第40話

新しい場所での営業をスタートさせたリェチーチ。これといったトラブルや不備もなく、順調に予約客に治癒の力を施していく。


オープンスペースのため順番を待つ客の位置からも施術の様子は窺えて、ぽわっと光る施術風景に期待で胸を膨らませる客達。


施術は主に新人達に任せた上で客の相談にのったり、店内全域に注意を払う京。鼎の方は客の出迎えと案内、精算等を行いながら真琴の方にも意識を割いている。


(今お会計したお客さんもりぇちカフェに向かって行ったねー。やっぱりひかれちゃうかあの匂いに)


(そして一度でも飲み食いしたら最後、料理スキルの太客になってしまうと。経験者の私が言うんだから間違いない。あはは)


と、鼎が考えていられるくらいには平穏な運営状況。夏の今は半袖のポロシャツにパンツのスタイル、淡いブルーの上下で。ネックホルダーで下げた名札も。真琴だけはその上からエプロンを着けている。


従業員は無料ということで皆に注がれた朝の一杯。その後に昼食用のサンドイッチを全員の分が取り置き予約済みだ。従業員は助かる(コーヒーは無料、フードは100円)





(施術は皆、練習した通りにできてるしスムーズに営業できてるわね……今のところ)


(真琴の方もスキル売るのは焦ったけど、料理の1なら問題ないしね。でも売れるのかしら?)


(あのコなりに考えてるはずだし大丈夫なのか? ちょいちょいお客さん流れてるみたいだしね)


と、京が真琴を気にする余裕が十分にある店の営業。京達も含め新しい職場に慣れていき、ゆくゆくは京や鼎が抜けても店が回る体制を作っていきたい。可能なら週休3日も実現させたい。


遅番が出勤して来れば真琴の方に鼎を回せるし、京も事務仕事などに着手できる。消耗品も特になく、物販に手を出す必要もないため楽ではあるのだが。大変なのは給料の計算くらいなもので。


(でもスキルを売るっていっても実際は交換してるだけよね? 料理スキルを交換して、料理スキルを交換して……て、スキルの数が凄いことになるわよね? 知らんけど?)


(ま、この店も含めて元々は全部あの子が生み出したようなもんだから……好きにやってもらうか)





(へへ、結構買ってもらえるねコーヒーとサンドイッチ。明日はパスタも限定で作る予定だからね。お客さんの反応、楽しみぃ)


(あの、ハンバーガー屋さんでやってるトレーに敷くチラシ? あれ真似して交換の宣伝してみようかなぁ)


(交換は適度に来たらいいからねお客さん。少しずつ口コミで噂が広がって……知る人ぞしる! みたいなのが理想だからね私的には)


(誤算があるとすれば飲食店が思ってた以上に面白いことだよね。自分が作ったの食べてびっくりしたり喜んだ顔見るの楽しすぎる)


(今日のサンドイッチでマコネーズのじっけ、試食の反響も良好だからね。お客さんの顔見ると)


(いつか戦国さんの厨房からラーメンのスープぬす、譲ってもらえたらラーメン屋さんごっこもいいねぇ)


(器用のスキルで熟練のたこ焼き職人さんみたいになれないかな? 動画に撮られるくらいシュシュっとしてみたい私も)


という具合に真琴の方はいたって平常運転だった。





そして新人達6人も頑張っていた。前の店は狭く、受け入れる客数も少なかったため、研修は週に2~3回という収入に不安を覚える日数に。時給1500円はありがたかったが。


初めは自分達をお互いに施術し合って次は家族を巻き込んでの練習。少しずつ客に対して実践を積んで漸く今日を迎えた。彼女達からすれば、やっと満足に稼げるようになる。今日から。


とはいえ施術の恩恵は家族も含めて十分受けることができたし、それだけでお釣がくるよいにも思っているのだがそれはそれ。生きてるだけでも結構な金が消えていく訳で。


そういうことで頑張っていたのだが……



(あれ? お給料ヤバくね? このまま毎日この数捌いてたら)


この店に採用された時に説明された、自分達の給料について。京の口から聞かされた計算方法を思い出して、とある新人が戸惑った。


(自分でやった施術の売上に対して7%の歩合が加算されるって言ってたよね確か?)


(お客さん達、だいたい3万円くらいの施術するから……仮に15人に3万円の施術をしたとして45)


(7%で3万くらい? それが22日で……66!? それに時給も足すんだよね?)


(で、3%は賞与に回すみたいに言ってたけど……正気か?)


とか、考えていられる程度には新人達にも余裕があった。客の方で施術内容が決まっているなら作業自体はそんなには難しいものではないし、時間も然程かからない。


あっという間に遅番の出勤時刻になり、入れ替わりるように休憩になった早番の3人は、各々に考えていたことを思い思いに告げた。


「あ、80人の予約を6人でやったら13人ちょいだね平均。実際には相沢さんと青木さんも多少はやるから、10人くらいになるのかな」

「じゃあ10人として3万円で計算すると30万、7%で2万1千円。週休2日だから22働いたとして……46万2千円」

「あと時給が7時間で1万と5百円、22日で23万1千円」

「あ、合わせて69万3千円!?」

「色々引かれるからあれだけど、それでも凄いよね。練習さえすれば誰でもできるよね、ぶっちゃけ」

「資格とか、何も必要ないし」

「美味しすぎる……この仕事」

「運ゲーに勝った感じだ」

「ゆくゆくは週休3日にしたいって言ってたよね相沢さん」

「有給もだよ。会社の規定を整備するから少し待ってくれって言われたけど」

「時給じゃなくて月給にする案もあるみたいだよね」

「社長の行動が意味不明なだけで、他はめちゃくちゃ最高じゃん」

「「確かに!」」

「コーヒーは旨すぎたけど」

「「確かに!」」

「このサンドイッチもたぶん美味しいよね。食べちゃいましょう」


こんな感じで、内容は終始 《とらたぬ》 なものになっていたが、翌月には自分達の想定を上回る給料が支給されることになる。真琴達3人が無理矢理ぎみに捻り出した、多数の各種手当てによって。





18時が近付くにつれ小学生が集まり始めた。前以てカフェの片付けを進めていた真琴が鼎と協力をし、テーブルを端に移動させてスペースを確保する。


今日は人数の制限をなくし、当日参加の客を受け入れて施術を行う予定になっていて、その準備だった。時間になり集まった子供達は22名で同伴した母親も何人か参戦。加えてどんどん増えていく大人の女性達……


2つのグループに分けることができた子供達はソバカスの子、黒子ホクロの子といった感じに集団を形成。16名のソバカスの子供を二重の輪で真琴を取り囲むように配列。治癒を施す。


《範囲拡大》と言っても1回分の魔力で全員に施術できる訳ではない。複数人に効果を及ぼすものの、必要になる魔力は人数分の7割程度だろうか。真琴も感覚的に そう 捉えているだけなので、正確には理解していないのだが。


とにかく、ぽわっとした白光を伴ってソバカスを吹っ飛ばした。


「「「「「「「「「「おおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」


どよめく会場、大人達が荒ぶっている。続けて子供に取り囲まれながら黒子も除去する真琴。何人かいた母親達はその間に京と鼎の魔道具コンビが処置を済ませていた。子供達には早々にお帰り頂く。


仕事を終えて訪れる客、新店舗の見学や場所の確認に来た女子高生等、りぇちカフェを中心に人が吸い寄せられている──かのような、爆心地的な雰囲気があった。


期待の眼差しを通り越して、ギラギラとした眼を隠そうともしない集団というかお姉さま達……3人の戦いが始まって、燃え尽きて終わった。


要するに移転は問題なく成された上で、新店舗での営業が素晴らしい立ち上がりでスタートした。たぶん。きっと。



独立編 END


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