第8話 殺人動物ランド
化け羊の怪!
深夜の動物園を、一人の警備員が歩いていた。
客も飼育員もいなくなった園内はやけに薄暗く、懐中電灯をつけても遠くまでは見渡せない。
ふと背中に視線を覚え、警備員は慌てて振り返った。
「何だ、ライオンか……」
ほっと胸を撫で下ろし、見回りを続行する。
特危獣絡みのニュースを思い出しながら、彼は独り言を溢した。
「最近多いよなぁ、特危獣。まあでも、こんな安月給な所に来るわけないよな……」
ぼやきながら暫く歩いていると、警備員の懐中電灯が人影を照らし出す。
目の前に立っていたのは、頭部に短い角を持つ丸い輪郭の特危獣だった。
「ひい……!」
つい先程まで無関係だった筈の最凶生物が、腰を抜かした警備員にじりじりとにじり寄る。
動物たちの楽園に、人間の絶叫が響いた––。
「……で、我々が呼ばれたというわけですか」
「はい。どうかこの動物園を、特危獣から守って頂きたいのです」
質素な作りのソファから立ち上がり、年老いた園長は月岡に深く頭を下げた。
二人がいる園長室には、様々な動物グッズや図鑑が所狭しと並べられている。
不安げな園長の目を見て、月岡がきっぱりと告げた。
「分かりました。特撃班として、責任を持ってお守りしましょう」
月岡は園長室を出て、本部の仲間に連絡を取る。
そして30分後、昇たちは月岡のいる動物園に合流した。
「ここが動物園……!」
「久しぶりに来たけど、やっぱワクワクするよね!」
「なんで木原さんまでいるんですか」
昇と一緒に目を輝かせる木原に、月岡がツッコミを入れる。
木原は何故か誇らしげに言った。
「だって行きたかったんだもん、動物園」
「はぁ……。俺たちは仕事で来てるんですから、あまりハシャがないで下さいよ」
「はーい!」
「日向昇、お前もだ」
「はいっ!」
児童と先生のようなやり取りを繰り広げる三人を見て、火崎と金城の表情が綻ぶ。
園内の地図を広げながら、月岡がメンバーの配置を説明した。
「島先輩と木原さんには、敷地の見回りをお願いします」
「任せとけ!」
「こ、この人と一緒かぁ……」
「何か言ったか?」
「いえっ何も! ただちょっと好き勝手に動けないことが残念だっただけであああ引っ張らないでぇ〜!」
木原は涙を浮かべながら、火崎の手で連行されていく。
二人を見送った月岡が、昇と金城の方を向いて言った。
「俺たちは病院に行って、例の警備員に話を聞きに行く」
「特危獣に襲われたというのに、生きているんですか?」
「ああ。特危獣に何かされたというわけではないらしい」
「妙ですね……」
眼鏡の位置を直しながら、金城が呟く。
三人は動物園を出ると、警備員のいる病院に車を走らせた。
「あんたたち、誰だ?」
現れた見知らぬ男たちに、警備員は怪訝そうな目を向ける。
月岡は丁重にお辞儀をすると、自己紹介と共に名刺を手渡した。
「特撃班……か。そんなお偉いさんが、俺に何の用だ」
「昨夜あなたが目撃した特危獣について、お話を伺いに」
「分かったよ。全部教えてやる」
警備員は水を飲むと、昨夜の出来事と特危獣の特徴を語り始める。
短い角と、全身の丸いシルエット。
聞き入る昇たちに、彼は更なる新情報を与えた。
「俺を見つけた奴の話によると、俺は羊の毛に埋もれて眠っていたらしいんだ。まるで、毛布に包まれているみたいに」
「それって……特危獣に寝かしつけられたってことですか?」
「まさか。単なる攻撃でしょう」
昇の突飛な意見を、金城が切り捨てる。
二人の間に割って入り、月岡が言った。
「行動の意図はどうあれ、まずは敵の正体を明らかにするのが先決だ」
月岡の言葉に、昇と金城が頷く。
その後も暫く警備員の話を聞いて、三人は動物園に戻った。
火崎と木原に合流し、両チームは互いの情報を共有する。
共通して浮かび上がってきたのは、『羊』という単語だった。
「この動物園には、ハナコっていう年寄りの羊がいてね。昨日で触れ合いや餌やりができなくなったんだけど……」
「その日の深夜なんだ。例の警備員が特危獣に遭遇したのは」
木原と火崎の言葉に、昇たちの中で最悪の想像が首をもたげる。
重い沈黙の中、昇が真っ先に口を開いた。
「まさか、ハナコちゃんが特危獣……?」
もしそれが本当ならば、この動物園は確実に潰れてしまう。
園長のことを思い出して、月岡の表情が強張る。
騒つく空気を切り裂いて、木原が明るく呟いた。
「いいね、それ」
「……は?」
「特危獣はどこから来たのか。自然発生か、はたまた人間の産物か。この事件は、それを解き明かす重大な鍵になるかもしれない」
探究心のみで動く木原に、生命倫理は存在しない。
しかし今回に限っては、そんな彼女の言葉が皆を動かす起爆剤となった。
「今日から一週間、俺たちで夜間の見回りをしましょう。敵が夜行性なら、それで尻尾が掴める筈です」
「よし、やってやろうじゃねえか!」
月岡の作戦に賛成し、火崎が闘志を燃やす。
そして今日の閉園時間から、特撃班による動物園の夜間警備が開始された。
厳正なるくじ引きの結果、初日の担当は月岡と木原に決定する。
客の去った動物園の中心で、木原が月岡に話しかけた。
「頑張ろうね、シズちゃん!」
「夜なのに元気ですね……」
「夜型だからね!」
「威張れることじゃない……」
「お待たせしましたー!」
月岡と木原の元に、三つのレジ袋を提げた昇が駆けてくる。
袋をそれぞれに手渡して、昇が言った。
「お食事買ってきました。夜になる前に食べましょう!」
三人は園内レストランの屋外席に向かい、パラソルテーブルの上に中身を広げる。
おにぎりとチョレギサラダと揚げ鶏を前にして、昇が目を輝かせた。
「初めてのコンビニご飯だ……!」
献立自体は一般的だが、量が正気の沙汰ではない。
見ているだけで胃もたれを起こしそうなフルコースの隣で、木原が菓子パンをつまみながら言う。
「にしてもヒューちゃん頑張るよねえ。全日程で参加なんて……もぐもぐ」
「仕方ないですよ。変身して戦えるのおれしかいませんし。もぐもぐ」
「食うか喋るかどっちかにしてくれ」
「もぐもぐもぐもぐ」
「お前ら……」
何処までもマイペースを貫く二人に呆れながら、月岡も海苔弁当を食べ始めた。
そして飼育員もいなくなった夜更け、ついに巡回が開始される。
昇の番が訪れた時、既に時刻は丑三つ時を回っていた。
「頼むぞ、日向昇」
「はい。お休みなさい、月岡さん」
月岡からバトンを受け取り、昇は深夜の動物園を探索する。
冷えた空気と夜行性動物の眼光が、昇に何とも言えない緊張感をもたらした。
そしてついに、昇は昨夜特危獣が出現した場所に辿り着く。
「ここか……」
神経を研ぎ澄まし、奇襲に備えてショックブレスを構える。
しかしいつまで経っても、特危獣が姿を現すことはなかった。
「信じたくないけど、行くしかない」
昇は覚悟を決めて、羊のブースへと赴いた。
綿のような毛に包まれた羊たちが、自由気ままに過ごしている。
平和そのものの光景に昇が安堵していると、一匹の羊が彼に近寄ってきた。
周りの羊に比べて元気のない様子から、昇はこの羊がハナコだと直感的に理解する。
思わず撫でようとする昇の眼前で、ハナコの体がガクガクと痙攣した。
「そんな……!」
急速に変異する肉体を見て、疑念は確信に変わる。
あの夜警備員の前に現れた特危獣の正体は、ハナコだった。
——————
おやすみハナコ
深夜の動物園にて、昇は羊の特危獣と対峙していた。
雄叫びを上げて暴れ回る特危獣の剛腕を躱しながら、昇がショックブレスに向かって叫ぶ。
「特危獣が現れました!」
『分かった、すぐに行く!』
月岡の声が響き、慌ただしい足音を最後に通信が切れた。
油断した昇の眼前に、特危獣の拳が迫る。
「うぐぁっ!!」
唸る拳をもろに受け、昇の体が宙を舞った。
数メートル先の芝生に背中から激突し、全身に鈍い痛みが走る。
立ち上がって特危獣を睨みつけると、それは自分よりも苦しげに呻き声を上げていた。
「ハナコちゃん……本当は人を襲いたくないんだね」
特危獣の正体である年老いた羊に向かって、昇は説得を試みる。
警戒を緩めた特危獣の前に、駆けつけた月岡と木原が立ちはだかった。
「動くな!」
安全装置を外したライフルを構え、月岡が特危獣を威嚇する。
防衛本能に衝き動かされ、特危獣が硬化した毛玉を連射した。
「対象を特危獣025・シープと呼称。これより撃滅する!」
月岡は攻撃を掻い潜り、体毛のない部位に銃弾を撃ち込む。
木原に助け起こされながら、昇が月岡を制した。
「待って下さい月岡さん!」
「どうした、早く変身しろ!」
「でも!」
「犠牲者を出してもいいのか!」
月岡の言葉に、昇は覚悟を決める。
ショックブレスに手をかけたその時、男の叫び声が響いた。
「ハナコぉ!!」
動物園の園長が息を切らして、月岡とシープの間に割り込む。
園長の背中を見たシープが、安堵したように元の姿へと戻った。
「しっかりしろハナコ、もう大丈夫だからな」
血を流すハナコを、園長は医務室に運ぶ。
迅速な応急処置によって、ハナコは一命を取り留めた。
安堵する園長に、昇が言う。
「あなただったんですね。ハナコちゃんを特危獣にしたのは」
「どうして、そう思うんです?」
「おれは連絡した時、『特危獣が出た』としか言いませんでした。だけどあなたは、すぐにあの特危獣をハナコと呼んだ……それが証拠です」
昇が追及すると、園長はあっさりと容疑を認めた。
項垂れる彼に、月岡が言う。
「その話、詳しく聞かせて貰いましょうか」
事件の真相を確かめるべく、昇たちは園長室に戻った。
三人の視線を浴びながら、園長がぽつぽつと語り始める。
「……知らなかったんです。まさか、あんなことになるなんて」
全ては三日前に始まった。
園長の前に葬儀屋の男が現れて、慇懃にこう言ったというのだ。
「この動物園には、素晴らしい生き物が大勢いますね」
「ありがとうございます。そう言って貰えると、こちらとしても」
「特にハナコちゃんは最高です。体力もなく弱りきって、咽せ返るほどに芳醇な死の香りを纏っている。お迎えが来るまで、後一ヶ月といった所でしょうか」
唐突に死を宣告され、園長の背筋が凍りつく。
男の言葉には、単なる嫌がらせとは思えないような真実味があった。
「園長先生、ハナコちゃんを救いたいとは思いませんか?」
園長の耳元で、男は囁く。
思考停止した園長の脳に、彼は甘い言葉を染み込ませた。
「叶うならいつまでも一緒にいたい。これからもお客さんと触れ合わせてあげたい。そうでしょう?」
「でも、そんなことどうやって……」
「おっと。それ以上の話は、園長室で」
男に促されるまま、園長は彼を園長室に招き入れる。
葬儀屋の男が差し出したのは、ソフトボール大の赤黒い肉塊だった。
「この『進化の種』をハナコちゃんの食事に混ぜて与えるのです。そうすれば、あの子はたちまち元気を取り戻します」
男が取り出した肉塊の蠢きに、園長は瞬く間に魅入られる。
恐る恐る進化の種を手に取った園長が、葬儀屋の男に言った。
「本当に、ハナコは助かるんですよね」
「勿論。しかし、このことは一切他言無用です。もし喋ってしまえば、その時は私のしもべが魂を頂きに参ります」
男は芝居がかった口調で答える。
気まぐれに生と死を弄ぶ彼の姿が、園長には本物の死神のように見えた。
「そして、私は死神の誘いに乗りました。夜、こっそりハナコに進化の種をあげたんです。すると……」
ハナコは特危獣シープとなり、急激な進化に苦しみ悶え始めた。
園長は己の選択を悔い、暴れるシープを一晩中宥め続けた。
園長はどうにかハナコを生かそうとしたが、昨晩ついに警備員が彼女の被害に遭った。
そしてとうとう特撃班を呼び、動物園の警備を依頼したのである。
「本当に、申し訳ございません!」
「謝らないで下さい。それより、進化の種を見せて貰うことはできますか」
「……すみません、全部あげてしまいまして」
月岡の質問に、園長は再度頭を下げる。
木原が場違いなほど明るい態度で言った。
「いいよいいよ、殺して解剖するだけだし」
「ちょっと、木原さん」
昇が窘めるが、木原は止まらない。
「事実じゃん。それに園長先生だって、あたしたちを呼んだ時点でこうなるのは予測済みだったでしょ?」
彼女の言葉に、園長は重々しく頷く。
それから四人は、ハナコを殺処分とすることを決定した。
「ハナコのこと、どうかよろしくお願いします」
「お任せ下さい。では、また明日」
昇と木原を連れて、月岡は園長室を後にする。
一人残された園長は、ハナコと最後の時間を過ごすため医務室へと向かった。
「他言無用と言った筈だ」
夜道を歩く園長の背に、ドスの効いた低い声が響く。
驚いて振り返ると、機械を装備した漆黒の特危獣––GODが立っていた。
「あ、ああ……!」
「明日を楽しみにするがいい」
淡々とそう言い残し、GODは夜の闇に消える。
そして翌朝、動物園は地獄絵図と化していた。
「これは……」
ハナコを護送に来た昇たちが見たものは、園内を恐怖と混乱に陥れるシープの姿だった。
警官隊が迅速に客の避難を行う中、月岡と火崎、金城がシープに銃口を向ける。
最後の民間人となった園長が、うわごとのように呟いた。
「ハナコ……」
園長の祈りは届かず、シープは理性なき獣として破壊の限りを尽くす。
物陰に身を隠した昇に、園長は頭を下げて訴えた。
「ハナコをお願いします。これ以上、あの子に人を傷つけさせたくないんです」
「……分かりました」
昇は園長の目を見据えて断言し、彼を避難させる。
そしてシープの前に飛び出し、ショックブレスを起動させた。
「超動!!」
五万ボルトの拳で心臓を殴りつけ、昇はアライブに変身する。
硬化毛玉の嵐を浴びながら、アライブはひたすらに思い続けた。
「せめて苦しまないように、ひと思いに」
その思念が力となり、アライブに第三の形態変化を齎す。
獅子の遺伝子を最大まで発揮させたライオンフェーズが、ついにその姿を現した。
「……!」
全身に漲るエネルギーを集中させ、拳に獅子を模した炎が宿る。
アライブは掌をシープに翳し、その体を業火で包み込んだ。
肉や内臓、そして体毛。
ハナコを形作る全てが炎に焼かれ、一つずつこの世から消滅していく。
アライブが火葬を終えた時、残ったのは骨と進化の種だけだった。
「これでいいんだ」
ハナコだったものを拾い上げ、アライブ––昇は自分に言い聞かせる。
入り口で待っていた園長に、彼はハナコの遺骨を手渡した。
「ありがとう、本当にありがとう」
ハナコの遺骨を抱きしめて、園長は涙を浮かべながら微笑む。
去りゆく昇たちに背を向けて、園長は羊たちのいる芝生へと向かった。
手を汚しながら穴を掘り、そこに骨を埋める。
元の通りに土を被せて、彼は優しく呟いた。
「おやすみ、ハナコ」
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