第40話 葬儀

価値なき命




 早朝、昇たちは予定通りに森の奥の洋館へと到着した。

 建物全体が放つ薄気味悪い気配に、木原が顔を顰める。


「いかにも悪の根城、って感じだね」


「ああ。さっさと終わらせちまおうぜ」


 火崎が先陣を切り、5人は扉を開けて館内に突入する。

 大広間でコーヒーを飲んでいたソウギを包囲して、火崎が叫んだ。


「ここまでだ、ソウギ!」


「……物騒な客人だね」


 ソウギはゆっくりと立ち上がり、首だけを動かして特撃班を見回す。

 余裕の態度を崩さない彼に、月岡が警察手帳を突きつけた。


「特別危険生物駆除法違反の容疑で、お前を逮捕する」


「一応聞くけど、どうしてここが分かったんだ?」


「GODが教えてくれたの」


 木原はポケットからUSBメモリを取り出す。

 その瞬間、ソウギの顔から一切の感情が消えた。


「……なるほどね。結局はGODも、使えない失敗作だったということか」


「さあ、大人しく我々と来い」


 生気なく呟くソウギに、月岡が手錠をかけようとする。

 ソウギが彼の手を払い除けた瞬間、火崎と金城が左右から襲いかかった。


「くっ!」


 ソウギはテーブルに飛び乗って二人を躱し、足元の花瓶で金城を殴りつける。

 その隙にテーブルを駆け抜け、手当たり次第に椅子を投げつけた。


「不老不死には届かなくても、特危獣の力自体は残ってる。簡単には捕まえられないよ!」


「それでも必ず捕まえる!」


 飛んでくる椅子を回し蹴りで壊し、昇はソウギの後を追う。

 彼は地下に続く階段を飛び降りてソウギを追い越すと、両腕を広げて道を塞いだ。


「く……!」


 引き返そうとするソウギの前に、今度は月岡たちが立ちはだかる。

 進退極まったソウギは吹っ切れたように笑うと、懐に忍ばせていた剃刀を取り出した。


「やめろ!」


 剃刀の刃が首筋に食い込む刹那、昇がソウギの腕を掴む。

 床に落ちた剃刀を、月岡が拾い上げた。


「これは押収させてもらうぞ」


「……生きて償えって言うのかい。随分むごいことを言うじゃないか」


「むごいのはお前だろう!」


 ソウギの身勝手な言葉に、月岡は声を荒げる。

 望まずして異形となった相棒や特危獣事件の被害者たちの無念を思い、彼はソウギの胸倉を掴んで捲し立てた。


「貴様のせいで何人もの人間が人生を狂わされた! 貴様の所業の方が、よほど……!!」


 月岡はソウギを殴りつけ、押し倒して組み伏せる。

 火崎と金城も加わった激しい乱闘の末、遂に月岡の手錠がソウギの手首を捕らえた。


「午前7時32分、犯人確保ッ!!」


 月岡の叫びが、地下通路に残響する。

 連行されていくソウギに、金城が冷徹な態度で言った。


「諸行無常とはこのことですね、ソウギ」


「驕れるものも久しからずか。……でもこの場合、驕れるものはどっちかな?」


「お前に決まってんだろ! おら、キビキビ歩け!」


 火崎に怒鳴られ、ソウギは申し訳程度に歩調を速める。

 洋館を出た昇たちを、5人の警官が出迎えた。


「ご苦労だった。後は我々に任せてくれ」


 月岡は敬礼し、ソウギを警官の一人に引き渡す。

 その瞬間、警察帽子の奥の目が獰猛にギラついた。


「ッ!」


 警官の蹴りを喰らい、月岡の体が吹き飛ばされる。

 向かってきた火崎と金城も薙ぎ払い、彼は特危獣ドラゴンフライに姿を変えた。


「どういうこと!?」


 予想外の事態に、木原が驚愕の声を上げる。

 ドラゴンフライに手錠を砕かれたソウギが、邪悪な笑みを浮かべて言った。


「前に言わなかったっけ? 人間をやめたい連中は多いって」


「……まさか!」


「そのまさかさ。僕は警察内部にスパイを紛れ込ませていたんだ。だからこそ、君たちの突入にも対処できたというわけさ!」


 ソウギは天を仰ぎ、大きな高笑いを響かせる。

 不快な雑音を掻き消すように腕を振るって、火崎が叫んだ。


「お前らそれでも警察官か! 人を守る思いは、使命はどうでもいいってのか!!」


「どうでもいいね! 使命より金だ、金!」


「それに力もな。特危獣の力は最高だぜ! あははははっ!!」


 悪魔に魂を売った警官たちは火崎の説得を一蹴し、昇たちを取り囲む。

 ドラゴンフライがソウギを連れて飛び去った瞬間、他の四人も特危獣に変貌した。

 バイソン、スクイッド、スパイダー、チェスナット。

 スパイダーの攻撃を躱して、月岡が空中のドラゴンフライにペイント弾を撃ち込んだ。


「俺たちが時間を稼ぐ! その間にソウギを追え、日向昇!」


「そんなことしたらみんなが!」


「ソウギを捕えるには今しかないんだ! この機会を無駄にするな!!」


 月岡の叫びに、木原たちも頷く。

 昇を送り出さんとする特撃班目掛けて、特危獣軍団の同時攻撃が放たれた。


「超動!!」


 昇は咄嗟に変身し、アライブ・ライオンフェーズとなって月岡たちを庇う。

 そして灼熱の咆哮で特危獣軍団を怯ませ、月岡のライフルに手を触れた。

 月岡の手の中で、銃がライオンキャノンに変わる。

 アライブの意図を察して、月岡は力強く断言した。


「必ずこいつらを倒し、合流する。それまで待っていろ」


「……はい!」


 バイクで走り出すアライブを背に、月岡がライオンキャノンを構える。

 生身の人間が使うには強すぎる衝撃に、月岡の全身が悲鳴を上げた。

 骨が軋み肉が裂け、内臓が痙攣する。

 それでも彼は決して銃を手放さず、力を込め続ける。

 死力を振り絞る月岡を、木原がしがみつくようにして支えた。


「木原さん……!」


「俺たちもいるぜ!!」


「私たちで終わらせましょう!」


 火崎と金城も加わり、四人がかりでキャノンを制御する。

 四人は魂の雄叫びと共に、極限まで高まったエネルギーを撃ち放った。


「……ぅおりゃあああああっ!!!!」


 獅子を模った火球が特危獣軍団を包み、跡形もなく焼き尽くす。

 燻っている黒い炭を見据えながら、月岡は膝から崩れ落ちた。


「まだだ……ッ」


 月岡は木を支えに立ち上がり、覚束ない足取りで特殊車両に乗り込もうとする。

 ハンドルを握る彼を助手席に突き飛ばして、火崎が運転席に座った。


「お前は休んでろ! 俺が運転する」


「島先輩……」


 助手席のシートに背を預け、月岡はとうとう力尽きる。

 木原と金城が後部座席に乗り込んだのを確認すると、火崎は特殊車両のアクセルを踏み込んだ。

 ペイント弾の跡を辿り、ソウギを追う。

 そこがソウギの、そしてアライブの最後の場所となることを、彼らはまだ知る由もなかった。

——————

死にゆく獣と生きる人




 深い森の中、アライブは全速力でバイクを走らせてソウギを追う。

 雪を孕んで吹き荒ぶ風に紛れる街の匂いを、アライブの鋭敏な嗅覚が微かに捉えた。

 街に出る前にソウギを捕まえんと、彼はサドルを踏み台にして天高く跳び上がる。

 ドラゴンフライを爪で切り裂き、彼諸共ソウギを地面に墜落させた。


「これ以上罪のない人たちを巻き込むな!!」


「罪のない? 僕を差し置いてのうのうと生きていること自体が罪だ!」


 アライブの言葉に、ソウギは激しく反論する。

 言い返そうとするアライブを遮り、ソウギは挑発的に彼を糾弾した。


「僕はただ生きたいだけなんだ。それよりも、特危獣でありながら人間社会に紛れようとする君の方がよっぽど罪深いんじゃないのかい?」


「違う、おれは人間だ!」


「いかに心が人間でも、肉体が特危獣である限り世界は君を人間と看做さない。何度でも言ってあげるよ。君は異形のバケモノだ」


 だが、アライブは動じない。

 人間であり続けるという決意を胸に、ソウギを追い詰める。

 後退りするソウギの背中が、大木の幹に触れた。


「……何をしてるドラゴンフライ! 僕を守れ!」


 ソウギの指示に従ってドラゴンフライが飛び出すが、アライブはそれを蹴り一つで昏倒させる。

 アライブが拳を振り上げた瞬間、ソウギが叫んだ。


「人殺し!」


 その言葉に、アライブの動きが止まる。

 ソウギは無防備なアライブに拳銃を撃ち、ショックブレスを粉々に破壊した。


「ブレスが……っ!」


 腕輪に制御されていた体内機能が狂い、アライブは昇の姿に戻る。

 倒れ込んだ昇の眼前で、ソウギはドラゴンフライの心臓を貫いた。


「お前、仲間を」


 赤黒い血のこびりついた肉塊を喰らう彼に、昇が愕然とする。

 ぶ厚い灰色の雲を見上げながら、ソウギが言った。


「仲間? 違うね。こいつは僕をアライブから逃せなかった、役立たずのゴミだ」


 失態を犯した部下をゴミと断じるソウギの目に、怒りの炎が灯る。

 彼は勢いよく振り向き、激情に任せて捲し立てた。


「病気を治せなかった医者どもも使えない特危獣も君たちに情報を売ったGODも! みんなみんなゴミに過ぎない! そしてアライブ君もだ!!」


「……なに?」


「君は僕を不老不死にするためだけに存在してるんだ! それを拒む君なんて、生きてる価値も意味もない!」


「価値とか意味とかじゃない! 生きてるって、それだけで素晴らしいことなんだ!」


「ほざくな!!」


 ソウギは反論する昇の背を踏みつけ、彼を強制的に黙らせる。

 昇の胸倉を掴み、彼は生への渇望を曝け出した。


「それが分かってるなら寄越せ。命を! 生を! 僕だけに!!」


 咳き込んで吐いた血反吐が昇の顔にかかり、生暖かい感触が冷えた皮膚を温める。

 痙攣してのたうち回るソウギの背に、蜻蛉の羽が生え始めた。


「進化の種も……そう言ってる……」


 これまで取り込んできた特危獣たちの遺伝子がソウギの体内で活性化し、彼を文字通りの異形へと変えていく。

 逸る思考回路の中、昇はショックブレスの消えた右腕に目をやった。

 細胞の制御機能を失った状態で変身すれば、二度と人間に戻れなくなるかもしれない。

 だが、変身しなければ人々を守れない。

 人間として生きるために、少年は––。



「……超動」



 ––異形となった。

 縦一文字に剣を突き立て、ソウギの心臓を穿つ。

 誰よりも死を恐れた人間かいぶつが、誰よりも生を望んだ怪物にんげんに葬られた瞬間だった。

 白い雪が血で染まり、赤くなった地面をまた雪が覆い隠す。

 それを数度繰り返した頃、月岡たちの車がアライブの元に辿り着いた。


「日向昇!」


「月岡さん……」


「ソウギは、ソウギはどうなった!?」


 アライブは何も言わず、赤い血溜まりを見やる。

 その中で横たわる異形がソウギであることを察し、火崎が静かに呟いた。


「……そうか」


 法の裁きを受けさせることは叶わなかったが、それでも巨悪は去った。

 これからは特危獣に怯えることのない、平和な日々がやってくる。

 親愛なる戦友をその輪に加えんと、木原がわざとらしい程に明るく呼びかけた。


「帰ろうヒューちゃん! ほら、変身解い、て……」


 言いかけて、彼女はアライブの異変に気付く。

 右腕のショックブレスがない。

 それはつまり、アライブが永久に日向昇の姿を失ったことを意味していた。

 俯いて背を向けるアライブに、金城が叫んだ。


「行かないで下さい!!」


 アライブは小さく首を横に振り、エボリューション21に跨る。

 鍵を回した彼の背中に、月岡が叫んだ。


「日向昇!」


 返事はない。

 両者を隔てる冷たい静寂を、エンジンの音だけが埋める。

 それさえ聞こえなくなってしまう前に、友の背中が吹雪に消えてしまう前に。

 月岡は、もう一つの名を呼んだ。


「……アライブ!」


 アライブは振り向き、応えるようにバイクのアクセルを全開にする。

 そして二度と振り返ることなく、彼は森の奥へと走り去った。

 降り頻る白い雪に紛れて、その背中はどんどん小さくなっていく。

 アライブの姿が完全に消えた時、月岡は天に向かって咆哮した。


「日向ぁあああああっ!!!」


 やがて吹雪は弱まり、雲間から太陽の光が射してくる。

 アライブ、月岡たち、そしてソウギ。

 戦いの中で生き抜いた命たちを、青空が等しく包み込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る