七話 二人の秘密

「う、うぅぅん」


 痺れの取れたアレフが心配そうにルディアを見つめていると、ルディアの唸り声が聞こえる。


「おい、大丈夫か? しっかりしろ」


 ルディアはまだ頭がボーッとしているのか、焦点があわず視線を泳がせていた。


「ア、アレフ……あたし……負けたの……?」


 今の状況を少しは把握出来てきているようだった。自分がフューネルには弾き飛ばされ、意識を失ったことを覚えているようだ。


「とりあえず少し休め…… ごめんな……」


 ルディアはまだ意識がはっきりしないのか、こめかみを抑えながらも上半身を起こした。


「ってまだ寝てろよ」


 心配そうにアレフはルディアを覗き込むが、ルディアはこめかみを抑えながらも首を横に振った。


「ううん……もう大丈夫よ。第一、アレフが謝る必要なんか全く無いわ。いつもこんなレベルじゃなくボコボコにして、あたしが謝ったことなんかあった?」


 確かにそうか……と苦笑いを浮かべるアレフを見て、ルディアもまだ苦しそうにはしながらも笑顔を見せた。


「ってそれは俺が鍛えてるから大丈夫な訳であって、お前じゃキツイだろ?」


 未だ、心配そうに見つめるアレフの視線にルディアは少し照れて顔を伏せて呟いた。


「……そうやって自分を鍛えられることに憧れてるんだけどな……」


 ぼそっと呟いたルディアの言葉はアレフにははっきりとは届かなかった。


「ん? 何か言ったか?」


 ルディアは首を横に振ってから、腕を組んで先程の模擬戦を思い出すように語った。


「ううん、何でもない……でも、まさかあんな展開に持ってかれるとは思わなかったわ……ロックゴーレムとあたしの魔法を自分で引き受けて、使い魔で直接狙おうなんてね。いつも通り突っ込んでくるから、あたしも何も疑わなかったわよ」


 してやられたと言った顔つきのルディアを見て、アレフも狙い通りに模擬戦を動かせたことに、満足そうに頷いた。


「あはは、さすがに俺とフューネルだけじゃ、お前の隙を衝くしか勝ち目はないかと思ってさ」


 アレフの言葉にルディアは驚愕の顔色を浮かべた。一瞬止まったあとに、ルディアはアレフの肩をガシッと掴んで問いかけた。


「……え、ちょ、ちょっと待って……今、なんて言ったの……?」


 鬼気迫るような勢いルディアに気圧されながらもアレフは答える。


「え? いや、隙を衝くしかないって……」


 しかし、ルディアはその返答に納得の様子を見せずに、今度はアレフの肩をガシガシと揺さぶった。


「違う違う! そこじゃ……そこじゃなーい! あたしが聞きたいのはそこじゃない! ねぇ、フューネルって言わなかった?」


「言ったけど……あ……」


 使い魔に名前を付けている者なんてアレフくらいだ。召喚士にとって使い魔はただの道具・・・・・である。包丁や金槌に名前を付けるみたいなものだ。ましてやアレフのしていることだ。他の召喚士は一笑に付して気にも止めない。

 ただ一人、ルディア・・・・を除いては。


「新しい使い魔なんていつの間に……と思ったけど、フューネルって前の使い魔……トイハウンドの名前じゃない!

もしかして新しい使い魔じゃないんじゃないの? どういうこと? 詳しく教えなさいよ!」


 ルディアのその言葉に、アレフはバツが悪そうに頭をかいた。


「そっか。ルディアじゃ気づいちゃうか……そうだよ、ルディアの言う通りフューネルはトイハウンドの名前だった・・・。今はヘルウルフになった・・・けどね。ちなみに使い魔は変えてない・・・・・よ。フューネルが変わった・・・・だけだよ。あ、このことは二人の秘密な?」


 話の理解が追い付かないルディアは呆然とした表情で呟いた。


「変わった……? 何それ……」


「まぁ信じられないのも無理はないけどね」


 アレフはルディアに信じてもらえないだろうと首を横に振った。


「いえ……その話自体は信じるわ。他の人は誰も信じないだろうけど、あたしはね。アレフとそいつ……いや、もうそういう呼び方はダメね。フューネルの関係は知ってるもの。絶対にアレフは手放さないだろうってこともね。こっちの苦労も知らないでさ……だから今日もトイハウンドじゃない使い魔を召喚したから驚いて意表を突かれたんだもの。だから、アレフが言うならそこは疑わない。ただ、使い魔が変化するなんて聞いたこともないから驚いただけ……」


 少し落ち着いたのか、ルディアの表情は少し落ち着きを取り戻していた。


「まぁ、確かにそうか……俺も驚いたからなぁ……まぁでも条件があるらしいから、全ての使い魔が進化出来る訳じゃないだろうな……聞いてみないとわからないけど……」


 アレフは腕を組んで、思い出すように答えた。


「聞いてみる? 誰に?」


「ああ、なんか遺跡ダンジョンに進化と合成ってのが出来る部屋があるんだよ。そこの……管理人……なのかな? よく分からないけど、そこに居た誰かが教えてくれるよ」


 それを聞いたルディアは身を乗り出し、勢いよくアレフの肩に掴みかかった。


「何それ! 連れてきなさいよ! 今すぐにそこに!」


 興奮冷めやらないルディアをアレフはなだめながら振りほどいた。


「ちょっと落ち着けって……そんな焦らなくても勿論連れてくよ。たださ……行けば分かるけど今は入れるかはわからないぞ?」


 アレフの言葉を聞いたルディアは怪訝そうな顔をした。


「どういうこと?」


「まぁ行けばわかるって。とりあえず今日は遅いし、明日……って明日はカイトと模擬戦か。それが終わってからでいいか? 多分そこに行くだけならその時間でも大丈夫だから」


 ルディアはまだ不満そうな表情ではあったが、一定の納得をしたようで、渋々と頷いた。


「仕方ないわね……確かに遅いし、アレフがそう言うなら従うしか、ないか。それにまだやることあるし」


 すぐに帰らないといけない時間では無いが、もうすぐ日も暮れる時間である。その時間のまだやることなんて……と思ったアレフはルディアに尋ねた。


「まだやること? もうこんな時間なのに?」


 それを聞いたルディアは勢いよく立ち上がり、アレフにビシッと右手の人差し指を突きつけた。


「模擬戦に決まってるじゃない! あたしが負けっぱなしなんて許さないわ! 今度は手加減なんかしない!

きちんと三体の使い魔を使って相手をするわ! ボコボコにしてやるから! 覚悟しなさい!」



──── それからしばらく後 ────


「いたた…… もういいだろ?」


 大の字に寝転がるアレフは、仁王立ちで見下ろしているルディアに尋ねた。


「ふっふーん。まぁこんなもんでしょ。もういいわよ」


 上機嫌になったルディアのその言葉を機に、アレフはよっこらせと上体を起こした。


「しかし、やりすぎだろ……こっちは一回だけだってのに、そっちは何十回もボコボコにするなんて……」


 ルディアは腕を組んで見下ろしたまま、フンっと顎を突き出した。


「あたしに勝とうなんて五年早いわよ」


「五、五年か……」


「そ、五年よ……ってそれはそうとして、課題も見えたわね……明日の模擬戦の……」


 急に真剣な顔を見せたルディアに対し、アレフも真剣な顔で頷いた。


「ああ、そうだな……こうなると前と変わって俺が足を引張ちまうな。長期戦に持ち込まれると、使い魔の数が少ない分体力的に不利になっちまう。短期決戦に持ち込むのは明日は厳しいだろうし……」


 ルディアも腕を組んで頷いた。


「ええ……カイトは間違いなく使い魔の数を多く指定してくるでしょうし、そこを曲げるのは難しいでしょうね……」


金の力があるカイトには召喚士の指輪が数多くある。模擬戦であれば大量の使い魔を使おうとしてくるのは明白だった。


「俺達が消耗する前にどんどん倒せればいいんだが、そうなると俺は殴る蹴るくらいしか出来ない。別に壁役の使い魔はいらないからせめて攻撃役がもう一体居れば状況は変わるか……」


 そして二人は黙りこんでしまう。そして、その沈黙を破ったのはルディアであった。


「明日、早いうちに召喚してみない? 五個あるし指輪一個くらいならあげるわよ」


 ルディアは右手に着けている指輪を一つ外してアレフに差し出した。


「いや、悪いよ。お前にも使い魔にも……」


 召喚士の指輪は召喚石に比べてかなり高価だ。それに、アレフはフューネルの進化を見届けている為、出来ればルディアにも使い魔と良い関係を築いて欲しいと思ったのだ。軽い気持ちで使い魔を手放して欲しくない。だからアレフは使い魔にも悪い、と言ったのだった。


「あたしがいいって言ってるんだけどなぁ……」


 ルディアの言いたいこともわかるし、思いも伝わってはいるが、それはそれ、これはこれである。そして、アレフは出来れば自分自身で何とかしたいということもあった。


「まぁ明日考えよう……っと帰る前にお願いしたいことが」


 そろそろ日も暮れているであろう時間が経った。帰宅しないといけないのだが、その前にアレフはルディアの頼みたいことがあり、先程倒したフォレストグリズリーの心臓の一部と毛皮が入った袋を取り出した。


「まぁ、これはフォレストグリズリーの心臓と毛皮?」


 中身を見てルディアはアレフに尋ねると、アレフは頷いた。


「いつものように換金お願いな」


 アレフは集めた素材の換金をルディアに毎回お願いしている。駄賃として幾ばくかのお金を渡して……だが。

 アレフが換金しようとすると買い叩かれる為だ。ルディアは駄賃はいらないと言っているのだが、そこはアレフにとって譲れなかった。


「まぁいいけど……心臓もいいの? ミューズおばさんに効くんじゃない?」


 ミューズのことも知ってるルディアは心配そうに尋ねたが、アレフは首を横に振った。


「ああ、大丈夫だ。母さんの分は確保してある」


 なるほど……とルディアはアレフの返答に頷くと同時に見せられたその心臓の大きさに驚くのであった。


「へぇ……それでもこれだけ残るんなら、相当大物だったのね……

 いいわ、じゃあ帰りましょうか」


 そう言ってルディアはまだ座りこんでいるアレフに右手を差し出したのだった。

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