第34話 爆発オヤジ道

遊園地を救え




 よく晴れた日曜日の遊園地は、余暇を楽しむ多くの人で賑わっていた。

 火崎島三郎の一人娘、火崎さくらが風船を手に、両親の元に駆け寄る。


「見て見て! ピエロさんに風船貰ったの……きゃっ!」


 小石に躓いたさくらは勢いよく転び、彼女の手を離れた風船が風に乗って飛んでいく。

 慌てて受け止めた火崎が、娘の顔を覗き込んで言った。


「大丈夫か、さくらっ」


「うん。でも、風船が……」


 運悪く吹いてきた強風に煽られ、風船は更に遠ざかる。

 涙ぐむさくらの視界の先で、山羊の着ぐるみが風船を掴んだ。

 着ぐるみから風船を受け取り、さくらが元気よくお辞儀をする。


「ありがとう!」


 着ぐるみはひょうきんな身振り手振りで応じると、駆け寄ってきた火崎に一枚の紙を手渡した。

 喜ぶさくらの頭を撫でながら、火崎が質問する。


「……これは?」


「すぐに分かるさ」


 山羊の着ぐるみは冷徹な声でそう言うと、何事もなかったかのように風船配りを再開した。

 さくらに目の高さを合わせて、母のあかねが言う。


「よかったわね、さくら」


「うん! ねえねえ、あたしジェットコースター乗りたい! パパも乗ろ?」


「あー……パパ絶叫系苦手なんだ。母さんと乗ってきてくれ」


「はーい。行こっ、ママ」


 さくらとあかねは手を繋ぎ、弾む足取りでジェットコースターに並ぶ。

 二人の背中が見えなくなると、火崎は着ぐるみが寄越した紙を開いた。


「な、なんだって……!?」


 紙に書かれていた内容を見て、彼は驚愕に目を見開く。

 火崎は紙を乱暴に仕舞い込むと、市民を守る特撃班の顔に戻って駆け出した。


「お疲れー、そろそろ上がりだよ」


 スタッフに呼ばれて、兎とパンダの着ぐるみが控え室に戻る。

 素顔を晒したパンダの着ぐるみが、深く息をして言った。


「ぷはっ……結構ハードでしたね木原さん。頭のとこ取れます?」


「ちょっと無理かも。手伝って」


「はいっ」


 パンダの着ぐるみ––昇に兎の頭部パーツを取り外され、木原も素顔に戻る。

 買っておいた林檎ジュースで喉を潤しながら、木原が残念そうに言った。


「あーあ、火崎さん見つからなかったなぁ。今日は家族サービスでこの遊園地に行くっていうから、驚かせてやろうと思ったのに」


「それで着ぐるみの日雇いバイトにまで応募するって、なかなかの執念ですよね」


「だって見たいじゃん! いつも熱血で厳しい火崎さんがあたふたしてるとこ!」


「いや別に……」


「あと単純に遊園地行きたかった」


「それは分かります」


 昇が木原のアルバイトに同行した理由も、遊園地という未知なる場所に対する興味が大きい。

 実際、多くのアトラクションやサービスがひしめく遊園地は彼にとってとても刺激的な場所だった。


「さあ行くよ! バイトも終わったし、遊びまくっちゃうんだから!」


「はい、遊びまくっちゃいましょう!」


 着ぐるみを片付けた二人は私服姿になり、元気よく遊園地に飛び出す。

 ジェットコースターに向かおうとした矢先、昇たちは火崎と鉢合わせた。


「お前らっ、何でここにいるんだ!?」


「火崎さんこそ、家族の人と一緒じゃないんですか?」


「事情があってな。こいつを見てくれ」


 首を傾げる昇たちに、火崎は例の紙を見せる。

 斬りつけるような筆圧で書かれた文章を見て、昇が驚きの声を上げた。


「この遊園地に時限爆弾を仕掛けた……爆弾っ!?」


「ああそうだ。俺たちは午後4時までに時限爆弾を見つけ、解除しなければならないんだ」


「だったら先にみんなを避難させないと。シズちゃんたちや付近の警官隊にも協力を要請して、人海戦術で」


「ダメだ!」


 木原の提案を、火崎は強い口調で一蹴する。

 戸惑う昇たちに、彼は文章の続きを指し示した。


「爆弾を仕掛けた奴は俺たちの動きを監視してる。もし通報や避難誘導をしたら、一発でドカンだ」


「そんな……」


 爆弾魔の卑劣な企みに、昇が拳を握りしめる。

 彼は戦士の自分に意識を切り替え、火崎の目を見て言った。


「おれと木原さんで爆弾を探します。火崎さんは、家族の側にいてあげて下さい」


「バカ言うな、こんな時に」


「こんな時だからこそ、父親が必要なんです!」


 昇は火崎の肩を掴み、真剣そのものの態度で訴えかける。

 想いの強さに根負けして、火崎は大きく頷いた。


「……分かった。後は頼んだぞ」


「任せて下さい!」


 昇たちと火崎は背中を預け合い、それぞれの使命を全うするべく走り出す。

 同じ頃、廃ボウリング場では獅子男と蛇女が傷を癒していた。

 華麗なストライクを決めて、獅子男が口を開く。


「山羊の奴はどこ行ったんだ?」


「さっき遊園地に向かったわよ」


「そうか、あいつは傷の治りが早いからな。どんな戦果を挙げてくるか楽しみだ」


 山羊男の帰還を待ちながら、獅子男はボウリングを続ける。

 薄暗い部屋の中に、ピンの倒れる爽快な音がいつまでも響き続けていた。

——————

パパはヒーロー



「さくら! あかね!」


 妻子の名前を呼びながら、火崎は遊園地を駆ける。

 気持ちばかりが焦る中、この場所に立ち込める呑気で賑やかな空気が妙に煩わしい。

 人々は爆弾が仕掛けられているなど夢にも思わず、遊園地で楽しい時間を謳歌している。

 本当なら自分も彼らと同じように遊び、家族の思い出を作ることができたのに。

 頭の片隅でそんなことを考えていると、風船を持った少女の姿が見えた。


「さくら!」


「……えっ?」


 しかしその少女は自分の娘ではなく、不思議そうな表情で防犯ブザーを取り出す。

 ある意味爆弾より危険なものを前に慌てふためく火崎の背後で、妻・あかねの声が響いた。


「とうとう自分の娘の顔すら忘れたのかしら?」


 さくらと手を繋いだあかねは難なく少女の警戒を解き、両親の元に走り去っていく少女を見送る。

 少女の背中が見えなくなった頃、火崎はようやく二人の方に振り向いた。


「なあ……」


「パパ嫌い」


 さくらの口から出た言葉に、火崎の背筋が凍りつく。

 さくらはスカートの裾を握りしめて、溜めに溜めた不満をぶち撒けた。


「パパはいつも帰るの遅いし、たまに早く帰ってきてもすぐ寝ちゃうし。今日の遊園地だって、あたしとママを置いて勝手に迷子になっちゃうし」


「違うんだ、これは」


「パパ本当はあたしのこともママのことも嫌いなんだ! もういい、あたしだってパパ大っ嫌い!!」


「待ちなさい、さくら!」


 さくらは火崎の手を払い、泣きながら走り去る。

 後を追おうとするあかねを遮って、火崎が言った。


「俺が行く」


 また、大きな事件が起こっている。

 あかねはそう直感し、この頼りない父親を送り出した。

 市民を、そして娘を守るべく、火崎はさくらを追いかける。

 やがて彼は、地下に繋がる錆びついた階段の前で立ち止まった。


「ここにさくらが……」


 火崎は階段を降り、薄気味悪い地下道を歩いていく。

 最深部まで辿り着いた火崎を待っていたのは、山羊の着ぐるみだった。


「パパ!!」


「さくらっ!」


 着ぐるみに拘束されたさくらが、助けを求めて泣き叫ぶ。

 着ぐるみは乱暴に頭部パーツを投げ捨てて、マイナスナンバー・山羊男の正体を現した。


「また会ったな」


「あん時の山羊野郎! まさか、爆弾もお前が」


「その通りだ。但し、お前の想像している爆弾とは少し違うがな」


 山羊男は邪悪に笑いながら、地下室の天井を見上げる。

 その瞬間、地上の悲鳴が濁った音の塊になって地下室に響き渡った。


「まさか、爆弾が爆発したのか!?」


「知りたいか? ならば地上に来い」


「……っ」


 さくらを捕らえたままの山羊男に連れられ、火崎は来た道を戻る。

 火崎たちが見たものは、硬い殻と触角を持つ特危獣が遊園地で暴れている光景だった。

 逃げ惑う人々の中、昇と木原が懸命に特危獣を食い止めている。

 火崎は加勢しようとするが、山羊男に娘を捕らえられている以上思うように動けない。

 暴れ回る特危獣を指差して、山羊男が告げた。


「あれが爆弾の正体だ」


「何だと!?」


「あの特危獣スネイルの中には油みてえな粘液が入っている。そして時間が来れば奴は自爆し……命と引き換えにこの遊園地を更地に変える!!」


 最悪の事態を想像し、火崎は拳を握りしめる。

 とうとう恐怖が臨界点を突破して、さくらが甲高い声で泣き叫んだ。


「パパ、パパ助けて!!」


「うるせぇぞガキ! おいスネイル!」


 山羊男がさくらを黙らせ、スネイルに呼びかける。

 しがみつく昇と木原を弾き飛ばして、スネイルが山羊男に駆け寄った。


「まずはこのガキから丸焼きにしろ!」


 スネイルは山羊男の命令に従い、口腔内に粘液を蓄積させる。

 昇と木原は止めようとするも、山羊男がその行く手を阻んだ。


「おっと、ショーは静かに観るもんだ」


 恐怖で動けないさくらに、粘液を蓄えたスネイルがにじり寄る。

 そして放たれた粘液がさくらを襲う刹那、火崎は半ば無意識のうちに飛び出していた。


「ぐっ!!」


 発火した粘液から娘を庇い、火崎の体が炎に包まれる。

 高熱に身を焦がされながら、彼は穏やかな口調で言った。


「怪我はないか、さくら……」


「ぶはははっ、バカかこいつ! 何でこの状況で他人の心配してんだよ!」


「……そんなの決まってるだろ」


 火崎は燃え盛る上着を脱ぎ捨て、さくらに煤けた背中を見せる。

 腹を抱えて笑う山羊男に、彼は炎よりも熱く啖呵を切った。


「俺が父親だからだ!!」


 火崎の鬼気迫る姿に、山羊男とスネイルが一瞬たじろぐ。

 彼にトドメを刺そうとする山羊男を、背後からの銃撃が遮った。


「月岡!」


「話は聞かせて貰った! はあッ!」


 高性能バイク・エボリューション21に乗った月岡がウィリー走行で山羊男を弾き飛ばし、昇たちに合流する。

 続けて金城も駆けつけ、立ち尽くしていたさくらを逃して言った。


「これで避難誘導は完了しました。日向さん、変身を!」


「させるか! やれスネイル!」


 スネイルが粘液を連射し、ショックブレスを起動した昇を襲う。

 凄まじい爆炎に包まれながら、昇は自らの心臓を殴りつけた。


「超動!!」


 炎の壁を切り裂いて、アライブが姿を現す。

 渾身の力で振るわれたゴートブレードの一撃を、スネイルは硬い殻で難なく受け止めた。

 攻めあぐねるアライブを、山羊男が挑発する。


「どうした、爆発まで後5分しかないぞ!」


「それだけあれば充分だ」


 月岡はそう言い返して、アライブにエボリューション21の起動キーを投げ渡す。

 アライブは鍵を天に掲げ、強化変身のための口上を唱えた。


「エボリューション21・バトルモード!!」


 鎧と化したバイクが粘液を弾き返しながらアライブの全身に装着され、彼はエボリューションアライブとなる。

 エボリューションアライブは渾身のアッパーカットを放ち、スネイルの体を空高く打ち上げた。


「舐めた真似してんじゃねえ……うぐっ!」


「決めろ、日向昇!」


 襲いかかろうとする山羊男を射撃で怯ませ、月岡がライフルを投げ渡す。

 アライブはそれをライオンキャノンに変化させ、自由落下していくスネイルに狙いを定めた。


「はぁあああ……うぉりゃあ!」


 周囲の炎を力として取り込み、一気に撃ち放つ。

 放たれた火炎弾は見事スネイルに命中し、彼は花火となって暮れ始めた空を彩った。


「チッ、覚えてろ!」


 捨て台詞を吐き遺して、山羊男は遊園地を去る。

 アライブは昇の姿に戻ると、倒れていた火崎に優しく手を差し伸べた。


「やりましたね、火崎さん」


「……おう!」


 火崎は頷き、彼の手を取って立ち上がる。

 市民を守った英雄と家族を守った英雄は互いの健闘を称え合い、サムズアップを交わすのだった。


「結局、碌に遊ばせてやれなかったなぁ」


 数時間後、事後処理を終えた火崎は独り言を呟きながら遊園地の出口に向かって歩いていた。

 空はすっかり暗くなり、空気も一段と肌寒い。

 吹き抜ける風に急かされて遊園地を出た火崎を、さくらとあかねが出迎えた。


「二人とも待ってたのか。外寒いんだし、先に帰ればよかったのに」


「そういう訳にはいかないでしょ。……ほら、さくら」


 あかねに軽く背中を押され、さくらがおずおずと前に出る。

 さくらは深呼吸をすると、勇気を振り絞って頭を下げた。


「……さっきは嫌いだなんて言って、ごめんなさい」


「そんなの全然気にしてないよ。こっちこそ、勝手にどっか行ったりしてごめん」


 火崎は素直に謝り、横目で遊園地を見る。

 静かになった遊園地にえも言われぬ寂しさを感じながら、彼は妻と娘に言った。


「また今度、遊びに来ような」


「……うん」


「その時までには特危獣なんか出てこない、平和な世の中にしてみせる。……多分恐らくきっと!」


「もう、そこは断言しなさいよ」


 あかねの鋭いツッコミが飛び、火崎夫妻はくすくすと笑う。

 二人の手を繋いで、さくらが満面の笑みを浮かべて言った。


「絶対できるよ。だってパパは、ヒーローだもん!」


「そっか……ヒーローか!」


 胸に熱いものが込み上げ、火崎は思わず目頭を拭う。

 彼は屈託なく笑うと、さくらを思い切り持ち上げた。


「さあ帰ろう! 今夜はすき焼きだ! それっ、ヒーロー高い高い!」


「きゃーっ!」


「もう、二人ともハシャがないの」


 遊園地に別れを告げて、火崎たちは賑やかに家路を歩いていく。

 その日囲んだ食卓は、これまでで一番温かかった。

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