第10話
体育の日が絡んだ三連休の初日。車窓を流れる広大な田園風景は稲刈りの大半を終えて、土と稲藁の色で今が秋なんだと、見た者を実感させる。
花火で名の知れた地方都市を通過した後すぐに、真琴達が下車する次の駅名がアナウンスされた。燕三条駅──細長い雪国の丁度真ん中付近に位置する、新幹線を利用する際に実家の最寄りになる駅だ。この駅から海の方向に車で20分の移動を経ると、実家のある地域になる。
予定では真琴の母親が車で迎えに来ることになっており、その後はスーパーで食材の買い出しをしてから真琴の実家に向かう。
夕方には京の家族も訪れて、食事会というか親睦会というか、はたまた娘達の帰郷を喜ぶ会というか、とにかく集まる予定になっていた。
「元気そうね真琴、京ちゃんも久しぶり。すっかり都会のお姉さんて感じね二人共。それで? 他には誰かいないの?」
五十嵐 清佳。真琴の母親が、改札から出て来た二人を見付けて笑顔で出迎えた。が、真琴には笑顔の他にも何となく、ニヤニヤとした要素も混ざっているように感じる。
「ん? 電話で話した通り二人だけだよ? 他に誰が居るっていうの?」
「ふうん。ま、そういう事にしておきましょう」
「?」
「真琴のお母さん、お久しぶりです。今日はうちの親共々お世話になります」
「こっちこそ、うちの真琴が大変お世話になってます、有り難うね京ちゃん。あと京ちゃんのお母さんにも仲良くしてもらっていて、この間も一緒に日帰り温泉に行って来たのよ」
「取り敢えず移動しようよ母さん」
放っておいたら、何時までもお喋りに夢中になりそうな母親を真琴が促して、移動するために駐車場に向かった。
その途中で母親が何かを確認するように、周辺をチラチラと探るような仕草を見せたが真琴は気にしないことにした。面倒臭いので。
京の家族は夕方の6時にやって来る予定なので、これからスーパーに寄って買い出しを済ませてから実家に戻るとして、時間的な猶予は二時間弱くらいかと、真琴が逆算する。
自分達のプレゼンを成功させるためには、掴みともいえる最初の食事会(仮)は、絶対に上手くやらなければならない。といっても今では料理スキルを信頼しているので、ほとんど確定で大成功すると思うが。
問題はそこから上手くスキルという、親達には馴染みの無い、理解できるのか怪しい現象? に話しをもっていき理解をさせ、更には商売にまで話を飛躍させなければならない。
◇
五十嵐家に到着した真琴と京は、嬉しそうに出迎えた父親との挨拶を一言で済ませ(酷い)、早速料理をするためにキッチンを占拠した。
今日集まるのは成人ばかりであり、両家共に飲酒の類いを大いに好むことから、先ずは食事前に軽く飲んでもらうために、おつまみから取り掛かる。
普通のポテトサラダ
スーパーで安かった真鰯のお刺身
京が事前に仕込んできた漬物の盛り合わせ
冷奴
ポテサラを真琴が担当して、丸の鰯を刺身にするのは京が引き受けた。鰯のような小さい魚なら、普段から自分で三枚におろしている京には簡単な作業だ。
真鰯の方は人数分の小皿に盛り付けて、ラップをして冷蔵庫に入れておいた。漬物も同じく。ポテサラは粗熱すらそもままにして、タッパーに容れて冷凍庫にしまった。
キッチンの隅では清佳が感心するように見守っている。料理道具の場所や、食器の場所をレクチャーする以外には口を出さずに。
万能ネギと大葉に茗荷谷──冷奴の薬味を大量に刻んで混ぜてから、ボウルに入れて冷蔵庫に。買ってきた豆腐も容器から出さずに冷やしておく。
と、ここでビールが冷やされていないことに気付いて、結構な本数の缶ビールをチルド室に入れた。
おつまみの準備が終わったので、メインともいえる夕飯の調理に取り掛かる。おつまみもそうだが献立については前以て二人で相談し、両家の苦手なものを組み込まないように考えてある。
苦手な食べ物を料理スキルで作り、それを口にした時の反応ついては軽く興味を引かれたが、今回は余計なことはしないと決めた。
豚汁
茄子の煮浸し
豚肉のハンバーグ
新米ご飯
以上。非常に在り来たりなメニューに落ち着いた。
ハンバーグだけは豚肉を使うため、親達には物珍しいかも知れないが、食べ慣れたものこそ違いが分かり易いのでは? と考えた結果だ。
種は豚挽肉に味噌と大葉、繋ぎのパン粉と調味料を入れて捏ねるように混ぜ合わせたら、ラップをして放置。飲酒タイムが終わってから焼いていけばいいだろう、という判断で。合わせるのはポン酢と大根おろし一択で。
スキルが料理を作る際のスピードに影響をもたらすのかは未確認で不明だが、京の両親が来る前には、余裕で全ての準備が整った。
「ではでは、娘達の平穏無事の都会暮らしと帰郷、あとは……皆さんの日頃の頑張りを労って乾杯することにしましょうか。乾杯!」
「「「「「「乾杯っ!!」」」」」」
時間ぴったりに来訪した相沢家を交えて、真琴の父親が一応の音戸をとる形で、飲酒タイムが開始された。
(頼むよ料理スキル君!)
親達がグラスに口をつけるのを横目に見ながら、真琴が今日という日の成功を祈る(100%スキル依存だが)
真琴達はこの後も調理と給仕の任務が控えているため飲酒は初めの一杯、乾杯する今だけに止めるつもりだ。全ての料理を出してしまえば、自分達も食事と飲酒に本格的に加わる予定だが。
最初の異変は京の父親──相沢 文太から表れた。つまみを重視するタイプなのか、一口だけビールを口に含んだ文太は、すぐに目の前にあった
親達は雑談に興じているために気付いていないが、対面に座る真琴と京はそのリアクションをつぶさに捉えていた。
端的に言うと、眼を見開いて硬直している。
そして何やら口をパクパクさせながら号泣し始めた。無言で。
「「……?」」
「ちょ、お父さん?」
二人で軽く引いてから、京が焦ったように声をかけた。だが、反応はない。
京の父親は建築板金を生業にする生粋の職人でガタイも良く、日焼けした肌とスキンヘッドも相まって、パッと見が非常に厳つい。そんな大人の男(漢)が涙をダボダボと垂れ流して号泣するものだから、真琴にはその光景がとても非現実的に見えた。
「うん? どうしたのお父……え?」
隣に座る伴侶の異変に気付いた秋葉(京の母親)が、その姿を見て絶句した。長く連れ添っては来たが、こんな事──夫のこのような姿を見るのは初めてだ。彼女が言葉を失うのも無理はなかった。
「何? どうしたの? 料理に悪いものでも入ってた? 真琴?」
「つ、漬物食べたら、おじさん……」
「うん? 漬物? どれどれ?」
次いで異変に気付いた清佳が真琴を問い質そうとして、その前に自分でも漬物を口にした。
「うん? 漬物が何だって?」
ほぼノータイムで釣られるように、真琴の父親である元樹も漬物を食べる。ついでに秋葉も。
結果、親達全員が漬物の盛り合わせを直視して眼を見開き、わなわなとしながら謎の号泣を開始した……
(え? 何これ? 何これ? 怖っ! 怖っ!)
(料理スキルってLV5にするとこんな感じなの? 怖っ!)
「ちょっと真琴、どうすんのよこれ」
当然京も困惑して、真琴から現状を理解するための情報を引き出そうとするが、真琴にも何がなにやらで、一ミリも何も解らない。
「そうだ! 試しに京ちゃんも漬物食べてみて?」
「え? 怖いから嫌よ? 真琴こそ食べてみてよ」
「じゃ、漬物は怖いから二人同時にせーのでポテサラ食べてみる?」
「ポテサラなら……よし、せーのね」
「じゃ、せーの!」
真琴と京も。眼を見開きながらの号泣を開始した。
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