32話 男としての見栄

「どうしたの凛人」


 俺が呼び止めたにも関わらず、なかなか言い出せないでいた。

 そんな俺を思ってか、雫石さんは俺が話せるようになるまで待っていてくれた。


「……一緒に……ときには……、……ぎたい」

「一緒に?」


 ――肝心な事を言えないなんて!あぁもうっ!こうなったら!


「一緒に歩くときには手を繋ぎたい!」


 ――言ったぞ!言ったけども……なんだこれ、すげぇ恥ずかしいぃぃぃぃぃ。


 今の俺は絶対に顔が赤くなっている。こんな顔、雫石さんに見られたくない……と思いつつも、彼女の反応を見たくて恐る恐る視線を合わせると、雫石さんも同じように顔を赤らめていた。


「凛人……、私もね、……同じこと思ってたの」


 ――へ?同じ事?……そんな素振り……全くなかったけど……?


「そんな風に見えなかったけど……」

「見えないようにしてた、が正しいかも」


 指で頬を掻きながら照れるように話す雫石さんを見ていると、緊張しっぱなしだった気持ちに落ち着きが戻ってきたような感じがした。


「ちょっと座って話そうか」

「うん」


 俺はさり気なく雫石さんの右手を掴み、改札前に設置されたベンチへ腰掛けることにした。


「急に変なことを言ってごめんね……。でも、さっき言ったように、一緒に歩くときには手を繋ぎたい、って思ったんだ。あぁでも、無理強いとかはしないし、雫石さんさえ良ければ……って話だから」

「私も同じだよ。人込みを歩いてて、凛人との距離が近くなったときに、ふと手が触れそうになっちゃったじゃん。……せっかくこうしてお付き合いしてるんだから、手……繋ぎたいなぁ、って思ったタイミングで凛人がそんなこと言うからぁ」


 ――つまりは……以心伝心、だったのかぁ。とはいうものの……。


「なんか……頼りなくて申し訳ない」

「なんで?そうやって思ってる事を言ってくれてるじゃん。頼りないことなんてないよ!」

「そう……なのかな」

「うん!あとはそうだなぁ……下の名前で呼んでさえくれれば完璧だねっ!」

「ぐっ……それは……まだ俺にはハードルが高い」

「気長に待つよ!」


 その後も少しだけと言いつつ、今日のバイトでの先輩との出来事を話していると、1時間近く経過していた。


「そろそろ帰らないともっと人が増えそうだね」

「確かに。凛人と話しているとあっという間に時間が過ぎて行っちゃうね」

「俺もそう思う」


 顔を見合わせた俺たちはどちらからともなく笑っていた。


 ――あぁ、幸せだなぁ……。今の俺はまだ彼女を下の名前ですら呼べないけど、いつかきっと……。


 俺の後に続いてベンチから立ち上がった雫石さんに、左手を差し出した。


 ――自然に……さりげなく……。


「はい!」


 そう言いった彼女は、俺の左手に右手を重ねた。


「その……俺、緊張して手汗とかやばいかも……嫌になったら離していいからね」

「もうっ。イヤになるわけないじゃん」


 頬をぷくっと膨らませて上目遣いで俺を見つめる姿……。


 ――可愛い以外ないだろ!

 

 俺はこの先もきっと、雫石さんに翻弄されることになるんだろうなぁ、と思いつつも今の幸せを噛みしめ駅改札までの短い距離を堪能した。


「じゃあ、また」

「……うん」


 どこか切なそうな雫石さんを見ていると、なんだか俺まで寂しくなってきた。


「また連絡する!」


 思いがけず俺は雫石さんにそう伝えていた。


「おっけ!」


 ぱぁ、っと表情が明るくなりいつも通りの彼女に戻った。

 ちょっとした言動でこんなにも人の表情はコロコロと変わるんだ、と思いながらもこれは俺限定ではないのか、とも思えてきた。


 ――まさか……そんなことある……か?


 俺はしばらくの間、その場から動けずにいた。


「ちょっと~そこのお兄さぁん」

「……」

「凛人く~ん」


 呼ばれていることに気づくまでほんの数十秒……。声がする方を見ると、そこには大八木くんが片手を挙げ立っていた。


「凛人、ういぃっす!」

「おぉっ……これからどっか行くの?」

「祇園祭に行くついでに、アニショップに寄る予定。そっちは?」

「俺はバイトの帰り」

「なんだぁ……。もう少し早ければ、凛人のお仕事姿を拝めたのにぃ」

「いやいや……。俺ほぼ裏方だし」

「ふ~ん……っといけねぇ。俺ダチと約束してたんだ!じゃぁな!」


 相変わらず忙しない態度に少しだけ呆れるも、こうして偶然会えた友人にどこかほっとしている俺がいた。

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