第13話

全員でひたすら号泣して、一人二人と泣き止んでいったのは10分を越える時間を費やしてからだろうか。漸く皆が泣き止んだタイミングで、文太が告白するように呟き始めた。


「先ずは……そうだね。真琴ちゃん、京も。この漬物はとても美味しくて、決して変な味がしたとか、そういう悪い意味で涙を流してしまった訳じゃないから勘違いしないで欲しいし、安心して欲しい」

「「……」」

「ちょっと……初めて体験する美味しさ、だったんだと思う。とにかく漬物を口に入れて咀嚼した瞬間にとんでもない感動、うん、感動だなアレは。感動して、そして感動する気持ちが大き過ぎて衝撃になっちゃったんだろうと思う」

「「……」」

「美味しいおつまみを用意してくれて有り難う」


文太が厳つい顔をニコッとさせて、娘達が誤解をしないように感謝の気持ちを伝えた。他の親達もしきりにうんうんと首を縦に動かしての、猛烈な首肯を行っている。


「えーと……驚かせるつもりは勿論なかったんですけど、あたしと真琴で今日のために結構な準備をして、今回の里帰りをしました。ただ、ちょっと威力というか効果が凄かったんだけど……」


父親の言葉に答えるように、京が語り始めた。


「この美味しさと感動にはちゃんと理由というか種も仕掛けもあって、変なことや悪いことは誓って何もしていないから……お父さん達こそ安心して残りのおつまみと、この後に用意する晩ご飯も全部食べてくれたら嬉しいです」


一人ひとり、全員の眼を順番に見ながら京が言葉を繰り出した。


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誰ともなく拍手が湧き起こる。全員で拍手をして、それが鳴り止む頃になって、漸く他の親達も口を開く余裕が生まれたらしい。


「いやぁー父さんショック死するかと思ったぞ」

「凄いわね真琴! 京ちゃん! 後で作り方教えなさいよ?」

「あんな泣き方をしたのは……小学生の時以来だな。いや、参った」

「やだ、まだ余韻でう、上手く話せないみたい」


真琴の親、京の親の順に声が聞こえてきた。


それ以降もつまみを口に含む度に硬直して、押し寄せる感動に堪えるような仕草を見せるものの、誰一人涙を流す者はいなかった。耐性がついたのだろうか。


何らかの出汁を感じさせるポテトサラダ。

豆腐が見えなくなるまで薬味を大量に乗せた冷奴。

何てことのない漬物の盛り合わせ。

スーパーの特売品、真鰯の刺身。


舌の肥えた親連中ですら、初めて体験するレベルの旨さと感動。在り来たりな料理ばかりだというのに。


キッチンで調理の任務に再度着任した娘達が、ハンバーグの乗った皿を親達の前に給仕する。立ち上る湯気から熱さが想像できてしまう豚汁と、新米の白いご飯も添えて。他にもサラダと箸休めだろう茄子の煮浸しも並べられた。


全ての調理を終えた真琴と京も、自分達の分を用意してからエプロンを脱いで、広間のテーブル──座布団に腰を下ろす。



(やっぱ駄目だこれ、料理スキルLV5はやり過ぎだ……)


真琴がハンバーグを咀嚼しながら、今日起きたあれこれを考察し始めた。主に料理スキルについて。


(確かに凄く美味しい、半端なく美味しい。そして、とてつもない感動が押し寄せるんだけど、食事を楽しむ余裕みたいなものが行方不明になってる。無理やり感動させられてる感、みたいな?)


(ひょっとしたら馴れることで化けるのかも知れないけど、やり過ぎだぁ……ははは)


というか、そもそも準備段階で試すべきだったのだ。それこそスキルなどという、未知の要因に頼っているのだから。しかも人の口に入る食べ物の分野で。


スキルの力で殴るという意味では間違いなく正解しているのだが、それでも親を殴るのはまずかったっぽい。親が号泣する姿なんて例えどんな理由があったとしても、あまり見たいものではないとも思う、真琴だった。





時間はかかったものの全員が夕飯を完食した後に、今回帰郷した本当の目的であるスキルについての説明というか暴露。それを始めた真琴と京だったが、親達の反応は何とも微妙なものになってしまった。


「確かに泣いちゃうくらい美味しいご飯は凄いけど、美味しいお店は沢山あるじゃない。今あるお店だけで十分よ」

と清佳。


「子供が大きくなってやっとのんびり過ごせてるのに、飲食店は一番やりたくないかな? 繁盛しても大変そうだし。 確かにうちの事務仕事だけだと暇を持てあましちゃうけど、それも案外悪くないのよねぇ」

と秋葉。


「父さんもこれはちょっと力になれないなぁ。いや、スキル? うん、確かに凄いかも知れないんだけど、皆が使えないのに自分だけ使ったら、何か居心地が悪いじゃないか。そもそも何に有効活用すればいいのか、皆目見当もつかないしなぁ」

と元樹。


「うーん、おじさんもピンと来ないな。一言でいったら だから何? みたいな気持ちだよね。それがあるから何かが捗るとか、便利になる、安全になるとか、今の段階じゃ思い付かないからね。真琴ちゃんと京も上手い使い道を閃いたらまた教えてくれないかな?」

と文太。


こんな感じなので真琴と京は眼を合わせて、苦笑いを浮かべることしかできない。


もっとこう、親達であれば色々な良い案がポンポン飛び出てくると思っていたし、親達にスキルを使ってもらい何か新しいことを始めるとか、生活に役立てるとか、自分達にプラスになることをしてもらいたかったのだが。


屋内なので小規模になったのは悔やまれるけど、火魔法と水魔法の実演もして、ある程度スキルについての理解は得られたと思っているのだが、今一つ反応が薄い。ちょっと難しい手品を子供が覚えて来たから誉めておかなきゃ、くらいに薄い。


それと、今回のことで分かったのが、親達は新しく何かを始める必要もその気も、全く無さそうだということ。


両家共に旦那の仕事は上手くいっており、ゆるく働く奥さん二人は、何だかんだでのんびりできる今の生活を気に入っている。


子供は自立して順調に日々の生活を送っているようだし(京の妹だけはまだ学生だが)、老後の蓄えも少しづつだが、積み重ねる事ができている。


(あぁ……お母さん達は既にスローライフに近い生活を手に入れてたんだ。スキルなんてなくても正攻法というか、普通の方法で。お母さん達スゲー……)


(相談したら簡単に稼げちゃうみたいな、美味しい案がバンバン出てくると思ってたけど、色々と浅はかだったなぁ私達……)


(そこまでいかなくても家族の誰かがスキルの力で少しだけいい思いをするとか、ちょっと儲かるとか、何かメリットがあると思ったんだけど……難しいや)


来る時はあんなにワクワクした気持ちでいっぱいだったのに、今は自分の浅はかさに辟易として、どことなく惨めな気持ちにもなっている真琴。


そんな時、落ち込んでいる真琴を見かねた訳ではないが、京が思い出したように口を開いた。


「そういえば真琴、まだ光魔法やってないじゃない。上手くイメージできさえすれば、毛根の再生治療とか出来そうって言ってたよね?」


ガタッ! ガタッ!


男親二人の目付きが鋭くなった。も、猛禽類かな?


「あと確か、小皺程度なら全部無くせそうなんて言ってたけど、あれどうなったの? リフトアップは? シミやソバカスは無理なんだっけ?」


ガタッ! ガタッ!


女親二人の目付きが鋭くなった。かなり鋭い。お、鬼か何かかな?

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