マイナスナンバー編
第30話 マイナスナンバー
特危獣誕生の秘密
10年ほど前に潰れたとあるボウリング場の跡地に、3体の怪物が棲んでいた。
獅子男、山羊男、蛇女。
山羊男が鼻歌を歌いながらレーン上にピンを並べ、球の穴に指を通す。
そして握力だけでボウリング球を粉砕すると、彼は怒鳴り声を上げながらレーン上を走り出した。
「うがああああっ!!」
蹴り上げられたピンがそこかしこに吹き飛び、甲高い音が響く。
読んでいた古新聞から顔を上げて、蛇女が煩わしそうに言った。
「……うるさいわね。少しは静かにできないのかしら」
「うるせえ、俺は苛々してるんだ! 暴れられなくてなァ!!」
「それならアタシが遊んであげるわ。……嫌というほどにね」
山羊男と蛇女は睨み合い、互いの得物を突きつけ合う。
窓際で眠っていた獅子男が、気怠げな声で一喝した。
「やめろ、二人とも」
「……だってよ」
「……ふん」
険悪な空気は消えないながらも、二人はひとまず武器を収める。
冷戦状態に突入した山羊男たちに、獅子男が諭すように語りかけた。
「体が疼く気持ちは分かる。だが焦るな。もうすぐ運命の時が来る。そうなれば思い切り暴れられるさ」
獅子男の予言は的中し、長らく閉じたままだった廃ボウリング場の扉が開かれる。
射し込む陽光を背にしたGODが、駆動音を立てながら獅子男に近寄った。
「ソウギ様が探している。一緒に来てもらうぞ」
「……ソウギだと?」
『ソウギ』という単語を聞いた途端、獅子男たちの目の色が変わる。
山羊男と蛇女が、怒りを露わにして詰め寄った。
「俺たちを捨てたクソ野郎が、今更何の用だ!」
「そうよ。あいつの顔なんか二度と見たくないわ」
「お前たちの意思などどうでもいい。早く来い」
GODは二人の腕を掴み、無理やり連行しようとする。
獅子男が両者の間に割り込み、またしても仲裁に入った。
「分かった、話くらいは聞いてやる」
「お前……」
「安心しろ。もし舐めた口を利かれたら、また『あの時』みたいにしてやるさ」
獅子男の説得に、山羊男と蛇女は渋々引き下がる。
そして3人はGODに連れられて、ソウギの待つ洋館へと向かった。
「久しぶりだね」
洋館の扉を潜った彼らを、ソウギが人形のような笑顔で出迎える。
獅子男は湧き上がる殺意を堪えながら、気安い態度を装って言った。
「ああ、久しぶりだな」
「今日は大事な話があって君たちを呼んだんだ。ほら、こっちこっち」
ソウギは獅子男たちを地下の一室に案内し、待機していたモグヒコに椅子を用意させる。
全員の着席を確認すると、獅子男が切り出した。
「で、話ってのは何だ?」
「その前に質問がある」
GODが無機質な口調で言う。
話の腰を折られた獅子男たちの苛立ちにも構わず、彼は質問をぶつけた。
「お前たちはソウギ様に捨てられたと言っていた。一体どういうことなのか、説明しろ」
「あぁ? だから……」
「それは僕から話すよ」
答えようとする山羊男を遮って、ソウギが口を開く。
そして彼は、獅子男たちの過去を語り始めた。
「彼らは特危獣の試作品だ。特危獣として最初に完成したGODを1番目とすると、彼らは謂わば『マイナスナンバー』だね」
GODを作り出す前、ソウギは3つの進化の種を研究・育成していた。
しかし3つの種の異常な成長を危険視したソウギは、それらを廃棄しようとしたのだ。
獅子男が後の言葉を引き取って言う。
「だからおれたちはソウギに刃向かった。資料も設備も研究員も、何もかもを破壊し尽くしてな」
その時に彼らはライオン・山羊・蛇の遺伝子サンプルを奪い、現在の姿になったのである。
「ああ。それから僕はこの洋館に研究施設を移し、GODを作り上げたんだよ」
「そいつはご苦労なことだな。で、用事ってのは何だ? このカビ臭い館のリフォームなら24時間いつでも受け付けるぞ」
「まあ落ち着いてよ。壊してほしいのはここじゃなくて、アライブなんだから」
ソウギに促され、GODがカメラアイから立体映像を投影する。
獅子と山羊と蛇の特徴を併せ持った戦士の姿を見て、獅子男が呟いた。
「こいつがアライブか」
「そう。彼の人格を破壊して理性なき獣に変えることが、君たちの役目だ」
「そんなことをして、アタシたちに何のメリットがあるの?」
蛇女が当然の疑問をぶつける。
ソウギは冷笑的な態度を保ったまま、獅子男たちへのメリットを提示した。
「もしアライブを壊せたら、その死体をあげるよ。奴はこれまで数多くの特危獣を倒してきた強い存在だ。その遺伝子を取り込めるなんて、悪くない話だろう?」
そうしてアライブの遺伝子を喰らった獅子男たちを始末して、ソウギだけが全てを勝ち取る。
ソウギの魂胆を見透かしながら、獅子男は考えを巡らせる。
そして彼は、不敵な笑みを浮かべて告げた。
「……その話、乗った」
獅子男の決断に、山羊男と蛇女がどよめく。
ソウギはようやく自然体の笑顔を浮かべて、獅子男のごつごつした手を取った。
「ありがとう。これからよろしく頼むよ」
「ああ。今度はしっかり飼い慣らすんだな」
ソウギと獅子男は互いの腹の内を探りつつも、アライブという共通の敵を前に結託する。
洋館で結ばれた悪魔の契約が昇たちに牙を剥くのは、数日後のことだった。
——————
父は生きていた!
人がひしめくスクランブル交差点を、白衣に身を包んだ白髪の男が走っていた。
その顔は恐怖に歪み、口の端からは乾いた呼吸音が漏れている。
男は通りがかりの青年の肩を掴むと、切羽詰まった様子で言った。
「特危獣に追われてるんだ。と、特撃班に通報してくれえっ!」
青年は驚きつつも、スマートフォンを操作して特撃班に通報を入れる。
何度も礼を言いながら走り去る男の背中を追いながら、蛇女が呟いた。
「フフ……逃がさないわよ」
蛇女はヌンチャクを振るって通行人を薙ぎ払い、こじ開けた道を悠然と闊歩して男を追いつめる。
ついに男が逃げ場を無くしたその時、バイクのエンジン音が轟いた。
「やめろ!!」
蛇女の頭上を黒い影が飛び越し、エボリューション21に跨ったアライブが立ちはだかる。
火崎と金城が避難誘導にあたる中、月岡が男を守るようにライフルを構えた。
「ただの人間に用はないの。用があるのはアライブだけ」
臨戦態勢の月岡を鼻で笑い、蛇女はアライブに顔を向ける。
長い舌を艶かしくちらつかせて、彼女は吐息混じりに言った。
「……ねえ。あなたの遺伝子、アタシたちに下さらない?」
「ふざけるな! 誰が渡すか!」
「そう。ならしょうがないわね!」
蛇女は説得を諦め、しなやかな身のこなしで飛び掛かる。
アライブはタイミングを予測しての飛び蹴りで彼女を吹き飛ばすと、伽藍堂になったスクランブル交差点に戦いの場を移した。
月岡が飛び込む頃合いを見計らいつつ、無線で金城に指示を出す。
「金城、この人を本部に運べ」
「分かりました!」
金城は男を特殊車両に乗せると、力強くアクセルを踏み込んだ。
一瞬意識を逸らした蛇女に、アライブが鋭い上段足刀蹴りを繰り出す。
蹴りを受けた腹部を押さえながら、蛇女はひとまず撤退を選択した。
「……今日はここまでよ。またね、アライブ」
「あっ、待て!」
蛇女はアライブの制止にも構わず跳躍し、高層ビルの向こう側に消えていく。
変身を解いたアライブ––昇に、月岡と火崎が駆け寄った。
「今回の敵、妙だったな。本気って感じがしなかった」
火崎は武道家らしく、先ほどの戦闘にあった違和感を鋭敏に感じ取って言う。
直接相対していた昇も同調し、腕を組んで考え込んだ。
「何か目的でもあるんでしょうか」
「それも気になるが、まずはあの人の保護だ。本部に戻るぞ」
「ですね、月岡さん」
3人は本部に戻り、取り調べ用の個室に通された男の元に向かう。
怯え切った様子の彼を刺激しないよう、最も温和な雰囲気を持つ昇が事情聴取をすることになった。
「あの特危獣に追われていた理由について、何か心当たりはありませんか?」
「分からない。私には何も分からない……!」
追われていた時の恐怖が蘇り、男は体を震わせて蹲る。
首元のペンダントを握りしめながら、彼は祈るように呟いた。
「昇……!」
「もしかして、昇って」
「ああ。大切な一人息子だ。訳あって離れ離れになり、今は連絡もつかないが……それでも昇を忘れたことは一度もない」
最後に息子の顔を一目見たいと、男は涙ながらに告げる。
昇はある確信を抱いて、確かめるように言った。
「日向ナオノリさん、ですよね」
「どうして私の名前を」
驚くナオノリの涙を拭き、昇は優しく微笑む。
目の前の『父親』に、彼はぎこちなく正体を明かした。
「おれは日向昇。……会いたかったよ、父さん」
「昇!!」
ナオノリと昇はひしと抱き合い、十数年ぶりの再会を喜び合う。
二人の姿を扉越しに眺めながら、木原が涙ぐんで呟いた。
「よかったね、ヒューちゃん……!」
「だな。暫く二人にしてやるか」
火崎の提案で、月岡たちはその場を離れる。
狭い個室の中で、昇とナオノリは父子の時間を過ごすのだった。
「今まで何をしてたの?」
「お前の治療費を稼ぐために、母さんと一緒に遠い所で働いてたんだ」
「そうだったんだね、ありがとう。お母さんは生きてる?」
「ああ。ユキミ……母さんとも近い内に会えるぞ」
「ほんと!?」
「本当さ。そうしたら今度こそ、家族で一緒に暮らそう」
「うん! あ、でも……」
頷いてから、昇はアライブのことを思い出して言葉を濁す。
特危獣を全て倒すまで、特撃班から離れる訳にはいかない。
真実を告げようか迷っていると、ナオノリのスマートフォンが振動した。
「母さんからだ」
ナオノリに促され、昇は画面を覗き込む。
そこには日向ユキミの名前と共に、数分程度の動画が送信されていた。
「再生するぞ」
ナオノリが再生ボタンを押すと、画面の中のユキミが動き出す。
深い森の中を走りながら、彼女は途切れ途切れに言った。
「……映ってますか? アタシです、ユキミです。明日、東都E地区の雑木林で待っています。生きているならそこに来て下さい」
そこで動画は途切れ、昇とナオノリは暫し顔を見合わせる。
二人は個室に月岡たちを集めると、彼らにも動画を見せた。
「つまりお母さんにも会えるってことじゃん! 凄い、凄いよヒューちゃん!」
「ですが懸念も残ります。ナオノリさんをむやみに外に出せば、また襲われるかもしれません」
無邪気に喜ぶ木原とは対照的に、金城は慎重な姿勢を見せる。
金城の肩を抱き、火崎が豪快に言った。
「おいおい、そのための俺たちだろ。日向の親父さんもお袋さんも、両方守ればいい話だ!」
「ええ、そうですね」
火崎の説得で金城は思い直し、しっかりと頷く。
全員の顔を見渡して、月岡が指示を出した。
「明日、全員で東都E地区の雑木林に向かう。そして日向ナオノリと日向ユキミを保護するんだ」
「了解!!」
昇たちは個室を出て、明日の準備に取り掛かる。
再び一人になったナオノリが、静かに口角を上げた。
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