33話 納涼祭

 毎年思うことだが、年々暑くなっていないか……。

 これぞまさに地球温暖化の影響……。

 寝苦しい夜のお供にアイス枕を使い、扇風機で冷たいエアコンの風を循環させる。起きてる間は専ら冷たい物を飲んで、食べて……身体の内側から冷やす作戦でなんとか過ごしていた。

 

 バイト以外で外に出ることはなく、自宅の冷房が効いた部屋で黙々と課題をしたり、漫画を読んだりゲームをしたり、とごくごく普通の夏休みを満喫していた。


 雫石さんとは、7月のバイトではシフトの被りが多かったものの、8月はほとんどすれ違い勤務だった。会えない寂しさはあったが、メッセージのやりとりをしたり、時には電話で話したりしていたこともあり、幸せな日々を送っていた。


 そして迎えた雫石さんとの夏祭りデート――。

 雫石さんの地元にある桂駐屯地で毎年行われる納涼祭へ行くことになったのだが……。

 事前に調べてみるとそこそこ大きなお祭りであることがわかった。京炎そでふれの披露や、地元の学生が吹奏楽で演奏をしたり、自衛隊の体験ができるほか、入隊の説明までも受けられるらしい。中でも俺が興味を持ったのが、高校生がご当地食材を使ったオリジナル料理を競う「ご当地!絶品うまいもん甲子園」。


 ――同じ高校生が料理バトルって……。一体どんな料理を作るんだろう……。


 色んなことが楽しみで、待ち合わせ時間よりも早く駅に着いた俺は、同じように納涼祭に行くであろう親子連れや友人同士の姿を眺めていた。


「凛人!」


 しばらく待つと、俺を呼ぶ雫石さんの声が背後から聞こえてきた。

 振り返った途端、俺は声を出すことができず、ただただ目の前の彼女を見つめていた。


「……、……」

「ちょ、ちょっと……黙ってないで何か言ってよ。……ハズイじゃん」

「え……あぁ……なんというか……思わず見惚れちゃった……その……すごく似合ってる」


 祭りに相応しく、雫石さんは浴衣を着ていた。アイボリーの生地にはピンク色と濃ピンク色、赤みのピンク色、白にピンク色の絞りの入った椿の花が施されていた。青磁色と緑の葉が雫石さんの裾インナーカラーライトグリーンと合わさることでより一段と華やかさを演出していた。

 俺が照れていたのと同じように、雫石さんもつられて頬を赤く染め照れていた。


「……行こっか」


 俺は照れ隠しするように雫石さんに手を差し伸べた。頷きながら俺の手を掴み、自然な流れで手を繋ぎ歩き始めた。


「確か雫石さんって、毎年納涼祭に行ってるんだっけ?」

「そうだよ。この時期って、親戚が集まる事が多いからそのついでに、って感じで行ってた。今年は凛人と行けるからなんか新鮮」

「俺は初めてだしそれだけで新鮮に思うよ。それに……彼女と……お祭りなんて初めてだから」

「……私もだよ」


 小声すぎて何と言ったのか聞き直すも、笑顔で誤魔化された。

 

「ほら!あそこだよ。桂駐屯地」


 普段は陸上自衛隊の訓練が行われており、一般市民は入れない場所に入れるのがこの納涼祭だ。

 夏以外にも、春の桜並木公開、秋の創立記念行事にも入れるらしい。


「結構な広さがあるんだね……。阪急から景色は見たことがあったけど、こうして中に入れるとは思わなかったなぁ」

「普段立ち入れない所に入れるって、特別感があっていいよね」

「そうだね」


 会場内には親子連れが多く、そのほとんどの父親が自衛官をしているようだった。


 ――ということは、雫石さんの家族も自衛官だったのかな?


 そんなことは聞けず、俺は祭りを楽しんでいる親子の姿をしばらく見つめていた。


 

 祭りの雰囲気を一通り楽しんだ俺たちは、美味しそうな匂いに釣られるように、屋台の方へと向かうことにした。

 

「こっちの方が、人多いね」

「お祭りと言えば屋台、って感じだもんね~」


 そういう雫石さんの横顔はとても楽しそうだった。


 ――なんだろ……今なら……。


「ねね凛人!何食べる?」

「あっ、えっと……そうだなぁ。せっかくなら、俺らと同じ高校生が作ってるものを食べたいかなぁ」

「それいいね!確か……この先行ったところに出てたんじゃないかな!」


 繋いでいた手を離し、地図を眺めていた彼女が無邪気に走り出そうとしていた。俺はその姿を見て思わず声を出していた。


「彩菜っ!」


 名前を呼ばれた彼女は驚いた表情をしていたが、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら俺の名前を呼んだ。


「凛人!早く~」


 ほんの些細なことでも、俺にとっては大きな進歩と言ってもいいのかもしれない。

 恋は人を変える、とよく言うが、まさしく今の俺にぴったりな言葉だと思いながら、手を振る彼女の元へと駆けて行った。

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