第23話 地下の秘密
共存の会
「丘を越え行こうよ〜、口笛吹きつ〜つ〜!」
白い観光バスに、昇と木原の愉快な歌声が響く。
その隣では火崎が雑誌を広げて家族に買うお土産を探し、金城があれこれとアドバイスをしていた。
呑気なものだと呆れながら、最後部の月岡がぼんやりと景色を眺める。
遠くに見える霧がかった山々に、普段住んでいる街の面影はもはやなかった。
「暫くトンネルに入ります。抜けたら目的地に着きますよ」
運転手の言葉通り、バスは暗く長いトンネルに突入する。
何故昇たちは呑気に旅行などしているのか。
彼らの行き先は何処なのか。
事の発端は、数日前に遡る––。
「我々に手紙?」
「そうなんだよ。今朝、郵便受けに置いてあったんだ」
麻婆堂の店長が、『特撃班へ』と書かれた封筒を月岡に手渡した。
開封された形跡はなく、差し出し人には『共存の会』という聞き慣れない団体名が記されている。
月岡は封筒を受け取ると、本部の昇たちにもそれを見せた。
「手紙ですか? 早速開けてみましょうよ!」
昇に促され、月岡は封筒を開ける。
そこに入っていたのは、筆文字で記された一通の手紙だった。
「特撃班の皆様へ、紅き月が昏きミッドナイトをデスティニーする時期になりましたね……なんだこれは!」
「今どき中学生でも書かないクソポエムが出てきたぞ。知らない団体名義の封筒から」
手紙の内容を見て、火崎は戦慄する。
続きを見る意欲が消え失せた月岡たちを、金城がフォローした。
「き、機械にかけてみましょうか」
月岡から手紙を受け取り、スマートフォンで解析する。
そして明かされた手紙の内容は、北都U地区に位置するとある集落への招待状だった。
「これはまた随分とド田舎だな。しかも五人全員で来いとは、こりゃ何かあるんじゃねえか?」
「ですね。共存の会という団体名も聞いたことがありませんし、かなり怪しいです」
「大体こいつら何と共存する気なんだ?」
例によって火崎と金城が疑いの目を向け、手紙を黙殺すべきという風潮がより強くなる。
木原が勢いよく立ち上がり、知的好奇心を爆発させて叫んだ。
「行こうよ共存の会! 分からないものには頭から、どーんと飛び込もう!」
一度火がついた彼女を説得することの無意味さを、月岡たちはよく知っている。
そして現在、五人は観光バスに揺られながら北都U地区の集落を目指していた。
「はい、到着です」
バスが停車し、昇たちは数時間ぶりに大地を踏む。
暖房の効いた車内にいた反動か、暮れつつある秋の空気はより一層冷たかった。
「少し歩けば集落だ。行くぞ」
五人は火崎を先頭に、集落までの道を歩いていく。
そこには疎らな木造住宅と、高低差のある地形を利用した棚田が広がっていた。
「凄い……」
初めて見る景色に、昇が目を輝かせる。
その視界の端から、見覚えのある空色パーカーの青年が駆けてきた。
「また会ったね、みんな」
「馬渕さん!」
かつて共闘した馬の特危獣・馬渕と、昇たちは予想外の再会を果たす。
喜ぶのもそこそこに、馬渕は彼らを森の奥へと案内した。
「みんな、お客さんを連れてきたよ」
馬渕に呼ばれて、木々の間からオーバーオールの太った男と燕尾服の女が姿を現す。
少し遅れてやって来た大熊総一が、この再会を予期していたかのように言った。
「また会ったな、坊主」
「大熊さん……!」
「ここじゃ寒いだろ。俺たちの家に来な」
大熊の提案で、昇たちは地下に掘られた大空洞へと場所を移す。
そこには地上の民家と何ら変わりない、質素で生活感のある内装が広がっていた。
「改めて自己紹介しておこう。俺は大熊総一。この辺りで土木業者をやってる。趣味は釣りだ」
「私は詩と音楽を愛する言葉の旅人、
燕尾服の女は興梠と名乗り、どこからともなくバイオリンを取り出す。
困惑する昇たちの前で、興梠はバイオリンを弾き始めた。
「では、我々の出会いに一曲」
「––はまた後で! うちの同居人がすみません。あ、僕は馬渕駿です。好きな食べ物はニンジンです」
馬渕が慌しく自己紹介を終え、残るはオーバーオールの太った男のみとなる。
彼は丸々とした腹を叩くと、両手で印を結んで言った。
「オイラ、岡村モグヒコ! モグヒコ、みんな、トモダチ!」
「いいですねそのポーズ! おれ、モグヒコさん、トモダチ!」
昇とモグヒコはすぐさま打ち解け、仲良くハイタッチを躱す。
そして大熊、興梠、馬渕、モグヒコは、声を揃えて告げた。
「ようこそ、共存の会へ!」
興梠が再びバイオリンを持ち、歓迎の意を込めてクラシック音楽を演奏する。
馬渕に茶を淹れさせている間、大熊は共存の会について語り始めた。
「俺たち共存の会は、人間と特危獣の共存を目指しているんだ。……まあ、特危獣退治が仕事の皆々様には、少々理解し難い思想かもしれんがな」
「当たり前だ。お前らこそ、奴らがどれだけ人を苦しめているのか分かってんのか?」
「……分かっている。だからこそ、心ある特危獣まで一緒くたに敵視される現状を変えたいと思ったんだ」
火崎の質問に、大熊ははっきりと答える。
大熊は拳を握りしめて、自分に言い聞かせるように呟いた。
「奴らと我々は、違う」
「我々って、やっぱりあなたたちは」
「ああ。俺たちはみんな、その『心ある特危獣』だ」
昇の疑念は的中した。
馬渕だけでなく、全員が特危獣としての姿を有している。
理性を持つ特危獣が集団生活を営んでいることは、昇にとって小さくない衝撃だった。
「会の掟は3つ。1に人間を襲わないこと。2に無闇に特危獣の姿を晒さないこと。そして3に、正体を口外しないこと。どうだ、守れるか?」
「守れます!」
「よろしい。今日からお前は共存の会のメンバーだ。歓迎するぞ」
「うちの日向昇を勝手に会員にするな!」
月岡が慌てて割って入り、大熊から昇を遠ざける。
大熊は濃い無精髭を撫でて、不思議そうに言った。
「何故止める。心ある特危獣同士、助け合うのが当然だろう?」
「日向昇は人間だ。特危獣じゃない」
「異形の姿になれる者を、果たして人間と呼べるのか?」
興梠の演奏が激しさを増し、力強い旋律が地下室に響く。
大熊の根本的な問いに答えあぐねる月岡のスーツを掴んで、昇が言った。
「大熊さんの言う通りです。おれはまだ人間じゃない。おれの中からアライブの力が消えるまで、おれは『人間になりたい特危獣』なんです」
「日向昇……」
昇に手を引かれるまま、月岡はこれ以上の議論を断念する。
演奏を終えた興梠が、美しい微笑を浮かべて一礼をした。
「特撃班の皆様、我々はあなたたちを歓迎します。どうか今日は一日、この集落でゆっくりと羽を休めて下さい。……さあモグヒコ、夕飯の買い出しに行きますよ」
「うん、分かった!」
大熊たちに見送られて、興梠とモグヒコは地上に出る。
八百屋に向かう二人の背中を、ソウギが静かに観察していた。
「……見ぃつけた」
——————
陽炎のキャンプファイヤー
買い物に出かけた興梠とモグヒコを待つ間、昇たちは大熊に地下空洞の部屋を案内されていた。
出入り口を兼ねた大部屋を中心に、風呂や化粧室、厨房、各人の個室、物置がアリの巣状に広がっている。
意外にも快適な居住空間を見回して、木原が大熊に言った。
「結構しっかり家だよね。誰が作ったの?」
「モグヒコだ。あいつは穴掘りの名人なんだ」
大熊と昇たち五人は最初の大部屋に戻り、切り株を加工した円卓を囲んで座る。
全員分の茶と菓子を配って、馬渕も大熊の隣に座った。
「あなたたちは、これまで我々が出会ってきた特危獣とは一線を画す考えを持っています。一体なぜ、人間との共存を目指すようになったんですか?」
特撃班を代表して、月岡が大熊に質問する。
大熊は咳払いを一つすると、共存の会誕生の理由と経緯について語り始めた。
「かつて、野生の熊だった俺は猟師たちに撃たれ生死の境を彷徨っていた。そんな俺を救ってくれた人がいたんだ」
彼は自分に進化の種を与え、大熊を特危獣ベアーにした。
そしてベアーに、『人間を襲ってはならない。共存しなさい』と言ったのだ。
「俺はあの人の言葉を守るため、森の奥に身を隠した。やがて人間の姿を手に入れた俺は、正体を隠してこの集落にやって来たんだ」
この働き者で気立てのよい青年を、住人は快く歓迎した。
いつしか大熊の中で、共存は恩人の言いつけではなく自分自身の願いに変わっていた。
集落に居場所を得てからも、大熊は元の森に住み続けていた。
そんな彼の元に、興梠とモグヒコが現れた。
「あいつらもまた、人間との共存を目指していた。そして三人で、この共存の会を立ち上げたんだ」
「僕は後から参加したんですよ。一番年下で、新参です」
馬渕は後頭部を掻き、照れ笑いを浮かべる。
その時、膨らんだ買い物袋を手に、興梠とモグヒコが戻ってきた。
「ただいまー!」
「皆さん、何か楽しいお話をしていたようですね」
「昔の話を少しな。……さて、何か質問はあるか?」
大熊の言葉に、月岡が真っ直ぐ手を挙げる。
彼は大熊の目を見据えて、冷静に問いかけた。
「あなたを特危獣にした存在とは……ソウギのことですか」
動物を特危獣にするような者は、月岡の知る限りソウギ以外ない。
大熊はあっさりと頷いた。
「ああ。彼がソウギと名乗ったのを、俺は確かに記憶している」
「でも、あの残虐なソウギが『人間と共存しろ』なんて言いますかね?」
「言ったから、俺たちはここにいるんだ」
昇の疑問を、大熊は語気強く一蹴する。
そして彼は立ち上がり、室内での議論を打ち切った。
「さて、せっかくこうして集まったんだ。今日くらい硬い話を忘れて、楽しくバーベキューでもしようじゃないか」
共存の会の四人は慣れた手つきで梯子を上がり、昇たちも彼らの後に続く。
暫く森を歩いていると、モグヒコがくんくんと鼻を鳴らした。
「どうしました?」
「あっちに美味しいキノコがある! 一緒に取ろ!」
「わ、分かりましたからそんなに引っ張らないで下さい!」
金城の腕を掴み、モグヒコは勢いよく駆けていく。
二人の喧騒に加わろうとする木原を、火崎が無理やり抑えつけた。
「あたしもキノコ狩りしたーい!」
「お前は妙なもん拾ってきそうだからダメ!」
「では、お二人は私とスパイスたちの華麗なるワルツ……カレー作りをお願いします」
「カレー作り!? やるやる!」
「最初からカレーって言えよ」
火崎のツッコミを聞き流しながら、興梠は木原と火崎を川辺のキャンプ場へと連れていく。
肩に担いだ釣り竿に目をやって、大熊が言った。
「俺たちは男四人で魚釣りだ。この時間帯はよく釣れるぞ」
「またそんなこと言って、この間も全然ダメだったよね」
「この間はこの間だ」
揶揄う馬渕に顔を逸らして、大熊は大股で歩き出す。
その背中を駆け足で追いかける昇が、後ろを振り向いて呼びかけた。
「ほら、月岡さんも!」
「……ああ!」
金城とモグヒコはキノコ狩り、火崎と木原と興梠は料理、そして昇と月岡、大熊と馬渕は魚釣り。
それぞれに親睦を深め合う時間は瞬く間に過ぎ去り、彼らはとうとうバーベキューの始まる時間を迎えた。
「ぶえっくしょい!」
夕方の冷たい風に吹かれた木原が、豪快にくしゃみをする。
馬渕が流れるような所作で自身のパーカーを羽織らせ、彼女を気遣った。
「大丈夫ですか? よければ使って下さい」
「ありがとう。あなた、紳士なんだね」
馬渕のパーカーに袖を通して、木原が礼を言う。
大熊が焚き火の前に立ち、乾杯の音頭を取った。
「みんな。今日は何もかもを忘れて、バーベキューを心ゆくまで楽しんでほしい。では、我らの出会いと友情に……乾杯!」
「乾杯!!」
燃え盛る焚き火を囲んで、九人は飲み物の入った紙コップを掲げる。
バーベキューが始まろうとしたその時、キャンプ場に鋭い棘の雨が降り注いだ。
「危ないっ!」
昇や馬渕ら変身能力を持つ者が率先して月岡たちを庇い、棘に貫かれた体から血が流れる。
警戒する昇たちの前に、全身を棘の鎧で武装した特危獣が姿を現した。
「みんな下がって! 超動!!」
昇はアライブ・スネークフェーズへと変身し、ヌンチャクで放たれた棘を一つ残らず叩き落とす。
簡易的な解析を終えた金城が、アライブに向かって叫んだ。
「気をつけて下さい。そいつは栗の特危獣です!」
バーベキュー会場は瞬く間に戦場となり、特危獣チェスナットとアライブは激しくぶつかり合う。
アライブの戦いを見守りながら、月岡が冷たく言った。
「……これでも共存できると思うか?」
「できるさ。僕たちとあいつは違う」
馬渕は反発し、特危獣の姿となってアライブに加勢しようとする。
しかし大熊に止められ、彼は渋々引き下がった。
「それでいい。この人たちには戦って欲しくない。戦うのは、おれだけでいい!!」
基本形態となったアライブの鉄拳が顔面に炸裂し、チェスナットの体が大きく吹き飛ぶ。
一気にトドメを刺さんとしたその時、アライブは自身を取り巻く無数の敵意に気がついた。
攻撃の手を止め、周囲の気配を探る。
チェスナットが撒き散らした棘の一本一本が兵士となり、一斉にアライブへと襲いかかった。
「くっ!!」
単体での力で劣る棘兵士たちは数の差を活かして絶え間ない攻撃を繰り出し、確実にアライブを追い詰める。
志を同じくする勇士の危機に、共存の会が立ち上がった。
「お前ら、やるぞ」
大熊の言葉に頷き、興梠とモグヒコ、馬渕がチェスナットの前に立ちはだかる。
アライブを攻撃していた棘兵士が、じりじりと四人を取り囲んだ。
「はああぁぁぁ……!!」
大熊たちの体に闘気が満ち、その肉体が徐々に形を変えていく。
そして四人は、それぞれの特危獣としての姿を月下に曝け出した。
大熊––ベアーの咆哮を合図に、四人が兵士たちへと突撃する。
まずは興梠––クリケットが先陣を切り、バイオリンを模した鈍器を軽々と振り回した。
「さあ、紅い花を咲かせる呪われし輪舞曲を踊りましょう。永遠に、ああ永遠に!」
鈍器のひと振り毎に棘兵士が粉砕され、真紅の血がキャンプ場に舞い散る。
モグヒコ––モールもまた、ツルハシを手に兵士たちと奮戦を繰り広げていた。
屈強な肉体で攻撃を受け止め、一体ずつ的確に撃破していく。
馬渕––ホースも巧みな槍捌きで兵士たちを殲滅し、ついにチェスナットを守る者は完全にいなくなった。
「おい坊主、トドメを刺してやれ」
「はい!」
ベアーに促され、アライブはゴートブレードに意識を集中させる。
そして放たれた渾身の一撃を、チェスナットは頑強極まる装甲で受け止めた。
「ぐ……ぐッ!」
アライブはゴートブレードを強引に捩じ込むが、チェスナットを倒すまでには至らない。
攻めあぐねるアライブの肩を、ベアーがそっと叩いた。
「どきな坊主。手本を見せてやる」
ベアーは拳を握りしめ、腰を低く落として構える。
そして気合いの叫びと共に、その拳をチェスナットの胴体へと打ち込んだ。
「がっ……は……」
断末魔の叫びさえ上げられず、チェスナットの死体が膝から崩れ落ちる。
かくしてバーベキューを襲った乱入者は、アライブと共存の会の共闘によって討伐されたのだった。
「凄い、凄いよ今の戦い! 新しいデータがいっぱいだぁ〜!!」
戦いの模様を記録していた木原が、大興奮の雄叫びを上げる。
アライブたちはそれぞれ人間の姿に戻り、月岡たちの元に駆け寄った。
「怪我はなかったか?」
「あ、ああ……」
伸ばされた大熊の手を、月岡は不器用に握る。
それから九人は、改めてバーベキューを再開した。
キャンプファイヤーを囲んで手を繋ぎ、昇たちは声を揃えて歌う。
このよき隣人たちとの友情がどうか永遠であるようにと、儚く強い祈りを込めて。
そして満月が空の頂点から降りる頃、名残惜しくもバーベキューは終わりを告げた––。
「えっ、シズちゃんたち残るの!?」
「ええ。俺と日向昇と金城は、暫くここに滞在します。特危獣が出た以上、野放しというわけにもいかないので」
それはバーベキューを終えた後、大熊との話し合いで決まったことだった。
しかし東都の守りはどうするのかと、木原は当然の疑問をぶつける。
それなら心配ありませんよと、馬渕がいつもの澄ました態度で言った。
「昇さんたちがここにいる間、街には僕が行きます。どうかご心配なく」
「そうだぜ。いざって時は俺もいるし、こっちはドンと任せろ!」
木原と馬渕の肩を組み、火崎が豪快に笑う。
そして三人は昇たちに見送られ、バスに乗って街に戻っていった。
「おれたちは、暫くこっちですね」
「ああ。少しの間だが、よろしく頼む」
地下空洞の部屋を快く貸し出した大熊に、月岡は深く頭を下げる。
昇、月岡、金城、大熊、興梠、モグヒコ。
六人の奇妙な共同生活が、ここに始まった。
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