第17話
滋賀県で修行中の僧侶がスキルに覚醒して以降、ポツポツと同じように覚醒する者が現れ続けた。
件の僧侶もそうだが多くの者が動画チャンネルを開設して、スキルの覚醒に至った経緯や細かな方法等を誇るように配信、それを参考にした者達の中から一定数が新たな覚醒者として誕生している。
「気付いたら宙に浮いていた」
「突然スキルの使い方が頭に浮かんだ」
「自分のスキルについて唐突に閃いた」
「ゲームのステータスのようにスキルを目で確認できるわけではない。それでも自分のスキルに気付くことができました」
全て覚醒者の言葉だが、全員が瞑想を切っ掛けとしてスキルに目覚めている。その結果、とんでもない規模と勢いでの瞑想ブームが沸き起こる。
余裕のある者は金を払って寺社に。学生や若者達は自宅で瞑想に取り組んでは、スキルの覚醒を目指した。
テレビ業界でも特番が組まれて急遽ゴールデンタイムに放送された。浮遊する僧侶はスキルの効果が分かり易く、映像としても一目瞭然だったために一躍時の人へ。メインのゲストとして扱われては、多くの科学者を唸らせることとなった。
タネも仕掛けも存在せずに、科学を以てしても説明することのできない新しい能力。世界のスキルに対しての認識が、その存在を認める方向へと変化していく。日本という震源地から。
◇
「真琴、動画のチャンネルどうする?」
「どうしよう?偉そうに覚醒方法を出し惜しみしちゃったから、若干気まずいよねぇ」
「だよね。こんなに早く正解に辿り着かれるなんて。恥ずかしい」
「一応、お坊さんと同じ方法でした! みたいな短い動画上げとく?」
「そうね。お坊さんに便乗する形で簡単にやっとこうか」
以前、自分達で発信した動画に対してのケジメというか答え合わせ。覚醒者がどんどん生まれるこの状況で、チャンネルを放置し続けるのも何だかよくない気がするために、二人は僧侶に便乗する感じの動画を一本アップロードする事に決めた。
◇
年末になり正月を迎えて、初詣には二人で江ノ島にある弁財天に行ってお参りをした(三つのお宮で)真琴は一週間を越える連休に突入したが、京の業界は稼ぎ時でもあるため通常勤務が続く。
今年の正月期間は帰省しないため、代わりに真琴の家族と京の家族が合同で都内に出て来た。単純に遊びと、娘達に会うために。
待ってましたと言わんばかりに、お互いの祖父と祖母をテスター(実験台)にして、開業に向けた施術の練習と、魔力量の確認が行われ……
20才程の若返りを果たし、地元に帰って行った二組の老人カップル。
2月の頭には退職の意思を会社に伝えて、3月からは有給の消化も始まった。
考えた結果、やっぱり箱としての店舗は借りる事にして、渋谷の狭小路面店を見付けて契約。
家賃は82000円と激安だが、トイレを含めて14平米と狭く、台形で変な間取り。
自分の親より先輩な築年齢だけど、マッサージ店だった場所に居抜きで入れるため、改装費も掛からずに始めることができる(拘らなければ)
他にBGMをアプリで流すための契約、ネットから施術を予約するサービスの契約、決済サービスの契約と電気水道の契約を交わし、看板の発注や施術台、細々とした備品も揃えていった。
3月も半ばを過ぎた頃には、お互いに退職できていたので、余裕を持って準備できている。
◇
4月初めに開業届けを提出し、予定通りオープンする運びとなった真琴と京の店。それが10日の今日、ひっそりと営業を始めた。
出入り口の上部、建物の外壁には看板が取り付けられていて、そこに【治癒の店─リェチーチ】という屋号が表示されている。
名付けの才能皆無な二人が、何とかして捻り出したもの──治癒という単語を外国語で検索して、語感の良かったロシア語を選んだだけだった。
直訳すると【治癒の店─治癒】みたいな、危険が危ないとか、頭痛が痛いなんかと同じシリーズになってしまうので、他人には黙っておきたい。
歩道に面した入り口を含むガラス窓には、施術内容と料金が大きく表示されているので、何をする店か分からない、ということはなさそうだし、《半年間の保障つき》という文言もイカツイ感じだ(良い意味で)
宙に浮くお坊さんによって、現在進行形で世に広まり続けている《スキル》という単語も散りばめていて、何となくスキルとの関連性も、察してもらえそうではある。
「とうとう自分達のお店が始まっちゃったね京ちゃん。今日からどうなるんだろう……」
「特にお金を掛けて宣伝してる訳じゃないからね。のんびりいきましょ」
「うん、これから長い戦いだしね。私、珈琲淹れてくるよ」
白い施術着姿の二人が待合室(入り口を入ってすぐの空間、木製ベンチ有り)に座り、真琴の淹れた珈琲を口に含んだ。
営業時間を10時~20時に設定したため、休憩を取り合うにしても真琴の言うように長丁場だ。美容業界で働いていた京には慣れたものだが真琴は違う。
「まだ初日なんだし、お客さんが来たらラッキーくらいに構えてましょう。ね? 真琴」
「う、うん。お客さん、ゼロだったらと思うと怖いけど、のんびり待つね」
チャリンチャリン……
「「えっ?」」
「お邪魔しますよ」
長くなりそうな待機時間を、どうやって過ごそうかと考え始めていた二人。まさに不意討ちともいえるタイミングで、記念するべき最初の客が訪れた。
60代だろうか。客の女性は何処となく品があり、身嗜みに気をつかっていることが見てとれた。
長い紺のスカートにベージュのジャケット。首にはスカーフが巻かれて、耳に小粒のダイヤが光る。染めているのであろう、薄目のグレーで手入れされた御髪。
「いらっしゃいませ」
「い、いら、いらっしゃいませ」
「開店してすぐの時間なのにごめんなさいね。3月から看板だとか、色々と表示されていたでしょう? ずっと気になっていたものだから」
スチャッとベンチから立ち上がり、女性を迎え入れて対応を始めた。
「どうぞお掛け下さい」
京の言葉で女性がベンチに腰を降ろす。
「で、不躾だけど聞いても良いかしら?」
「はい、どうぞ」
「あの宙に浮くことができるお坊さん、いるでしょう? 最近テレビで良く見掛ける。貴女達はああした、不思議な力で以てこういう美容業かしら? この商売を始めたのね?」
「はい、おっしゃる通りです。運良くそういう能力に目覚めることができましたので」
「そう……不思議な感じだけど、とても素晴らしいですね。分かったわ」
スキルという、パッと沸いて出た新しい概念。未だ得体の知れぬ それ に技術や仕組み、その他もろもろを担保させて行われる、新しい施術方法。
テレビで取り上げられているにしても、この場は金銭のやり取りが発生する上に、それを施すのは女の命ともいえる顔の部分の肌であり頭髪であるのだ。警戒してしまうのも、慎重になってしまうのも、仕方がないというもの。
それでも、この女性の場合は興味津々という感じが、ありありと見て取れるのだが。
「うぅん、色々とメニューがあって、どうするのが一番良いのか分からないわねぇ。さっきまでは髪全体を、黒くて若々しい感じにお願いしようと考えていたのだけど。ねぇ、貴女ならどう思う?」
「そうですね……少々お待ち下さい」
一言ことわりを入れてから、京が思考を巡らせる。目の前の客を喜ばせるための算段を。
「先ず、ご希望の御髪についてですが、全体を黒くて張りのある、若々しい状態にするのは可能です。範囲が広いので相応の料金にはなりますが」
「……素敵ね」
「ありがとうございます。ただし、髪だけをそういう状態にしますと、どうしてもお顔とのバランスが悪くなってしまって、他人から見た場合の違和感、と言いますか、そういう理由でお勧めはできないです」
「違和感、ですか?」
「極端な例を申し上げると、60才のお顔に20才の髪の毛、頭髪を組み合わせた感じでしょうか。失礼に思われたならすみません」
「いえ、大丈夫ですよ。しかし違和感ですか……確かにそれだとおかしい感じね。変だわ」
「はい。ですので髪色は今のままで、ボリュームと張りの方向に効果を出します。同時にお顔の小皺とシミ取り、全体のリフトアップ。これらを施してから、一度仕上がりを見て頂ければと思います」
「……とても良いわね。それで大体お幾らになりそう?」
「はい。少々お待ち下さい」
(きょ、京ちゃんスゲー!!!)
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