第32話 人間として生きるために

始まりの場所




 アライブが獅子男たちに惨敗を喫した翌日、出勤してきた火崎と金城を出迎えたのは切羽詰まった様子の月岡と木原だった。

 木原が火崎の肩を揺さぶり、パニックを起こした子供のように訴えかける。


「ヒューちゃんが、ヒューちゃんが!」


「落ち着け! 日向が一体どうしたんだ?」


「これを見て下さい」


 月岡がポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、火崎たちに見せる。

 そこには震える字でこう書かれていた。


『今までお世話になりました。おれにはもう、ここにいる資格はありません。探さないで下さい。日向昇』


「朝起きたら、この書き置きが残されていたんです。そして日向昇は姿を消していた」


「つまり……家出、ということですか」


 金城が簡潔に情報を纏める。

 木原は俯きながら、震える拳を握りしめて言った。


「あたしのせいだ。あたしがヒューちゃんの両親を探そうとしたから」


 そのせいで敵は日向昇の両親を作戦に利用することを思いついてしまった。

 自責の念に襲われる木原を、火崎が諭す。


「それを言ったら俺だって同じだ。第一今は、誰のせいかなんてどうでもいいだろ」


「島先輩の言う通りです。木原さんはこれまで通り、エボリューション21の強化を続けて下さい」


「でもヒューちゃんがいないんじゃ」


「あいつは必ず戻ってきます!」


 弱気になる木原に、月岡は断言する。

 戦いの中で見てきた昇の強さを思い出しながら、彼は仲間たちを鼓舞した。


「あいつは今戦ってるんです。俺たちも、俺たちの戦いを続けましょう」


「おう!!」


 月岡たちは奮起し、それぞれの仕事を全うしながら獅子男たちの動きを待つ。

 同じ頃、昇は何処とも知れぬ街の中をあても無く彷徨っていた。

 心身共に疲れ果てた彼の背中は抜け殻のように精気がなく、虚ろな表情で呆然と空を見上げている。

 モノクロになった昇の世界に、ふと聞き覚えのある声が響いた。


「日向さん!」


 水野だ。

 昇は笑顔を取り繕い、いつも通りの自分を演じようとする。

 そんな彼の仕草を見破って、水野は心配そうに言った。


「元気……じゃなさそうですね。何かあったんですか?」


 昇は目を伏せながら、愚図になった頭でこの場をやり過ごすための嘘を考える。

 しかし口から出てきたのは、弱々しい本音だった。


「……生きるのが嫌になりました」


 言ってから、昇は自分の言葉に恐怖して青褪める。

 逃げようとする昇の腕を掴んで、水野が叫んだ。


「待って!」


「離して下さい!」


「離さない!!」


 水野の確固たる意思の眩しさに、昇は思わず目を瞑る。

 昇の腕を握りしめたまま、彼女は静かな声で言った。


「この手を離したら、もう二度と会えない。そんな気がするんです」


 一度覚悟を決めた水野は、何があっても動かない。

 昇は彼女に背を向けたまま、ぽつりぽつりとこれまでの出来事を明かした。

 両親を殺した存在がその姿を借りて自分に近づいてきたこと。

 憎しみに身を任せて戦い、それでも敵わなかったこと。

 そして無力感と絶望に心折れ、戦いから逃げ出したことを。


「……そんなことが」


「おれはもう嫌なんです。力に振り回されるのも、悪意に曝されるのも。こんな目に遭うくらいなら、一人で死んだ方がよっぽどマシです!」


 誰よりも生を渇望していた筈の青年が吐いた希死念慮の言葉を、水野は黙って聴く。

 彼女は小さく頷くと、昇の手を握って歩き始めた。


「ちょっと、どこ行くんですか」


「いいから着いてきて下さい」


 アスファルトを踏む二人の歩幅が、少しずつ揃っていく。

 そして昇たちは、町外れの海岸で立ち止まった。

 陽の光を浴びて輝く冬の海を眺めて、昇はじっと立ち尽くす。

 水野が徐ろに口を開いた。


「作品作りに行き詰まった時は、いつもここに来るんです。ここは、私の始まりの場所だから」


「始まりの、場所?」


「はい。小さい頃ここに来て、海の美しさに感動して……その美しさをもっと知りたくて、私は絵描きになりたいと思ったんです」


 夢の始まりを語る水野の目は、一切の曇りなく澄んでいた。

 まるで、入院していた頃の昇のように。

 沈みきっていた心に差した一筋の光明を掴まんと、昇は天に向かって手を伸ばした。


「おれの、始まりの場所は……」


 目蓋の裏に、東都総合病院の白い病室が映る。

 病衣に身を包んだかつての自分が、主治医の榎本に熱心に夢を語っていた。


『いつか病気を治したら、美味しいご飯を沢山食べて、思いっきり走って泳いで……友達も作って! そういう普通の生き方がしたいです!』


 入院していた時も、アライブとして戦っている今も、心の奥にはいつもその夢があった。

 忘れかけていた大切なものを再び拾って、昇は拳を堅く握りしめる。

 もう二度と失くさないと心に誓い、彼は左の胸に拳を当てた。

 心臓はまだ動いている。


「……やっと見つけた。おれの答えを!」


 全ての迷いを振り切って、昇は顔を上げる。

 太陽が空の頂点に君臨したその時、ショックブレスが振動した。


「聞こえるか、アライブ」


 ショックブレスの向こうから、獅子男の声が響く。

 愕然とする昇に、彼は勿体ぶった口調で言った。


「あと一時間以内に昨日の雑木林まで来い。でないと大事なお仲間がどうなるか……」


「月岡さんたちもそこにいるのか!?」


「それは来てからのお楽しみだ。待ってるぜ」


 獅子男が通信を切り、二人の間に緊迫した空気が満ちる。

 昇は水野の目を見据え、決意を込めて言った。


「ありがとう水野さん。……じゃあ、いってきます」


「……いってらっしゃい」


 水野に見送られ、昇は雑木林への道をひた走る。

 戦うこと、そして生きることの答えを、この胸に抱きしめて。

——————

究極進化! エボリューションアライブ!!



「やはりただの人間ではこの程度か」


 傷つき倒れた月岡たち四人を、獅子男が嘲笑する。

 指先で髪を弄びながら、隣に立つ蛇女が言った。


「あなたたち、率直に言ってバカよね。アライブを餌にすればすぐ駆けつけるし、彼我の実力差も顧みずに突っ込んでくるし」


「……それで市民を守れるなら、俺たちはバカでいい」


「あぁ!? ふざけてんじゃねえぞボケ雑魚が!!」


 気丈に言い返す月岡に、山羊男が怒声をぶち撒ける。

 怒りに任せてトドメを刺そうとする彼を、獅子男が諌めた。


「殺すな。もっと痛めつけて、アライブの怒りを引き出すんだ」


「チッ……」


 山羊男は力なく双剣を下ろし、停められていたエボリューション21を蹴り倒す。

 苛立ちが渦巻く頭の中で、彼は今朝GODに言われたことを思い出した。


『遊んでいる暇はない。一刻も早くアライブの進化の種を奪え』


 銃を突きつけるGODの姿には、ただならぬ気魄があった。

 かくして獅子男たちはその裏にある意図を探るため、アライブに再び戦いを挑んだのだった。


「そのアライブはいつ来るんだよ!! あぁあああーっ!!!」


 山羊男はとうとう我慢の限界に達し、凄まじい怒号を張り上げる。

 双剣を振り上げた瞬間、その場の誰もが待ち望んだ声が響いた。


「待て!!」


 敵味方の別なく、全員の視線が声の方に集まる。

 そこに立っていた者の名前を、月岡は噛み締めるように呟いた。


「日向、昇……!」


 昇は深く頷き、地面を踏みしめて彼らの元へと歩いていく。

 現れた標的目掛けて、山羊男が双剣を振るった。


「ようやく来やがったか! 死ねッ!!」


 空を切り裂く真空の刃が、昇に迫る。

 しかし感情的に放たれた真空刃は昇の体を切り裂くことなく、彼の背後で爆発を巻き起こした。

 爆風に弾かれるように、昇は腕を振って走り出す。

 そしてショックブレスを起動し、心臓を殴りつけて叫んだ。


「超動!!」


 昇はアライブへと変身し、ゴートブレードを手に疾走する。

 向かってくるアライブを挑発して、山羊男が二振りの剣を構えた。


「かかってこいよ、虫ケラ!」


「違う! おれは日向昇だッ!!」


 アライブは山羊男の攻撃を躱し、胴体を横薙ぎに斬り裂く。

 その迷いなき太刀筋に、火崎が威勢よく叫んだ。


「完全に吹っ切れたな、日向!」


「色々迷惑かけてすみません。でもおれ、もう迷いませんから!」


 アライブの力強い宣言に、月岡たちは大きく頷く。

 彼らは最後の力を振り絞って立ち上がり、残弾の少ない銃を構え直した。


「ヒューちゃん! これを!」


 追撃しようとするアライブに、木原がエボリューション21の起動キーを投げ渡す。

 鍵に宿る熱い生命力を感じながら、アライブは鍵を握りしめた。


「ボタンを押して、ボイスコードを入力して! それがアライブに新しい力をくれる!!」


「ボイスコード!?」


「ボイスコードは……『エボリューション21・バトルモード』!!」


 昇が悩み苦しんでいる間、木原もまた懸命にアライブの強化に挑んでいた。

 月岡たちも調査に明け暮れ、敵の攻勢を死に物狂いで食い止めた。

 三つの道は今一つとなり、新たな力が生まれようとしている。

 アライブは鍵を天高く掲げ、高らかに叫んだ。


「エボリューション21・バトルモード!!」


 その瞬間、倒れていたエボリューション21が独りでに起き上がった。

 アライブの元に爆走し、各部パーツが展開・変形して宙に浮かぶ。

 そしてアライブの全身に装着され、彼は究極の進化を遂げた。

 獣の力と人の技術が融合した、特撃班の絆の象徴。

 その名は––。


「エボリューションアライブ!!」


 名乗りを上げたアライブの背後で、激しい爆炎が噴き上がる。

 彼の新たな姿に、蛇女が動揺して言った。


「なんてことなの……バイクが鎧になるなんて」


「どうせ見かけ倒しだ! やっちまえ!」


 山羊男と蛇女は頷き合い、左右から同時に取り掛かる。

 しかしエボリューションアライブの力は、二人の予想を遥かに凌駕していた。


「なっ!?」


 攻撃を片腕ずつで受け止められ、山羊男と蛇女が目を見開く。

 アライブは足腰に力を入れ、雄叫びを上げて走り出した。


「だぁあああっ!! うるぁああ!!」


 山羊男たちを引き摺って猛進し、力いっぱいに投げ飛ばす。

 地面に激突した二人を横目に、獅子男が拳の骨を鳴らした。


「今度はおれが相手をしてやる」


 アライブの回し蹴りを左腕で受け止め、獅子男がストレートを放つ。

 命中寸前で攻撃を躱したアライブの拳が、獅子男の鳩尾に突き刺さった。


「楽しませてくれるじゃないか……!」


 獅子男は握り拳を解き、鋭い爪でアライブの装甲を斬り裂かんとする。

 アライブはスネークヌンチャクを生成し、より獰猛さを増した獅子男の動きを的確にいなした。


「形態変化せずに武器を出したか。だが!」


 獅子男は腰を低く落とし、極限までパワーとスピードを高めた一撃を繰り出す。

 唸りを上げて迫る破壊力を前に、エボリューションアライブは更なる能力を発動した。


「はあっ!」


 ヌンチャクを保持したままゴートブレードを生成し、獅子男の爪を受け止める。

 そして力強い前蹴りで獅子男を怯ませ、ヌンチャクと剣の同時攻撃を繰り出した。


「バカな、同時に二種類の武器を扱うだと……!?」


 戸惑う獅子男の隙を突き、アライブは拳と蹴りの嵐を見舞う。

 怒涛の大攻勢に出ながら、彼は辿り着いた答えをぶつけた。


「例えどんな状況でも、何が起きても、おれは人間を捨てない。人間として生きるために!」


 アライブの放つ気魄に、獅子男は初めて恐怖する。

 この上なく高鳴る心臓の鼓動に身を任せて、アライブは真紅の鉄拳を放った。


「おれは、おれであることを諦めない!!」


 獅子男の体が吹き飛ばされ、雑木林の冷たい地面を転がる。

 助け起こそうとした山羊男と蛇女を払いのけ、彼は闘争心を剥き出しにして叫んだ。


「……図に乗るなぁ!!」


 獅子男は全ての力を解放し、両の掌に紫色の炎を纏わせる。

 この戦いに終止符を打つべく、月岡がアライブにライフルを投げ渡した。

 先の戦いでは拒んだそれを、今度はしっかりと受け取る。

 そしてライオンキャノンへと変化させ、獅子男に狙いを定めた。

 銃口にエネルギーが集まり始めたその時、打ち捨てられていたゴートブレードとスネークヌンチャクが光を放つ。

 月岡と木原は同時に駆け出し、それぞれの武器を拾い上げた。


「日向昇!」


「ヒューちゃん!」


「……はい!」


 三人は並び立ち、ついに集結した三つの武器を掲げる。

 そしてキャノンとブレードとヌンチャクは合体し、必殺の弩『エボリューションブラスター』となった。

 月岡と木原に支えられながら、アライブはエボリューションブラスターを放つ。

 爆ぜる雷のような矢が、真っ直ぐ獅子男に飛んでいった。


「ぅおりゃああああ!!」


「はぁああああッ!!」


 獅子男も両掌を突き出し、ライオンを模した紫炎で迎え撃つ。

 しかしアライブの必殺技は獅子男の力を上回り、紫炎のライオン諸共獅子男を貫いた。

 雑木林一帯を巻き込むほどの爆炎が、マイナスナンバーの三人を呑み込む。

 土煙が晴れた時、彼らは満身創痍の状態で地に伏していた。


「やってくれたな。この借りは、必ず返す……!」


 獅子男は捨て台詞を残し、山羊男と蛇女を連れて雑木林を後にする。

 長く苦しい死闘が、ようやく終わりを告げた。


「勝った……!」


 安堵したアライブがとうとう力尽き、昇の姿に戻って倒れ込む。

 慌てて抱き留めた月岡に、彼はきまり悪そうに言った。


「えと、家出なんてして、すみません」


「……全くだ」


 相棒の謝罪を、月岡はいつも通りの無愛想さで受け止める。

 しかしその口元が僅かに綻んでいるのを、昇は見逃さなかった。


「帰ろっか」


 疲労と慈悲の籠った口調で、木原が言う。

 金城が眼鏡の位置を直しながら頷いた。


「そうですね。関係各所への報告に事後処理、やるべきことは山とあります」


「んなもん後でいいだろ。今はこの勝利を喜ぼうぜ、な!」


 火崎が豪快にそう言って、昇と月岡の手に自らの手を重ねる。

 木原と金城も後に続き、五人の手が重なった。


「……おれ、生きてるなぁ」


 仲間たちの体温を感じながら、昇は改めて生きている喜びを噛み締める。

 更に結束を強めた昇たちを、沈みゆく夕陽が照らしていた。

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