第38話

リェチーチは新店舗での営業開始を8月21日(火)に定めて準備を始めた。6月半ばの現在からは約2カ月の準備期間になる。


従業員の募集については店内に昔ながらの張り紙をしたところ、即座に情報が広まってサクッと定員の6名に達した。張り紙には他に8月に移転する旨と、移転後は覚醒している者だけを対象にして予約を受け付けるという改定事項も合わせて記載。


新人達はこれから見習いとして研修期間を経た後、会社の設立に合わせて正社員として雇用される。



真琴に関しては魔道具の製造に専念してもらうため、店には顔を出さなくなった。紛失や盗難に備えた機能の追加に加えて、5セットからなる数を1人で揃える必要があるためだ。


さらには《ピュリフィケーション》の機能を持たせた魔道具の開発も。尤も移転後は洗顔してからの来店協力を促すため、補助的な道具になるかも知れない。



そして真琴の兄夫婦達も、脱サラからの新規事業の立ち上げに踏み切った。9月の開業を目指すそうだが、魔道具は全て真琴頼みだ。想定していた事とはいえ、真琴の仕事量が地獄の様に。足りない魔力は戦国さんに行って従業員からズビビっと強奪しているらしい。


戦国さんといえば、厨房の白滝主任に料理LV2のスキルを譲り(交換して)、フードメニューのクオリティが格段にアップしている。それを食べたり、風呂やサウナに入ることで、なんとか真琴の精神衛生が保たれているらしいが……


ちなみにリェチーチの3人は戦国温泉物語 全系列施設共通で使える、永世特別優待会員の資格を与えられている。簡単に言うと施設利用料が無料の顔パス扱い(飲食等は別)で、ズブズブな間柄だ。





どんなに忙しくても、嫌になっても、少しずつ移転に伴う準備が進んでいく。憂鬱な梅雨の時期を経て、酷い暑さの夏が始まり、あっという間にお盆になった。


休み返上で頑張ってくれた工事業者の協力もあって、15日には新店舗の改装工事が全て終了。そして早速足を運ぶ3人……



路面に面した1階の入り口、両開きのガラス扉を入って風徐室に。黒に近い、深い色合いのグレーの内装色。床は大理石調の黒。自動ドアのセンサーが真琴達に反応して、そのまま店内に歩を進めた。


直後、目隠しの壁が下から伸びて来訪者の視界を埋める。左右に誘導を促す案内表示がされていて、左に進むとリェチーチに。右に進めばカフェに続くことが理解できた。湯気のついたカップのアイコンが可愛らしい。先ずは左に向かってみる。


目隠しが途切れ、視界に入った店内は内装を白で統一されており、全面に敷いたカーペットは薄いライトグレー。空間は室内で全て繋がっており、僅かにリェチーチ側が広い間取りだろうか。


背を向けて並ぶ16台の白いソファー。4台×4列で1人掛けのもの。これは主に予約の客が座る用途で置かれている。ソファーの先には天井から吊るされた巨大なスクリーンの存在も。


施術スペースは外縁に近い左の奥に設けられて、5台のソファーが用意された。こちらも1人掛けだが、用途の別が分かり易いように色は黒に。スタッフはキャスター付きのストールに座り施術を行うことになる。付近には精算用のカウンターも併設されていた。



一通りリェチーチ側を見て回り、次は踵を返してカフェコーナーの確認へ。


リェチーチと対になる空間の中央には、口の形をしたカフェカウンターが存在を主張していた。真琴の身長に合わせたのか、低めの位置に拵えたテーブルが四方を囲んでいる。内部にはステンレス製のシンクや作業台、冷蔵庫と製氷機の存在も。


このカフェを足掛かりとして、目標であった《スキルの交換》を行うサービス業? を始める真琴。煩わしい許可や申請も自分で頑張っていた。京と鼎も若干、理解に苦しむ部分はあるものの、基本的には好きにやらせていた。その方が面白そうだし。


この他にも手洗いやバックルーム、ちょっとした用具を保管するスペース等もあって、言うほど広さを感じない空間。カフェに設置されるコーヒーテーブルと椅子も揃えば一気に空間は埋まる。


ブックスタンドや傘立て、他にも什器や小物類が増えていき、少しずつ仕事場としての空気が出来上がっていくのだろう。3人は色々と確認を済ませて、モチベを上げて帰っていった。





店の移転に伴って、客達も大きく動くことになった。最優先で取り組んだことは、覚醒を済ませること。新しい店舗では最低限、それだけはしておかないと施術そのものが受けられない、受ける権利すら発生しない。予約以前の問題になる。土俵にすら上がれないというか。


そして発生した、女性達による戦国温泉物語への襲来。一向一揆か? という集団に殺到されて、文字通り戦国時代に突入したかのような施設。対する従業員達は既に十分な施術を受けていることで生まれた謎の余裕パワーで持ちこたえた。


他にも化粧を落とした状態で店に訪れて欲しいという、リェチーチからの協力要請が拡散されて女性界が困った。それは非常に難易度が高く、多くの者が挫折した。中学生などの一部を除いて。


精算方法も新しい店舗では100%キャッシュレスに移行するので、複数のサービスを用いて準備を進める界隈だった。





平行して進んでいた企業化も滞りなく為されて、企業の体を成すことができた。会社設立コンシェルジュさんの協力ありきだったが。


株式会社 リプレイス(交換の意味)


代表取締役社長 五十嵐 真琴

取締役副社長 相沢 京

取締役専務 青木 鼎


他、正社員 6名



当然、3人は色々と兼務することになる。真琴なら飲食事業部の長、京は美容関連事業だし、鼎は庶務と総務も、といった感じに。これらは便宜上の意味合いが強いので表立って呼称されることはなさそうだが。真琴は更にスキルの交換業? としてのコンサル的な顔も持つことになる。


「え? 京ちゃん酷い! 社長とか嫌だよ私いぃいいい?」

「あんた、あたしに全部決めろって言ったじゃない! 今さらうるさい!」





新店舗での予約枠は、今までの4倍相当の最大80人(4人/30分) 客の魔力を使う関係上、限度を5単位に増量(小中高校生は2) 当日の飛び込み客には真琴が対応し、補佐をつけて頑張ることになる(18時から20時)


社員達は10時から18時までの早番と正午から20時までの遅番に分けて、希望を加味したシフト勤務に。これに京と鼎、または両者が加わる態勢を通常時のものとした。真琴も手が空けば必要に応じて参戦する。





(ふんふーんふんふふーん、いよいよ新しいお店がオープンだけど、こっちはこっちで忙しいからね)


(初めのうちは暇かも知れないけどねカフェ。それでも従業員のコ達も食べるかもだし、買ってくれるお客さんもいるかもだし)


(準備だけはしておかなきゃ。余ったら……戦国さんにでも押し付けようかな?)


開店時間の2時間前。誰もいない真新しい店内で、1人で作業を続ける真琴。カウンターの上にはドリッパーが並び、複数あるコーヒーサーバーの内容量を増やし続けていた。


カウンター内、作業台の上では2種類のサンドイッチが作られていて、サーモンマリネサンドとタレカツサンドらしい。無駄に手早く作業をこなし、どんどん作られていく。料理LV3を行使して。


(初日だから50個くらいでいいよね? サンドイッチ。交換の方は料理LV1の販売と、宣伝を少しできたら上出来かなあ。ふふふ)


京と鼎が聞いていたなら複数の疑問符が付きそうな思考を巡らせて、サンドイッチの量産を続ける真琴だった。

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