第33話

「え? タトゥー、ですか?」

「そうなの。うちみたいな施設ではそういうタトゥーや入れ墨の入ったお客様は、お断りしているでしょう?」

「まぁ、はい。そうですよねぇ……」


日曜日。恒例の作業のために施設にやって来た真琴は、カククリンを作り終えた後で支配人である美生に呼び止められた。


支配人室のソファーで向き合い、相談が持ち掛けられる。京と鼎はもう少し後に来て、従業員達の施術を頑張る予定だ。



美生の相談内容──発端は施設と同じ地域にある、とある銭湯から始まった。


舞湯伝ぶゆうでん】という名のその銭湯は、所謂昔ながらの街の銭湯で、美生達の施設で断られてしまうような客層も招き入れている。


タトゥーや入れ墨が入っているからといって、必ずしも全員が反社会的な勢力に属する訳ではない、という考えによって。


要はその銭湯が お願い という形で、美生の所に話しを持って来たのだ。うちの銭湯でも 覚醒風呂 をやらせてくれと。


当然美生には何の関係もなく、協力する必要も全くないのだが、そうした銭湯の存在によって客層が上手いこと棲み別けされているのも事実。


こっそり紛れ込むような者もいなければ、強硬手段をとる者もいない。日々の営業は至って平和にできている。そういう理由で一考の余地はあるのでは? と思った美生。


勿論、それによって自分達のカククリンが減っては困るし、美生が仲介する訳でもなく利益も発生しない。あくまでも こういう話しがありますよ と、知らせただけだ。


「後で皆で話し合ってみます」


真琴にはこう答える他に選択肢はなかったし、美生の方もそれで十分だった。


「それで、私の方からもお願いがありまして……」





「あれ? 真琴ちゃんまた来たの? 何で?」

「へへ、竹島さんにラーメンのスープ、作ってもいいって言われたから。スキルでだよ」

「ラーメンのスキルか?」

「違いますよ。私、料理スキル持ってるから、それで」

「え、何? そのズルみたいなスキル」

「てことで今日のラーメンスープ、任せてもらえませんか?」

「んー、まぁいいけど。試食はさせてもらうぞ? 真琴ちゃんでも」

「分かりましたぁ」


厨房の責任者である白滝しらたき 里志さとし(主任・35才)が面白さ半分、興味半分で真琴に許可を出した(美生の許可と違い現場監督の許可は強力)


カククリンの下拵え(材料の皮剥きや細かく刻む作業)をしてもらう関係で、真琴からすれば一番話しやすいのが白滝でもある(作業自体は白滝の指示の元、何人かで受け持つ)


そして真琴は今日のために、料理のLVを3に上げてきた。今はラーメンのことで頭がいっぱいになっているし、朝食をとってないからか腹も空いてきた。



ファミレス等で使われる業務用のスープと違い(それが悪い訳ではない) この施設のラーメンのスープは自前で作られていた。ラーメンはオーダーが多く、力を入れているらしい。


普段スープを任されている調理師から手解きを受け、集中して作業に没頭する真琴。朝食の時間帯でもあるので、皆が忙しくしている中で。


(うわーん丸の鶏なんて贅沢だあ。厨房の皆には申し訳ないけど、美味しいラーメンスープ作るから許して?)


(ニンニクとか玉葱の薄皮、そのまま入れるのムズムズするぅ……)


(錬金術と違って特にスキルを意識しなくていいから楽だねぇ。最近は交換要員でしか出番なかったからね料理スキル)


(やり過ぎは良くないからね。シャーシューとか かえし なんかは料理人さんに任せて、私はスープだけに専念するんだ)


とはいえラーメンのスープが完成するには2時間以上を要する。アク取りを人に任せて風呂やサウナに入ったり、仮眠をとったりしてフリーダムに時間を潰す真琴。



11時を過ぎる頃、ようやくく真琴謹製のスープが出来上がった。


そのスープを元にして、麺と具の入っていない、味を見るための器が調理師によって用意される(客に出すものと同じラーメンスープ)


「確認、お願いしますねぇ。白滝さん」

「あ、できたか。どれどれ……」


昼の時間帯を控えて準備で忙しい中、白滝がレンゲを使ってスープを口に含んだ。


「……」


暫く考え込んで、次は器を持って直接スープを飲み始めた。熱くないのか? とは見ていた真琴も調理師も思ったが、白滝は夢中で中身を飲み干していた。


「……もう一回、おかわりだ」


2杯目は最初から直接いった。


「もう一回だ」


調理師に器が差し出される、雑に。本当に熱くないのだろうか。


「…………」


即座に飲んで、今度は無言でおかわりを催促してきた。本当に味の確認をしてくれているのだろうかと、不安になってくる真琴。もう一度飲み干して、白滝が口を開いた。


「スキルってのは……スゲーんだな真琴ちゃん。俺もどうせなら料理のスキルが良かったよ。ふふ」


施設の従業員はその職に係わらず、全ての者がスキルの覚醒を済ませている。寸胴を作る際に出る余剰分を取っておいて、皆で別けているからだ。


勿論、美生の知るところであり福利厚生の一つというか、頑張った従業員達の 役得 扱いである。


白滝のスキルは《天候予測LV1》というもので、天気予報のある現代では出番のなさそうなものだった。


真琴を手伝った調理師も《気楽LV1》という、自分の職業には関係がなさそうなもの。



「スキルに関しては……そのうちに良いことが起こりますよきっと。じゃあ私、レストランに回ってラーメン注文しますね!」


白滝と調理師には、真琴の言った言葉の意味は全くわからなかった。





連絡を取り合い、施設内のレストランで3人が合流した。


「朝からずっと我慢してるからもう限界なんだよね私、頼んじゃうね真琴らーめん」

「何その怪しいラーメン」

「普通のラーメンと何が違うの?」

「ふふふ。実はラーメンのスープ、作らせてもらったんだよね今日」

「え? スキルあり?」

「間違いないやつだそれ」

「このね、普通の醤油ラーメンだけは私の作ったスープが使われるの」

「ラーメンは初めてよねスキル」

「取り敢えずそれで」

「じゃあ注文するね」

「「はーい」」


白滝は真琴のスープが使い物にならなかった場合に備えて、普段のスープも作らせていた。


その上でこの扱いに。オーダーの多い五目うま煮ラーメンやチャーシュー麺等に使ったら明日からがキツい。自分達では再現できないのだから。



「真琴ちゃんが作ったんだって? 凄いね! 私も休憩になったら絶対に食べるから」


顔馴染みの女性スタッフさんが、配膳しながら誉めてくれた。まだ食べもしていないのに。どうやら厨房から情報が漏れているらしい《絶対に食え》と。


「「「いただきまーす」」」



「……っ!」

「……っ!」

「……っ!」


(3ヤバっ! 流石は人類が自力で到達できる最終段階! 2でも十分だけど、LV3ヤバっ)


(スープだけでこんなになっちゃうの? ただのインチキだよこれ、え、うまっ)


(どうして全部の具材が私の好みになってるの? 麺の固さや塩加減まで? 鶏ガラの深みとコク! くどくないバランスで!)


(あれ? もうなくなっちゃった……)


顔を上げると2人も同じタイミングで顔を上げて、長く息を吐いた。ふーーーと。


「朝食べてないからいつもよりお腹空いてるのよねあたし」

「私も、お母さん早くから出掛けてたから。同じくお腹に余裕あり」

「じゃあ、今日は特別におかわりしちゃおっか」


そして ラーメン をおかわりする3人の女達。替え玉とかミニサイズではない、普通のどんぶりの、フルサイズで。



「流石に3杯はマズいわよね? 絵面的にも」

「私は皆がいくなら付き合えるよ? キツいけどね」

「さっきサウナに入ったからかな? 私もギリギリ付き合えるかな」

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