第26話

「貴女達の店を知った切欠は、うちの従業員の娘さんね。運良く初日に入れたんですって」


戦国温泉物語の支配人──竹島 美生が回想するように話しを続ける。


「その娘さん、小さい頃からずっとコンプレックスだったのね。顔にあった、色の濃いソバカスが。学校から帰って来るなり、自慢して大騒ぎしてね?」


「当然すぐに話しが広まって、私どころか全ての女性従業員が知ることになったし、私達大人も自分で予約を取ろうとして、でも上手くいかなくて」


「店に行って行列に並べば施術をしてもらえるって聞いて、従業員が何人か行ってみたんだけど、学生の集団が早くから並んでるから無理なんですって、施術受けるの」


「ある従業員なんて飲食物と折り畳み式の椅子を用意して、朝から並ぼうかって検討してたわよ。そんな感じで皆の話題は専らリェチーチのことばかり」


「従業員の娘の、たった1人の体験から、ここまで騒ぎになってるのよ? 後は想像できるわよね? いかに今、自分達が世の女にとって特別な存在か」


「それと1つだけ、どうしても言わせてもらいたいのは──学生の料金設定は、絶対に頭がおか○いってことね! 子を持つ親としては嬉しいけど! 助かるけど!」


「えーと、すみません?」


「ちょちょちょ、違う違う違う、勘違いしないで頂戴、鼎さん?」


「つまり私、いえ私達ね。私達女性従業員一同、リェチーチの関係者である貴女を大いに歓迎しますし、何かの協力を要請されるのなら、法に触れない限り最大限に協力します」


「あ、はい……」


当初、難しいと思われたミッションは、めちゃめちゃ簡単に達成された。そして男性の従業員達の意向は…… ま、いっか(鼎は考えることを放棄した)



基本、全部イエスな協力を得て、どんどん話しが進んでいく。リェチーチ側はシフトを工夫して真琴と鼎の調整時間を確保することに努めた(現場で色々と試験を重ねる真琴は特に)


稼働の初日はGWの最終日、日曜日に決定。使用する湯船は、仰向けに寝て入る形の寝湯と呼ばれるもの。4人が同時に入浴でき、身体も全て湯に浸かるバブルバス。


要となるカククリンは、施設の厨房で創ることに。鍋の水を沸騰させたり、材料を刻む工程は真琴が行う必要がないと判明したため、施設の調理師が請け負う。


休みに試した結果、50リットルの寸胴が一番効率が良く(大き過ぎると撹拌が厳しい)、それを2回繰り返すと魔力量が限界だった。


完成するカククリンは1つの寸胴で約45リットル。500倍で希釈すれば、湯量は22500リットルになる。


使う湯船は施設内でも小さな部類だが、それでも1000リットルの容量があった。作れる湯量から計算して、日に3回──覚醒風呂の開放時間が設けられることに。


真琴の送迎もされることになって、今後に向けた作業の手順が確立されていく。そうこうしていたら真琴への報酬も定められた。


相手企業からすれば当然で、真琴が望まなくとも必要な処置らしい。金額は寸胴1つで10万円。元々協力してもらう立場でいたし、真琴からすれば棚ボタな収入。


得をした気分だが、その代わり以後の責任が付いて回る。日曜毎に確定で時間を奪われもするので、差し引きがどうなのか判断もつかない。なので得意の考えることを止める、で済ませた(お前もかよ)


当日に向けた広報活動も盛んになっていき、テレビ局の取材が入ったり、ラジオ広告が流れたりして、店の周りには新しく作られた幟旗のぼりはたなんかも設置されていった。





そして迎えたGW最終日。日曜の朝7時から施設入りした真琴が、厨房に足を踏み入れた。


寸胴には水が満たされ湯だっており、脇にはトレーで仕分けされた材料の数々が、細かく刻まれて姿を変えていた。確かめるようにして、真琴が材料を投入していく……



自分達の経験(店の)で、収拾の付かないような混雑を危惧もしたが、この手の施設は客の利用するロッカーや下駄箱の数に限りがあり、収容人数に物理的な上限があるため、問題ないということだった。


覚醒風呂の開放は、9時~12時、14時~17時、19時~22時の3回。インターバルには浴槽の清掃がされて、新たに湯が張られる。用途の性質上、普段と違い湯の循環ができないからだ(循環する場合、配管内の湯の確保が必要になる)


宣伝の効果もあり館内は前日から満員御礼、隣接する自社の宿泊施設も全て埋まっていた(宿泊は施設内での簡易的なものと、隣接するホテルでの2種類)



30分程を費やして、真琴の作業が終わった。これを2リットルの容器42個に分けて1日3回、1週間分として使っていくことになる(男風呂と女風呂で寸胴2つの量)


カククリンは濃いぶんには問題ないが、薄くなるとたちまち効果が無くなる。低下するのではなく、効果そのものが消えてしまうので、希釈する割合には細心の注意が必要になる。


身体が浸かった状態で、30秒を目安に覚醒が成されるため、案内する者を専属で置いてスムーズに事を進めたい(じゃんじゃん捌きたい)


施設自体は24時間営業。客は既に滞在しており、後は一発目である9時のお披露目を待つだけとなった。


(ふわぁー眠たいー。6時前に起きるのは流石に眠たいや。暫くやることないから寝たら駄目かな?)


(竹島さんに話して少し眠らせてもらおう。京ちゃん達が来るの、まだまだ後だしねぇ)


支配人を探すために、トコトコとロビーに出て来た真琴。関わるようになってから、ずっとそうなのだが、従業員の方々の視線が眩しい。いや痛い。


キラキラとした、憧れの人物を見るような? 崇拝のような? かといって直接ちょっかいを出す者もいないのだが。


それでも真琴は恥ずかしいやら何やらで、どうにも居たたまれない気持ちになり、その場からそそくさと立ち去るのであった。





side ???


ヤケクソぎみにグロ画像──だと思っていた、あるものを踏んだ俺は、広島から東京という長い旅路の途上にいた。


最初に踏んだものは確認用の所謂テスト用で、2番目に踏んだものは、動画と配信で見知った3人の笑顔(画像)だった。手書きのIDが添えられた。


3番目のものはファイル形式になっていて、目にした者に与える 情報 だった。それを見て俺は今、こういうことになっている。


曰く、入ると必ず覚醒できる風呂を作った

曰く、真っ先に使わせるから早く来い

曰く、優先的に宿泊できるように段取りした

曰く、予約時にパスワードを唱えろ、これな

曰く、時間作るからオフ会もやるぞ

曰く、ついでに鑑定もやってやる

曰く、先着20人だ急げ、駄目ならすまん

曰く、関係ない者は遠慮しろ拡散するな

曰く、場所、日時、遅刻するな、なるべく予約して宿泊しろ


概ねこんな内容のことが、丁寧な文章で書き記されていた。


盛大な釣りを疑う気持ちが半分、信じる気持ちが半分てところだが、どんな結果でも悔いは残らないだろう。


今までだって沢山の悔いを残してきた、心の中に。だから釣りでも別にいい。一番マズいのは、動きもしないで悔いを残すことなんだと、今では理解できるから……


そもそもこの状況で、あの文章を見て、わくわくしない男なんている訳ないだろ? 動き出しちゃうよな、普通に考えて。


どうせ他に予定もなく、連休中にやったことと言えば、海釣りに行ったらフグが釣れて、それを捨てて帰ったことと、山登りに行ったら登山靴を忘れてトンボ帰りしたくらいだし。


後はひたすら光る板でポチポチしてたぐらいで。


そういえば今回、何人が参加するんだろうか? あの、変な奴が集まるスレの住人達は?


二皇星の中の人とか、実際に会ったらどんな態度でいればいいのか想像もできないのだが? ああ、既に覚醒してるから、奴らはいないのか。

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