……どいいまずど……ずずず」


 鼻を啜りながら大八木くんは、雫石さんの話を食い入るように聞いていた。


「あいつ、結構人のこと見てるよ。分け隔てなく接しているように見えて、意外と気を遣ってる面もあるし……。そういう所が野辺の魅力なんだと思う」


 ――そう考えると、雫石さんだってよく人の観察をしているんだけどなぁ……。


「俺っ、決めたっ!美香ちゃんを祇園祭に誘う!」

「頑張れ~」

「がんば」


 ――大八木くんの応援はともかく……俺自身も……誘いたいんだけどなぁ……。


 心の中で気持ちを抱えながらチラリと隣を見てみるも、当の本人は何事もなかったかのように読書をしていた。


「雫石さんはお祭りとか……行かないの?」

「人込み苦手だし、行かないかな」

「そっか……そうだよね……」

「毎年ある近所のお祭りは行くよ。……一緒に行く?」


 ――ん?……んんん?……さり気なくだけど、本当にさり気なくだけど、俺……今、誘われたよね。本当は俺が誘いたかったけども!それでも嬉しいと思ってしまうのはいけないことですか?


 速まる鼓動を抑えるように俺は息を整え、雫石さんの方を見た。


「行きたい!」

「祇園祭りほど規模は大きくないけど、あのこじんまり感が好きなんだ」

「わかる!俺も人込みは苦手だし、お祭り自体もあんまり行きたいタイプではないんだよね……。祇園祭でホコ天になる日は、バイトのシフトも午前中だけにしようと思ってるくらいだし」


 京都の夏の名物『祇園祭』は、全国各地から観光客が訪れるほど有名なお祭りの1つだ。京都特有の碁盤の通りには、疫病の退散を祈願して山鉾が建てられる。その組み立てが伝統的ともあってか、見物客の多くは完成前から訪れ、伝統的な工程を目に焼き付けに来ていた。

 山鉾巡行前の数日間は歩行者天国と化す京都の街中は、人で溢れかえる。俺は毎年自宅で見る中継映像を見ては、「どこから湧いてくるねん」と思いながら眺めていた。


「確かにバイトのシフト……考えないと人込みに巻き込まれちゃうね」

「店長からも連絡来てたし、雫石さんも早めに希望した方がいいよ」

「そうだね」


 ――どうか雫石さんとシフトが被りますように……。店長……頼んますよ!


 予期せぬ雫石さんとお祭りの約束、バイト先が一緒でシフトが被ると共にいられる時間が増える、と考えただけで俺は長い長い夏休みが待ち遠しく思えていた。

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