第35話 相互理解の最終証明

虎とトラウマ




「林香なんて産まなきゃよかった!」


 薄暗い和室に、木原の母親・サトコの慟哭が響く。

 布団の中で咳き込む彼女の背は丸く、顔には心労による皺が幾つも刻まれていた。


「ぇ……」


 ブレザーに身を包んだ木原は絶句し、中身のない学生鞄を取り落とす。

 まだ何か言おうとする彼女を、サトコは涙声で拒絶した。


「出てって! ここから出てって!!」


 見えない棘に阻まれて、木原は病床の母親に背を向ける。

 そして逃げるように家を飛び出した所で、彼女の視界は白い光に包まれた––。


「……はっ!」


 ぶ厚い毛布を跳ね除け、木原は慌てて飛び起きる。

 額にじっとりと滲んだ汗を拭いながら、彼女は悪夢の内容を思い出した。


「何で今になってあの日のことを……」


 木原は枕元のスマートフォンを起動し、慣れた手つきでアプリを起動する。

 しかし幾ら映画を見ても、木原の悩みは晴れなかった。


「遅いぞ、木原」


 定刻より少し遅れて特撃班本部に出勤した木原を、火崎が諌める。

 彼と共に大会議室に向かうと、昇と月岡、金城は既に集まっていた。


「これで全員だな。じゃあ、会議を始めるぞ」


 火崎が壇上に立ち、背後のスクリーンに白黒の画像を表示する。

 全員の顔を見渡して、彼はよく通る声で話し始めた。


「今日未明、西都H地区で男女10人が殺害される事件が起こった。今映ってるのは、監視カメラが捉えた犯人の姿だ」


「特危獣……!」


 人ならざる異形のシルエットを見て、昇が呟く。

 火崎は頷くと、画像を西都の地図に切り替えた。


「事件のデータを元に、奴の行動範囲を予測した。これから俺と金城、日向と月岡に分かれて巡回を開始する。木原は本部でバックアップだ」


「了解!!」


 5人は会議を終え、作戦準備に取り掛かる。

 西都で暗躍する特危獣の噂は、獅子男たちの耳にも届いていた。


「たった1日で10人を殺害なんて、随分派手にやったものねえ」


 古新聞を読みながら、蛇女が呟く。

 一足先に体を治した山羊男が、闘争本能を漲らせて言った。


「どうする、俺たちもやっちまうか?」


「まだだ」


 昼寝をしていた獅子男が起き上がり、山羊男を落ち着かせる。

 不満げな山羊男に、彼は淡々と言った。


「奴らにはエボリューションアライブがある。ここぞという時まで、直接対決は避けるべきだ」


「何だよ、お前にしては随分弱気じゃねえか」


「勝負には仕掛けどころってものがあるんだよ。それに……策は考えてある」


 獅子男は二人に待機を厳命すると、傷を癒すべく再び眠りに就く。

 そしてその夜、昇と月岡は例の特危獣を見つけ出した。


「やめろっ!!」


 昇は鋭い飛び蹴りで特危獣を吹き飛ばし、その隙に月岡が襲われていた女性を逃す。

 黄色と黒の毛皮が目を引く虎の特危獣・タイガーは鼻を鳴らすと、つまらなそうに呟いた。


「お前たちは、デリシャスじゃない……」


「だからどうした。出された物は残さず食え!」


 月岡が特殊強化弾を発砲し、タイガーを僅かに怯ませる。

 その隙に昇はアライブとなり、タイガー目掛けて殴りかかった。

 しかしタイガーはアライブの攻撃を受け止めるだけで、なかなか反撃に移らない。

 膠着状態になりつつある戦況に、火崎と金城が駆けつけた。


「デリシャス……!」


 その瞬間、タイガーの目の色が変わる。

 彼はこれまでとは比較にならない機敏な動きで走り出し、アライブの肩を踏み台にして跳躍した。

 鋭い爪を月光に閃かせ、勢いよく振り下ろす。

 タイガーの爪が火崎を斬り裂く刹那、アライブが彼の眼前に立ちはだかった。


「ぐぁあああっ!」


 直撃を受けたアライブの肉体から、真っ赤な鮮血が迸る。

 変身解除に追い込まれる間際、アライブは最後の力でゴートブレードを振り抜いた。


「ガハッ!」


 無我夢中の一撃が、タイガーの左腕を切り落とす。

 タイガーは傷口を押さえながら疾走し、夜の街に消えていった。

 変身を解いたアライブ––昇が、襲われた火崎を気遣って言う。


「怪我はないですか、火崎さん」


「こっちの台詞だ、無茶しやがって。……それよりも」


 火崎は昇を助け起こして、襲われていた女性の方を見る。

 元より体が強い方ではないのだろうか、彼女は地面に座り込んで荒い息を繰り返していた。


「今の時間じゃ病院もやってない。本部で保護しよう」


 月岡の言葉に頷いて、昇たちは女性を特撃班本部に連れて行く。

 用意された個室で、彼女は礼儀正しく自己紹介をした。


「木原サトコと申します。……皆さんは、特撃班の方ですよね」


「は、はい」


 昇と月岡は顔を見合わせて、同時に頷く。

 サトコは勢いよく立ち上がると、床に手をついて土下座をした。


「お願いします! 娘に、林香に会わせて下さい!」


「えっ!? ちょっと、一旦落ち着いて!」


 昇は突然のことに驚き、どうにかサトコを宥めようとする。

 彼女は冷静さを取り戻すと、静かに頭を上げて言った。


「……取り乱してすみません。ですが、私にはもう時間がないのです」


「詳しく、聞かせて貰えませんか」


 サトコを椅子に座らせて、月岡が事情を尋ねる。

 彼女は深く息をすると、重々しく口を開いた。


「私は重い病気で、明日には緩和療法のために遠くの病院へ転院するのです。その前に、娘の顔を一目でも見ておきたくて」


「重い病気……」


 かつて自らも苦しめられた言葉を聞いて、昇の表情が暗くなる。

 サトコは更に続けた。


「特撃班に入ったことは風の噂で知っていましたが、連絡先も住所も分からず……。あの子、友達もまともにいない子でしたから」


「分かりました! すぐに木原さんを呼んできます!」


 昇はどんと胸を叩き、駆け足で木原を呼びに行く。

 しかし彼女の対応は、ひどく冷たいものだった。


「それが何? 今忙しいんだけど」


「でも、お母さんに挨拶くらい」


「したくないって言ってるじゃん。気が散るからあっち行ってて」


「でも」


「出てって! ここから出てって!!」


 デスクに掌を叩きつけて、木原はヒステリックに絶叫する。

 昇はそれ以上何も言えぬまま、サトコと月岡の待つ個室に戻っていった。


「ごめんなさい。木原さん、今出かけてるみたいで」


「嘘は吐かなくていいですよ。あの子の声、ここまで聞こえてましたから」


 僅かな哀しみを滲ませて、サトコは優しく微笑む。

 しかしすぐに笑顔は崩れ去り、彼女は物憂げに俯いた。


「やっぱり、あの時のことがまだ……」


「あの時?」


「ええ。あの時私は、母親として……人として許されないことをしたのです」


 過去を見るような遠いを目をして、サトコはゆっくりと語り始める。

 親子の繋がりが断ち切れた、あの時のことを。

——————

不器用なQED




 その日、木原サトコは疲れ果てていた。

 夜勤のアルバイトを終えてすぐに洗濯機を回して自分と娘の食事を作り、木原が中学校に登校するよりも早く昼のパートタイムに出かける。

 寿命間近の自転車を漕ぎながら、サトコは不意に目眩を覚えた。


「……っ」


 慌てて自転車を降り、徒歩で職場まで向かう。

 怠さと微熱に包まれながら辿り着いた職場で、彼女は失敗を繰り返した。


「サトコさんはさぁ、何なの? お客さんにあんな言い方したらそりゃ怒られるに決まってるでしょ?」


「すみません……」


「やっぱ親子なのかなぁ。あんたの娘さんも有名だよ? 人の心が分からない変な奴だって」


 娘にまで矛先を向けられ、サトコの胸に怒りの火が灯る。

 口を開きかけた彼女を遮って、店長はあまりにも冷淡に告げた。


「もういいよ。君、クビね」


「そんな! ここで働けなくなったら、生活が」


「こっちだって生活かかってるよ! 仕事のできない従業員を置いといたらクレームが来る、売り上げが下がる。そしたら店が潰れてみんなが迷惑する! そうなる前にいなくなってくれよ! な!?」


 サトコの肩を掴んで、店長は修羅の形相で捲し立てる。

 その勢いに圧倒され、サトコはやむなく解雇通告を受け入れた。

 重い足取りで来た道を引き返し、敷きっぱなしの布団に倒れ込む。

 棚の上に飾っていた写真が、目の前に落ちてきた。


「……っ」


 一年前に蒸発した夫と、赤子の木原を抱いて笑う若かりし自分。

 まだ人生に希望があった頃の家族写真に責められているような気がして、サトコは静かに涙を流した。


「ただいまー」


 やがて間延びした声と共に、木原が学校から帰ってくる。

 その瞬間、サトコは僅かに期待した。

 娘が追い詰められている自分を慮り、慰めの言葉をかけてくれることを。

 しかし木原が口にしたのは、心配でも謝罪でもなかった。


「ねえ聞いて聞いて! 相対性理論が……」


「うるさい!!」


 心のダムが決壊し、溜め込んでいたものが怒鳴り声となって溢れ出す。

 萎縮した木原に、サトコは決定的な一言を告げた。


「林香なんて産まなきゃよかった!」


 やってしまったと思った瞬間、鞄の落ちる音が響く。

 罪悪感から逃れるように、彼女は更なる罵声を浴びせかけた。


「出てって! ここから出てって!!」


 木原は黙り込んだまま、乱暴な足音を立てて走り去る。

 その時から、親子は血が繋がっているだけの他人となった。

 もう、笑顔を交わすこともない。

 やっとの思いで温め直した肉じゃがは、嫌に塩気が効きすぎていた。


「そんなことが……」


 サトコの話を聞き終えて、昇が呟く。

 再び咳き込み始めた彼女の背中を摩って、月岡が言った。


「今夜はもう遅いので、ここに泊まっていって下さい。明日、病院まで護送しますから」


「ありがとうございます……」


 月岡はサトコを連れ、仮眠室に向かう。

 個室を後にした昇が、火崎たちに事の次第を伝えた。


「分かった。俺たちは引き続き、タイガーの警戒を続けるぜ」


「サトコさんのことは、お二人にお任せします」


「えっ!? ちょっと」


「お前なら大丈夫だ!」


「ええ。それでは失礼します」


 狼狽える木原を励まして、火崎と金城は本部を後にする。

 二人きりになった部屋の中で、木原が徐ろに口を開いた。


「……さっきはごめんね。いきなり怒鳴ったりして」


「気にしないで下さい。それより、サトコさんから話聞きました」


 母親の名前を出しても、木原は眉一つ動かさない。

 あくまで仕事という体裁で、彼女は昇に質問した。


「襲われた女の人、どうしてる?」


「月岡さんが見てます。今夜はここに泊まるみたいですよ」


「シズちゃんがついてるなら安心だね。じゃ、あたしはやりかけの分析を」


「待って下さい!」


 作業に取り掛かろうとする木原を、昇は強く呼び止める。

 彼はサトコの眠る仮眠室の方を指差して、切実な口調で訴えかけた。


「お母さんに会ってあげて下さい!」


「またそれ? 会わないって言ってるじゃん。てか、あんなの親でも何でもないし」


「……サトコさんは、明日遠くの病院に行くんです。緩和療法のために。だからチャンスは今しかないんです、木原さん」


「会わない!!」


 木原は駄々を捏ねる子供のように叫ぶ。

 彼女はその場に蹲ると、蚊の鳴くような声で呟いた。


「会ったらまた、傷つけるから……」


 昇は何も言わず、木原の隣に座り込む。

 忌わしい過去の記憶を掘り返して、彼女は病床の母にかけた言葉の真実を明かした。


「あの時、あたし凄く驚いたんだ。まだお母さんは仕事してる筈だったし、とても辛そうにしてたし。あたしはお母さんを何とか元気づけようと思って……」


 自分の喜びを共有すれば、母も元気になるかもしれない。

 木原はそう思って数学の話をした。

 しかし実際は、そのせいで親子の絆を引き裂いてしまった。

 俯く木原に、昇は確信を込めて言う。


「昔の木原さんと、今の木原さんは違いますよ」


 幾つもの諍いと対話を経て相互理解を深めていった今の木原ならば、必ずサトコと話ができる。

 曇りなき信頼を向けてくる昇に顔を背けて、木原は無愛想に言った。


「……多分、ヒューちゃんが思ってるような結末にはならないよ。どうせまた嫌い合うだけ。仲直りなんてできっこない」


「おれ、仲直りしろなんて言ってませんよ」


「えっ?」


 では、何のために自分を説得してきたのか。

 困惑する木原に、昇は続ける。


「おれは『会ってくれ』としか言ってません。木原さんがお母さんのこと嫌いなままでも、ちゃんと向き合った結果ならそれでいいんです。でも、会わないのは違う」


「ヒューちゃん……」


「今のままでいたら、木原さんはきっと後悔する。でも会えば、会って話をすれば! 後悔しなくて済む筈です!」


 昇の語り口は次第に熱を帯び、木原の凍った心を溶かしていく。

 木原の目を真っ直ぐに見据えて、彼は最後の説得をした。


「家族に会って下さい。木原さんには、それができるんだから」


 木原は否定も肯定もせぬまま、目線を逸らして黙り込む。

 そして昇は、いつもの朗らかな笑顔に戻った。


「じゃあ、おれはそろそろ寝ます。おやすみなさい」


「うん。おやすみ……」


 ベッドに横たわった昇に手を振り、木原は研究室を後にする。

 結局木原はサトコに顔を見せぬまま、次の朝を迎えた。


「タイガーの活動時間は夜だ。朝のうちに、サトコさんを病院に運ぶぞ」


 月岡の指揮の下、昇たちは木原サトコの護送に取り掛かる。

 白い太陽に照らされて、エボリューション21と特殊車両が並んで走り出した。


「俺たちも行くぞ、金城。万が一に備えてタイガーの警戒を続けるんだ」


「分かりました」


 火崎と金城も出動し、木原は一人本部に残される。

 湧き上がる雑念を振り払いながら、彼女は昇たちのバックアップを開始した。


「……危ないっ! 前に人が!」


 虎柄のスカジャンに身を包んだ男が道の中心に立っているのを見つけ、昇たちの無線機に連絡する。

 月岡は車から降りると、スカジャンの男に詰め寄った。


「車道の前で立ち止まるとは、どういうつもりだ!」


「あァ? なんや、兄ちゃん」


 スカジャンの男はサングラス越しに月岡を威圧し、右手で首を締め上げる。

 すかさず止めに入った昇が、あることに気付いて目を見開いた。


「この人、左腕が……!」


 人間離れした腕力と欠損した左腕を見て、昇はスカジャン男の正体を確信する。

 スカジャン男は月岡を投げ飛ばすと、昇に顔を向けて言った。


「車ん中のデリシャスは後でゆっくり頂くとして、まずはアンタにお礼をせなあかんな。昨夜切り落とされた……この左腕のお礼を!!」


 スカジャン男は特危獣タイガーに変貌し、左腕を再生させて襲いかかる。

 ショックブレスを起動する昇の後ろで、月岡が特殊車両に乗り込んだ。

 月岡は車を急発進させ、サトコは安全な場所まで運ぶ。

 車が角を曲がると同時に、昇が高圧電流を纏った拳を叩き込んだ。


「うっ!」


 タイガーが怯んだ隙を突き、鋭い蹴りで吹き飛ばす。

 そして昇は心臓を殴りつけ、その身を戦士アライブへと変身させた。


「超動!!」


 アライブ・ゴートフェーズは二本のゴートブレードを振るい、間合いの差を活かして攻め立てる。

 タイガーも負けじとアライブの剣を掻い潜り、その懐に潜り込んだ。


「オラァ!!」


 怒涛の勢いでアライブを引っ掻き、胴体に幾つもの爪痕を刻み込む。

 締めの大技を受けたアライブの体が、アスファルトに叩きつけられた。


「そろそろ終わりにしたるさかい。トドメやぁ!」


「くっ……!」


 爪を構えて迫るタイガーを前に、アライブはライオンフェーズへと形態変化する。

 そしてタイガーの攻撃を敢えて受け、同時に渾身の正拳突きを繰り出した。


「ぐぁあああッ!!」


 互いの攻撃をノーガードで喰らい、二人の体が宙を舞う。

 しかしライオンフェーズの負荷の分だけアライブは消耗し、彼は昇の姿に戻ってしまった。


「なっははは……無様やのぅ」


 倒れたまま踠く昇を嘲笑して、タイガーが爪を振り上げる。

 昇にトドメを刺そうとした瞬間、黒い弾丸がタイガーの胴体に直撃した。


「みんな!」


 合流を果たした火崎と金城が、月岡と共に銃を連射する。

 銃撃でタイガーを怯ませながら、月岡が力強く言った。


「俺たちが時間を稼ぐ。その間に立て、日向昇!」


「月岡さん……!」


 昇は奥歯を食い縛り、力を振り絞って立ち上がる。

 右腕のショックブレスが振動し、木原の声を伝えた。


「ヒューちゃんお願い! あの人を……お母さんを助けて!!」


 自分の過去、そして唯一の肉親に向き合うと決めた木原の願いを、昇は確かに受け止める。

 彼はエボリューション21に跨り、アクセルを全開にした。


「超動ッ!!」


 昇––アライブは風を受けて爆走し、タイガーを撥ね飛ばす。

 タイガーはすぐに体勢を立て直すと、乗り捨ててあったバイクに跨った。

 特危獣の力で自らの専用マシンに変化させ、排気ガスを撒き散らしながら逃走を図る。

 黒い煙を切り裂いて、アライブがタイガーを追跡した。

 障害物や曲がり角を駆使したバイクチェイスで、タイガーを徐々に追い詰めていく。

 200メートルまで差を縮めた瞬間、彼は座席を踏み台にして跳躍した。


「エボリューション21・バトルモード!!」


 アライブは空中でエボリューションアライブとなり、真っ直ぐに右脚を突き出す。

 そして各部のブースターで超加速し、重力と推力を乗せた最強キックでタイガーの体を貫いた。


「ぅおりゃぁああああ!!」


 タイガーは断末魔と共に爆散し、勝者アライブを讃える炎となる。

 戦友の家族を守り抜けたことを実感しながら、アライブはゆっくりと青空を見上げた。

 それから数日後。


「連絡が来ていたぞ。サトコさん、元気でやっているそうだ」


「本当ですか!? よかったですね、木原さ……あれ?」


 月岡から報告を受け、昇は嬉しそうにコンピュータの方を見る。

 しかしそこに木原の姿はなく、彼は首を傾げた。


「月岡さん、木原さんどこに行ったか知りませんか?」


「……お見舞いだそうだ」


 口元に微笑を浮かべて、月岡が答える。

 木原林香と木原サトコという不器用な親子が、どんな会話を交わしたのかは分からない。

 しかし帰ってきた木原の表情は、とても晴れやかなものだった––。


「虎の坊や、結局やられてしまったのね」


 特撃班のタイガー討伐を知らせる新聞を読みながら、蛇女が呟く。

 山羊男が地団駄を踏んで言った。


「残念だぜ。俺たちが加勢すれば、今頃アライブを殺せたかもしれないってのによぉ!」


「落ち着け。虎はいい時間稼ぎになってくれた。お陰でおれたちは完全復活だ」


 エボリューションアライブにつけられた傷が癒えたばかりか、更なる強さすら身につけている。

 かつてない力の昂りを感じながら、獅子男は二人に告げた。


「時は来た。行くぞ」


「その言葉を待ってたぜ!」


「とうとう軟弱な人間どもを皆殺しにできるのね……ゾクゾクするわ」


 獅子男たちは潰れたボウリング場を出て、異形の姿を太陽の下に曝け出す。

 怯える人間たちの視線を浴びながら、彼らは東都最大のランドマーク・東都スタジアムを目指して歩いていった。

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