第3話 取りつく島、切り裂く鎌

疑念と信頼




 特撃班の研究室は、恐ろしい雰囲気に包まれていた。

 戦々恐々とした様子で正座する木原を、筋骨隆々の巨漢が叱責する。


「021を独断で解放するとはどういうつもりだ、木原!」


「でも、実際問題それ以外に手はなかったわけだし……結果も上々だったし……」


「我々が問うているのは結果の是非ではなく行動の是非です。もし021が凶暴な特危獣だったら、街はどうなっていたと思いますか?」


 巨漢の隣に立つ眼鏡をかけた男が、早口で木原の反論を封殺した。

 眼鏡の位置を修正しながら、男はやはり早口で続ける。


「本来、行動とはリスクや責任を考慮した上で慎重に行うものです。021の功績を加味しても、貴女の行いを見過ごすことはできません」


「暫く頭を冷やすんだな」


 眼鏡の男と巨漢が研究室を去ろうとした時、議題となっていた昇と月岡が帰ってくる。

 月岡は姿勢を正すと、巨漢の目を見て敬礼した。


「ただいま戻りました」


「月岡! 無事だったか」


「はい。彼のお陰で何とか」


 月岡に顔を向けられ、昇は照れくさそうに頬を掻く。

 彼は巨漢に頭を下げて、簡単な自己紹介をした。


「おれ、日向昇っていいます。よろしくお願いします」


火崎島三郎ひざきしまさぶろうだ。月岡が世話になったな」


「島先輩は俺の教育係だったんだ。警察官として、大切なことを幾つも教わった」


 月岡の説明を聞いて、昇は納得したように頷く。

 硬い雰囲気やぶっきらぼうな喋り方など、両者の間には確かに共通点があった。

 もはや敵意とも取れる冷たさを持って、火崎が口を開いた。


「021。今回の一件でお前の処分は保留になったが、身の潔白が証明されたわけじゃない。俺は明日にでも意見書を提出し、お前を殺処分にするよう上に進言するつもりだ」


 お前はどう思う、と火崎は月岡に意見を求める。

 月岡は慎重に言葉を選びながら、自身の見解を告げた。


「俺としては、日向昇を正式に特撃班の戦力にしたいと考えています」


 月岡の言葉に、研究室がどよめく。

 呆れたような溜め息を吐いて、火崎が言った。


「助けられたからといって特危獣に情けをかけるとは……。お前らしくもないな、月岡」


「客観的事実から判断しただけです。それに、彼は俺だけでなく逃げ遅れた一般市民も救助していました」


 バイソンが投げ飛ばした車から少女を庇う昇の姿を、月岡は鮮明に記憶している。

 眼鏡の男––金城きんじょうが手を挙げ、自分の考えを表明した。


「しかしそれを示す証拠がありません。確たる物的証拠がない限り、私も火崎さんに賛成します」


 アライブ肯定派の月岡・木原と、否定派の火崎・金城。

 意見はきっぱりと二分され、研究室に剣呑な空気が立ち込める。

 冷たい沈黙を破って、火崎のスマートフォンが振動した。


「こちら火崎……えっ!?」


 火崎の反応に、昇たちはすわ特危獣の出現かと身構える。

 しかし直後に響いた声を聞いて、彼らは盛大に脱力した。


「島くん! 今日は早く帰れるって言ったよね!」


「えっ……島くん?」


「島先輩は結婚してるんだ。あの様子だと、奥さん相当怒ってるな」


 困惑する昇に、月岡が耳打ちする。

 昇、月岡、木原、金城の四人が縮こまっている間にも、怒りの嵐は更に激しさを増していた。


「もういいわ! 家に帰っても、あなたの晩ご飯はないからね!」


「ああっそれだけは……ちょっと! おーい!」


 無慈悲な宣告を下され、無機質な電子音が会話の終了を告げる。

 打ちひしがれる火崎に、昇が恐る恐る言った。


「あの、今日はもう帰った方がいいんじゃ」


「うるさい! 分かってるよそんなことは!」


 目に涙を浮かべながらそう叫び、恐妻家・火崎島三郎は逃げるように帰宅した。

 金城もぴったり45度の礼をしてから研究室を去り、後には昇と月岡、木原の3人だけが残される。

 ほとぼりが冷めたのを確認して、木原が床に胡座をかいた。


「あ〜助かった! あの人のお説教長いんだよねぇ。二人ともナイスタイミング!」


 あまりにあっけらかんとした彼女の態度に、昇は少々後退りする。

 木原は立ち上がって伸びをすると、眉を顰める月岡に言った。


「で、シズちゃんは今夜どうするの? 家に帰る?」


「仮眠室で休みます。帰宅しても、どうせ寝るだけですから」


「そっか。あたしも今日は徹夜でデータ纏めるし、キメラちゃんは当然ここで経過観察だから……みんなでお泊まりだ!」


「いいですねお泊まり!」


「イェーイ!!」


「危機感のない二人だ……」


 ハイタッチを交わす昇と木原に背を向けて、月岡が額を押さえる。

 三人が賑やかに夜を過ごしているのと同じ頃、遠く離れた路地裏に一人の女がいた。

 濃緑色のフードの中に鼻筋の通った顔を隠し、両手に持った草刈り鎌を擦り合わせながら夜道を歩いている。

 暫く路地裏を徘徊していると、スカジャンを着たいかにも軽薄そうな男が声をかけてきた。


「お姉ちゃん、ちょっと俺と遊ばない? そんな物騒なもん置いてさぁ」


「……」


「何とか言ったらどうなのよ、ねえ」


「……!」


 男が草刈り鎌を奪おうとした瞬間、女は特危獣018・マンティスへと姿を変える。

 そして右手の鎌を振り抜くと、男は首と胴体に分かれて地面に転がった。

 人間体に戻ったマンティスの元に、今度は黒いスーツの男が現れる。

 それは数日前に日向昇の亡き骸を連れ去った、葬儀屋の男だった。


「目にも留まらぬ鎌の一撃で斬殺か。実に君らしい、見事な殺し方だ」


 葬儀屋はスカジャン男の生首を拾い上げ、愛おしそうに抱きしめる。

 そして無造作に投げ捨てると、顎に手を当てて独り言を呟いた。


「それにしても、もう人間の姿を獲得したのか。昆虫の成長スピードがそうさせたか……或いは『彼』の影響か」


 白いシルクのハンカチーフで手を拭い、葬儀屋がスマートフォンを取り出す。

 報道陣がカメラに捉えたアライブとバイソンの画像が、ネットニュースの一面を飾っていた。


「計画は順調に進んでいる。進化と進化、ぶつけてみるのも面白い」


 葬儀屋の男に連れられて、マンティスは都会の雑踏に消えていく。

 満月の優しい輝きが、灰色の雲に隠された。

—————

クレイジーマンティス




 朝のニュース番組を染め上げたのは、あまりにも衝撃的な事件だった。

 現場のニュースキャスターが、マイクを片手に事件の概要を説明する。

 研究室に集合した昇たち5人は、険しい表情でテレビの画面を眺めていた。


「昨夜未明、東都F地区の路地裏で20人の死体が発見されました。死体は全て首を切断されており、警察は特危獣018・マンティスの犯行と見て調査を続けています」


「マンティスかぁ。厄介なのが来たね」


 木原は機械を操作して、昆虫型特危獣の画像を表示する。

 眼鏡の位置を直しながら、金城が口を開いた。


「マンティスは半年前にも出現し、同様の手口で13人を殺害しました。その時は月岡さんが撃退しましたが……」


「命拾いしただけだ。今回は必ず倒す」


 犠牲者の無念を心に刻み、月岡は決意を新たにする。

 気を引き締める昇たちに、ニュースキャスターが更なる速報を伝えた。


「た、たった今マンティスが出現しました! 街は大パニックに陥り……」


 言い終わるのを待たずしてマンティスがその首を切り落とし、逃げ出したカメラマンの残したカメラを拾う。

 そしてカメラに自分の顔を映すと、マンティスは触角を振動させた。

 耳を押さえて苦悶し始めた昇に、月岡が駆け寄る。


「どうした!?」


「超音波を出してるんだよ。人間には聞こえない周波数でね」


 木原が小型の機械をテレビに向け、マンティスの超音波を解析する。

 やがて解析を終えた機械が、超音波の内容を言語化した。


『同胞を狩る者よ、私と戦え。拒めばこの鎌で全てを切り刻む』


「これは……」


「同胞とは特危獣のこと。そして特危獣を狩る特危獣は021以外にありません。つまりこれは、021への挑戦状です」


 言葉の意図を要約した金城が、火崎に顔を向ける。

 火崎はテレビの電源を切ると、拳を握りしめて呟いた。


「021を表に出すのは危険だが、出さなきゃ確実に被害が増える。最悪だ……!」


 予想される危険性と現実に迫る脅威の狭間で、火崎の心は揺れる。

 そんな彼の目を見据え、月岡は無言で訴えかけた。


「……分かってる」


 火崎は頷き、出動準備を整える。

 そして全員の顔を見渡して、彼は昇たちに指示を出した。


「今回の作戦に限り、我々は021を協力者と認定する。いいな!」


「了解!!」


「よし、特撃班出動!」


 オペレーターを務める木原に見送られ、昇たち四人は現場に急行する。

 交差点の中心に佇むマンティス目掛けて、月岡と火崎、金城が拳銃を構えた。

 マンティスも鎌を振り上げ、両者は暫し睨み合う。

 建物の影に身を隠しながら、昇は木原から変身の許可が降りるのを待った。


「……今だよ!」


 木原が叫ぶのとほぼ同時に、マンティスが鎌から衝撃波を放つ。

 昇はすかさずアライブへと変身し、ゴートブレードで衝撃波を相殺した。


『来たか、同胞を狩る者よ』


 マンティスの超音波には答えず、アライブは武器を構えて突進する。

 しかしマンティスはそれ以上の速さでアライブに接近し、二振りの鎌でアライブの胴体を斬り裂いた。


「ぐぅッ!」


 鮮血を撒き散らすアライブを蹴り倒し、追い討ちとばかりに鎌を振り下ろす。

 アライブは間一髪で攻撃を回避するが、敵の猛攻を前になかなか反撃に転じることができない。

 トドメを刺そうとしたマンティスの手首に、月岡の放った弾丸が命中した。

 弾みで鎌を取り落とし、マンティスが激しく狼狽する。

 決定的な隙を突き、アライブは拳に纏った蹄を打ち込んだ。

 大きく怯んだマンティスに、火崎と金城が特殊弾を乱射する。

 マンティスは激しく激昂し、超音波の咆哮でアライブたちを威圧した。


『命より大事な鎌をよくも……許さん!!』


「があぁぁぁっ!!」


 超音波の高周波が拳銃を破壊し、アライブを苦しめる。

 そしてマンティスは怒りに任せて鎌を振るい、直径約3メートルの衝撃波を放った。


『死ね!!』


 精密性度外視の一撃は無軌道に空を飛び回った末、ビルとビルを繋ぐ渡り廊下を両断する。

 不幸にも廊下を渡っていた一人の男が、攻撃の煽りを受けて落下した。


「危ないっ!」


 アライブは男を助けるべく、全ての力を脚に込めて跳躍する。

 ビルの壁を垂直に駆け上がって男を抱き留めると、二人は近くのごみ集積所に着地した。

 ごみが緩衝材となって着地の衝撃を和らげ、男はどうにか事なきを得る。

 彼を逃して戦闘を再開しようとしたアライブに、冷静さを取り戻したマンティスが言った。


『鎌が壊れた。ここまでだ』


「待て、まだ勝負は」


 アライブの言葉を無視して、マンティスは街から姿を消す。

 未だ神経を張り詰めるアライブの元に、月岡たちが駆け寄った。


「日向昇!」


「月岡、さん……」


 力を使い果たしたアライブの変身が解け、元の日向昇に戻る。

 厳しい表情の月岡たちに、彼は息絶え絶えに謝罪した。


「ごめんなさい。おれ、あいつを倒せませんでした」


「喋るな。一旦戻って体勢を立て直すぞ」


 月岡に促され、四人はパトカーに乗り込む。

 運転席の月岡がアクセルを踏むと、車は特撃班の拠点目掛けて走り出した。

 昇と火崎は後部座席に揺られながら、気まずそうに互いの顔を見合わせる。

 先に口を開いたのは、火崎だった。


「すまなかった」


「えっ?」


「お前のことを誤解していた。あそこまでの無茶を見せられたら、信じないわけにはいかないな」


「それって……」


「我々は、あなたを味方として認めたということです」


 助手席の金城が、心なしか優しい声色で告げる。

 生存を許された事実を数分かかって飲み込み、昇は絞り出すように叫んだ。


「あ……ありがとうございます!」


 しかし大きな声が怪我に響いてしまい、昇は腹を押さえて蹲る。

 和解を果たした昇と火崎の賑やかな声を聞きながら、月岡は車を走らせた。


「着いたぞ」


「着いたって……ここ、中華料理屋さんですよね」


 目の前の建物と月岡の顔を交互に見ながら、昇が怪訝そうに口を開く。

 『麻婆堂まーぼーどう』と書かれた暖簾に赤を基調とした外観は絵に描いたような中華料理屋そのもので、本来帰るべき特撃班の本部とは似ても似つかなかった。


「ええ。この麻婆堂こそ、我々特撃班の隠れ蓑です。地下に本部を置かせて頂いている代わりに、非番の日は店の手伝いなんかも……まだ話終わってませんよ!?」


 解説し始める金城を置いて、昇たちは店の暖簾を潜る。

 カウンター席で炒飯を頬張りながら、木原が四人を出迎えた。


「みんなおかえりー」


「木原さん!? じゃあ、金城さんの言ってたことは本当だったんだ……」


「まあそういうわけだ。詫びと言っちゃあアレだが、何でも好きなもん食っていいぞ」


 事実をようやく受け入れた昇に、火崎がメニュー表を手渡す。

 昇は一瞬目を輝かせるものの、役目を果たせなかった罪悪感に押し潰されて俯いた。


「いいんですか!? でも、おれ特危獣倒せなかったし……」


「なら尚更だ。明日の勝利のために、今は英気を養え」


 月岡に諭されて、昇は今日までの人生を思い返す。

 入院していた頃は点滴や重湯、流動食ばかりで、普通の食事など一度もしたことがなかった。

 だが今の肉体ならば、15年も願い続けた普通の食事をするという夢を叶えることができる。

 それを改めて認識し、昇の顔に晴れやかな笑顔が浮かんだ。


「……はい!」


「よっしゃ! さ、何が食いたい?」


「麻婆豆腐、大盛りでお願いします!」


「俺もそれにするぞ! あと餃子!」


「塩ラーメン、ネギ抜きで」


「月岡さんは相変わらずネギが嫌いなようですね。あ、私は唐揚げ定食を」


「あたし炒飯おかわりー」


 5人は思い思いに料理を注文し、談笑しながら料理が届くのを待つ。

 他愛ない世間話の中で、木原が不意に切り出した。


「キメラちゃんの変身後なんだけどさ、新しくコードネームつけない? いつまでも021じゃ味気ないし」


「それならもうありますよ。この間、月岡さんがつけてくれたんです」


 月岡と顔を見合わせて、昇はにっこりと笑いかける。

 そしてこれから幾度となく死線を潜り抜ける仲間たちに、彼は戦士としての名を告げた。


「おれの名前は……アライブです!」






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