十九話 母の余命

「母さん、約束通りEになったよ」


 アレフは帰るや否や、床で横になっているミューズにそう話し掛けた。


「そう……おめでとう」


 少し悲しそうに笑うミューズはこう続けた。


「あまり喜びたくない気持ちも少しはあるけど……」


 そう、約束通り遺跡ダンジョンの攻略を認める。という事だ。それは我が子であるアレフが危険な道を歩むことを認めることに他ならない。


「ごめん、母さん……」


 俯きがちに呟くアレフに対し、ミューズは少しだけ声を張り上げた。


「ほら、しゃんとしなさい。今日が召喚士としての第一歩を踏み出した日でしょ? 私だって嬉しいわよ?」


 そう、母として危険な道を歩むことは心配だが、同時に息子の成長は嬉しい。喜ぶべきことでもあるのだ。

 その言葉を聞いて、アレフはゆっくりと胸を張った。


「これから二ヶ月後……Dになれば六階層に挑むことが出来る。そうすれば遺跡ダンジョンの謎をもっと解き明かすことも出来るはずなんだ……それにもっともっと強くなってランクももっと上げてみせるよ! 母さんにAのネックレスだって見せてあげるから! まだ時間も早いし、遺跡ダンジョンに行ってくる!」


 そう言って家を出て遺跡ダンジョンに向かうアレフ。そのアレフと入れ替わりに部屋に入ってきたトーマスがポンと枕元に袋を置いた。


「トーマスさん、ありがとうございます」


 ミューズは無理にでも体を起こしてお礼を述べようとするが、トーマスは手を挙げて制した。


「寝てろって。それに、気にするなよ。アレフじゃ無理なんだから。あいつじゃ薬一つも売って貰えないしな……」


 そう言って先程の袋チラリと見る。ミューズの薬が入っているようだった。ベッドの横に置いてある椅子に腰掛け、トーマスが悲しげに話しかける。


「すまん、聞いちまった。Aのネックレスを見せてあげるか……実際どうなんだい」


 ミューズは天井を見上げたまま即答した。


「無理ですね……私に見せることなんか出来ないです」


 トーマスは深く腰掛け直し、腕を組んでミューズと同じ天井を見上げた。


「二ヶ月後にD、早くてそこから三ヶ月後にCだもんなぁ……」


 ミューズは目線は変えず、トーマスに同意し頷く。


「はい……だから無理です。見せてもらうことなんて出来ません。Bでもどうか……だと思います。もしかしたらCランクも無理かもしれません」


「そっか……」


 二人の間にしばらく沈黙の時が流れた。そしてミューズは理由を口にする。


「お医者様の話だと、私の余命は半年程度とのことですから……」


 その・・事実をアレフを知ることは無かった。



 それから二ヶ月経った。



 アレフは首にかけていたネックレスを外し、目の前にぶら下げてじっと見つめていた。昨日Dに昇格したばかり、ここはいつもの滝の前、日課である鍛錬を終えたばかりだ。昨日は母に昇格の報告をし、その後すぐに遺跡ダンジョンに潜った。

 その日の夕飯はルディアとヘスティアの家で三人で食べたのだった。その帰り道でのルディアとの会話を思い出していた。


「明日、挑むつもりなのね……」


 目線を前に向けて歩いたまま、ルディアがアレフに問いた。


「どうして?」


 アレフは何故わかったのか疑問の声をルディアに投げ掛けた。


「だっていつも昔っからそうじゃない? 未知のものに挑もうとする前は一緒にご飯食べたり、遊びに行ったり……死ぬかもしれないって思う前はそんな感じよ?」


 軽い口調ではあるが、しかし真剣な顔をしてルディアは語っていた。


「遺跡ダンジョンは危険だよ。毎日死ぬかもしれないと思ってる。でも……そうだね、確かにルディアの言う通りだよ。明日、五階層のボスに挑むつもりだ

 もともとDになったらすぐに行こうと思ってたんだ」


 ルディアに隠し事は出来ないと、観念したアレフは明日ボスに挑むことを告げた。


「そう……」


 その言葉にルディアは黙り込んでしまい、それから二人は無言で家まで歩いた。そんな昨日のことを思い出していたのだ。


 ここは約三ヶ月前、アレフの運命を変えた場所と言っても過言では無い。その運命は明日で終わるかもしれない。終わらせるつもりは毛頭無いが、遺跡ダンジョンは危険な場所だ。可能性はある。

 ただその危険以上に追い求めたい夢、魅力が奥には眠っている。それ・・がアレフを突き動かすのだ。


「さてと……そろそろ行くかな」


 そう言って立ち上がると同時に、フューネルも起き上がって一つ大きな伸びをしながらウォンと小さく吠えた。これから向かうは五階層、その最深部のボスの間である。

 既に五階層までの間にアレフとフューネルが苦戦するような魔物は存在しない。だが未知の魔物であるボスはどうなるかわからない。さほど手応えも無いかもしれないし、まるで歯が立たないかもしれない。

 ただ一つだけ言えること、それは……


「やってみなければ、出来ないかどうかなんてわかるはずもない!」


 そう強い言葉を放ったアレフはフューネルの背に跨ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る