第9話 漆黒の猟犬
恐怖の暗殺カメレオン
朝方、GODは拠点の洋館に帰還した。
椅子に腰かけた葬儀屋の男が、片手を上げて出迎える。
「お疲れGOD。ハナコちゃんはどうだった?」
「凶暴化薬を投与しておきました。もうすぐ奴は理性を失うでしょう」
「それはよかった」
葬儀屋の男は満足げに頷き、長机の上のコーヒーカップに口をつけた。
「しかし今回の件で、特撃班に我々の存在を勘づかれました。マンティスの件といい……」
「いいんだよ。僕たちの存在をアピールすることこそが目的だったんだから」
何食わぬ顔で告げる葬儀屋に、GODは黙って頷く。
葬儀屋は楽しそうに続けた。
「それにマンティスの進化はもう限界だった。最後にいい仕事もしてくれたし、万々歳だよ」
「いい仕事、ですか」
「ああ。アライブの新形態を二つも引き出した上、諸々の仕込みから捜査の目を逸らしてくれた。お陰で計画は順調そのものだ」
葬儀屋の男は立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。
跪くGODに、彼は優しく語りかけた。
「さあ、この世界を死で満たそう」
この数時間後、アライブはライオンフェーズを発動してハナコ––特危獣025・シープを葬ることとなる。
しかし悲しみに打ちひしがれることなく、特撃班の者たちはそれぞれの仕事を全うしていた。
「ヤバ〜……。これ作った人絶対イカれてるでしょ」
シープとの戦いで手に入れた進化の種を分析しながら、木原が苦笑する。
彼女の作業を手伝う金城が、白い目で指摘した。
「あなたがそれを言うんですか」
「あたしから見てもってことだよ。改めて、こんなものを核としてる特危獣の凄さが分かるね」
木原は大きく伸びをして、分析を再開する。
目まぐるしく変わるコンピュータの画面表示と睨み合いながら、彼女は独り言を溢した。
「いやしかし……これは随分長くなりそうだぞ」
「そんなにですか」
「うん。進化の種の存在自体は把握してたけど、ここまでガッツリ調べるのは初めてだから」
木原が作業に打ち込む傍ら、金城は昇と火崎が戦闘訓練をしている武道場の方を見る。
壁にかかった時計は、既に正午を指していた。
「そろそろ昼休憩にしましょう」
「そうだね。あ、シズちゃんは?」
「月岡さんなら午前のパトロールに出ています。もうすぐ帰ってくる頃だと思いますが」
「そっか。じゃ、あたし二人を呼んでくるね」
四人は地上の麻婆堂に向かい、思い思いに昼食を取る。
しかしそれから二時間経っても、月岡は戻ってこなかった。
「シズちゃん流石に遅くない? トンボでも追いかけてるのかな?」
「田舎の小学生じゃねえんだぞ」
木原のふざけた予想を、火崎が一蹴する。
努めて冷静に振る舞いながら、金城が口を開いた。
「月岡さんに限って、油を売るようなことは有り得ません。もしかすると、彼の身に何かが起こったのでは」
最悪の事態を想像し、昇たちの表情が険しくなる。
不安の雲が立ち込めたその時、火崎のスマートフォンに着信が入った。
「月岡か! お前どこに」
「特危獣012・カメレオンと交戦中! 至急応援を要請します!」
月岡の報告を受け、四人は急いで本部に戻る。
コンピュータで座標を探りながら、木原が叫んだ。
「シズちゃん発見! 西に三キロの路地裏!」
「でも、敵の姿が見えませんよ!?」
「奴は姿を消せるんだ。それで警報も鳴らなかった」
昇の疑問に答えながら、火崎が出動準備を整える。
昇たちは特殊車両に乗り込み、月岡の待つ現場へと急行した。
二人のバックアップに回る木原と金城が、町内に設置された防犯カメラの映像に目を光らせる。
そこに一瞬映った人影を見て、木原が驚愕の声を上げた。
「これは……!」
「どうしたんですか?」
木原が映像を巻き戻し、先程の人影を再び表示する。
画像を拡大すると、その影は特撃班の制服を身に纏っていた。
「どういうこと!? シズちゃんも火崎さんも別の場所にいるのに!」
「分かりません。ですが今は、月岡さんたちの援護を」
「そ、そうだね」
金城に促され、木原は昇たちの現在地に画面表示を切り替える。
薄暗い路地裏で、三人はフーセンガムを膨らませた青年と対峙していた。
「あーあ。そいつを追いかけてたつもりが、いつの間にか追われる側になっちまってたか」
銃口と壁に挟まれた青年は、一片の動揺も見せずにガムを噛み続ける。
この世の全てを嘲るような態度の青年に、月岡が言った。
「カメレオン……人間体を獲得していたのか」
「ああ。これでますます効率的な狩りができるぜ」
「貴様ッ!」
残酷な笑みを浮かべるカメレオンに、月岡と火崎が銃口を向ける。
しかしカメレオンは怯むことなく、昇たちを挑発し続けた。
「撃ってみろよ。効かねえから」
その言葉を試すように、月岡と火崎が特殊弾を放つ。
そしてカメレオンは特危獣としての姿を現し、舌を伸ばして特殊弾を一つ残らず叩き落とした。
「危ないっ!」
二人を庇った昇の首元に、カメレオンの舌が巻きつく。
骨が軋むほどの力で酸素を奪われながらも、昇はショックブレスを起動した。
五万ボルトの電流を舌に当て、カメレオンを怯ませる。
その隙に呼吸の自由を取り戻し、昇が心臓を殴りつけた。
「超動!!」
昇はアライブに変身し、ゴートブレードで舌を切り落とす。
しかしカメレオンは即座に舌を再生させ、勢いよくアライブを打ち据えた。
「バァカ、ベロなんざ幾らでも生えてくるんだよ!」
ゴートブレードを奪い取り、乱暴な斬撃を見舞う。
攻撃を受けたアライブが地面を転がり、戦場は路地裏から市街地へと移動した。
「月岡!」
「はい!」
月岡と火崎は迅速に避難誘導を開始し、民間人を戦闘から遠ざける。
避難誘導を終えた二人が戦線に復帰した時、カメレオンの姿は既に消えていた。
「バァカ、ここだよ」
気配を探る月岡の背後で、カメレオンが囁く。
月岡が瞬間、彼は鳩尾に強い衝撃を受けて蹲った。
「がはっ……!」
「いいなその顔。もっと見せてくれよ」
嗜虐的な舌舐めずりをして、カメレオンが詰め寄る。
ギロチンのように舌を振り上げたその時、アライブがライオンフェーズに形態変化した。
「はぁッ!」
アライブは炎の拳でカメレオンを吹き飛ばし、宙を舞うカメレオンの体が電信柱に激突する。
逃走しようとする彼の肩を掴み、アライブが何度も顔面を殴りつけた。
「うっ、ぐぁ……!」
命の危険を感じ、カメレオンの心に恐怖が満ちる。
アライブがトドメの一撃を放たんとしたその時、彼は突然倒れ込んだ。
「おい、どうした!?」
「分かりません……急に力が入らなくなって」
浅い呼吸を繰り返しながら、アライブはとうとう基本形態に戻ってしまう。
危機を脱したカメレオンが、元の調子に戻って叫んだ。
「どうやらあの姿、パワーは凄いが燃費が最悪みたいだなァ!」
ライオンフェーズの弱点を看破し、カメレオンは狂気じみた高笑いを上げる。
尚も戦いを続けようとするアライブに、彼はようやく感情を落ち着けて言った。
「とはいえこっちもギリギリだ。今日の所は勘弁してやるぜ」
カメレオンは透明になり、人のいなくなった市街地を疾走する。
満身創痍のアライブ––昇に、月岡は厳しい声をかけた。
「日向昇、分かっているな」
ここでカメレオンを逃せば、更なる犠牲者が出てしまう。
昇は重々しく頷き、傷ついた体を奮い立たせて言った。
「ええ。何としても奴を倒しましょう」
しかし、どうやって追跡すればいいのか。
考え込む昇に、火崎が得意げに言う。
「実はな、路地裏で撃ったのはペイント弾なんだ。透明になろうが関係ないぜ」
二人はカメレオンの挑発に乗ったと見せかけ、透明化対策を施していたのだ。
昇たちは車に乗り込み、インクの後を辿ってカメレオンを追う。
アスファルトを踏み締めて激走する車体に、一匹の小蜘蛛が張り付いていた。
——————
撃ち抜け超キャノン
「ここまで来れば大丈夫だろ……」
市街地から数十キロ離れた海岸で、カメレオンは深くため息を吐いた。
寄ってきた羽虫を捕食し、不満げに呟く。
「チクショウ、これじゃおやつにもならねえ」
カメレオンは腹を押さえながら、近くの岩に腰掛けた。
薄く雲った空を見上げて、今後の進退について考えを巡らせる。
「ほとぼりが冷めるまで隠れてから、また人を狩るか……」
「残念だけど、それは無理だよ」
「誰だっ!!」
背後から聞こえた声に、カメレオンは慌てて振り向いた。
そこに立っていた葬儀屋の男が、にこやかに微笑みかける。
「やあ」
「……なんだアンタか」
葬儀屋の姿を見て、カメレオンはようやく安堵した。
心の余裕を取り戻し、彼に質問をぶつける。
「それより、無理ってどういうことだよ」
「尾けられてるからね。足元を見てみなよ」
葬儀屋に促されて足元を見ると、オレンジ色のインクがカメレオンの足取りをしっかりと刻んでいた。
「あん時の銃弾か! クソッ!」
怒りと後悔が湧き起こり、カメレオンは膝を叩く。
逃げようとする彼の肩を、葬儀屋が掴んだ。
「逃げることは許さないよ」
「ふざけんな! 俺の邪魔をするなら、幾らお前でもただじゃ……ぐっ!」
葬儀屋に襲いかかろうとした刹那、カメレオンの右肩を弾丸が貫く。
堪らず人間体に戻った彼に、GODが銃口を向けた。
「お前、いつからそこに」
「私はこのお方の忠実なるしもべ。このお方ある所に我はあり」
「というわけさ。ほら、来たよ」
葬儀屋の男が言うや否や、海岸にエンジンの音が響く。
そして到着した特殊車両から、昇たちが姿を現した。
「動くな!」
月岡と火崎が銃を構え、カメレオンたちを威嚇する。
柔和な笑みを浮かべて、葬儀屋の男が三人を歓迎した。
「待っていたよ、特撃班の諸君」
「何者だ!」
「ソウギとでも呼んでよ。それより、今朝のスペシャルショーは楽しんでくれたかな?」
葬儀屋––ソウギの言葉に、昇たちは園長の話を思い出す。
彼に進化の種を与えた人物と目の前にいる男の特徴は、恐ろしいほどに一致していた。
「お前が、ハナコちゃんを特危獣に」
「それだけじゃない。全ての特危獣は僕の手で生み出したものさ。ねえ、昇くん?」
唐突に名前を呼ばれ、昇の背中に悪寒が走る。
生理的嫌悪感に苛まれながら、昇が呟いた。
「なんで……初対面なのに」
「そうだね。生きてる内に会うのは初めてだね」
「生きてる内にとはどういうことだ!」
ソウギの煙に巻くような発言に、火崎が噛みつく。
「まだ分からないのかい? 昇くんは一度死んでいるんだよ。そして僕に進化の種を与えられ、特危獣として蘇った」
「だが今は、人間の味方として戦っている」
月岡が一歩前に出て、ソウギの言葉を遮った。
ライフルの安全装置を外し、冷徹な声で告げる。
「ソウギ。貴様を特別危険生物駆除法違反により逮捕する」
「……できるかな?」
特危獣に向けるそれにも劣らない殺気にも怯まず、ソウギが月岡たちを挑発した。
月岡と火崎は呼吸を合わせ、左右から彼に向かっていく。
すかさずGODが動き、両手を伸ばして二人の首を締め上げた。
「ソウギ様を傷つけるものは許さん」
GODが月岡と火崎を投げ飛ばし、二人の体が岩壁に叩きつけられる。
月岡たちを庇う昇を、GODは次なる標的に定めた。
「貴様も同罪だ」
「くっ……!」
昇は死闘を覚悟して、右腕のショックブレスに手をかける。
しかしソウギは首を横に振り、GODを制止した。
「ダメだよ。まだ君の出る幕じゃない」
「……畏まりました。カメレオン、やれ」
GODは大人しく引き下がり、代わりにカメレオンを向かわせる。
いよいよ退路を絶たれたカメレオンは怪人体となり、遮二無二昇たちに襲いかかった。
「超動!!」
昇はアライブに変身し、カメレオンと取っ組み合う。
敵の腕を払って突きを打ち込み、すかさずゴートフェーズに形態変化した。
ゴートブレードの二刀流でカメレオンを斬り裂き、一気に追い詰める。
追撃せんとしたアライブの隙を突き、カメレオンが舌を伸ばした。
「っ!」
躱そうとしたアライブの頬を掠め、舌は逆方向へと飛んでいく。
狙いを悟ったアライブが、身を翻して舌の攻撃を受けた。
「察しがいいなァ。俺の狙いはそこのバカ二人だ!」
月岡と火崎目掛けて、カメレオンは続け様に鞭を振るう。
全身で二人を守り続けたアライブは体力を消耗し、昇の姿で砂浜に崩れ落ちた。
「無様なもんだな。ま、雑魚を庇いながら戦ってりゃ無理もねえか」
カメレオンに蹴り飛ばされ、昇の体が砂浜を転がる。
満身創痍の昇たちを嘲り笑いながら、カメレオンが舌を振り上げた。
「死ねえ!!」
昇たちにトドメを刺すべく、彼は斧のように舌を振り下ろす。
舌が三人の首をかき切る刹那、昇は最後の力を振り絞って舌を受け止めた。
「……まだだぁ!!」
昇はアライブ・ライオンフェーズとなり、その剛腕で舌を引き千切る。
即座に舌を再生させて、カメレオンがアライブを挑発した。
「学習能力のねえ奴だなァ! そいつの弱点はもう把握済みだってぇの!!」
カメレオンは姿を消し、ライオンフェーズの力が尽きるまで身を潜める作戦に出る。
しかしアライブは冷静に深呼吸をして、体内に宿る遺伝子の声に耳を傾けた。
「そうか……!」
アライブは月岡の元に駆け寄り、落ちていたライフルを拾い上げる。
驚く月岡に、アライブが告げた。
「これ借ります!」
「何をする気だ!?」
「考えがあるんです!」
アライブは自身の細胞を月岡のライフルに纏わせ、獅子を模ったバズーカ砲・ライオンキャノンへと変化させる。
その瞬間、アライブを蝕んでいた体の負担が消え去った。
「はぁ? 何で銃持ったら元気になってんだよ! 意味分かんねえ!」
アライブの復活に、カメレオンが喚き立てる。
本部で待機する木原が、その理由を嬉々として語り始めた。
「あの姿の負担の理由は、力が大きすぎるから。だからヒューちゃんは余分なパワーを受け入れる外付け部品を作って負荷を克服したんだよ!」
「そ、そんなのアリなんですか」
「アリだよ! だって進化は無限大だから!」
戸惑う金城の肩を組み、木原が天高く拳を突き上げる。
カメレオンは未だ透明になったまま、自分に言い聞かせるように言った。
「それがどうした。当たらなきゃ同じ……ぐえっ!」
しかしアライブの火炎弾はカメレオンを正確に撃ち抜き、透明化を解除させる。
ライオンフェーズが持つ類稀な嗅覚の前では、視覚上の撹乱は意味を為さなかったのだ。
「……はぁッ!!」
全ての力をライオンキャノンに込め、アライブが灼熱の弾丸を放つ。
断末魔の叫びさえ上げられぬまま、カメレオンは爆炎の中に消えていった。
「やりましたよ月岡さん、火崎さん!」
アライブは基本形態に戻り、月岡と火崎を助け起こす。
カメレオンの最期を見届けたソウギが、喜色満面に言った。
「素晴らしいよアライブ! やはり君の進化は僕の想像を遥かに超えている!」
仲間の死を気にも留めないソウギの態度に、アライブたちは身構える。
一頻り喜びに浸ると、ソウギは酷薄な笑みを浮かべて呟いた。
「だからこそ……素晴らしい広告塔になる」
「どういうことだ!」
「今までの戦いは全てコマーシャルだったんだよ。人間に進化の種を宣伝するためのね!」
あまりにも唐突に明かされた真実に、アライブたちは絶句する。
邪悪に口角を歪めながら、ソウギは朗々と語り始めた。
「人間をやめたい人間ってのは案外多いんだよ。少しのきっかけがあれば、禁断の果実に手を出す奴は大勢いる。だから僕は進化の種を売りつけて、彼らの願望を叶えてあげようとしてるのさ!」
「……そんなことはさせない」
「『させない』? もうとっくに流通は始まってるよ」
闘志を燃やす月岡に、ソウギは何食わぬ顔で告げる。
アライブは昇の姿に戻り、理解し難い思想に向かって叫んだ。
「どうして……どうしてそんなことするんですか! 人間として生きられるって、素晴らしいことなのに!」
「どこが素晴らしいの?」
「美味しいご飯が食べられる! 元気に走ったり泳いだりできる! 学校に行ける! 友達が作れる! それから……」
「もういいよ」
人間の良さを列挙する昇を遮り、ソウギはGODと共に海岸を去る。
昇たちを包む空は、いつの間にか分厚い黒雲に覆われていた。
大粒の雨が降り、遠くで雷鳴が轟く。
雨に打たれる昇たちの脳裏には、ソウギの狂気が深く刻み込まれていた。
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