25話 胸のざわめき
チクッ――。
なんでだろう……。
今まで感じたことがない感覚に少しだけ……、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
私にとってはただのクラスメイト……、だったはず。
たまたま席が隣になって、たまたま好きなゲームが一緒だっただけ……。
だけど、私はあえてバイト先には彼と同じ場所を選んだ……。飲食店でもなく、本屋でもなく、服飾系でもなく……オタクが好んで集まる場所『アニショップ』。
お互いの好きな事を話せる嬉しさ、楽しさを知ってしまったから。
今までは1人で楽しんでいた。それで良かった……はずなのに……。
一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、『もっと一緒にいたい』いつしか私にはそんな欲が芽生えていた。
あぁ……これが『恋』、なのかもしれない。
だけど、神蔵は私のこと……『友達』としか思ってないかもしれない。
話の通じる女友達……。
ただ単に、推しに関する話をしていただけだよね。
そんなのわかってる……。
だけど!
キャラクターだけ推してる、と思ってた私が甘かった。
神蔵はキャラクターの命とも言うべき、『声』も含めて推していた。
そうやって嬉しそうに話す顔は、推しているだけじゃなく、恋している表情だったよ……。
神蔵……貴方は知らないだろうけど、その声を担当しているのは……、
私のお姉ちゃん、なんだよ!
もしも、もしも……神蔵がその事を知ったなら?
『推し』から『恋』になるんじゃないの?
◇◆◇◆
「雫石さん!雫石さんってば!」
私を呼ぶ声にはっ、とした。
「少し疲れてるのかな?水分摂りがてら、休憩しておいで」
「……すみません」
「この暑さだからね……。私もたまにほげぇ、ってすることがあるから、そこまで気にしなくてもいいよ」
店長の優しい言葉と笑顔に甘え、私は休憩室へと向かった。
――何やってんのよ、私のバカ……。今は仕事に集中しなきゃいけないのに!……なんでこんなにモヤモヤするのよっ!?
冷蔵庫から取り出した冷たい水のボトルを額に当て、私は冷静に今の状況を考えた。
――とりあえず今は仕事に集中しないとっ!私のミスは、上司である店長にも迷惑をかけちゃうんだからっ!
バチンッ――。
両頬を自分自身で叩き、頭を切り替えるようとしていると……。
「ちょっと雫石さん、何してんの?」
「ふぇっ?!……神蔵っ!?」
◇◆◇◆
「今日の雫石さん、大丈夫かな……?」
「店長、何かありましたか?」
俺と並んで作業している時に、ぼそりと呟いたことに反応したのをいいことに、店長は前のめりで俺に言ってきた。
「雫石さん、いつもは淡々と仕事をこなしてくれるんだけど、さっきから様子が変というか……、いつもの雫石さんじゃなかった気がするんだよなぁ……。神蔵くん、何か知ってる?」
「いや……わかんないです」
――そう言えば、さっき……表情が暗かった……ような?
「う~ん……。雫石さんに一度休憩するように言ったから、ちょっと様子見てきてよ!」
「俺がですかっ!?」
「そうだよ!神蔵くんと同じ学校でしょ!私が行くより、日頃から気心知れてる人の方がいいでしょうよ!」
「だからって……」
「んじゃぁ、頼んだよ~」
言いたいことだけ言い、店長は足早にどこかへ消えて行った。
――もぅ……店長勝手なんだからっ!
心の中で店長に文句を言いつつ、俺は渋々休憩室へと足を進めた。
――それより……やっぱり雫石さんの様子がおかしかったのは……気のせいではなかったのか。
コンコンコン——。
休憩室のドアをノックし、入ろうとしていると、中からバチンッ、と大きな音が聞こえてきた。俺は慌てて休憩室の奧へと向かうと、そこには両頬に手を当てた状態の雫石さんの姿があった。
俺の姿を見た雫石さんの目は、絵に描いたようにまん丸になっていた。
「ちょっと雫石さん、何してんの?」
「ふぇっ?!……神蔵っ!?」
「な……なに……何かあった?」
俺があまりにも慌てている様子だったせいか、雫石さんは一瞬固まっていたが、すぐさま声を出して笑い出した。
「ふふふふふ……。神蔵の顔……ふふふふ、驚き過ぎでしょ。……そんな顔しないでよ……ふふふ」
「そんなこと言ったって……雫石さんこそ、なんで頬を叩いたの?」
「あぁこれね……気合を入れようと思って!」
「気合……!?」
「そぅだよ」
「何かあったんじゃないかって……心配したんだから……」
「じゃあもっと心配して!」
「えっ?!」
悪戯っぽく笑う雫石さんに、俺はしばらく見惚れていた。
――そうやって何気なく無邪気に微笑みかけるのも、他愛もない会話をするのも俺だけにして欲しい。
そんなことは叶うはずもないとわかっていても、願わずにはいられなかった。
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