第36話 スタジアムの決戦

邪悪なる宝探し




 東都スタジアムが占拠された。

 通報を受けた昇たち特撃班が現場に駆けつけた時、スタジアム周辺は大勢の人でごった返していた。


「特撃班です、道を開けて下さ……うっ」


 撮影に興じる若者の背中に弾かれ、金城がよろめく。

 火崎が彼を受け止めた瞬間、全ての街頭テレビが一斉に同じ画面を表示した。


「東都市民に告げる。この街は、おれたちマイナスナンバーが支配した!」


 悪趣味な玉座に座る獅子男が、山羊男と蛇女を両隣に従えて告げる。

 どよめく人々に己の力を誇示せんと、彼は右の掌を突き出した。

 自身の細胞を急速培養して作り出した巨大な手がスタジアムを掴み、咀嚼するように握り潰す。

 そしてスタジアムだった瓦礫と獅子男の細胞は混ざり合い、髑髏の意匠を散りばめた『虐殺城』へと姿を変えた。


「これがおれの力だ。……そして!」


 獅子男は立ち上がり、天井に向かって人差し指を突き出す。

 人々が彼に倣って空を見上げると、槍のような柱が地響きと共に天を貫いた。


「究極の破壊兵器『天の槍』だ。今からこいつを起動し、お前たちを皆殺しにする!」


 あまりにも唐突に下された死刑宣告に、人々のどよめきは一層強くなる。

 家のテレビで演説を見ていた水野もまた、息を呑んで画面に齧りついた。


「だがおれたちも鬼じゃない。助かるチャンスをやろう」


「助かるチャンス!?」


 正常な判断力を奪われた市民たちは、藁にも縋る思いで獅子男の言葉に飛びつく。

 獅子男が指を鳴らすと、画面は昇たちの顔写真に切り替わった。


「月岡静海、火崎島三郎、木原林香、金城そら、そして日向昇。こいつらの身柄を捕らえておれたちに差し出せば、命だけは助けてやる。名付けて、素敵な宝探しゲームだ!」


 昇たちを宝に見立て、本来守るべき市民たちに追いかけさせる最悪のゲーム。

 そのゲームを提示された途端、水野は弾かれたように家を飛び出した。

 街頭テレビに映る獅子男の口元から、残虐な歓喜の色が溢れる。

 そして彼は両腕を広げ、ゲームの開始を宣言した。


「制限時間は24時間。素敵な宝探しゲーム……開始ィ!!」


 騒ついていた市民たちの心は次第に一つとなり、じりじりと昇たちを取り囲む。

 尋常ならざる恐怖と敵意の壁から、彼らは脱兎の如く逃げ出した。


「走れ!!」


 月岡と火崎が先陣を切り、逮捕術と格闘技で市民たちを無力化しながら道を開く。

 突進する大男を抑え込みながら、火崎が声を枯らして叫んだ。


「二手に分かれるぞ! 日向は金城を頼む!」


「分かりました! 本部で合流しましょう!」


「おう!!」


 再会を誓い合い、月岡たちは人波の中に消えていく。

 昇は金城の手を取ると、月岡たちに背を向けて走り出した。

 市民たちの波も二つに分かれ、少しずつスタジアムから捌けていく。

 玉座の間で昇たちの逃走劇を見物しながら、獅子男が、腹を抱えて笑った。


「おれたちを実験動物扱いし、殺そうとさえしてきた人間たちの命を……今度はおれが意のままに操っている! こんなに愉快な気分は初めてだ!」


「……ねえ獅子、アタシも遊んできていい? そろそろ我慢の限界だわ」


「俺もだ! 暴れたくてしょうがねえぜ!」


 蛇女と山羊男が、闘争心を剥き出しにして詰め寄る。

 獅子男はやれやれと肩を竦めると、二人に出撃の許可を出した。


「いいぜ。街も人も動物も、目に映る全てをぶっ壊してこい!」


 山羊男たちの参戦により、街は更なる恐慌状態に陥る。

 遠く離れた森の奥の洋館にも、事件の情報は届いていた。


「ソウギ様!」


 ようやく『あの部屋』の扉を開けたソウギに、GODが駆け寄る。

 東都スタジアム占拠事件のことを伝えようとする彼を、ソウギはいつもの淡々とした口調で遮った。


「分かってる。これ以上勝手なことをされる前に、彼らを止めないとね」


「はっ。すぐに」


 GODは駆動音を鳴らし、破壊と狂気の街と化した東都に向かう。

 三つ巴の思惑が交錯する街の中心で、昇と金城は市民たちに追い詰められていた。


「もう逃げられねえぞ!」


 市民の一人がタモ網を構え、一歩近づく。

 彼らの動きを慎重に観察しながら、昇が金城に囁いた。


「合図をしたら同時にジャンプして、後ろの塀を飛び越えます」


 金城はこくりと頷き、昇の合図を待つ。

 市民たちが一斉に走り出した瞬間、昇が叫んだ。


「今です!!」


 二人は同時に跳び上がり、塀の向こう側に消える。

 しかし市民たちの追跡を振り切ったのも束の間、日向ユキミが昇たちの前に立ちはだかった。


「ふんっ!」


 ユキミはヌンチャクを伸ばして金城を拘束し、彼を後ろ手に縛り上げる。

 ショックブレスを構えながら、昇が叫んだ。


「金城さんを離せ!」


「そうはいかないわ。彼は大事なエサだもの」


 ユキミは金城の体を引き寄せ、首筋に長い舌を這わせる。

 金城は身を捩らせて恐怖と不快感に抗い、戦おうとする昇を制止した。


「私に構わず逃げて下さい! この状況を打破できるのはあなただけです!」


「金城さん……!」


 仲間の危機と事件解決を天秤にかけ、昇の体が硬直する。

 ユキミがヌンチャクを伸ばそうとした刹那、彼女の足元で小さな爆発が起こった。

 月岡たちか、と昇は振り向く。

 しかしその爆発を起こしたのは、ソウギに従う漆黒の忠犬・GODだった。


「ソウギ様の命により、貴様を抹殺する」


「できるかしら? お利口な飼い犬ちゃん!」


 ユキミは蛇女に変貌し、金城を捕らえたままGODに戦いを挑む。

 戦闘の余波に吹き飛ばされるようにして、昇はその場を逃げ去った。

 がむしゃらに走り続けて、彼はようやく麻婆堂に帰り着く。

 昇を出迎えた麻婆堂の店内は、凄惨に荒れ果てていた。


「昇、ちゃん……」


「店長!」


 倒れた机の山から這い出した店長に、昇は慌てて駆け寄る。

 昇の肩を借りながら、店長は息も絶え絶えに言った。


「酷い目に遭ったよ。特撃班を匿ってるなんて因縁つけられて……」


 よほど痛めつけられたのだろうか、体のあちこちに生傷や青痣ができている。

 ひとまず応急処置をしなければと、昇は店長を地下の本部まで運んだ。


「ヒューちゃん、店長さん! 無事だったんだね!」


 待機していた木原が、「よかった……」と溜め息混じりに呟く。

 店長をベッドに寝かせながら、昇は俯きがちに言った。


「はい。でも、金城さんが」


「シズちゃんからも連絡があったよ。火崎さんが山羊男に捕まったって」


 家族を人質に取られてやむなく投降したのだと、月岡は悔しそうに語っていた。

 捕まった二人の身を案じて、昇は拳を握りしめる。

 木原がそっと手を重ね、怒りと焦りの込められた握り拳を解いた。


「とにかく今は休んで。応急処置が必要なのは、店長さんだけじゃないでしょ」


「……はい」


 昇は近くの椅子に腰かけて、テキパキと店長の手当てをする木原を横目に見る。

 敵の手に落ちた火崎と金城、暴動が巻き起こる街、そして未だ戻らない月岡。

 積み重なる不安を振り払って、昇は自分を奮い立たせた。

 必ずマイナスナンバーを倒し、街に平和を取り戻す。

 そんな昇の決意を試すかのように、戦いは更なる激化を遂げようとしていた。

——————

素顔を知る者




 未だ逃走を続ける月岡は、センター街の街頭テレビの前で立ち止まった。

 画面には『WANTED!!』という文字と共に、昇たち5人の顔写真が大きく映し出されている。

 火崎と金城の写真に赤いバツ印を刻んで、獅子男が言った。


「残り3人だ。早くしないと、助かるチャンスがなくなるぞ!」


 扇動された市民は更に暴走し、血眼になって昇たちを探し回る。

 市民の一人が月岡を見つけて、仲間たちに呼びかけた。


「いたぞ、特撃班だ!!」


「捕まえろっ!!」


「く……!」


 いかに屈強な月岡と言えども、休みなく走り続ければ流石に疲れが見えてくる。

 呼吸の乱れかけた月岡の腕を、何者かが不意に掴んだ。


「こっちへ!」


 何者かに導かれるまま、月岡は寂れた倉庫へと辿り着く。

 汗を拭った月岡に、何者かが穏やかな口調で言った。


「何とか撒きましたね。ここなら暫く安全です」


「君は……」


「水野です。あなたは確か、月岡さん」


 水野小町は木箱の埃を払い、座るように勧める。

 月岡はぴったり45度の角度に頭を下げ、水野に礼を言った。


「助けてくれてありがとう。だが、外は危険だ。どうして出てきた」


「ごめんなさい。あんな映像を見せられたら、居ても立っても居られなくなって」


 水野は申し訳なさそうに俯く。

 彼女はそこで言葉を切り、顔を上げて言った。


「それに、日向さんならそうしたから」


「……そうだな。日向昇はそういう奴だ」


 月岡は頷いて、木箱に腰かける。

 外の喧騒を遠くに聞きながら、彼はゆっくりと口を開いた。


「だからこそ、俺はあいつに人間としての幸せを掴んで欲しいと思っている」


 そしてその時、昇の側にいるべきなのは水野のような人間だ。

 膝上の拳を握りしめて、月岡が呟いた。


「1日でも早く……」


 月岡は無線機を取り出し、昇に連絡を取ろうとする。

 その瞬間、倉庫の近くで銃声が轟いた。


「様子を見てくる。君はここにいるんだ!」


「はい!」


 水野を倉庫に残し、月岡は銃声の方に走り出す。

 もぬけの殻と化した住宅街で、蛇女とGODが戦っていた。


「月岡さん……」


 縛られたままの金城が、月岡に目で助けを求める。

 蛇女のヌンチャクを捌きながら、GODが月岡の足元に銃撃した。


「邪魔をするな。近寄れば殺す」


「その前に金城を取り返す!」


「……愚かな奴だ。抹殺してくれる」


「賛成だわ。まずはこの坊やから仕留めましょう」


 月岡を抹殺すべく、GODと蛇女が同時に攻撃を繰り出す。

 弾丸とヌンチャクが月岡に迫る刹那、エボリューション21のエンジン音が轟いた。


「はっ!」


 鋼鉄の車体で攻撃を弾き返し、ヘッドライトで二人を怯ませる。

 ヘルメットを外して、日向昇が素顔を見せた。


「超動!!」


 昇はアライブに変身し、蛇女に挑みかかる。

 その隙に月岡が金城の縄を解き、肉体の自由を取り戻した。


「逃がさん」


 GODの銃撃を、月岡は身を翻して躱す。

 そしてライフルを一撃ちし、GODの眉間を貫いた。


「ぐっ……!」


 火花散るカメラアイを押さえ、GODがよろける。

 GODは即座に撤退を選択し、東都の街から消え去った。


「臆病な飼い犬ね!」


 ヌンチャクを振るいながら、蛇女が毒づく。

 注意が逸れた蛇女に、アライブが強烈な蹴りを喰らわせた。


「ちっ!」


 怯む蛇女の眼前で、アライブはスネークフェーズへと形態変化する。

 そして蛇女の懐に飛び込み、零距離でヌンチャクを打ち込んだ。


「う……あ」


 破壊力をもろに受け、蛇女の体が吹き飛ぶ。

 彼女は電信柱に叩きつけられると、ユキミの姿に戻って気絶した。


「やりましたね。今のうちに、本部に戻りましょう」


「それでは間に合いません。今引き下がったら、確実に天の槍が起動してしまいます」


 聳え立つ破壊兵器を見上げて、アライブはバイクに跨る。

 走り出そうとする彼を、月岡が呼び止めた。


「どこへ行くつもりだ」


「城に乗り込みます」


 アライブは一切の迷いなく告げる。

 全てを終わらせるつもりなのだと、月岡は考えるより先に理解した。


「……分かった」


 アライブの決意を受け止め、月岡は自身のライフルを託す。

 決戦の場所に向かっていったアライブを見送ると、月岡の無線機から木原の声が響いた。


「シズちゃん、無事!?」


「ええ。金城も一緒です」


「よかった〜! あぁそうそう、天の槍の解析終わったからデータ送るね!」


 言うが早いか、二人のスマートフォンに天の槍のデータが届く。

 そこには内部機構や各種スペックが、極めて詳細に記されていた。


「どこもかしこも凄い頑丈なんだけど、一番奥のエネルギー融合炉だけは熱伝導率の関係で強度が低いんだよね。だからそこが唯一の弱点」


「一番奥……そんなのどうやって潜り込めば」


「簡単だ。潜り込めばいい」


「ですからその方法を」


 詰め寄る金城の肩を掴み、月岡が無理やり回れ右をさせる。

 二人はいつの間にか、血走った目の市民たちに取り囲まれていた。


「ほら、迎えだ」


 わざと捕まることを選んだ月岡たちは市民たちの手により、虐殺城の中へと運ばれる。

 先んじて囚われの身となっていた火崎が、月岡たちを見て声を上げた。


「お前ら!」


「島先ぱ……うぐっ」


「感動の再会は後にしな。今面白いことやってるんだ」


 獅子男が嘲笑を浮かべながら、月岡の鳩尾を蹴りつける。

 彼は3人を地面に座らせると、月岡たちに窓の下の景色を見せた。

 スタジアムの面影を色濃く残した闘技場で、アライブと山羊男が戦っている。

 地面を転がるアライブの姿に、獅子男が大笑いして言った。


「お前らも見ろ! 希望が崩れ去る瞬間を!」


 山羊男が頭上に構えた双剣を打ち鳴らし、トドメを刺さんと駆け出す。

 しかし彼の中から防御の意識が完全に消えた瞬間を、アライブは見逃さなかった。


「……ぅああッ!」


 山羊男の剣を胴で受けつつ、自身の剣で彼の首筋を捉える。

 そして渾身の力で振り抜き、山羊男の首を切断した。


「バカな、あり得ねえ……」


 現実を受け止められぬまま、山羊男は闘技場に崩れ落ちる。

 勝利を収めたアライブを、集まっていた観客たちが万雷の拍手で称えた。


「はぁ、はぁ……」


 アライブは昇の姿に戻り、荒い息をして膝を突く。

 満身創痍の彼を嘲笑うかのように、スクリーンに獅子の紋章が映し出された。

 観客たちのどよめきを背に、獅子男が闘技場へと降り立つ。

 殺意と愉悦を漲らせた金の眼が、昇を見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る