十一話 対カイト

 言葉を発すると同時にアレフはカイトに向かい駆け出す。

 一方のカイトは右手を突き出して使い魔を召喚する。

 体長は両手を広げた程の大きさで赤い羽根を持ったブレイブバードと言うHRハイパーレアの使い魔だ。カイトとも属性が一致しており、より強さは増している。レア度から考えるとフューネルのレアよりも一つ上だ。


「死ね!」


 カイトが叫ぶと、ブレイブバードは大きく翼を広げバサリと羽ばたく。次の瞬間、鋭い嘴を突き出し一直線にアレフに向かってブレイブバードは弾丸の如く飛び出す。


「デュラン!」


 アレフは剣の名を呼ぶと魔法陣から飛び出た柄を右手で握り、まだ半分も姿を現せてない剣の根元でブレイブバードを受け止めようと身構える。

 しかし、アレフにはさほどの衝撃もなく、ブレイブバードは真っ二つに切り裂かれてしまうのだった。


 あまり斬れ味に少し動揺するが、ここは闘いの場である。その動揺を相手に悟らせることもなく、アレフは直ぐに落ち着き、残りの刀身を魔法陣の中から引き抜いた。


 しかし、眼前のカイトは違った。激しく狼狽しているのは誰の目からも明らかだった。恐らくいきなり最強の使い魔をぶつけたのだろう。それがあっさりと真っ二つにされたのだ。


「ば、バカな……な、なんなんだ! あの剣は!」


 明らかに剣に驚いているカイトに対して、アレフは脅すようにゆっくりと、剣の切っ先を片手で突き付けながら近付いた。


「さっき召喚したばかりの俺の二体目の使い魔だよ。斬れ味は予想以上だったけどな」


 フューネルは切り札として取っておこうと考えていたが、既に恐怖の色を浮かべている相手には必要無いかもしれないとアレフは思った。


「くっ、くるな!」


 ブレイブバードすら斬り裂いた刃を自身に振るわれたら、自分も真っ二つになると思ったのだろう。

 カイトは今までの自信が嘘のように怯えていた。


「お前、さっき俺に向かって死ねって言ってたよなぁ……」


 ツカツカとカイトに近づきながらアレフは少し嫌味ったらしく言い放った。


「来るなって言ってんだろ!」


 その叫び声と同時に三つの魔法陣が展開される。

 召喚されたのはマッドゴーレム、リビングデッド、ハイオーク。いずれもHRハイノーマルの使い魔だ。


「ほ、ほら、いけよ!」


 カイトの言葉に三体同時にアレフに飛びかかる。

 が、アレフは右手一本で剣を軽く横に薙ぐと、先程と同様に三体の使い魔は体を上下に分離させてすぅっと消え去った。


「あ……あ……」


 カイトは呆然とし、言葉とは言えないうめき声のような物を口にしていた。


「ほら、これで終いか?」


 アレフはその場でビシッと剣の切っ先を突き付けてカイトを挑発した。


「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ」


 取り憑かれたように頭をブンブンと横に振り、カイトは叫んだ。

 次の瞬間、ブォンと音を立てて五個の魔法陣がカイトの周りに現れ始めた。


「チッ! マジかよ!」


 アレフは剣を投げ捨て一直線にカイトに向かって駆け、ドンッと当て身を喰らわせカイトの意識を奪ったのだ。


「勝負あり! 勝者アレフ!」


 現れかけた魔法陣が消え去っていく中、訓練場の中にはルディアの声が響き渡ったのだった。

 勝負が着いた直後、ルディアはアレフに近づいていく。


「危なかったわね……」


 ルディアは腕を組みながら、ボソッとアレフに話しかけた。その言葉にアレフはゆっくりと頷いた。


「ああ……まさか五体同時に召喚しようとするなんて……あそこまで冷静さを欠いてるとはな……」


 アレフは足元のカイトを見下ろしながら答えた。カイトはまだ意識を失っている。


「何にせよ、あの状態じゃ制御も出来なかっただろうし、召喚しちゃってたら廃人……もしくは最悪死んでたかもね。こいつは感謝なんかしないだろうけど……」


 使い魔の召喚は三体までと決まっているのは理由がある。四体以上を同時に召喚すると、制御が急に難しくなり暴走するのである。また、同時に精神を侵され、最悪死に至る。

 当然召喚士自身の能力の差や状況の差はあるが、今回はどちらも良いとは言えない状況だった。

 ルディアの言う通り、精神を崩壊させて植物人間のようになるか、最悪死んでいた可能性はあった。

 だからアレフは五個の魔法陣が同時に展開されて焦ったのである。


「確かになぁ……カイトが感謝する姿なんか想像するだけでも気持ち悪いからやめてくれ。まぁしないだろうけどね」


 アレフはルディアに苦笑いを見せた。カイトがゴミ同然に思っていたアレフに感謝をみせるなど有り得ない。


「さて……どうしたものか……」


 勝負はついたが、カイトは意識を失っている。


「起きたところで謝罪なんかしないだろうしなぁ……」


 事の発端はアレフの父を馬鹿にしたことだが、それについて謝るとも到底思えなかった。


「まぁ確かにね……」


 ルディアは倒れているカイトを見下ろして、そう呟いたのだった。その言葉に対してアレフは少し呆れたように肩を竦めた。


「お前が模擬戦吹っかけといて何言ってるんだか……」


「あ、あれはあの場を収める為だったし、仕方ないでしょ? それにあたしはどっちかって言うとアレフを馬鹿にしてた態度も嫌だったしね。この姿を見て清々したからもうどうでも良くなっちゃったけどね」


 少しの沈黙のあと、ルディアは思い出したかのように大きな声をあげた。


「あー! そう言えば秘密の場所に連れてってくれるって約束だったわね! こんなのほっといて早く行きましょ!」


 そう言ってルディアはクイクイっとアレフの腕を引っ張る。


「っておいおい……急だなぁ……」


 ルディアに引っ張られ、二人で訓練場の外へと向かう。


「あ、そうだ! 一つ言い忘れてたことがあったわ!」


 そう言ってルディアは引っ張っていた腕をパッと離した。


「なんだ?」


 立ち止まったルディアにアレフが尋ねると、ルディアは急にアレフに抱き着いてこう言った。


「勝ってくれてありがとね! アレフ!」

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