特別編

マイ・バースデー

英雄なき世界で




 東都の中心市街地に、『株式会社エクリプス』本社ビルは聳え立っていた。

 高層ビルがひしめく街の中でとりわけ存在感を放つその建物の最上階から、社長の黒部くろべは窓の外に広がる景色を見下ろす。

 もうすぐこの全てが手に入ると思うと、彼の中に高揚感が込み上げた。


「偉大なるソウギ。あなたの夢は、私が叶えます」


「失礼します」


 社長室の扉が開き、黒部の影が掻き消される。

 長い黒髪の女性秘書が、抑揚のない声で黒部を呼んだ。


「社長、お時間です」


「ああ、今行くよ」


 黒部はネクタイを締め直して、秘書と共にリムジンに乗り込む。

 そして撮影スタジオまで向かい、化粧をしてグリーンバックの前に立った。


「本番入ります! よーい……アクション!!」


 監督の声が部屋に響き、スポットライトが黒部を照らす。

 堂々たる覇者、新時代のカリスマ社長。

 普段報道陣に見せているのと寸分違わぬ黒部像を、彼はいつも通りに発揮した––。


「ハッピーバースデーシズちゃん〜! 25歳でニコニコだ〜でも四捨五入したら三十路だ〜! とにかくおめでとイェーイ!!」


 一週間後、都内某所のビジネスホテルにて。

 木原林香きはらりんかはアロハシャツの上に羽織った白衣をはためかせ、元同僚の月岡静海つきおかしずみに自作のバースデーソングを熱唱していた。

 月岡の青を基調に纏めた私服の格好よさも、木原が被せたパーティーハットと鼻眼鏡によって壊滅している。

 ひたすら騒ぎまくる木原に、彼は何とも微妙なリアクションを返した。


「ありがとう、ございます……?」


「何その反応! せっかくの誕生日なんだから、もっと楽しんでよ!」


 木原にそう言われても、月岡は何かを楽しむ気にはなれない。

 月岡は今、警視庁捜査一課で働いている。

 仕事は多忙を極めているが、彼にはそれが有り難かった。

 少なくとも職務中は、悲しい記憶を思い出さなくて済むからだ。

 そんな気持ちを見透かしたかのように、木原が隣に腰掛けた。


「……もしかして、ヒューちゃんのこと考えてる?」


 月岡はこくりと頷く。

 長く重い沈黙の果て、彼は小さく呟いた。


「忘れられる筈ありませんよ」


 ヒューちゃん、日向昇ひゅうがのぼる––アライブ。

 彼の失踪から、既に三ヶ月が経過していた。


「……三ヶ月か」


「懐かしいね」


 月岡と木原は遠い目をして、昇との日々に想いを馳せる。

 短くも鮮烈なその時間は、彼らにとって忘れ難い記憶だった。


「去年の秋頃だったな。俺があいつと出会ったのは」


 当時、世間は特危獣とっきじゅうと呼ばれる怪物の脅威に晒されていた。

 特危獣対策チーム特撃班とくげきはんに所属していた月岡は、捜査で赴いた雑木林で狐の特危獣に襲われてしまう。

 絶体絶命の危機に陥った月岡だが、もう一体の特危獣が彼を助けた。

 それが月岡とアライブ––日向昇の最初の出会いだった。


「あの時は驚いた。人間が特危獣になるなど、夢にも思わなかったからな」


 当初の昇は特危獣として危険視され、殺処分すら検討されていた。

 しかし彼は命懸けの行動で徐々に仲間たちの信頼を勝ち取り、やがて特撃班に欠かせない存在となった。

 多くの試練を乗り越えながら、昇たちは特危獣事件の真相へと迫っていく。

 そして彼らは、ついに特危獣の創造者にして全ての黒幕であるソウギを追い詰めた。


「あの戦いで、ヒューちゃんは……」


 最終決戦の中で、ソウギは昇の変身道具であるショックブレスを破壊した。

 これにより昇の遺伝子制御機能は狂わされ、彼は次に変身すれば二度と人間に戻れない状態となってしまう。

 懊悩する昇の前で、ソウギは悼ましい異形へと姿を変えていく。

 人間の姿に固執してソウギを見逃すか、自らの尊厳と引き換えに人々を守るか。

 究極の選択の果て、昇は最後の変身を遂げた。

 月岡たちが駆けつけた時はもう、全てが終わった後だった。


「今でも覚えてる。吹雪の中に消えたあいつの背中を。そして夢に見る。あんな結末にならなかった未来を」


「その夢、現実にしてみせるよ」


 木原が強い意志を持って告げる。

 彼女は今、昇を人間に戻すための研究に打ち込んでいた。


「あと一週間でね」


「日向昇の誕生日ですね」


 特撃班だった頃、皆でお祝いしようと約束したのを覚えている。

 自分の誕生日は忘れているくせに相棒の誕生日はしっかり覚えている月岡に苦笑しながらも、木原は一本の動画を見せた。


「何ですか、それ」


「昨日発表された新技術だよ。研究に活かせるんじゃないかと思って。ほら、始まるよ」


 黒い背景に株式会社エクリプスのロゴが映り、徐々にフェードアウトしていく。

 そして現れた黒部が、近未来的な都市を背景に宣言した。


「株式会社エクリプス、代表取締役社長の黒部です。……発表の前に、宣言しましょう。今日、私は世界を変える!!」


 彼は虚空からボトルを取り出すと、中に入っている銀色の液体金属を床に垂らす。

 粘液は床についた途端、子犬となって黒部に尻尾を振る。

 黒部が仔犬の頭を撫でてやると、今度は大きな馬になって嘶いた。


「これが世界を変える新技術、『モーフメタル』です」


 モーフメタルは様々な動物に姿を変え、その度に本物さながらの動きを見せる。

 一頻りパフォーマンスを終えると、黒部はモーフメタルを元のボトルに戻して言った。


「このように、モーフメタルは人の思念に反応して様々な姿になることができるのです! この技術があれば、人類の暮らしは更に豊かになるでしょう!」


 近未来都市の背景に、動物と戯れる子供や笑い合う家族の写真が表示される。

 そして株式会社エクリプスのロゴを残して、動画は終了した。


「ね、凄いでしょモーフメタル!」


「……確かに、素晴らしい技術ですね」


「しかも社長さんもやり手でね、発展途上国に製造プラントを作って現地の人を雇ってるんだって。それからそれから……」


 好奇心に火がついた木原は、誕生パーティーなどすっかり忘れてマシンガントークを繰り広げる。

 そろそろ十五分は経とうかという頃、月岡の無線機が振動した。


「ッ!」


「あっ、待って!」


 パーティーグッズを捨てて部屋を飛び出した月岡を、木原は慌てて追いかける。

 焦ったく開かれた自動ドアの先には、かつて嫌というほど見た地獄絵図が広がっていた。


『警視庁から各局。東都全域にて特危獣と見られる生物が十数体暴れている模様。付近の警官は、至急対処にあたれ。繰り返す……』


「木原さんはここにいて下さい」


 月岡は瞬時に心を切り替え、市民を守るべく走り出す。

 遠くなる彼の背中を見送って、木原は元特撃班にして研究仲間の金城きんじょうに連絡を取った。


「金ちゃん、そっちは大丈夫!?」


「機材の避難は完了しました! ですが……ぐあっ!」


 特危獣に襲われたのだろうか、電話口で眼鏡の男・金城が悲鳴を上げる。

 象の特危獣・エレファントの脚が金城のスマートフォンを踏み砕き、仲間との通信手段を断ち切った。


「私がどうなろうと構いません! ですが、これだけは!」


 金城はUSBメモリを握りしめ、気力を振り絞って研究所を脱出する。

 人目につかない路地裏を駆ける彼の前に、今度は特危獣マンティスが立ちはだかった。

 マンティスは両手の鎌から真空の刃を放ち、金城を微塵切りにしようとする。

 金城が死を覚悟したその時、眼前に屈強な男の背中が飛び込んだ。


「活人剣!!」


 男は鉄パイプを竹刀代わりに、完璧な太刀筋で真空刃を打ち消す。

 呆然とする金城に、道着の男は笑って振り向いた。


「大丈夫か、金城」


「……火崎ひざきさん!」


 火崎島三郎しまさぶろう

 彼もまた元特撃班の一人であり、現在は実家の道場を継いでいる。

 火崎は鉄パイプを投げつけてマンティスを怯ませると、踵を返して駆け出した。


「とにかく走るぞ!」


「はい!」


 二人は全速力で路地裏を抜け、公園の噴水広場まで辿り着く。

 月岡と合流を果たした火崎たちだったが、そこでも三体の特危獣が破壊活動を繰り広げていた。


「グルゥゥ……」


 特危獣ウルフが月岡たちを捕捉して、アリゲーター、ハンマーヘッドと共に彼らへとにじり寄る。

 後退りする月岡たちの背を、エレファントとマンティスの殺気が突き刺した。


「これまでか……!」


 五体もの特危獣に包囲され、さしもの月岡も死を覚悟する。

 火崎たちだけでも逃がそうと決意したその時、何処からか冷たい声が響いた。


「待て」


 それは久しく聞いていなかった、そして夢に出るほど渇望した声。

 月岡はいつの間にか、声の主の名を呟いていた。


「日向昇……!」

—————

復活の真意




 月岡たちの前に現れた戦士アライブが、五体の特危獣を睨みながら階段を降りてくる。

 向かってくる特危獣軍団を睨みつつ、彼は山羊の姿ゴートフェーズに形態変化した。

 曲刀ゴートブレードを振るい、マンティスとウルフを一刀の下に斬り捨てる。

 アライブは次に蛇の姿スネークフェーズへと変わり、迫るハンマーヘッドをスネークヌンチャクで打ち据えた。

 ハンマーヘッドが怯んだ隙に距離を取り、ヌンチャクを伸ばしてその首を捻じ切る。

 一瞬にして三体の特危獣を倒したアライブの姿に、月岡たちはただならぬ威圧感を覚えた。


「日向昇、お前」


 何か言おうとする月岡を遮り、アライブが一歩前に出る。

 残されたエレファントとアリゲーターが、左右に散って挟み撃ちを仕掛けた。


「……ッ!」


 剛力無双の脚と牙が、アライブを叩き潰さんと迫り来る。

 しかし彼は微塵も怯まず、獅子の姿ライオンフェーズへの形態変化を遂げた。

 雷鳴のような咆哮で敵を怯ませ、灼熱の拳を叩き込む。

 エレファントとアリゲーターは暫し苦しげに呻くと、木っ端微塵に爆発四散した。

 呆然とする月岡の無線機に、ひとまず特危獣は消えたとの報告が入る。

 立ち去ろうとするアライブを、金城が呼び止めた。


「待って下さい! ようやく再開できたのに、また姿を消してしまうんですか?」


「挨拶もないなんてらしくねえぞ。……そりゃ、気持ちは分かるけどよ」


 彼の心情を思えば、自分たちに会いたくないのも無理からぬことだと火崎は考える。

 しかし月岡は湧き上がる感情の濁流を敢えて押し留め、あくまでも事務的に語りかけた。


「今、世界は再び特危獣の脅威に晒されている。平和を取り戻すために、お前の力が必要なんだ」


 アライブは小さく首を横に振り、重い足取りで歩き去っていく。

 追いかけようとする月岡の肩を、火崎がそっと掴んだ。


「……月岡」


 月岡は拳を握り締め、去りゆく友の背中を見送る。

 アライブの姿が消えた頃、彼はようやく口を開いた。


「ひとまず署に戻ります。二人もついてきて下さい」


 月岡に促され、彼らは東都警察署に向かう。

 同じ頃、アライブは株式会社エクリプスの本社ビルに足を踏み入れていた。

 地下からエレベーターに乗り、社長黒部の待つ最上階まで登る。

 エレベーターの扉が開いた瞬間、待ち構えていた秘書がナイフを振り上げた。


「ッ!?」


 アライブは回避が間に合わず、秘書のナイフを腕で受け止める。

 流れ出る血が高級スーツに付着するのも構わず、彼女はナイフを深々と突き立てた。


「社長を裏切った罪……死んで償えっ!!」


 アライブは何も言わず、ただ痛みと流血を甘受する。

 暫くそうしていると、黒部が姿を現した。


「やめたまえ、針野はりのくん」


「ですか社長、こいつは」


「あの特危獣を倒すよう指示したのは私だ」


 思いもよらない事実を告げられ、針野は目を見開く。

 彼女から殺意が消えたのを確認すると、アライブは右腕からナイフを抜いた。

 栓代わりになっていたナイフが取れたことで血が一気に溢れ出し、そして皮膚が修復される。

 特危獣のみが有する脅威的再生能力を、黒部が拍手で称えた。


「しかし社長、何故あのような指示を」


 ようやく正気を取り戻した針野が、黒部に質問する。

 黒部は拍手を止めると、冷酷な声で告げた。


「復讐のためだ」


 彼はアライブと針野を社長室まで連れて行き、専用端末のボタンを押す。

 すると白く無機質だった壁や天井が、一瞬にして夜空のような漆黒に染まった。

 それをソウギの様々な写真が埋め尽くし、針野は思わず面食らう。

 デスクに飾られたソウギの遺影を掲げて、黒部は狂気を曝け出した。


「私はソウギに莫大なる資金援助を行っていた! ソウギから進化の種を賜り、人間を超えた力を得るためだ! だが彼は死んだ! 愚かなる特撃班、そしてアライブの手によってッ!! だから私は復讐する……奴らに死より残酷な絶望を与えてやるのだあッ!!」


「社長……」


「奴らは今頃、アライブを味方だと思っている筈だ。そのアライブに殺されるとも知らずに」


 黒部の言葉に、アライブは俯く。

 あからさまに気乗りしない様子の彼の肩に、冷静になった黒部が腕を回した。


「言っておくが、裏切ろうなどとは考えるなよ。貴様の運命は私の手の中にあることを忘れるな」


 黒部の態度には、目の前の獣を完全に飼い慣らしたという自信が滲んでいる。

 同じ頃、木原は月岡から連絡を受けて東都警察署に走っていた。


「お待たせ〜!」


「遅いぞ、木原」


 息を切らして応接室の扉を開けた木原を、火崎が窘める。

 木原はソファに腰を下ろすと、前置きもなく質問した。


「ねえ、ヒューちゃんに会ったって本当?」


 ヒューちゃんとは、木原が昇を呼ぶ時の愛称だ。

 火崎と金城が渋い顔で答える。


「ああ。だが、また何も言わずにどっか行っちまった」


「手放しで味方と判断するのは、危険と言わざるを得ませんね」


「そっか……」


 木原は微妙な顔で溜め息を吐く。

 しかし彼女はすぐに気持ちを切り替えて、金城に言った。


「ところで金ちゃん、あれ持ってきてくれた?」


「勿論です」


 金城は白衣のポケットからUSBメモリを取り出し、木原に手渡す。

 ハイタッチを交わす二人に、火崎が怪しげな目を向けた。


「おい、何だそれは?」


「よくぞ聞いてくれました! これはね……」


 木原が解説を終えると同時に、月岡が部屋に入ってくる。

 彼は書類をテーブルの上に置くと、全員の顔を見回して言った。


「会議の結果、合同捜査本部が発足することになった。木原さんたちにも、特撃班として捜査に加わってほしいとのことだ」


「それってつまり!」


 どこか暗かった木原たちの目が、眼鏡越しに輝く。

 月岡は大きく頷き、その場の誰もが心の何処かで望んでいた一言を告げた。


「特撃班、再結成だ」

—————

喪失と凍結の装甲




 程なくして、事件の捜査が開始された。

 木原は科警研と協力して特危獣の肉片を解析し、金城は鑑識課と共に現場で手掛かりを探っている。

 そして月岡と火崎は、武道場にて格闘訓練に打ち込んでいた。


「警察を辞めた俺は銃を持てないし、特危獣を倒せるだけの腕っ節もない。俺にできるのは、お前に火崎流の全てを叩き込むことだけだ」


「……お願いします!」


 こうして始まった特訓は既に数日にも及び、月岡の全身には幾つもの傷や痣が刻まれている。

 畳の上に倒れた月岡に、火崎が力強く檄を飛ばした。


「立て! もう一度だ!!」


「はい!」


 月岡は気力を振り絞って立ち上がり、火崎と正面から取っ組み合う。

 火崎の丸太のような腕が脈打ち、月岡の体がひょいと浮き上がった。

 次の瞬間には月岡は背中から床に叩きつけられ、何度目かも分からない痛みが彼を襲う。

 立ち上がろうとする月岡に、火崎が言った。


「月岡。お前恐れてるな」


「恐れ……?」


 確かに特危獣は恐ろしい。

 だが、特危獣や凶悪犯に対する恐怖心などとっくの昔に克服した筈だ。

 しかし火崎は、そんな月岡の想像を一蹴した。


「この事件に深入りすることが怖いんだろう」


「ちょっと待って下さい! 俺は刑事ですよ。事件が怖いなんて」


「いいや、怖がってる。何故ならこの事件の先で、日向と戦うことになるかもしれないからだ」


 火崎の指摘を受けて、月岡は目を見開く。

 そして彼は、これまで意識の奥底に追いやっていた可能性へと目を向けた。


「日向昇と、戦う……」


 今回の事件において、昇が月岡たちより多くの情報を得ているのは間違いない。

 それなのに彼は協力しようとせず、情報提供さえもしなかった。

 少なくとも、昇が味方でないという現実だけは認めなければならない。

 だが昇との戦いだけは、想像することさえ受け入れられなかった。


「そんなことは……できない……」


 相棒を失う恐怖が再燃し、月岡は頭を抱えて蹲る。

 そんなかつての部下に、火崎は腹の底から叫んだ。


「しっかりしろ!! お前は刑事だろう! 刑事のすべきことは何だ!」


「市民の、平和と安全を守ることです」


「だったらその責任を全うしろ! 最後まで戦い抜け! 特撃班にいた頃のお前は、そういう男だった」


「……島先輩」


「変わり果てた相手にこそ、変わらないお前自身でぶつかるんだ。そうすれば想いは届く。だろ」


 火崎の言葉を聞いて、月岡はかつての相棒・真影まかげのことを思い出す。

 邪悪に身を落としてしまった彼にも月岡は正面からぶつかり、最後には人間の心を取り戻すことができた。

 きっと昇も同じだ。

 戦いの日々で見てきた笑顔を、強さを、優しさを、月岡は今も信じている。

 戦ってそれを取り戻せるならば、恐れる必要は何処にもない。


「……はい!」


 立ち込めていた迷いの霧を振り払って、月岡は大きく頷く。

 火崎は安心したように笑い、再び組み手の構えを取る。

 挑みかかる月岡の動きには、もはや少しの澱みもない。

 そして彼は見事に火崎を投げ飛ばし、一本を取ったのだった。


「ありがとうございました!」


 長い鍛錬を終えて、二人は同時に頭を下げる。

 ちょうどその時、木原と金城が武道場に駆け込んできた。


「解析結果が出たよ!」


 月岡たちは会議室に向かい、報告を待つ捜査本部の列に加わる。

 木原と金城は本部長と並んでホワイトボードの前に立つと、彼らに解析結果を告げた。


「解析の結果、現場に残されていた特危獣の肉片は全てモーフメタルであることが分かりました」


 金城の言葉で、部屋の空気が引き締まる。

 新技術モーフメタルが絡むとなれば、元凶は株式会社エクリプス以外にはあり得ない。

 また先の襲撃の際、本社ビルが不自然なまでに被害を免れていたことも大きな証拠となった。


「令状は既に発布された。明日の正午、エクリプス本社の捜索を行う!」


「了解!!」


 本部長の号令に、警官たちが勇ましく応える。

 その後幾つかの業務連絡を経て、今日の職務は終了となった。


「いよいよ明日ですね。どうかご武運を」


「やれることは全てやった。後は頼んだぞ」


 金城と火崎はそう言い残し、会議室を後にする。

 警官たちで埋め尽くされていた会議室は、いつの間にか月岡と木原の二人だけとなっていた。


「ねえシズちゃん、お腹空かない?」


 木原にそう言われて、月岡は初めて自らの空腹に気がついた。

 スマートフォンを起動してみると、時刻は既に22時を回っている。

 コンビニ弁当で済まそうかと考えていると、木原が不意に月岡の手を引いた。


「麻婆堂に行こう!」


「ですが、麻婆堂はとっくに閉まって」


「いいからいいから!」


 木原の真意を測りかねながらも、月岡は夜の街を駆けていく。

 幾ら春になったと言っても、夜になればやはり寒い。

 自分を連れ出す木原の手だけが場違いに温かいのを感じながら、月岡は麻婆堂の建物に辿り着いた。


「よしっ」


 木原はポケットから鍵を取り出し、扉の鍵を開けて店内に入る。

 真っ暗な内装を見渡しながら、月岡が言った。


「驚きました。まさか木原さんがこの店の店長になっているとは」


「なってないからっ!」


 木原がすかさずツッコミを入れる。

 『シズちゃんたまにアレだよねぇ〜』などと独りごちながら、彼女は隠し扉の鍵穴にも鍵を差し込んだ。

 スマートフォンで足元を照らしながら、二人は現れた螺旋階段を降りていく。

 木原が勝手知ったる様子で壁のスイッチを押すと、懐かしい空間が視界に飛び込んだ。

 特撃班の旧本部である。

 流石に私物は片付けられているものの、全体的なレイアウトは当時と何ら変わらない。

 定期的に手入れもされているのか、埃っぽいということもなかった。


「万が一の場合に備えて残しとくよう頼んでたんだけど、本当にその万が一が来るとはね」


「木原さん、こんな所で何を」


「最後の仕上げ」


 木原は大型のメインコンピュータを起動し、金城から預かったUSBメモリを差し込む。

 一つは兼ねてから開発してきた新型ショックブレス。

 そしてもう一つは、流線型のシルエットを持つ蒼と黒のバイクだった。


「そのマシンは?」


「特危獣との戦いが長引いた時に備えて開発しておいたの。ま、実戦投入には間に合わなかったんだけどね」


 本来なら陽の目を見ることなく消える筈だった研究に与えられた予想外の出番に、木原の心が弾む。

 木原は勢い余って、この名もなき戦士に命名した。


「一度は凍結され、失われたシステムだから……『フロストスピーダー』だ!」


「フロストスピーダーですか。しかし、一体誰が操縦を?」


「シズちゃん」


「えっ?」


「シズちゃん」


「えっ?」


「シズちゃ……もういいよこのくだり!」


 またしてもツッコミを入れて、木原は続ける。


「とにかく、これにはエボリューション21をベースに様々な調整が施されているの。相当な暴れ馬だけど、あなたなら乗りこなせると思う」


「木原さん、ありがとうございます」


「絶対ヒューちゃんを連れ戻してね。ヒューちゃんの誕生日とシズちゃんの誕生日、二つ纏めて祝うんだから!」


「……はい!」


 月岡は力強く頷き、木原と堅い握手を交わす。

 早速開発に取り掛かった彼女を横目に見ながら、彼は夜食という当初の目的を思い出し、コンビニに駆けたのだった。

—————

不断の果てに




 目の前の一点のみを見据えて、月岡がフロストスピーダーのギアを上げる。

 捜査本部の警官隊が地上の入り口から本社ビルに雪崩れ込む中、彼はただ一人地下の秘密通路を目指していた。

 そこを抜けた先に黒部が潜伏しているとの情報を得たからである。

 それを裏付けるように、秘書の針野が立ちはだかった。


「社長の邪魔をする者は死になさい!」


 針野はボトルからモーフメタルを放ち、無数の針に変化させて月岡を襲う。

 しかし月岡はフロストスピーダーを巧みに操り、全ての攻撃を躱して針野の頭上を飛び越した。


「ふっ!」


 拳銃で肩と膝を撃ち、彼女を無力化しようとする。

 針野も負けじと弾丸を掻い潜り、跳躍して月岡に肉薄した。

 繰り出された拳を受け止め、月岡が回し蹴りを放つ。

 その威力をもろに喰らった針野の体が、鉄筋コンクリートの柱に叩きつけられた。


「社長、すみません……」


 謝罪の言葉を残して、針野は力なく崩れ落ちる。

 月岡は彼女を一瞥すると、黒部の待つ部屋へとバイクを走らせた。


「客人だ。迎えてやれ」


 近づいてくるエンジン音を聞いて、黒部がアライブに促す。

 直後に鉄の扉が吹き飛んで、月岡が姿を現した。


「来たんですね、月岡さん」


「日向昇……」


 階段の上から冷淡にこちらを見下ろすアライブの姿には、やはり胸が締め付けられる。

 だが、月岡にもう迷いはない。

 火崎と木原の言葉を思い出しながら、彼はアライブに訴えかけた。


「絶対に連れ戻してやる」


「愚かな。貴様の知っている日向昇はもういない。今のこいつは私の下僕だ!」


「お前には聞いていない!」


 口を挟んでくる黒部を黙らせ、再びアライブに目線を向ける。

 黙り込む彼に、黒部が命じた。


「アライブよ。骨も残らぬよう、最強の姿で相手してやれ」


 アライブは無言で頷き、愛機エボリューション21の起動キーを構える。

 自動操縦で駆けつけた赤と白のバイクが、鎧に変形して彼の体に装着された。

 多くの戦いを共にしたその鎧には、沢山の傷が刻まれている。

 最強形態エボリューションアライブが、低い声で言った。


「本気で来て下さい。月岡さん」


「……元よりそのつもりだ」


 月岡はヘルメットを外して、決意に満ちた素顔を外気に晒す。

 冷えた空気と込み上げる熱のコントラストを感じながら、彼はフロストスピーダーの起動キーを構えた。

 極限まで研ぎ澄まされた感覚に、重く鈍い鼓動の音が響く。

 そして月岡はかつての昇と同じように、自らを戦士に変えるための口上を唱えた。


「超動!!」


 蒼と黒の機体が変形した装甲を纏い、月岡はついに変身を果たす。

 友のため、人々のために戦う誇り高き戦士、その名は––。


「俺は……『フロスト』!」


「ッ!」


 アライブが階段を飛び降り、ゴートブレードを振り下ろす。

 それを受け止めた両腕の衝撃で、フロストは確信した。

 戦える。

 彼は鋭い蹴りでアライブを後退させると、装甲と同じ色のライフルを構えた。


「喰らえ!」


 正確さと威力を両立した射撃の嵐を前に、アライブはなかなか間合いを詰められない。

 引き金を引きながら、フロストは『これでいい』と思った。

 肉体面に限れば、昇は特危獣で月岡は人間だ。

 いかに月岡が最新装備を使っていると言っても、彼我の持つ地力の差は埋められない。

 だから彼は腕力の介在しない遠距離戦闘を選んだ。

 間合いを取り、攻撃させず、力尽きるまで弾丸を放つ。

 しかしこの合理的な戦法を、アライブは極めて非合理的に突破した。


「うおおおっ!」


 スネークヌンチャク二刀流で全ての弾丸を弾き返し、頭突きでフロストをよろめかせる。

 猛烈な打撃を見舞いながら、アライブが叫んだ。


「言った筈です! 本気で来いって!!」


 鉄塊で殴られたような衝撃に耐えつつ、フロストは反撃の機会を窺う。

 大振りの一撃を前転で躱して、彼は黒いダガーナイフを振るった。

 切れ味鋭い刀身が、鎧の隙間から露出する皮膚を切り裂く。

 アライブの体組織はすぐに傷を修復しようとするが、傷は全く治らない。

 傷口に張りついた氷を見て、アライブはこの現象のカラクリに気がついた。


「超低温の……ナイフ」


「ああ。一気に決めさせてもらう!」


 フロストは縦横無尽に駆け回り、アライブを翻弄しながら斬撃を見舞う。

 装甲の部分で刃を受けながら、アライブは静かに精神を集中させた。


「……今だッ!!」


 突進するフロストの前に、ゴートブレードによる障壁が出現する。

 一瞬怯んだ隙にアライブの拳を喰らって、フロストの攻勢はついに途切れた。

 駆動系から火花が散り、戦闘補助AIが危険信号を発する。

 赤く点滅する視界の向こうで、アライブが床に刺さった剣を引き抜いた。

 遠距離攻撃もスピード殺法も攻略され、戦いはついにアライブの十八番たる接近戦に持ち込まれる。

 フロストは覚悟を決めて、ライフルとダガーナイフに次ぐ三番目の武装を解禁した。


「ギガブレードモード……アクティブ!!」


 二つの武器を合体させて大太刀とし、アライブの攻撃を受け止める。

 千切れそうになる両腕に力を込めながら、フロストが叫んだ。


「どうして奴らの味方についた!!」


「あなたには関係ないことです!」


 二人は幾度も斬り結び、その度に鈍い金属音が響く。

 もはや技も作戦もなく、ただ思いの丈をぶつけ合うだけの死闘。

 AIの退避勧告を黙殺して、フロストがアライブの肩を掴んだ。


「関係ないわけないだろう! 勝手に行方を眩まして……どれだけ心配したか分かってるのか!」


「ごめんなさい。でも、もうおれのことは忘れて下さい」


 アライブの眼に、優しくも哀しい光が灯る。

 その眼をした彼の決意の固さを、フロストはよく知っていた。

 だが今だけは、その意思を打ち砕かなければならない。

 フロストは奥歯を噛み締めると、アライブの言葉に真っ向から対峙した。


「忘れられるものか! あんなにも懸命に生きたお前を! 誰が忘れられるんだ!!」


「……月岡さん」


 きつく結んだ口の端から、乱れた息と嗚咽が漏れる。

 アライブは天に向かって慟哭し、ゴートブレードを振り上げた。


「ッ!」


 フロストもギガブレードを振るい、渾身の一撃が互いに突き刺さる。

 長い長い沈黙の中、先に破壊されたのはアライブの装甲だった。


「日向、昇……」


 直後にフロストの変身も解け、彼は月岡の姿に戻る。

 崩れ落ちた月岡に、アライブが剣を突きつけた。


「黒部様! 憎き月岡をこの手で倒す瞬間、どうぞ間近でご覧下さい!」


 あの眼は嘘だったのか。

 昇は本当に悪と化してしまったのか。

 驚きと怒りが胸に広がり、絶望がゆっくりと首をもたげてくる。

 アライブの背後に立った黒部が、冷酷に命じた。


「やれ」


 剣を振り上げるアライブを見て、黒部は勝利を確信する。

 早まる心音を聞きながら、アライブは––。




 ––黒部を切り裂いた。


「……ッ!」


 甲高い金属音と共に、黒部の瞳孔が僅かに開かれる。

 愕然とする二人の前で、黒部の体が銀の液体と化した。


「残念だったな。それはモーフメタル製の偽物だ」


 天井の装置から、勝ち誇った黒部の声が流れる。

 悔しげに天井を見上げるアライブに、彼は更なる挑発を重ねた。


「貴様の魂胆などとっくに分かっていた。私はその上で、貴様を側に置いていたのだよ」


「どういうことだ!」


 月岡が声を荒げる。

 黒部は月岡たちへの嘲笑を込めて、全ての真相を明かした。


「月岡よ。我がエクリプス社が、発展途上国に製造プラントを作り現地住民を雇用していることは知っているな?」


 そういえば、木原からそんな話を聞いたような気がする。

 月岡が頷くと、黒部は更に続けた。


「これは大変画期的な施策だが、故に反対も多くてね。ある集落に至っては、住民が何人『事故死』しても土地を手放そうとしなかったよ」


 だが、そこにアライブが現れた。

 彼は怪物として恐れられながらも集落を守り、エクリプス社にこれ以上の殺戮をやめるよう訴えた。


「だから交渉したのだ。私の部下になれば、この土地からは手を引くとね」


 アライブは要求を飲み、黒部の部下になった。

 そしてモーフメタルを完成させた黒部は、圧倒的な戦力を以って今回の事件を起こしたのである。


「黙っててすみません。でも、あいつを止めるにはこうするしかなかったんです」


 アライブが月岡に深く頭を下げる。

 月岡は彼の鬣を乱暴に撫でると、呆れたような口調で言った。


「お前、いつか『もう迷わない』と言ったな。今度は迷わなさすぎだ」


「……ごめんなさい」


「迷うべき時は、ちゃんと迷え。それが人間だ」


「……はい!」


 長い嘘から解き放たれたアライブの頬に、一筋の涙が伝う。

 ようやく和解を果たした二人の元に、木原と火崎、金城が駆けつけた。

 エクリプス社員との戦いを潜り抜けてきたのか、沢山の傷が刻まれている。

 木原は白い腕輪を握り締めると、アライブに向かって投げ渡した。


「ヒューちゃん! これ!」


 白い腕輪の正体は、新型のショックブレス。

 完成したばかりのそれを指差して、木原が叫んだ。


「これをつければ、ヒューちゃんの遺伝子制御機能は蘇る。人間に戻れる!」


 火崎と金城も頷き、真っ直ぐにアライブを見据える。

 仲間たちに見守られながら、彼は右腕にショックブレスを装着した。

 高圧電流が細胞を刺激し、失われていた遺伝子制御機能を復活させる。

 そしてアライブは、人間・日向昇の姿を取り戻した。


「木原さん、みんな。おれ……!」


「おっと、感動するにはまだ早いみたいだぜ」


 感謝を伝えようとする昇を、火崎が遮る。

 彼らが通ってきた地下通路から、黒部の私兵部隊が近づいてきたのだ。

 私兵部隊は規則的な動きで隊列を組み、一斉に銃を構える。

 自らもライフルに手をかけながら、月岡が言った。


「やられたな。計画を聞いている間に差し向けられたか」


「こうなれば、力ずくで突破しましょう」


「待ってろよあかね、さくら。俺たちはやるぜ!」


「五人揃ったあたしたちに、不可能はないっ!」


「みんな……いくぞ!!」


 昇の号令を合図に、五人は雄叫びを上げて走り出す。

 巻き起こる爆炎を背にして、最後の戦いが幕を開けた。

—————

今日が始まり




「……奴ら、今頃は蜂の巣になっているだろうな」


 激闘続く東都の街を逃げ出した黒部は、逃走用の車で系列企業が運営する採石場を走っていた。

 死に顔を見られないのは残念だが、つまらないプライドに拘るのは主義ではない。

 昇たちが死にさえすれば、それで復讐は果たされるのだ。

 後は海外で再起を図り、改めて侵略に乗り出せばいい。

 次なる計画を考えていると、不意に車体が大きく揺れた。


「何だ!? どうしたことだっ!?」


 サイドミラーに紅白と蒼黒の二台のバイクが映り、瞬く間に黒部の車を追い抜かす。

 蒼黒のバイクに乗った男が、ライフルで車のタイヤを撃ち抜いた。


「ぐ……うぉおおおッ!!」


 黒部の車が横転し、彼は開けた場所に投げ出される。

 猛然とジャンプした二台のバイクが、黒部の頭上を飛び越して着地した。

 昇と月岡はヘルメットを外し、鋭く黒部を睨み据える。

 彼は兵士たちの全滅を悟り、忌々しげに呟いた。


「貴様ら生きていたのか……!」


「当たり前だ。おれはこんな所じゃ死ねない!」


「黒部ニシキ。特別危険生物駆除法違反の罪で、お前を逮捕する」


「ふざけるな! 私はソウギ様の正統後継者だぞ? みすみす捕まってなるものかァ!!」


 黒部の殺意に呼応して、車のトランクに収納されていた大量のモーフメタルが唸りを上げて押し寄せる。

 波のようなモーフメタルを纏いながら、黒部は天に向かって慟哭した。


「私は……神だぁああああッ!!」


 体を包むモーフメタルが蠢き、黒部は歪んだ信仰と底なしの支配欲を体現した『邪神フェネラル』へと変貌する。

 月岡は微塵も怯むことなく、フェネラルに厳然たる現実を突きつけた。


「違うな。お前はただの犯罪者だ」


「おれたちで止めましょう、月岡さん」


「ああ!」


 昇と月岡は呼吸を合わせ、ショックブレスとフロストキーを起動する。

 乾いた風が吹き抜けると同時に、二人はその身を戦士に変えた。


「超動!!」


 昇––アライブと月岡––フロストが並び立ち、フェネラル目掛けて走り出す。

 フェネラルが放つ三日月型の刃を掻い潜って、二人は渾身の拳を放った。


「ぬッ!」


 息の合った波状攻撃を繰り出し、確実にフェネラルの体力を削っていく。

 フェネラルは大きく飛び退いて間合いを離すと、背中の鏡を天に掲げた。


「これでも喰らえ!」


 太陽の光を反射・増幅させ、高威力の破壊光線として撃ち出す。

 地面を抉りながら突き進む破壊光線を左右に散開して躱し、アライブたちは反撃に転じた。

 ゴートブレードとギガブレードで接近戦を挑み、敵の大技を封じる。

 しかし二人がかりの剣戟でも、フェネラルを倒し切ることはできなかった。


「無駄だ。私はどんな姿にもなれる!」


 フェネラルは六本のサブアームで攻撃を捌き、返しの三日月刃でアライブたちを切り刻む。

 更に六つ腕をガトリングガンに変化させ、二人に弾丸の雨を降らせた。


「く……うあ!」


 火力と物量で押し流され、再び距離を稼がれてしまう。

 今度こそ怨敵を葬らんと、フェネラルが二度目の破壊光線を放った。


「ぐぁああああッ!!」


 暴力的なまでの光と熱がアライブとフロストを呑み込み、二人の体を焼き尽くす。

 もはや虫の息となった彼らに、フェネラルが冷酷に告げた。


「次で終わりにしてやる」


 彼は鏡に太陽光を浴びせ、見せつけるように破壊光線の体勢に入る。

 アライブは剣を支えにして立ち上がり、最後の力を武器に集中させた。


「あの技を撃たれる前に、決めないと……」


「いや、敢えて撃たせる」


 少し遅れて立ち上がったフロストが、アライブに逆転の策を伝える。

 フェネラルがエネルギーの充填を終え、アライブたちに鏡面を向けた。


「死ねぃ!!」


 最後の破壊光線を、二人は敢然と迎え撃つ。

 光線が直撃する刹那、フロストはギガブレードの引き金を引いた。


「はっ!!」


 マイナス100度の冷凍弾が光線の熱を奪い、周囲に水蒸気が立ち込める。

 アライブとフロストは天高く跳躍し、霧の中のフェネラルに狙いを定めた。

 炎と氷の片翼を一対の翼として、残された力の全てを右脚に込める。

 そして二人は咆哮し、全身全霊の一撃を繰り出した。


「ぅおりゃああああッ!!」


 灼熱と冷気の力を同時に喰らい、フェネラルを構成するモーフメタルがひび割れる。

 採石場全域を揺るがす程の爆炎の中で、鋼鉄の邪神は無残に砕け散ったのだった。


「そんな……ソウギ様の、私の、夢が……」


 黒部は力なく腕を伸ばすが、それは何処にも届かない。

 ガチャリという手錠の音が、彼の野望の終焉を告げた。


「黒部を逮捕した。護送を頼む」


 フロストは近くの警官に連絡を取り、月岡の姿に戻る。

 アライブ––昇も変身を解除すると、二人はそれぞれの愛機に跨った。


「帰ろう」


「……はい!」


 エンジンの音を高らかに響かせて、二人の勇士は荒野を駆ける。

 人と異形を巡る長い戦いが今、ようやく終わりを迎えたのだった。

 それから三日後––。


「にぇへへ、もうちょっとだからねー」


 目隠しした昇と月岡の手を引きながら、木原が悪戯っぽく笑う。

 二人が麻婆堂の敷居を跨いだ瞬間、彼女は素早く昇の目隠しを外した。


「わぁ……!」


 飛び込んできた光景に、彼らは思わず言葉を失う。

 色とりどりの飾りつけに、特大のバースデーケーキ。

 そして極めつけは、この日のために集まってくれた仲間たち。

 特撃班のメンバーは勿論、水野みずの、麻婆堂店長、そして元主治医の榎本えのもとまでもが一堂に会している。

 彼らは『せーの』で呼吸を合わせて、心の底から二人の誕生を祝った。


「二人とも! お誕生日おめでとう!!」


「みんな……ありがとう!!」


 万雷の拍手が響き渡り、ここに昇19歳、月岡25歳の合同誕生パーティーが開幕する。

 盛り上がりが最高潮に達する中、店長が麻婆豆腐を持ってきた。

 何の変哲もない、普通の麻婆豆腐。

 しかし昇にとっては、それが一番特別な献立なのだった。


「いただきます」


 憧れ求め、ようやく手にした普通の味を、昇は全身で噛み締める。

 日向昇の人生は、ここから始まる。

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超動勇士アライブ 空洞蛍 @UNBABA_ZOKU

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