決戦編
第38話 メリー・アライブ・クリスマス
猟犬の決断
「バカな、マイナスナンバーでもアライブを倒せないなんて……」
獅子男たちの敗死を受け、ソウギは激しく狼狽した。
彼は寄り添うGODを振り払い、頭を掻き毟って発狂する。
「アライブの心臓っ! あれがないと僕は……かはッ!!」
激しく咳き込んだソウギの口から赤い血が飛び散り、喪服と屋敷の床を汚す。
悶えるソウギの背中を摩りながら、GODが優しく言った。
「ソウギ様、今日はもうお休み下さい」
GODはソウギを抱き抱え、彼を寝室へと運ぶ。
GODの背に揺られながら、ソウギの意識は徐々に微睡んでいった。
「助けて……」
うわごとのように呟いて、ソウギは深い眠りに落ちる。
空気のように軽い主人の体を、GODは柔らかいベッドに寝かしつけた。
「ソウギ様。あなたのためなら、私はどんなことでもします。……例えそれが、あなたを悲しませることでも」
GODは毛布をかけ直し、ソウギを起こさぬよう静かに寝室を後にする。
そして翌朝、世間は12月24日––クリスマスイブを迎えた。
「昇ちゃんたちが手伝ってくれたお陰で、店もすっかり元通りだ。本当にありがとう」
麻婆堂の店主は満面の笑みで例を言うと、厨房の奥から大皿を持ってくる。
シャケフレークをまぶした麻婆豆腐が盛り付けられた大皿を、昇は瞳を輝かせて覗き込んだ。
「お礼と言っちゃなんだが、クリスマス限定のシャケ麻婆だ。食ってくれ!」
「いいんですか!? いただきます!」
昇は両手を合わせ、白米と共にシャケ麻婆をかき込む。
ピリ辛の麻辣とシャケの塩気が作り出す刺激的な旨みに急かされて、彼は瞬く間に皿を空にした。
「ほんとよく食べるよね、ヒューちゃんは」
「全くだ。我が相棒ながら呆れる」
階段を上がってきた木原と月岡が、微笑みながら昇の姿を見守る。
昇が食事を終えると同時に、火崎と金城がパトロールから戻ってきた。
「お疲れ様です。街の様子はどうでしたか?」
「どこも異常なし、平和そのものだぜ!」
月岡の質問に、火崎は胸を張って答える。
パトロールの情報を事細かに記したメモ帳を開きながら、金城も結果を報告した。
「デッド事件の影響はまだ残っていますが、このまま復興していけば、遠からず元通りの街に戻るでしょう」
「よかった。街のみんなも、楽しいクリスマスを過ごせそうで」
昇の一言で、話題はクリスマスに移る。
クリスマス談義に花が咲く中、パーティの開催が決定するのにそう時間はかからなかった。
「ツリーはもう店に飾ってある。チキンとピザは出前を取るとして、あと足りないのは……ケーキか」
「そうだな月岡。ケーキのないクリスマスなんて、ルーのないカレーだ」
「食べ物を食べ物で例えないで下さい……」
火崎のとぼけた発言に、金城が額を押さえる。
昇が椅子から立ち上がり、真っ直ぐに挙手をして言った。
「おれ買ってきますよ?」
「本当!? ありがとうヒューちゃん。じゃあ、商店街の方でお願い!」
「はい! いってきます!」
木原からケーキ代を受け取り、昇は意気揚々と商店街に向かう。
すっかりクリスマス仕様になった商店街では、サンタやトナカイの格好に身を包んだ売り子たちがそこかしこでケーキの宣伝をしていた。
「どれも美味しそうで迷っちゃうな……」
予算と好みを天秤にかけて、昇は大いに頭を悩ませる。
道の真ん中で考え込む彼の背中を、水野が軽く叩いた。
「わっ、水野さん! その格好は?」
「サンタクロースです。クリスマスの絵を描くには、サンタさんになりきることが重要だと思いまして」
「バイトとかじゃないんだ……」
「ふふっ。でもこの格好、結構似合ってると思うんですよね。どうですか?」
水野はふわりと一回転し、紅白のサンタ衣装をアピールする。
ウインクまでしてみせた彼女に、昇は屈託のない笑顔で言った。
「はい! とってもかわいいです!」
「ありがとうございます。ところで日向さんは、どうして商店街に?」
「クリスマスケーキを買いに来たんです。でもなかなか決められなくて」
「それならお勧めのがありますよ! 着いてきて下さい!」
水野に案内され、昇はとあるケーキ屋に辿り着く。
二人で長蛇の列に並びながら、水野が語り始めた。
「子供の頃……クリスマスになると、いつも家族でこのお店のケーキを食べてました。そんな思い出の味を、日向さんにも知ってほしくて」
昇は不意に胸の奥がこそばゆくなり、水野から目を逸らす。
彼の冷えた手を握ったまま、水野が質問した。
「日向さんは、何かクリスマスの思い出とかないんですか?」
「おれは……特には、あんまり」
昇は曖昧にはぐらかす。
ある年はチューブを何本も挿しながら、またある年は高熱に魘されながら迎えたクリスマスのことをよき思い出として語ることは、どうしてもできなかった。
「だから今年は、最高のクリスマスにするつもりです。一生忘れられない思い出を、沢山作ってみせます」
「日向さんなら過ごせますよ、最高のクリスマス!」
昇の決意を、水野は力強く後押しする。
昇は大きく頷くと、予算ぴったりのホールケーキを購入した。
「買い物も終わったし、そろそろ帰ります。メリークリスマス、水野さん!」
「はい! メリークリスマス、日向さん!」
二人は互いに手を振り、互いに逆の方向へと歩いていく。
商店街を出た昇の前に、GODが姿を現した。
「アライブだな」
「GOD……!」
立ちはだかるGODを睨みながら、昇はショックブレスを構える。
黒光りする長銃を突きつけて、GODが簡潔に告げた。
「アライブ。貴様に決闘を申し込む」
——————
黒犬にケーキの一切れを
商店街に現れたGODは、昇に一対一の決闘を申し込んだ。
市民たちを避難させようとする昇の足元を撃ち、彼は淡々と言う。
「動くな。応じるか否か、それだけ答えろ」
「……断れば?」
「街を破壊する」
GODは一切の迷いなく告げる。
街中で流れるクリスマスキャロルの音色が、いやに遠い。
返答に窮する昇の元に、通報を受けた月岡たちが駆けつけた。
「そこまでだ特危獣!!」
月岡、火崎、金城はGODを取り囲み、拳銃を構える。
しかしGODは一瞥もくれず、機械のように繰り返した。
「貴様らに用はない。用があるのはアライブだけだ。さあ、私と決闘しろ」
「決闘だと? 破壊と殺戮しか脳がないくせに笑わせんじゃねえ!」
GODの言葉を一蹴し、火崎が拳銃を撃つ。
放たれた弾丸を素手で握り潰し、GODが冷酷に告げた。
「これが最後だ。決闘しろ」
「……っ」
無意味な戦いなどする気はないが、街の人々を見殺しにすることもできない。
昇は葛藤の末、交換条件を提示した。
「分かった。但し、ソウギについて知っていることを全部教えろ。もし断れば、おれは戦わない」
「ならば街を破壊するまでだ」
「その前にお前を倒す! 脳を取り出し、情報を手に入れる!」
昇の言葉には、修羅場を潜り抜けてきた戦士としての圧があった。
GODは電子頭脳を稼働させ、結論を弾き出した。
「……いいだろう」
月岡たちはGODを拘束し、特撃班本部に連行する。
全ての武装を解除して椅子に座ったGODが、本部を見渡して言った。
「随分浮かれた部屋だな」
「言っとくがいつもはこんなんじゃねえぞ。今日はクリスマスだから特別だ」
「ソウギ様は、クリスマスを望まない」
火崎の悪態に、GODは小さく呟く。
彼は更に続けた。
「クリスマスだけではない。あの方は年中行事全般を嫌っている。同じ時を繰り返すかのように、同じリズムで生活を送っている」
「……どうして?」
「あの方は死を恐れているのだ」
首を傾げる木原に、GODは淡々と答える。
そして彼は、ソウギの真の目的について語り始めた。
「ソウギ様は不治の病を患っている。どんなに手を尽くしても助からない己に絶望したソウギ様は……永遠の命を求めた。老いることも死ぬこともない肉体を手に入れて、強引に病を克服しようとしたのだ」
かくして、ソウギは進化の種の開発に着手する。
難航する研究の中、彼は進化の種に動物の遺伝子を掛け合わせることを思いついた。
「これが特危獣の始まりだ。そして私は最初の特危獣として、創造主たるソウギ様に絶対の忠誠を誓ったのだ」
GODも加わり、研究は加速度的に進行した。
様々な実験が行われ、昇や真影、大熊など多くの人々が犠牲となった。
これまでの戦いを思い返して、月岡が言う。
「つまり、全ては実験だったのか……」
「そうだ。実験の末、ソウギ様はとうとう特危獣ベアーの遺伝子を手に入れた。……しかし、それですらソウギ様を不死身にすることはできなかった」
マイナスナンバーも敗れた今、アライブの心臓を取り出せるのはGODしかいない。
しかし度重なる敗北と死の恐怖に怯えきったソウギが、GODの出撃を許可する筈がない。
故にGODはソウギが寝込んだ隙を突き、昇に決闘を申し込んだのだった。
「アライブ。もはやソウギ様を生かせるのは貴様の遺伝子だけなのだ。ソウギ様のために、何としても心臓を頂く」
「そんな理屈がまかり通ると思ってるんですか! あれだけの命を奪っておいて……!」
柄にもなく声を荒げて、金城がGODに詰め寄る。
砂嵐の混ざるカメラアイを見据え、金城が声を張り上げた。
「あなたに罪の意識はないんですか!!」
「ない。ソウギ様の為すことは全て善だ」
「……っ!」
「よせ」
振り上げられた金城の拳を、月岡が掴む。
彼はGODを横目に見て、冷淡に吐き捨てた。
「こいつに何を言っても無駄だ」
月岡は振り向きもせず、午後のパトロールに向かう。
火崎と金城も同行し、後には昇と木原、GODの3人だけが残された。
「……ケーキ、食べてみませんか」
GODに目線を合わせて、昇が徐ろに言う。
側で聞いていた木原が、怪訝そうに首を傾げた。
「ヒューちゃん何言ってんの? これから殺し合う相手とケーキなんて」
「分かってます。だけどGODにも、クリスマスの思い出を作ってほしくて」
昇はケーキの箱を開け、中のケーキを切り分ける。
鼻歌混じりにケーキの用意をする昇に、GODが言った。
「私のコンピュータメモリは不要な情報を自動的に削除する。無意味なことはよせ」
「無意味かどうかは、やってみないと分かりませんよ」
昇は皿に乗せたケーキの一切れをフォークで刺し、GODの口元まで持っていく。
食べ物を運ばれる側になるのは初めてだとぼんやり考えながら、GODはケーキを食べた。
「データ以上ということはないな」
「データ以下でもないんでしょ?」
「……そうだな」
束の間の休戦の中、切り分けたケーキが少しずつ小さくなっていく。
そして二人は午後22時、決闘の時を迎えた。
「勝負はどちらかが死ぬまで行われる。二人とも、覚悟はいいか」
「はい!」
「問題ない」
審判を務める月岡に、昇とGODが答える。
互いに背を向けて数歩下がる二人を、夕方からの霧雨が濡らした。
黄色いテープが張り巡らされた広場に人の気配はなく、特撃班のメンバーだけが昇たちの決闘を見守っている。
ツリーのイルミネーションが輝いた瞬間、月岡が決闘開始を告げた。
「始め!!」
GODが素早く振り向き、数発の弾丸を撃つ。
攻撃を弾いた勢いでショックブレスを起動させ、昇はアライブへと変身した。
「超動!! ハアッ!」
アライブはゴートブレードを生成し、GOD目掛けて突進する。
GODも黒い刀を構え、アライブを迎え撃った。
両者の刃が刹那に触れ、闇夜に真紅の火花を散らす。
その瞬間、GODの刀が夜空に舞い上がった。
「……ッ!!」
渾身の力で振るわれたゴートブレードが、GODの胴を切り裂く。
全身をスパークさせながら、GODは眠るように崩れ落ちた。
ソウギに尽くし続けた戦士の、あまりに呆気ない最期だった。
「死体を回収する」
火崎の指示に従い、月岡たちはGODの亡骸を分解して特殊車両に積み込んでいく。
病院に搬送され、司法解剖やデータの分析が行われるのだ。
『私のコンピュータメモリは不要な情報を自動的に削除する』
GODの残した言葉が、アライブ––昇の胸に蘇る。
願わくば、今日食べたケーキのことを忘れないでいてほしい。
そう祈る昇の右手に、冷たい何かが触れた。
「……雪だ」
生まれて初めて触れた雪は想像よりずっと冷たく、昇はズボンのポケットに手を引っ込める。
白い息を吐きながら、木原が何気なく呟いた。
「ホワイトクリスマスってやつだね」
「ですね。でももう、パーティは」
「明日やればいいよ。クリスマスはイブと本番で、2日もあるんだからさ」
「……はい!」
そして時計は24時を指し、街はクリスマス本番を迎える。
水野や火崎家の面々も交えて行われたクリスマスパーティは、大盛況に終わったのだった。
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