第32話

施術で消費する魔力を客から提供してもらう。その考えに至った真琴ではあったが、それを行う方法については悩むことになった。


鼎のいう《スマートなやり方》が頭の中に描けないのだ。魔力を 頂戴 するにしても、客の方も覚醒していなければならないので複雑だ。


「いらっしゃいませ→魔力下さい→スビビビビビ! じゃ、問題あるわね確かに……」


という京の例えにも共感できる。それでいて良い考えも浮かばないので、一先ず優先順位を下げて棚上げすることに。今のところは、だが。



その一方でカククリンの方は《魔力吸収LV1》を行使。従業員の方達から魔力の提供を受けて、増産することに成功した。サービスを提供する側である皆さんをスビビビビビするのは問題なかった。


2つだった寸胴は6つに生産数が増えたことで、今後は地方にある戦国温泉物語の系列施設でも 覚醒風呂 が運用されることになった。





「問い合わせたら凄い勢いで飛び付いてきたけど、どうする? 眼鏡、作る?」


鼎からの報告にキョトーンな顔の真琴。少し考えてから思い出した。


覚醒の次は鑑定が必要になってくる、というのは先日のオフ会で容易に想定できた。参加者の──自分達のスキルについての、あまりに適当な認識を目の当たりにして。


時間の経過でサンプルが出揃いウィキのようなものも作られるだろうが、初期である今はとにかく鑑定する手段が必要だ。



「うーん。作業内容にもよるかなぁ? あんまり時間をとられないならいいけど……」


真琴の言葉を聞いて、早速都内にあるメーカーと話しを詰めにかかる鼎。相手はオリジナルデザインの眼鏡を完全受注生産で提供している、小規模な企業だった。


試作の機会が設けられて、例のごとく材料に対し お玉 でグルグルやった真琴が鑑定の機能を確認、本格的に制作されることに。


真琴達用に眼鏡タイプを10個、世の中にばらまくものは単眼タイプにして500個が造られる見通しになった。


これらは今後、この製造元から有名眼鏡チェーンに貸与され、全国の販売店にて鑑定に使われることになる(非売)


貸与料 1万円。翌月以降 3千円(税抜き/1個/月/予定)


あまり高額な鑑定料金にならないようにだけ お願い して、鑑定に関する様々な面倒を眼鏡業界に託す(擦り付ける)ことに成功?


ポーションと違い、鑑定の際に必要になる魔力は眼鏡の使用者のものが使われる、魔道具という新しい試み(私物のお守りはノーカン。世に出すという意味で) 真琴のごっこ遊びだった話は形を変えて、各方面に影響をもたらしていく。


ちなみに真琴への報酬は、グルグル料金30万円と自分達の眼鏡10個になった。





覚醒風呂が登場したからといって寺社が暇になるかというと、そうはならなかった。様々な理由で公衆浴場を苦手とする人達はいるし、入浴そのものを嫌う勢力も一定数だが存在する。


他にも人混みを避けてだとか、自宅からの位置関係だったりとか。そこへ加えて外国人の修行体験者も増えていて、そんなこんなで各地の寺社は賑わい続けていた。



side 阿倍 俊之


(酸素とか装備したら、成層圏までこのまま行けちゃうのか? 俺のスキル。怖いから試さねーけど)


すっかり見せ物としての役割が定着した俊之が、何時もの妄想に耽っていた。


濡れ縁(縁側)に並ぶ瞑想中の修行体験者達(有料) 最近は外国人が多く混ざるようになり、当然彼らもスキルが目的であり、覚醒を目指している。


現在、日本以外でスキルの覚醒者は確認されておらず、日本で起きているファンタジーは、じわじわと世界に認識され始めた。


彼らは半信半疑ではあるものの、元々日本旅行を計画していた者や、情報に敏感な者達が来日して、こうして寺に押し寄せている。


日本に住む外国人も覚醒できていることから《人種や出生地に関係ない》という推測をして、それが後押しをして。


修行体験者達は皆が真剣で、誰一人として居眠りや身体を揺らす等の様子もない。警策(棒状の叩くやつ)を持って背後を歩く俊之も暇そのものだ。自分の方が余程雑念に囚われている、とも思う(妄想は止めない)


(俺のスキルだって、ぶっちゃけ使い道もそんなにないしな。高い場所の掃除とか屋根の点検、あとは柿もぐ時くらいだぞ役に立ちそうなの。見せ物以外だと)


(まてよ? 俺にだって鑑定したら気付いてない仕様や小技があるんじゃないのか? スレの奴らの言う通りなら……)


(かといってマコちゃん達とつてがある訳でもなく。鑑定持ってる奴が大量に現れるまでおあずけ状態かよク○が)


現状、上に向かって浮くことのできる俊之だが、スキルの効果としてはそれだけだ。何となく強弱を調整して、落下しない程度に着地ができるだけで。


ドローンのように自在に飛び回れないし、移動目的に使える訳でもない。浮いた状態で風に押されての、低速度のものなら可能だが歩いた方が早い。


そんな俊之も数週間後には眼鏡店にて、念願の鑑定を受けることになる。





リェチーチを3人で営み、真琴のスキルバイトに振り回され、それでも順調に(?)過ぎていく日々の中で、新たな問題が浮かび上がった。


「会社名、どうしよっか?」


経理を担う京から告白された《売上が大きくて会社を設立しないとマズい問題》


必要(税金的な意味で)なのだから誰も否はなく、その方向で動いているのだが、また名称──名付けの問題が出てきてしまった。


他にも問題はあって、誰が代表取締役になるのか? 事業目的は何を? 他には? とか、まあ面倒な問題が立ち塞がる。


「京ちゃん決めてよ全部……」

「丸投げするなコラッ!」


そういうことに頓着のない真琴が早速不用意に言葉を発して怒られた。鼎にも流石にこういう経験はなかったし、元は真琴と京が始めた色々なので、あまり口出しもしたくない。


真琴と京などは店の屋号を決めるだけで、そっち方面のHPは使い果たしている。役に立ちそうもなかった。


調べた結果、会社設立コンシェルジュという職業の方がいるらしいので、相談して色々と任せることに。


アドバイスに従い申請は間を開けることになり、猶予期間ができてホッとする3人。ついでに京の負担を減らすために、税理士さんにもお世話になることを決めたのであった。





(うーん、調味料とか作れないかな? 簡単に……いや簡単には無理か)


(料理スキルを3まで上げて、何に使っても激ウマな調味料あったら手軽でいいよねぇ)


(鑑定によると、才能や修行? でたどり着くのは3が最高らしいからね……)


(トーストに塗るだけとか……あ、サラダのドレッシングなんて簡単に作れそう?)


(お醤油やお味噌はその道のプロ? 職人さんに任せて私はそれを使った何かを……)


(スーパーに行くと色んな種類があり過ぎて、料理毎に使い分けるとか大変だからね)


(せめてもう少し種類を減らすというか纏めることができれば……)


(何にしろ液体の調味料なら、グルグルとまぜまぜでイけちゃいそうだしね)


(はっ、ラーメン? 誰か料理スキル3でラーメン作ってくれないかな?)


(普通でもラーメン美味しいのに、ラーメンでスキル使うとか反則だよね? 興味あるぅ)


(私がグルグルしてラーメンのスープ作っちゃえばいいのかな? 今度竹島さんに頼んでみよう……)


帰宅の道すがら、真琴が妄想に夢中になっている。自分の仕事が増える要因を必死で考え込んでいた。

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