第2話

「んん…?」


三連休の三日目。

外が明るくなる時分に真琴は目を覚ました。


(ふぁぁぁ、良く寝たあ…昨日寝たのが21時くらいだったから…8時間は寝たのか)


ショートスリーパーの彼女が久方ぶりの、8時間という長い睡眠から覚醒する。

一度も目覚めることがなくこれ程の時間を寝っぱなしというのは、思い出せない程度には久しぶりのことであった。


(あー、めちゃスッキリしたぁ! あ、そうだそうだスキル! 鑑定!)


(やった! ちゃんと天井の情報が表示されてる! 夢落ちじゃない!)


(ヤバい! いっぱい寝てスッキリしたせいか嬉しさがこみ上げてきた! ヤバババ)


スチャっとベットから降りた真琴が何やら踊り始めた。

大人しくて控え目、悪くいえば地味なタイプに所属している(誰が決めたねん)26才♀が、結構な全力で陽気にドタバタ繰り広げている。


(スキル最高っ! 人間の可能性イェーイ!)


和の要素が微塵もない、ひたすら陽気な雰囲気を撒き散らして普段発揮することのないキレと運動量と勢いで、内なる喜びを表現している。

はた迷惑なことに。


(やっぱりダンスはインド式だよね! インド最高ぉぉぉお!)


インド由来の映画には絶対に必要な要素であるエンドロールに突然始まる踊り(ばか騒ぎ)

そんな脳内イメージで彼女のダンスはしばらく続いた。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


そして隣からの壁ドンによってダンスタイムが終了する。

無害を絵に描いたような顔に似合わず、非常に迷惑な女だった。


(マズい調子に乗り過ぎた…浮かれるのは仕方がないけど、他人に迷惑かけちゃ駄目だよぉ…しっかりしろ私)


(でもでも! こんな大事件、自分だけで抱えているのは辛すぎるぅ。うん、やっぱり京ちゃんに報告して相談に乗って貰おう)


唯一の友達──といっても過言ではない、同じような趣味を持つ人物と連絡を取るために、約二日ぶりにスマホの電源を入れた。





「ごめん真琴、待った?」

「ううん、大丈夫だよ京ちゃん。急に呼び出してごめんね?」

「まあ、朝から電話鳴ったのは焦ったけど、あたしも休みだったからね丁度。いいよいいよ」

「そう言ってもらえると助かる。ありがとう」


お互いに都内で独り暮らし、住んでいる場所も比較的近いこともあって、三時間後にはこうして喫茶店で落ち合うことができた。


高校で知り合った目の前の友人は相沢 京という、同年で可愛らしい女性だ。

美容師として有名チェーンで働いており、真琴の髪もお世話になっている。

シフト制での勤務のため、平日火曜日にもかかわらずたまたま休みだった。


まだモーニングを頼める時間帯なので二人で同じものを注文してから、少しづつ真琴は事のあらましを説明していく。

向かい合うテーブルに置かれた水で口元を濡らしてから。


「「……」」


そして今、二人の間には何とも言い難い空気が漂っていた。

言葉を選んで慎重に、可能な限りにおいて冷静に、理路整然と説明をしたというのに。


「…で、それをあたしに信じろと?」

「ごめん京ちゃん…でも本当に本当で私、自分一人の胸に抱えきれなくて、本当にごめんね?」

「…うーん。あたしにも解る、というか簡単に信じられるだけの何かしらの証拠? 現象を見せてもらわないことには、あんたを病院に連れて行くまであるけど?」


分厚いトーストの、最後の一口を咀嚼しながら京が確認するように言った。


それはそうだ。

いくら友人といえども休日の朝っぱらから電話で呼びつけられ、小学生でも口にしないような内容の、聞き手からしてみればキョトーンなヨタ話を聞かされれば誰もがこういう反応になるだろう。


友人の精神的な方向での疾患も疑いたくもなる。

それは真琴も解っているからこそ、こうして申し訳ない感じで話すことになっているのだが。


「うん、だからその方法も含めて京ちゃんには一緒に考えてほしいんだよね」

「……」


二人の長い一日が始まった。





「料理と鑑定と交換かー。全部あたしには確認のしようがなくない?」

「交換で京ちゃんに鑑定を渡してから京ちゃんに鑑定を使ってもらうとか?」

「あ、それ良いね! って、そもそもあたしも交換できるようなスキル持ってるのかな? 交換だから一方的に渡すとか無理そうだよね? 本当の話なら」

「じゃあ先に京ちゃんのこと鑑定してみるね?」

「まあ…やるだけやってみるか。何も損したり減ったりはしなそうだしね」



■相沢 京(あいざわ きょう)

会社員 26才 ♀


■スキル

水魔法LV1


(え? ヤバっ! きょ、京ちゃん、ま、魔法使いだった! ヤバっ!)


「……」

「何? あたしの鑑定結果どうだった?」

「私の友人の美容師(女)が水の魔法使いだった件…」

「ん? 何て?」

「きょきょきょ京ちゃん、凄いよ!」

「…?」

「京ちゃんスキルあるよ! 水の魔法使いだったんだよ京ちゃん!」

「ちょ、真琴、声! 声大きいから! 恥ずかしいでしょっ!」

「あっ…」

「落ち着いてよ、もう…」


それから鑑定結果を聞いた京が魔法を発動させようとするも、結果はおもわしくなかった。


それならばと真琴の交換で鑑定と水魔法を入れ換えて試してみるものの、やはり京には鑑定を発動することはできなかった。


「ちょっと真琴! 全然駄目じゃないの恥ずかしい! 何やらせとるんじゃい!」

「ちょっと京ちゃん声、声大きいから」

「ハっ…」


喫茶店の店内には当然他にも客は存在したが、特に迷惑そうな様子もない。

なんなら小柄な女子二人がキャイキャイしていることを、微笑ましいとすら思ってくれていた。


とはいえ喧しい振る舞いは良くないと考えて、二人は声のボリュームを大幅に下げる。


「もぅ、恥ずかしいじゃない」

「ごめんなさい」

「次はどうするの?」

「どうしよう…? 取り敢えずお互いのスキル、戻しておくね」

「ん? 真琴、あんたが水魔法とやらを使えば良いんじゃないの?」

「え?」


思い付きで言っただけだったが真琴には流れが変わったような気がした。


京からしてみれば恥ずかしい思いをした意趣返しで、逆に真琴が魔法の行使をする姿を見て溜飲を下げたい意図があった。


「じゃあちょっとだけ…」


真琴が自分の中にあるはずの水魔法に意識を向けると、使い方が自然と理解できた。

単純に水を生み出す《ウォーター》と《ウォーターボール》の二つの魔法? 技? が使えると理解できる。


他人に迷惑が及ばないように安全なニュアンスの《ウォーター》を試す。

掌を上に向けて、テーブルの上に腕を置いてから念じた。


(ウォーター)


瞬間的に水の玉が発生した。

野球ボール大の水球が、掌の上10センチ程の位置で照明の光を反射して浮いている。


「っ!」


向かいに座る京が自分の口に手をあてがって、眼を見開いて水球をガン見していた。


その様子なら京には十分見せ付けることができただろう。

消えるように念じると、水球は跡形もなく消失した。


「……」

「どう? 信じて…くれる?」

「……」

「しかし水魔法、凄かったね」

「……」

「京ちゃん?」

「…もう一度」

「?」

「もう一度やってみなさい真琴っ!」


それからプラス三回に渡って繰り返し水球を生み出すことになった。


そしてお互いのスキルを元通りにした辺りで精神的な疲労を自覚。集中するのも難しくなった。


「成る程、精神的なキツさがあるのね」

「休めば復活するんだけどね。今はこんな感じみたい」

「使用回数を増やす方法とかも色々と探ってみたいわね」

「魔力とかだったら寝る前に使いきって、みたいな?」

「うん、そうね。LVがある以上は取り敢えず使いまくるのしか思い付かないけど。LV上げと同時にその辺も調べる的な」

「回数が増えるスキルがあれば交換で手に入れるとか?」

「…その辺も微妙よね。交換といえば聞こえは良いけど、断りもなく一方的にやってたら泥棒みたいなものだしね」


こんな内容の話にも一歩も遅れずに着いていくあたりは流石といえようか。


彼女も真琴と同じく幼少の頃からライトな書籍やアニメ、漫画を嗜んできた勢力であり、いざ事が起こった際の受け入れ態勢はバッチリだった。


「しかし30時間か…休み取れるかな?」

「お休み一日じゃ厳しいよね」

「確実に魔法が使えるようになるなら辞めても良いけどね仕事なんて」

「え?」

「そりゃそうでしょ? 魔法だよ魔法」

「うん、逆の立場なら私もそうする、かも?」

「でしょ? 上手いことお金儲けも出来そうだし」

「?」

「ま、今はまだ何もわからないけどね」


あまり長く席を潰していることを善しとせずに、コーヒーを飲み干してから二人は席を立った。

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