第25話 両親探しでサプライズ!
あだ名と本名と偽名の話
「なかなか似合うじゃねえか!」
特撃班の制服に身を包んだ馬渕に、火崎が豪快な声援を送る。
今、馬渕は特撃班の臨時隊員として、昇の仕事の一部を引き継いでいた。
「うんうん。カッコいいよ、馬渕!」
「そ、そうかな……?」
木原にも褒められ、馬渕は照れくさそうに後頭部を掻く。
火崎が突拍子もなく言った。
「そういえば木原、お前馬渕のことはあだ名で呼ばないのか?」
「えっ?」
「日向や月岡のことはあだ名で呼んでるだろ?」
言われてみれば、と馬渕は木原の自分への呼び名と昇たちへの呼び名を比較する。
昇たちに対してはあだ名を使う一方、馬渕に対しては一貫して苗字の呼び捨てだった。
加えて、対応もどこかよそよそしい気がする。
木原は腕を組みながら、その理由を明かした。
「人の名前をちゃんと覚える練習だよ。相互理解のコツは、顔と名前を覚えることらしいからさ」
「なるほど……でも、やっぱり僕にもあだ名つけてよ。ないと何だか寂しいし」
「あっそう? じゃあ、マブちゃんで」
「マブちゃん!」
木原からあだ名を貰い、馬渕の顔が輝く。
早速『マブちゃん』呼びを使いこなしながら、火崎が馬渕の脇腹を小突いた。
「よぉし、早速パトロールに行こうぜ。マブちゃん」
「はい!」
「いってらっしゃーい」
パトロールに出た火崎と馬渕を見送り、木原はコンピュータに向き直る。
戦闘データの解析を再開しようとした矢先、彼女の腹の虫が盛大に鳴いた。
「あー……昨日から何も食べてなかったっけ。ちょっと研究に熱中しすぎたかなぁ」
ひとまず腹ごしらえをしようと、木原は階段を上がって麻婆堂に向かう。
ちょうど来店してきた水野と鉢合わせ、二人はテーブル席に向かい合って座った。
それぞれに料理を注文し、運ばれてくるのを待つ。
先に沈黙に耐えかねたのは、木原の方だった。
「あなた、水野ちゃんだよね。ヒューちゃんがよく話してるよ」
「ヒューちゃん? もしかしてそれって」
木原の発言に、水野が身を乗り出す。
彼女は日向昇の本名も、彼が幼い日に自分を励ました思い出の少年であることも知らない。
また昇の方も、水野を戦いから遠ざけるために自らの素性をひた隠しにしている。
全く難儀な関係だと思いながら、木原は嘘とも本当ともつかない言葉を口にした。
「そう。アライブの変身者だよ」
「やっぱり。……名前を聞けてよかったです。彼、自分の話になるとはぐらかしてばかりだから」
水野は頬杖を突きながら、窓の外の景色を見る。
抱えていた鞄がずり落ちて、中のスケッチブックがぱらぱらと開かれた。
「あっ!」
様々な画風で描かれたアライブや昇の絵が、店内照明に照らされる。
慌てて拾い上げた水野に、木原がニヤリとして言った。
「好きなんだ? ヒューちゃんのこと」
「……はい」
もはや隠せないと悟ったか、水野は素直に頷く。
木原が追及しようとしたその時、水野のスマートフォンが振動した。
「すみません」
水野は軽く断りを入れ、スマートフォンを耳元に当てる。
手短に会話を終えた彼女に、木原が質問した。
「誰と話してたの?」
「海外の両親です。今度こっちに帰ってくるって」
「その割には楽しそうだったけど」
「えっ?」
木原と水野の声が重なる。
両親という概念に対する決定的な認識の違いを察し、二人の間に気まずい空気が流れた。
「はい、お二人さんお待ちどう!」
そのタイミングで店長が料理を配膳し、重苦しい沈黙を埋める。
店長に心の中で感謝しながら、木原は炒飯と餃子のセットに口をつけた。
水野も何も言わず、並盛りの醤油ラーメンを啜る。
二人が食事を終えた頃、火崎と馬渕がパトロールを終えて帰ってきた。
「よし決めた!」
火崎たちの顔を見るなり、木原は勢いよく立ち上がる。
そして彼らと水野の手を取り、純粋無垢な瞳で言った。
「ねえ、あたしたちでヒューちゃんの両親を探そうよ!」
「……何がどうしてそうなった?」
火崎が当然の疑問をぶつける。
木原は何故か誇らしげに理由を説明した。
「両親っていると嬉しいものらしいからさ、見つけてあげたらヒューちゃん喜ぶかなって。ね、水野ちゃん?」
「え、ええ……」
唐突に名指しされても、水野は愛想笑いを浮かべることしかできない。
渋い反応の彼女に、木原はひっそりと耳打ちした。
「ヒューちゃんとお近づきになれるかもしれないよぉ?」
恋心を利用され、水野は恥ずかしそうに俯く。
そして彼女は、木原による昇の両親捜索の仲間に加わった。
「……協力します」
「普段助けられてばかりなんだ。これくらいはしてやんねえとな」
「僕も手伝うよ。彼とは友人同士だからね」
「本当!? みんなありがとう!」
かくして木原、火崎、水野、馬渕の四人は結託し、日向昇の両親を見つけ出すために動き出す。
同じ頃、森の奥の洋館では、GODがソウギに興梠の死を報告していた。
「悲しいね」
ソウギは眉一つ動かさずにそう言って、GODの淹れたコーヒーを飲む。
黒い水面を軽く揺らして、彼は楽しげに口を開いた。
「でも、それ以上にワクワクしているよ。あの集落で続けてきた『実験』が、いよいよ身を結ぶんだからね」
ソウギの顔に、コーヒーよりもドス黒い笑みが浮かぶ。
そしてその夜、特撃班本部のコンピュータに興梠の事件に関する資料が送信された。
——————
ソウギの罠
昇の両親探しが始まってから数日後、馬渕は研究室のベッドで目を覚ました。
部屋は薄暗く、まだ誰かが活動している気配はない。
馬渕は仮眠室で眠る木原を起こすまいと静かに立ち上がり、迅速に身支度を整える。
しかし特にやることも見つからず、彼は木原に貸して貰った読みかけの文庫本を広げた。
「ん?」
馬渕の視界の隅で、コンピュータの画面が不意に光を放つ。
彼は文庫本を閉じると、コンピュータの前に立って画面を凝視した。
「なんだ、これ……!?」
そこに表示されていた報告書を見て、馬渕は己の目を疑う。
興梠が人を殺した挙げ句に自害したなど、到底真実とは思えなかった。
嘘であってくれと願いながら、馬渕は報告書を読み進める。
しかし読めば読むほどに、彼はこれが客観的事実を告げる公文書であることを思い知らされた。
「おはよー……」
寝ぼけ眼を擦りながら、木原が仮眠室の扉を開ける。
馬渕は咄嗟にコンピュータの電源を切り、平静を装って挨拶を返した。
「おはよう、木原さん」
「ん、おはよう。朝ご飯なら冷蔵庫におにぎりあるから、チンして食べてね」
木原はそれだけ言うと、ふらついた足取りでシャワー室へと向かっていく。
彼女の言いつけ通りに食べた握り飯は、何の味もしなかった。
「じゃあ、パトロールに行ってきます」
朝食を終えた後、馬渕は足早に出かけていった。
とにかく一人になりたい。
秋の肌寒い空気を浴びながら、街の雑踏を駆けていく。
人通りの少ない郊外に出た頃、彼はようやく立ち止まった。
「興梠さん……」
理知的で優しかった興梠の姿が脳裏を過ぎり、馬渕は頭を抱えて座り込む。
真実を確かめたいという思いに突き動かされ、彼は勢いよく立ち上がった。
特危獣ホースに変貌すれば、集落まで一時間もかからない。
馬渕が姿を変えようとしたその時、彼は何者かに背中をとんと叩かれた。
「誰だっ!」
馬渕は慌てて振り向き、怯えた獣のように警戒心を剥き出しにする。
喪服姿の青年は微塵の動揺も見せぬまま、作り物めいた笑顔で名乗った。
「ソウギだよ。君は確か、馬渕くんだったよね」
「ど、どうして僕の名前を」
「大熊くんから聞いたのさ。彼とは古い友人だからね」
ソウギにそう言われ、馬渕は大熊の話を思い出す。
かつて野生の熊だった彼に進化の種を与え、人間との共存を誓わせた存在。
何度も話は聞いていたが、本人に会うのは初めてだった。
馬渕は半ば無意識にソウギを呼び止め、最大の疑問をぶつける。
「ねえ! 興梠さん……僕たちの仲間が死んだことについて、何か知らないかな」
大熊の友人なら、有益な情報を持っているかもしれない。
ソウギは深刻な面持ちで考え込む素振りを見せると、それから重々しく口を開いた。
「それは恐らく、アライブの仕業かもしれない」
「アライブって、昇くんが? まさか!」
「嘘じゃない。僕は見てきた。奴の凶悪なる本性を」
ソウギは馬渕の肩を掴み、真剣そのものの表情で訴えかける。
圧倒される馬渕に、彼は鬼気迫る態度で続けた。
「奴は自分の力を楽しんでいる。アライブのせいで、善良な特危獣が何人も死に追いやられているんだ」
「じゃあ、特撃班がこれまで倒してきたのは」
「全部心ある特危獣さ。凶暴な個体を倒せないからって、優しい奴ばかりを狙って……!」
当然、ソウギの発言に真実はない。
しかし今の馬渕にとって、それは魔法の言葉に等しかった。
ソウギの甘言を聴く度に、心が特撃班への怒りと憎悪に染まる。
そしてソウギは、馬渕に決定的な一言を投げかけた。
「馬渕くん。君の手で仲間の仇を討つんだ」
「……それは」
僅かに残っていた理性で、馬渕は決断を踏み留まる。
昇たちの人となりを知った以上、彼らの言い分を聞かずに敵と決めつけることはどうしてもできなかった。
躊躇う馬渕に、ソウギは更に畳み掛ける。
「迷うな! アライブの破壊衝動は、やがて君やモグヒコくんにすら向けられるようになる。そうなる前に倒すんだ!」
「……分かったよ」
弱々しくも頷いた馬渕に満足して、ソウギは肩から手を放す。
馬渕はソウギに背を向けると、本部への帰路を歩き始めた。
理性と衝動に絡め取られた足取りは重く、一歩進む毎に懊悩が思考回路を駆け巡る。
ようやく麻婆堂の門を潜った時、空はもう橙色に染まっていた。
「どこ行ってたんだ、心配したぞ」
帰り着いた馬渕に、火崎が声をかけてくる。
彼の口調には心からの安堵が滲んでいて、馬渕は思わず俯いた。
「にしても、明日の昼にはお別れか。寂しくなるな」
火崎にそう言われ、馬渕は自分の特撃班臨時入隊と昇たちの視察が今日までだったことを思い出す。
明日それぞれがあるべき場所に戻れば、特撃班は自分たちにとって都合の悪いデータを全て消去するだろう。
それはつまり、興梠の死の真相が永遠に確かめられなくなることを意味していた。
明日が勝負だと、馬渕は拳を握りしめる。
硬い決意を胸に秘め、彼はゆっくりと顔を上げた。
「……そうですね。荷物を纏めてきます」
馬渕は階段を降り、鞄に少ない私物を放り込む。
その晩、昇たちを乗せた夜行バスが静かに集落を出発した。
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