第20話
真琴は正直、今日の営業が朝起きてからずっと憂鬱だった。暇するよりは良いけれど、流石にアレはないだろうと。昨日の学生ラッシュ──女子生徒達に揉みくちゃにされた件を思い出して、トラウマに近い気持ちになるのだ。
京なりに対策してくれてるのは解る。学生向けの料金で、若い層にも多く利用してもらいたい気持ちは自分も一緒だ。だけど店舗の広さも、必要な人員の数も、全く足りていないんじゃないか? と考えてしまう。今更なのだが。
京が色々やってくれることには感謝しかないが、それはそれだ。誰でも良いから助けて! という気持ちを持ったまま、今日も仕事が始まり……
そんな時、目の前に現れた平日の昼から暇そうな女の人(客なんだが) 鑑定とかいうタダ同然の対価で人員が増やせるのなら、それはとてもお得なのでは? と、そんな風に思えたのだった。
「ちょ、ま、五十嵐さん?」
「だって平日の昼間から余裕ありそうだし……」
「うっ」
「お客様に失礼でしょ!」
「それともお忙しかったですか?」
「ぐふっ」
「すみません、うちの者が」
「手伝ってもらえたら私達はとても嬉しいです」
「……良いけど?」
「真琴! そのくらいにって、えぇっ?」
「ほら、やっぱり! 有り難うございます! 有り難うございます! 有り難うございます!」
「でも、他人を……覚醒?」
◇
「「「かんぱーい!」」」
とある居酒屋の個室にて、ジョッキを掲げて
声を揃えた3人。
あの後、一応施術は受けたいと言う鼎の要望を聞いてリフトアップを行い、夕方に再度手伝いのために来てもらった。
店に入りきらない客の対応や、順番の確認だったり案内が主な仕事内容だったが、真琴と京にはとても有り難かった。助かった。
機器を扱うため会計等は任せる事ができなかったが、そんなものは追々覚えてくれたら良い。とにかく2人しかいない従業員が1人増えただけで50%アップ、店がとてもスムーズに回ったのだ。
それでも19時過ぎには真琴の魔力が尽きたため、売り切れ御免な状態で閉店することに。しかし昨日とは違い、コントロール不可能な混沌とした瞬間はなく、あくまでも平和的に店を閉める事ができたのだった。
正式な雇用条件等、全く決めてもいないのに力を貸してくれた鼎に感謝しかない、真琴と京。
そんな訳で歓迎会と開店したお祝いと、更にはお互いのことを良く知るために、この飲み会は開かれたのだった。
「えーと鼎ちゃん、もう鑑定する?」
「え? ドキドキ」
「やっちゃえ真琴、カナさんのスキル気になるし」
真琴はちゃん付け、京はさん付けで呼ぶようだ。ちなみに鼎の側からは、どちらもちゃん付けで店の営業中から呼ばれている。
「ショボくても笑わないで? 2人は魔法と鑑定だったんでしょ?」
「まぁ、私達はインチキみたいなものだから。はは」
「全然気にしませんよカナさん。そんなの何とでもなるし」
「ん? じゃあ、お願いしようかな」
「はい、承りました。あ、鼎ちゃん器用LV1です」
「器用は良さそう」
「え? 何が? もう終わったの?」
「うん。器用だよ、鼎ちゃん。覚醒もしときました。器用LV1」
「使いどころ、結構ありそうよね?」
「えぇぇ? き、器用かぁーリアクションに困るスキルだね。しかし器用かぁ……」
「まぁ、スキルは大丈夫だよ」
「そうそう、あ、何か食べるの注文しましょう」
「あれ? さっき覚醒もしたとか言った?」
「京ちゃん店員さんボタン押してぇ」
「え、ボタン? あ、これね」
「えっと……2人共、聞いて?」
料理が運ばれて酒が進み、ビールからチューハイやハイボールに飲み物が変わる。酔ってしまう前にと、適当なタイミングで様々な内情が鼎に暴露された。
「え? そんなん、ただのチートやんな?」
酒のせいなのか、親しい者にだけ見せる 素 の状態なのか、鼎が普段と違う口調で突っ込む。スキル交換のこと、真琴だけは無限にスキルを増やせる件、等を教えられて。
鼎を有効活用するためには、どっちみち全てを話さなくてはいけないのだから、もう今日のうちに話しちゃおう。という軽いノリで真琴と京の間で話しはついている。日中の間に。
「何なのこの娘達……めちゃくちゃ面白そうじゃん……」
突っ込みの後に続いた鼎の言葉は──雑多な騒音にかき消されて、2人に届くことはなかった。個室とはいえ上部は吹き抜けになっており、繁盛してることに相まって結構な賑かさなので。
某掲示板と、2人の女子が運営しているらしい動画チャンネル。それに母親から聞いた、光魔法を駆使して美容業を営む2人の女の子(女の子という呼称が適切かどうかは置いといて)
それらの情報を元に、何となく関連性を疑いつつ店を訪ねてみれば、正に動画で見たままだった2人の姿。そして思わず口に出てしまった鑑定の依頼……
猫の手でも借りたい状態だった真琴と京の事情があったとは言え、この出会いに心の中で感謝する鼎。
今でこそニートという立場に甘んじてはいるが、大学を出てからそれなりにバリバリと働いていた鼎だ。年相応の知識や社交性も備わっている。
ただし、社会人として生活を送る中で父親が早々に逝去し、それを切っ掛けにして人生とか死生観について深く考えてしまった。菓子パンの顔を持つヒーローの主題歌、のような内容を。
その結果、自分の本当にやりたいことが分からなくなり(元々そんなことを深く考えてはいなかったが)、仕事のモチベーションを喪失し、かといって何をすればいいのか全然思い付かず今に至る。
資産を持つ親との同居、という環境も良くなかったのかも知れない。跡取りが自分以外に存在せず、いずれ自分が全てを引き継ぐことが確定しているからなのか、母親も何かを強く言うこともなかった。
多少の小言はあったにしろ口論になることも、ましてや家から追い出されるような事態にもならずに、不自由なく生活できている。毎月の小遣いすら貰いながら。
反面、その裏でモヤモヤとした気持ちを長い間、燻らせ続けていたのだが。
斯くして【治癒の店─リェチーチ】は、この3人での新体制によって運営していくことになった。
◇
治癒の練習──自分へのセルフ施術だけでは試行回数が不足したため、鼎の母親である瑠美を巻き込んで実戦に向けた練習が繰り返された(ニコニコで協力してくれた)
そして判明した瑠美とこの店舗との繋がり、職業。
「カナさんそれチート……」
「貴族のご令嬢かな?」
当然のように鼎に飛び火しての、京と真琴の突っ込み(率直なコメント) 新人従業員の母親が、その就業場所(物件)の大家さんだっただけではなく、更に複数のビルを所有するオーナーさんだったとは。
という一幕を経て、鼎の施術デビューは果たされた。サクッと。
平行するようにして、あやふやになっている色々なことを《ちゃんとする》ために客の不在時を利用して皆で決めていく。
準備段階や開業時点では客数の予測もつかず、自分達の給料すら決めかねていた真琴と京。一月終えて余剰が有れば適当に、自分が困らない程度に貰えれば良い。みたいな、超絶適当に構えていた。
鼎も加わり、それではマズいと理解できるので正式に決めることになった。
その結果、金に執着のない鼎からは意見が出ず、元々こうした事を決めるのが大の苦手である真琴と京は悩みに悩んで……
全員一律に時給1500円で働く事が決まった(施術に対しての歩合給あり)
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