第34話
「お風呂はその問題があったかー」
「なかなか難しい問題だよね」
「だよねぇ」
ラーメンを死ぬほど食べた次の日。月曜日の昼から喫茶店に集まった真琴達は、美生からもたらされたタトゥーの件を話題にしていた。
そういう文化に馴染みのない真琴達からすれば、入れ墨=怖い、暴力的、反社? みたいなイメージに、どうしてもなってしまう。タトゥーにしても。
勿論全員がそうではないと、頭では理解できるのだが、世の中のイメージがそういう感じで根付いているようにも思えるのだ。
「そんなの関係なしに悪いことする人はするよね」
確かに。京の言葉に一理あった。
「怖い人、だいたい入れ墨してるよね」
確かに。真琴の言うことも分かる。
「ファッションというか、単なるお洒落の人も多いよね」
その通り。鼎もその辺は理解できている。
色々と話し合って、最終的には《悪いことをする人が悪い》で話しが纏まった。
そして真琴達の対応は、犯罪や暴力のためにスキルを得るつもりなら、そういう者が覚醒できないカククリンを作る。という方法をとることになった。
つまり、舞湯伝 にカククリンを提供することを決めた。真琴が改良を施して、新しくなる予定のカククリンを。
◇
(どうして錬金術を失敗すると、カレーやシチューになっちゃうんだろう?)
(頭の中が食べ物のことでいっぱいなのかな私……無意識のうちに?)
(毒とか火薬とか、危ないものができるよりはいいけど)
(錬金術で作れる物より、カレーに変わることの方が何倍も錬金術だよぉ)
(どこから来たの豚肉……まあ、美味しいからいいけど)
自宅の狭いキッチンに立って、錬金術の失敗作を眺める真琴。今日はハヤシライスのルーまで作ってしまった。味見もしたから間違いない(激うま)
(覚醒と犯罪抑止のイメージ……同時にするのは無理があるよねぇ)
(例えば施術の時だったら……小皺が消えるイメージをして、それに合わせて効果の期間を想い描くようにできるけど)
(今回みたいに全く違う内容をイメージするのは難しい……どうしよう)
(あれ? 鼎ちゃんのお母さんのスキル、そんな感じのだった気が?)
(どこやったっけあれ、水槽チーム?)
水槽の巻き貝達には番号が振られていて、ノートに控えてある 預けてあるスキル一覧 を確認して《二重思考LV1》を
数日間をスキルの習熟に費やしてから製造に着手して失敗し、それから何回も失敗を繰り返した。失敗作の食べすぎで腹回りのサイズが怪しくなってきた頃──真琴の望む効果のカククリンを、創り出すことに成功した。
◇
「おう、嬢ちゃん達3人かい?」
低い声になった真琴が、誰かになりきって(なりきれてない)おかしなことを言い始めた。
「みたいな感じで、頑固そうな おじさん から、嬢ちゃんて呼ばれてみたいよね普通は? 26才でも」
「別に?」
「普通なんだ。ふふ」
京は頭を抱える仕草を始め、鼎は理解に努めようとしていた、一応。
カククリンを提供すりにあたり 舞湯伝 なる銭湯に行って湯船の確認をしよう、と言い始めた真琴。
しかし元々湯船は大風呂といわれる通常のものと1人用の小さな水風呂しかない。大型の施設と違って狭いので。
銭湯側としては水風呂を覚醒風呂に転用することが決まっているし、浴槽の容量も美生を通して伝えられている。京からすれば行く必要がなかった。自分達も忙しいから。
京を《嬢ちゃん呼び》の魅力で説得したかったらしいが、頑固おじさんは都合よく存在しないし、客をそんな風に呼ばないし、全て妄想だった。真琴は断念した。
銭湯で使うカククリンは美生の施設でついでに作り、完成したものを取りに来てもらう。希釈割合を間違えなければ、他には何も問題ない。使用量も少ないため、寸胴の半分の量と代金になった。
今日以降作られるカククリンは全て新しいversion2になる。
◇
6月の初旬【舞湯伝】で覚醒風呂の稼働が始まった。SNSでも告知をしており《狭いから一気に来るな、駐車場はない、列を作るスペースもない》という、客が殺到することを避けるような、消極的な内容になっていた。
「おやっさん、ちわ」
「おっちゃん来たぜ」
「おじさんおはよー」
番頭台に座る銭湯の主人に、馴染みの客達から声が掛かる。
この銭湯の経営者。通称 おじさん/他多数
年老いた両親と娘を合わせた家族4人で銭湯は運営されている。営業は朝の9時から夜の21時。
人を雇う余裕など全くない、毎年廃業を考えるこの商売。だが、こうして風呂を楽しみにして訪れる、馴染みの顔ぶれを見ると……不思議とまた、やる気になるのだ。
ぞろぞろと、次第に客足は増えるものの、騒ぐ者や調子に乗って羽目を外す者もいない。大人しく列に並び、進み、目当ての風呂に入って挨拶をして帰っていく。
あのデカい施設に飛び込んで行ったのは、どんな奴にもチャンスくらいあって良いだろ? という、電介の想いからだった。
駄目元の、当たって砕けろな行動だったが、誰かがチャンスを与えてくれたらしい。吹けば飛ぶ、カスみたいな銭湯の要望が聞き届けられて、こうして形になっている。
「おじさん、ありがとう覚醒できた私! またね!」
覚醒とかスキルとか、今一つ要領を得ない電介だったが、今出ていった若い女が喜んでいたことは理解できた。
「おう、嬢ちゃん! また来てくれよな!」
今日も番頭の声が響く。若い女は一度だけ振り向き、いい笑顔を見せてから、雑踏の中に消えていった。
◇
「ん? 真琴それ何?」
「コロッケ買って来たんだあ」
のんびり出勤した真琴が予約の合間を狙いすまして、皿に並べたコロッケを差し出した。
「鼎ちゃんも食べてね。そしてこのしょースかけて」
「しょ? え?」
「しょース。京ちゃんもかけて」
「?」
予てより開発に着手していた、何でも美味しくなる調味料 しょース(仮)が一応の完成を見せた。さっそく感想を聞くために店に持ち込んだ真琴。コロッケは2人を釣る餌だ。
「「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」」
6個あったコロッケは京と鼎で食べ尽くした。何かを真琴が言ったような気もするが、聞き流してコロッケに夢中になってしまった2人。
「ああ、私の分まで食べちゃうとは……恐るべし、しょースの力」
「……?」
「……?」
「美味しかった? 料理LV3で作った調味料とコロッケ」
「何してくれてんのよ! また太るじゃない!」
「ううう、せめてサラダにして欲しかった」
普通に怒られた。
「商品名は自分で考えるの、止めた方がいいわね私達」
「しょースて、くぷ」
「え? しょース可愛いよね?」
「美味しいから余計に際立つのよ、変な商品名が」
「マコネーズとか言い出しそう」
「鼎ちゃん天才か?」
恐ろしいことに、しょース と マコネーズ なる調味料は後に商品化されて、世界中で爆発的なヒットを記録、絶大な人気を集めることになる。
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