第35話

鑑定できる眼鏡が完成して、全国展開する眼鏡チェーンの本社にサンプルが届けられた。


鑑定グラスと名付けられた単眼のそれは、一見すると遮眼子しゃがんし(視力検査で目を隠す棒)のように見える。


馬鹿みたいに安いレンタル料で貸し出される鑑定グラスだが、場所と人員はチェーン側が受け持つのだから、そう旨い話でもない。というのが概ねの認識だった。


予想されるトラブルは多くあるし、既存の商品の売上が下がる状況も多々考えられる。扱い方を間違えれば、すぐに世間から叩かれてしまうような危険性も孕んでいた。


それでも、この不景気の中で取りうる1つの武器しゅだんとして上手く活用することに意欲を燃やす本社勤務の社員達。そして数日後……



阿鼻叫喚の渦に飲み込まれて、現場は地獄に叩き落とされた。





「へー普通の眼鏡というか、お洒落な伊達眼鏡ね。見た目は」


鑑定できる眼鏡が完成して、リェチーチにも届けられた。開封した京が感想を口にする。


お任せでデザインされた10個の鑑定グラスがナイスなオーラを醸し出していて、3人の評価は揃って高い。


「やった! 京ちゃんと鼎ちゃんにもスキル探しを手伝ってもらえる!」


良いスキルを探す効率が上がると考えて喜ぶ真琴。


「出掛けた時にちょいちょい使ってみるね、私も」


気に入った眼鏡をかけて鼎も乗り気だ。そして実際に使用してみた。真琴に向けて。


「あ、これは……う、そでしょ」

「ん? カナさんなになに」


京も釣られて同じことをした。


「「……」」


2人の視界に表示された真琴の名前、年齢と職業。その下に続くスキルの数々は下限に達している。


「えーと、20個くらいあるわよスキル」

「頭バグる」

「え? 40はあるはずだけど」

「「……」」


真琴の言葉に呆れつつ、手探りで色々とやってみた。説明書とかないので。その結果、視線でクリックしたり? ドラグできる? ことを発見。


こうして40からなる真琴のスキル群を無事に確認。眼鏡は10個の中から好きなものを2個づつ選んで分配し、残りは真琴が保管することになった。





「ふんふーん、ふふんふーん」


音程のずれた鼻歌がアパートの部屋に響く。今日の真琴はノートに絵を描いていた。いや、設計図をかいていた。


持ち手でもある本体は直径4センチ、長さ12センチの円柱。その先端にはブリリアントカットをひっくり返したようなものが、角度をつけて、一体構造と化している。


《施術を受ける客の魔力を使わせてもらう問題》それに対する答えを魔道具に見出だした真琴が製作に取り掛かっていた。


設計上の機能は1つにつき1種類で、小皺用、ソバカス用、シミとり用、黒子を除去する用、リフトアップ用の全5種類。


使用者が手に持つことでスイッチがオンになり離すとオフになる仕様。先端の平面で施術箇所を撫でることで、内包された効果を種類毎に出す。施術を受ける側の魔力を使って(消費して)


二重思考LV1によって、効果期間もちゃんと盛り込まれる予定だ。取り敢えずこれらの魔道具には名称はつけずに、嬉しそうに作業を続ける真琴であった。



そして気分転換にまた別のことを考え始めた。魔道具を造るにあたり消費する魔力量が莫大なため、休憩を兼ねて。


(やっぱり覚醒のお風呂に続く、新しいお風呂が必要だよねぇ)


(今でも覚醒の以外は少し寂しいからね。一度覚醒しちゃえば必要ないからね、覚醒のお風呂は)


(私達のせいで1年後にガラガラになったら可哀想だもんね戦国さん)


(かといって時間も魔力もあんまりかけたくないし……)


(お店のサービスと被らないようにして……美白風呂? それだと男の人は微妙かぁ)


(体臭がなくなるお風呂とか? 痩せるのはそもそも作るの無理そうだし)


(うーん、分からない。脱毛は本職のエステさんがやればいいし)


(光魔法LV1だと身体の表面の浅い部分にしか、効果ない感じだからねぇ)


(まぁ、いいや。また今度考えよう)



真琴は思い違いをしているが、戦国温泉物語の客は減ってはいなかった。訪れる時間をズラしたり、工夫をして利用しているだけで。真琴の利用時間と異なることを、本人が知らないだけで。



そして作業に戻ると思いきや、また別のことを考え始めた。


(他に私達ならでは、みたいな、誰かに喜んでもらえること、何かないのかな?)


小説の中にあるシチュエーションで、孤児院に支援するとか、身寄りのない子供を助けるとか、村を発展させるとか。そういう内容を好んでいる真琴。社会貢献に対しての憧れが強い。


現状、孤児院という名のものは存在せず、名称を養護施設等に変えて国でちゃんと運営がされている。真琴がちょっかいを出す余地はないと思われるが……


(うーん。あ、北陸の被災地とか、何かできないのかな?)


(でも、行ったら迷惑になるんだっけ? 道路がどうとか)


(元気が出るお風呂とか? んん、分からないなぁ)


(炊き出しなんて私達ができるような、小さな規模じゃ済まないよね……)


(駄目だ。これも追々考えよぅ)





「ふんふーん、ふっふふーん」


京が音程の合った鼻歌を歌いながら、活きた魚介類を品定めしていた。鑑定グラスをかけて。


京がたまに訪れる、埼玉県にある丸下魚類──活きのいい魚介類を取り扱う鮮魚スーパー。こちらは都内にある店舗よりも売り場面積が広く、新しい。


魚の類いは厳しくても、貝や甲殻類などは生きたものも多い。食材の調達と、あわよくば良いスキルが発見できるかも知れないと、一石二鳥を狙って足を運んでいた。


「ううん、結構魔力食うわねこれ」


自分以外には聞こえない、極めて小さな呟きをこぼす。


「感覚的に……30回もしたら魔力なくなりそうじゃない」


元になった真琴の鑑定がLV1だったこともあり、消費する魔力はそれなりに必要らしい眼鏡の仕様。


「もう当てずっぽうで鑑定して、食べたい魚買って帰るか」



色々と見て回り、特筆するようなスキルは発見できず、魚と貝を購入して撤退することにした。





「もう一度、聞かせてくれるか?」


鑑定グラスの扱いを始めた大手眼鏡チェーンの営業本部長──野島のじま 義保よしやす が信じがたいその報告を聞いて、再度、部下にそれを求めた。


「はい、初日である本日の状況ですが……先ず鑑定グラスについて、原因不明の紛失が3、強奪によるものが4、破損による機能の不具合が21になります。破損の原因は多岐にわたりますので書類にまとめ次第そちらで確認下さい」


「警察への被害届け等の提出は全て済んでおり、いずれも返ってはおりません」


「次に当社従業員における負傷者の数ですが埼玉の川口が一番多く、男性が3名、女性1名、続いて大阪の……」


耳を疑う報告内容の連続に、結局、野島はまともに聞くことを止めた。


対策は十分考えたし、備えたつもりだった。店毎に利用履歴のある客を優先して鑑定させ、既存の商品の購入にも同じように特典として鑑定の権利を付けた。


シフトを調整させて客が殺到しても対応できるだけの態勢も整っていた。どうしてこうなった? 唯一救いなのは軒並み売上だけは跳ね上がっているという、一点のみだが……


「よし、今日はもう遅い。明日の朝イチで製造元に連絡を取ってくれ。場合によっては出向く事になるやも知れん」


「承知しました」



今回の場合、基本的な鑑定とスキルに集中して内容を詳しく確認するものとで2回の鑑定が必要になる。


覚醒歴のそこそこある京でさえ30そこいらが限界なのだ。同じ条件に照らし合わせれば15前後になるだろう。


覚醒を済ませて今日に備えた従業員達だったが、極めて短時間で鑑定に必要な魔力が全て失われた。当然客は騒ぎだし、納得しない。


その他、鑑定を受ける条件から漏れた者達が、大挙して押し寄せることが非常に厄介だった。

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