第19話
side 青木
「あ、お母さんお帰りなさっ……?!」
予てより気になっていた店のサービスを受けて満たされた気分で帰宅すると、たまたまダイニングで飲み物をグラスに注いでいた娘が固まった。
「ちょちょ、お母さん……す、凄く……若返った?」
「そう? ふふ」
普段なら家でダラダラと過ごす娘を見て小言の一つも漏らす場面なのだが、内から湧き出る喜びでそんなことはどうでも良いと思えた。
施術する範囲が思いの外広くなってしまったけれど、この仕上がりを得てしまった今はそれも大正解だったと、染々と思う。
料金は税込で13万と少し。最低でも二年半は効果を保つそうだから、月に換算すれば非常にリーズナブルだと感じる。
「何よそれ? もっと良く見せてよ……お母さん素っぴんだよね今?」
「そうね」
「やっぱりスキルって凄いんだ……」
「凄い……で済まないわよ。あの狭い箱じゃ……大変な事になるわねきっと」
「今回の店子さんスゲー」
そう。あのビルは私の持つ9つのビルの一つで、その中の一つのテナント。所有する物件にサービス業が入った際には必ず一度は利用するようにしているので、遅かれ早かれ足を運んでいたであろう。
「お母さんだけズルい。私も行きたいお母さんのお金で」
「はぁ……」
引きこもりのような生活を送る娘(31才)が外に出る良いきっかけだと自分に言い聞かせて、私は渋々と了承をした。
◇
「ふぃー何とか上手く施術できて良かったー」
「お疲れ様、真琴」
料金を提示して了承をもらい、施術は真琴が行った。範囲が広く、複数の施術内容だったので消費する魔力を見越して。
ピュリフィケーションで化粧を落とした後、
最初に顔全体のリフトアップを行ってベースを作り、小皺とシミを除去するイメージ。勿論やり過ぎないように。
ひっつめて後ろで纏めてあった髪はほどいて《薄い場所》を確認して再生治癒を施す。最後に髪全体に張りと艶を持たせたら完了。
前もって2単位という施術範囲の制限を設けていたが、魔力量を鑑みてのことで保険的な意味での設定だ。自分の祖父達を相手にしたテストによってその懸念は既になくなっている。
今回のようにどうしても範囲が広くなる場合には臨機応変に設定を無視して施術していくしかない。とは言え何らかのトラブルに繋がる恐れもあるので、その辺は改善が必要なのかも知れないと思う京であった。
二人目以降の客もポツリポツリとやって来て、試すように3900円の施術を受けて帰って行く。最初の客のように所謂大口はいなかったので、それらは全て京が受け持った。
客層はキャバ嬢や同業であるエステティシャン、他にもサービス業の女性達。全て雑談の中での自己申告だったが、平日の日中らしい顔ぶれ。
そして16時を過ぎた頃……
「「「「「「「「「「「お邪魔しまーす」」」」」」」」」」」
女子高生11人の襲撃を受け、
「「「あ、あの、いいですか?」」」
30分後に女子中学生3人が来店し、
「「「「「「お願いしまーす」」」」」」
更に20分後には新たな女子高生がやって来た。6人で。
幸い、客の集団は被る事なく訪れたので京が説明等の接客を受け持ち、真琴が施術を担当して何とか捌く事ができた。
真琴の持つ《範囲拡大LV1》は最大で半径1メートルを対象に含む事ができる。なので女子生徒を自分を取り囲むように配列して、ヒール一発で各集団を施術する事に無事に成功。
女子生徒の全てがフェイシャルケア(シミ、ソバカス、黒子)に施術内容が偏っていたのも幸運だったし、ネットを介しての予約が全く入っていなかった事も功を奏した。今日のところは。
スキルの効果にキャーキャーと騒ぐ6人の女子高生を送り出して、眼を合わせて青ざめる真琴と京。
「「ヤバい」」
自分達に対する世間の期待だとか需要だとかを読み違えていたのかも知れない。スキルに対する関心だとか、そういうものも。
このペースで来店されたら色々とまずいのでは? 自分達は首都圏の人口を舐めていたのでは? 女性の美に対する向上心なんかも? そう考え始めた時にはもう遅かった。
「「「「「「「「たのもー!キャハハハ」」」」」」」」
更に
「「「「「し、失礼しまあす」」」」」
駄目押しで
「「「「「「「来ましたー!」」」」」」」
死体蹴りで
「「「「「「こんにちわー」」」」」」
殆どノータイムで4つの団体が訪れて、そこにソロの客も混ざり始めた。当然狭い店内に入りきらず歩道に列を作る客達。
「真琴、焦らないで順番にやれば大丈夫よ。頑張りどころよ」
「う、うん。私達の戦いはこれからだ! だね!」
◇
健闘した真琴と京ではあったが、18時を過ぎる頃にはお互いに魔力が尽きて閉店することとなった。
団体も個人客も関係なく、同じ内容なら纏めて真琴が施術を行い効率化を図ったものの、いかんせん今日は多勢に無勢が過ぎた。
元々魔力量に不安がある京も日中に魔力を消費していたこともあって、案内と会計以外では殆ど無力という有り様。
とは言え早い段階から魔力が尽きる事を察して、列を作る客達に《魔力がなくなったら終わり》という案内を京が繰り返し行っていたため、大きな騒ぎにならずに済んだのだが。
「毎日続くの……これ?」
「……」
泣きそうな顔で真琴が京に問い掛けたが、京には返事を返すことができなかった。
◇
一夜開けて営業2日目。家系ラーメンの繁盛店のような、荒々しい忙しさ(地獄)に追われた昨日の午後とは違いこの日は静かに始まった。
とは言っても今日は予約がびっしりと入っており、17時までは30分刻みでの来客が予定されている。そして17時以降は魔力量が許す限り飛び込みの客を迎え入れるつもりだ。
元々あった20時までの予約枠、その17時以降を予め潰すことで飛び込みの客に対応する形だ。プラスして今日からは2単位という、施術においての限度枠の設定を活かして魔力の枯渇を防ぐ。
昨日の段階で何とか準備できた対策で、魔力の枯渇を危惧しての営業スタイルだが、上手くいくかどうかはやってみなければ何とも言えない。
チャリンチャリン……
「「いらっしゃいませ」」
予約されていたため、座ることなく出迎えた真琴と京。
「あ、こんにちわー。予約していた青木です」
「はい青木様、お待ちしておりました。どうぞお掛け下さい」
ダボッとしたパーカーにラフなパンツスタイルの、今日一人目の女性。京が対応してヒヤリングをした結果、お望みはリフトアップのようで直ぐに施術台へと向かう。
「あら? 青木様、素っぴんなんですね。とてもお綺麗ですが」
「うん、母親に聞いて来たからね。どうせ化粧は落とされちゃうって。あと私、30越えてるから結構劣化しちゃってるよ」
京が少しだけ驚いた素振りを見せて会話を続ける。どうやら昨日の一人目、グレーの髪が素敵だった方の娘さんらしい。
「ところで話は変わるんだけど、一つ聞いても良いかな?」
「?」
「無理なら断ってくれて大丈夫だよ。で、お金払うから私のこと鑑定してもらえない?」
これには流石の京もフリーズした。
青木 瑠美の娘──
そしてたどり着いた、とある掲示板と動画チャンネル。家事手伝い(ニート)として過ごす鼎だが、スキルに対して然程の興味は抱けなかった、今までは。
日々の時間潰しに役立つという理由でアニメや漫画、各種ゲームを嗜んでいるのでスキルについての造詣も深い。だけど何故かピンとこなくて。
それが自分の目で見た事によって、一気に興味を持ってしまった。強く、深く。
だから駄目元で聞いてみたのだ。無理ならそれで良かったのだが……
「良いんじゃないかな京ちゃ、いや、相沢さん。なんなら覚醒させてあげても良いよ。私達を手伝ってくれるなら」
今度は鼎がフリーズする番だった。
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