第28話 懐かしい味
最悪の実験
「報告します。ソウギ様の研究データに、何者かが不正アクセスした形跡がありました」
「そうかい」
GODの報告を聞き流しながら、ソウギは実験室で再生特危獣の研究に勤しむ。
振り向きすらしない主人に、GODは淡々と続けた。
「侵入者のアクセス履歴を読み取った所、侵入者は日向ナオノリと日向ユキミという人物について調べていたようです」
「……ナオノリとユキミ?」
ソウギが初めて表情を変え、試験管を置いて振り返る。
暗い面持ちの彼に、GODは心配そうに言った。
「ソウギ様?」
「いや、久しぶりに聞く名前だと思ってね」
ソウギはすぐにいつもの軽薄な笑みを取り戻し、照明を消して実験室を去る。
後に続くGODに、彼は外出の目的を告げた。
「そろそろ潮時だ。『反動実験』のデータを収集しに行くよ」
「はっ」
ソウギとGODは洋館を出て、ガレージに停めていた霊柩車を走らせる。
同じ頃、集落では馬渕が興梠の墓を訪れていた。
自然の中に立てられた簡素な墓標に手を合わせ、在りし日の彼女を想う。
墓参りを終えた馬渕が大熊とモグヒコの待つ地下空洞に戻ると、肉の焼けるいい匂いが彼の鼻腔を擽った。
本能に訴えかけるような匂いに吸い寄せられて、馬渕はキッチンへと足を踏み入れる。
エプロン姿のモグヒコが、気の抜けた笑顔で振り向いた。
「あ、駿だ。おかえりー」
「ただいま。何作ってるの?」
「ハンバーグだよ!」
フライパンの上では、楕円形の肉塊がじゅうじゅうと音を立てている。
焦げ始めたハンバーグを見て、馬渕が慌てて言った。
「わぁ美味しそう……って火! 目を離したら危ないよ!」
「あっ、ごめん!」
そうしてハンバーグは焼き上がり、モグヒコは黒い焦げ目のついたハンバーグを茹でた人参、ブロッコリーと共に皿に載せる。
最後にデミグラスソースをかけて、モグヒコの特製ハンバーグプレートは完成した。
「はい、どうぞ!」
円卓で待つ大熊の元にプレートを運び、モグヒコが満面の笑みで言う。
大熊は両手を合わせると、ハンバーグの一切れを口に運んだ。
「ありがとう。では、早速頂こう……むッ!?」
肉を飲み込んだ瞬間、大熊の目の色が変わる。
彼は獣のようにハンバーグを貪り食うと、切り株の円卓を叩いて叫んだ。
「もっと! もっとォオオオ!!」
「……分かったよ」
モグヒコが隠し扉の鍵を開けると、中から冷凍保存された大量の生肉が姿を現す。
生肉の海に飛び込んだ大熊から目を逸らし、馬渕はモグヒコの胸倉を掴んで叫んだ。
「モグヒコ! 大熊さんに何を食わせたんだ!」
「ハ、ハンバーグ」
「そうじゃない! あのハンバーグは何でできてるんだ!? あれは一体何の肉なんだ……うわあっ!!」
モグヒコに突き飛ばされた馬渕の体が円卓にぶつかり、全身に鈍い痛みが広がる。
狂乱する大熊と倒れた馬渕を交互に見ながら、モグヒコは縋るように呟いた。
「これでいいんだよね、ソウギ」
「ああ。よくやってくれたね」
モグヒコに労いの言葉をかけながら、ソウギとGODが姿を現す。
馴れ馴れしくモグヒコの肩を組むソウギを睨みつけて、馬渕が言った。
「ソウギ! これは一体どういうことだ!!」
「全ては僕の実験だったんだよ。より強い本能を引き出すための『反動実験』。君たちは最初から、そのモルモットに過ぎなかったのさ」
大熊の前ですら本性を隠さなくなったソウギの姿に、馬渕はいよいよ共存の会の終焉を確信する。
ソウギは大仰に腕を振るい、反動実験について語り始めた。
「力は抑えれば抑えるほど、解放した時の反動が凄まじい。僕はその法則を特危獣の本能にも当て嵌めたんだ。人の味を覚えた熊……大熊くんを使ってね!」
「馬鹿を言うな! 大熊さんは人なんか食べてない!」
「食べたよ。でなきゃ集落の猟師たちが、血眼になって追い回すわけがないだろう?」
大熊が特危獣になった日、野生の熊だった彼は猟師たちの弾丸を受けて生死の境を彷徨っていた。
その理由は、餌を求めて集落に降りた大熊が人を喰らったことで人肉の味を覚えたからだったのだ。
「僕は大熊くんに進化の種を与え、『人間と共存しろ』と言った。そして大熊くんは馬鹿正直に言いつけを守り、自分の本能を抑えつけた!」
しかし獣の本能は消えることなく、大熊の心の奥底で燻り続けていた。
その事実と今の大熊を見比べて、馬渕は最悪の真実に辿り着く。
「じゃあ、大熊さんが食べたのは……」
「そうだよ。さっきのハンバーグ、そして大量の生肉の正体は……人間だ」
その事実を告げて、ソウギは嬉しそうに笑う。
地下空洞に高笑いを響かせながら、彼は己の実験成果を誇示した。
「実験は大成功だ! 長いこと本能を抑えてきた特危獣は、少しの刺激を呼び水に大暴走を始めた! 特危獣の本能を人為的に強化する術を、僕はようやく見つけ出したんだぁっ!!」
GODの胸板を叩きながら、ソウギは一頻り笑い転げる。
その笑みに邪悪さを滲ませて、彼の目がモグヒコを射抜いた。
「忍ばせておいた内通者も、いい働きをしてくれたよ。ねえ、モグヒコくん?」
「……うん」
モグヒコは静かに頷き、ソウギの隣に立つ。
正体を現した彼の姿には、もはや少し前までの純粋さはなかった。
「オイラ、最初から全部知ってたんだ。オイラはみんなの情報をソウギ様に伝えながら、気付かれないように人間を殺してたんだ」
「そしてあの隠し部屋に、殺した人間の肉を隠していたのか」
「うん」
モグヒコはそれが当然であるかのように答える。
絶句する馬渕に、彼は淡々と続けた。
「興梠さんには気付かれたけど、彼女はオイラを庇ってくれた。彼女が事件を起こしたのも、捜査の目をオイラに向けさせないためだった」
真実の糾弾より共存の会の存続を選んだ興梠はモグヒコの共犯者となり、最後には自らの手で命を絶った。
微かな憐れみを込めて、モグヒコが言った。
「興梠さんには、本当に感謝してるよ」
「モグヒコ……お前ぇえええ!!」
湧き上がる怒りに身を任せ、馬渕はモグヒコに殴りかかる。
しかしGODの銃撃を受け、彼は壁に吹き飛ばされた。
「大熊くんも食事を終えたみたいだね。久しぶりの人肉はどうだった?」
生肉の海を砂漠に変えた大熊が、何も言わずにぬるりと這い出る。
彼は特危獣ベアーの姿に変わり、地上へと飛び出した。
「僕たちも行こう。実験の成果を見届けるんだ」
「はっ」
ソウギたちもベアーの後に続き、馬渕だけがその場に残される。
伽藍堂になった思い出の場所を見渡して、彼は拳を握りしめた。
「このことを伝えるんだ。昇くんに、特撃班のみんなに……!」
——————
継承のラストラン
その日、集落はかつてない恐怖と混乱に包まれた。
本能を解放した特危獣ベアーの暴走により家屋は破壊され、逃げ惑う人々は次々とベアーの餌食になっていく。
集落の住人たちを逃しながら、馬渕がベアーの前に立ちはだかった。
「大熊さん!」
ベアーはゆっくりと振り返り、鼻息荒く馬渕を威嚇する。
痺れるような圧力を感じながら、馬渕はベアーに訴えかけた。
「やめて下さい大熊さん。あなたはそんな人じゃない!」
しかし説得は通じず、ベアーは雄叫びを上げて馬渕に襲いかかる。
振り下ろされた爪を寸前で躱し、馬渕は特危獣ホースへと変貌、応戦した。
剛腕を大槍で受け止め、無防備な腹に前蹴りを見舞う。
続けて大槍を突き出すが、ベアーの頑強な肉体はホースの攻撃を容易く弾き返した。
「何っ……うぁああッ!!」
怯んだホースはベアーの猛反撃を喰らい、集落の集会所まで吹き飛ばされる。
その衝撃で変貌が解け、ホース––馬渕の正体が住人たちの前に曝け出された。
「馬渕も特危獣だったなんて……」
「儂らは今までこんな奴らと暮らしとったのか!?」
「来ないで! 化け物ぉ!!」
人々は口々に目の前の脅威を罵倒し、我先にと集落を捨てて逃げ去っていく。
痛みに呻く馬渕をせせら笑って、ソウギが言った。
「どうだい? これが君たちが共存しようとしていた人間の正体だよ!」
「……っ!」
追ってきたベアーが集会所の扉を叩き壊し、馬渕に迫る。
ベアーの無慈悲な一撃が突き刺さる刹那、馬渕は身を翻して攻撃を躱した。
「人間とか特危獣とかどうだっていい。僕は戦う。僕が『馬渕駿』であるために!」
自分自身の人間性を守るため、馬渕は特危獣ホースへと変貌する。
馬渕の強い想いに反応したその姿は、鎧を纏った武将を思わせる新たな形態・驀進体となっていた。
「はあッ!」
大槍と盾を構え、ホース驀進体はベアー目掛けて突進する。
逃げた住人による通報を受けた特撃班本部に、甲高い警報音が鳴り響いた。
金城が簡潔に情報を伝える。
「特危獣ベアーとホース出現! 現在、国道22号線で戦闘を行っている模様!」
「大熊さんと馬渕さんが!? どうして」
「迷うな! 特撃班出動だ!」
「了解!!」
火崎の号令に背中を押され、昇はエボリューション21を走らせる。
少し後ろを走る特殊車両の無線機に、木原からの通信が入った。
「たった今情報が来たよ。特危獣ベアーによる死傷者が、100人を超えたって」
「……100人」
ハンドルを握りしめながら、月岡が噛み締めるように呟く。
彼は前を向いたまま、後部座席の火崎と金城に言った。
「俺たちがこれから戦うのは、多くの人生を奪った凶悪な特危獣です。これまで通り、倒すことだけを考えて下さい」
「……ああ」
「分かっています」
火崎と金城は頷き、大熊総一の記憶を心の奥底に封じ込める。
これでいい、と月岡は小さく呟いた。
昇はきっとベアーの身を案じ、戦いを躊躇うだろう。
そんな昇に指針を示すために、そして昇がいつまでも優しくあり続けるために、自分たちが無慈悲にならなくてはいけない。
冷たい決意を胸に秘め、月岡はアクセルを踏み込んだ。
「ふっ! はぁっ!」
機敏な動きでベアーを翻弄しながら、ホース驀進体は確実に攻撃を繰り出す。
このまま体力を削り落とせば暴走は止まり、元の大熊に戻るかもしれない。
微かな希望を込めて突き出した大槍を、ベアーは両腕で受け止めた。
「グォオオオ!!」
強靭な握力で大槍を挟み潰し、爪でホースを切り裂く。
しかし彼は怯むことなく槍を振るい続け、ついにベアーの腹部を貫いた。
槍を捩じ込む手に、肉を抉る感覚が伝わる。
槍に全神経を集中させ、ホースは目を血走らせて叫んだ。
「これで終わりだ!!」
ベアーの命も、彼が掲げた共存の夢も。
しかし本当に終わったのは、ホースの攻勢の方だった。
「がはっ……!」
遥か遠方から放たれたGODの弾丸が、ホースの背中を貫く。
ホースは力なく崩れ落ちると、馬渕の姿に戻ってベアーの理性なき目を見上げた。
咳き込んだ拍子に吐いた血が、アスファルトを紅く汚す。
ようやく現着した昇がバイクを降り、馬渕の名を呼びながら駆け寄った。
「昇、くん……」
しかしベアーは言葉を交わすことすらも許さず、昇と馬渕に牙を剥く。
特殊車両から飛び出した月岡たちが、一斉射撃でベアーの注意を逸らした。
「今です、こっちへ!」
昇は馬渕を助け起こし、戦場から少し離れた場所まで運ぶ。
乗り捨てられた車に背を預けて、馬渕が言った。
「ありがとう。でも、僕はもう駄目だ」
「そんなこと言わないで下さい! 諦めなければきっと!」
「昇くん」
馬渕は最期の力を振り絞り、昇の言葉を遮る。
その瞳に消えゆく蝋燭のような輝きを宿して、彼は告げた。
「人間と共存する夢、君に託すよ」
「……馬渕さん」
「僕たちにできなかったことを、君がやってくれ。人間の心を持ってる、君が……」
そう言い残して、馬渕は静かに事切れる。
物言わぬ骸となった友の体を思い切り抱き締めて、昇は何度も頷いた。
そしてゆっくりと体を離し、戦場へと舞い戻る。
未だ暴れ狂うベアーに、彼は決意を込めて宣告した。
「大熊さん。あなたを倒す」
昇はショックブレスを起動し、己の心臓を殴りつける。
生命力の昂りを感じながら、彼は吼えるように叫んだ。
「超動!!」
昇はアライブへと変身し、全身を灼熱の炎で包む。
不死鳥となったアライブが、剣を構えてベアーに突撃した。
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