二十話 五階層のボス
アレフは一つの扉の前に立っていた。この扉の向こう側、そこ五階層のボスがいる。そしてその先には六階層への魔法陣があるはず……そう思ったアレフは唾をゴクリと飲み込んだ。
求める未来があるかもしれないし、無いかもしれない。先に進んだところでそもそも何かあると知っている訳では無い。それ以上にこの扉の向こう側で全てを絶たれる可能性も存分にあるのだ。
「だが行く、そこに何があろうとも、何度でもだ」
覚悟を決めたアレフはドアノブに手を掛けた。ネックレスと扉が共鳴するかのように、同時に光り輝く。その光が落ち着くと同時に扉の鍵はカチャリと音を立ててはずれた。
アレフが扉を押し開くと音も立てずに扉が開く。数人は入れない程の部屋の中には一つの小さな魔法陣があった。迷うことなくアレフはその魔法陣に一歩踏み込むと、辺りは白い光に包まれたのだった。
その光が晴れると、アレフは一つの大きな部屋にいた。広さは闘技場と同じくらい。今いる魔法陣は闘技場の召喚士が立つ魔法陣と同じ位置にある。
中心には存在感のある大きな魔法陣が一つ据えられており、その魔法陣を挟んだ向こう側にも一つ、小さな魔法陣がぽつんとあるのが見える。それは闘技場の相手の召喚士が立つ魔法陣と同じ位置に近かった。
「まるで闘技場みたいだな……と言うよりも大きな魔法陣がある以外は闘技場だな、これは……」
その見慣れた光景に近い存在にアレフはぼそっと呟いた。そう、
「ボス姿は見えない……と言うことは何かのきっかけであの大きな魔法陣が発動してボスが召喚される、と言った所か。恐らくこの魔法陣から出たら……だろうな。状況的に向こう側の魔法陣が六階層への魔法陣だろうな。見る限り魔法陣が作動していている様子はない。ということはボスを倒すと動き出すのだろう……あっちに逃げることは無理だろうな……さてと……」
状況を分析し、アレフは覚悟を決めて魔法陣から一歩踏み出した。と同時に大きな魔法陣から黒い光が立ち上る。
アレフは目の前の光に注意払いつつも、今出たばかりの魔法陣に少し目をやった。どうやら未だに動いてはいるようだ。
「ヤバそうだったら逃げろ。そういう事か……退路はある、ということか」
退路の確認をするとすぐに黒い光に視線を戻した。
段々と薄くなっていくその光とは対象に、魔物のシルエットは段々明確になっていく。
「ロックゴーレムよりも大きな身体……両手には身体以上の巨大な斧……筋骨隆々の肉体に据えれているのはまるで牛のような頭……ミノタウロスか! いくぞ、フューネル! 来たれデュラン!」
アレフが目の前のミノタウロスへと駆けると同時に、二つの魔法陣から二体の使い魔がその姿を現したのだった。
グォォォォォオオオ!
ミノタウロスの咆哮は空気をビリビリと震わせ、アレフの肌にビリビリとした痛みとも言える感覚を走らせる。並の人間なら怯んでしまうようなその咆哮も、アレフを止めることは能わない。フューネルも同様だ。
頼もしい相棒を前に、アレフはデュランを大きく振り被った。と次の瞬間、先陣を切っていたフューネルがガバッと両の前足を大きく広げてミノタウロスへと飛びかかる。
ガスッ!
ミノタウロス両手で持った巨大な斧の柄でフューネルを受け止め押し返す。
が、フューネルの方が一瞬早く退けたその背後、大きく振り被ったアレフが現れる。
フューネルが引くことによってバランスを少し崩したミノタウロスへとアレフの刃が襲い掛かる。
ガィィン!
ミノタウロスの頭部を捕らえようとした瞬間、ミノタウロスは腕力で強引に斧を振り回し、デュランを受ける。辺りに鈍い金属音が響き渡る。
グググッとアレフとミノタウロスが押し合う一瞬で、ミノタウロスの背後に回ったフューネルが鋭い爪で襲いかかった。
グォォ!
フューネルが切り裂いた皮膚から血飛沫が飛び散り、ミノタウロスが悲鳴を上げる。グイッと力強く押し返されたアレフは一歩飛び退け距離を取る。
「さすがに力は強いな……押し負けるとは若干ミノタウロスが上か? だが、力だけでどうにかなる訳では無いダメージも通る、疾さはこちらが上……なら……」
そう呟いたアレフに今度はミノタウロスの斧が振り下ろされる。
ドゴォォン!
大きな音を立てて先程までアレフが居た地面に大きな穴が空いた。
舞い散る砂埃で視界が薄くなる中、デュランを手放したアレフはミノタウロスの懐へと潜り込む。
接近を許したミノタウロスは焦って斧を薙ごうとするが、内に入り込んだアレフは腕を掴んで
斧を手放したミノタウロスは、アレフに掴まれていない方の手で押し潰そうと掴みかかる。その手も掴んだアレフはミノタウロスと力較べの様相と化した。
「な、に……ち、力、比べなら……勝ては、しなくても……こっちも、少しは……自信が、あるんでね……」
グググッ、グググッと押し合うアレフとミノタウロス。少しずつ押し負けるアレフだが、狙いは押し勝つ事ではない。
意図を百も承知なフューネルはミノタウロスの喉元を狙い、大きく口を開けてアレフの背後から飛び込んだ。
と、その時、アレフの目にはミノタウロスも口を大きく開ける姿が飛び込んできた。
その瞬間、アレフに何か嫌な予感のような物が走った。と、その予感に任せグイッとミノタウロスを引っ張ったのだ。
急に力のバランスが崩れ、前のめりに倒れ込むミノタウロスの口から真っ赤な炎が放たれる。
チリチリと体毛を燃やしながらもすんでのところでフューネルは躱すことが出来た。アレフの咄嗟の行動が無かったら、直撃は免れなかった。
体勢を整えようとするミノタウロスから一旦アレフは離れ、距離を置く。その傍らにフューネルも舞い降りる。受けたダメージの確認の為だ。
「フューネル、大丈夫か?」
ミノタウロスに注意を払いつつ、チラッとフューネルに視線を送る。ちょうど左の横っ腹の毛が少し焦げて短くなっているようだった。
「なるほど、少し体毛を焦がした程度で大きなダメージは無いな。戦意も無くしてない……まだやれるな」
そのアレフの言葉にグルルゥと低い唸り声でフューネルは応えた。
「特殊持ちか……
今のミノタウロスのように火を噴いたり、風を操り遠距離から空気の刃で切り刻むなんてものもある。カイトとの闘いでブレイブバードが一瞬で突進してきたのも
「警戒はしないといけないな……」
身構えて並び立つアレフとフューネルに対し、斧を両手に体勢を整えたミノタウロスが相対する。
グワッとミノタウロスが口を大きく開けた瞬間。アレフとフューネルは左右に飛び退けた。次の瞬間、先程まで居た地面を炎が焦がす。
しかしアレフもフューネルも怯むことはなく、同時にミノタウロスに向かい駆けた。
左からは無手のアレフ、右からはフューネルの鋭い爪がミノタウロスに迫った。
ミノタウロスは一瞬早く迫ったフューネルに、ブォンと風を切り裂き斧を振るう。
斧をヒラリと避けたフューネルにミノタウロスが大きな口を開けた瞬間……
「やらせるかよ!」
懐に入り込んだアレフが思いっ切り顎をかちあげ強引に口を閉じさせた。
ボフンと大きな音を立てた後、ミノタウロスの口からはモクモクと灰色の煙が立ち上った。
目の焦点も合わず、フラフラと千鳥足になるミノタウロスに対し、アレフは叫んだ。
「今だ!」
デュランを喚び直し、一息に横に薙ぐ。
静寂が周囲を支配した一瞬の後、アレフの眼前にはズズズ……ズズズと音を立てて上体だけがずり落ちて行くミノタウロスの姿があった。
ズドォォォン!
そう大きな音を立ててミノタウロスの半身は地面に落ちた。立ったままのもう一方の半身をその場に残したまま……
「これで終わったな……さすがに手強かった……」
肩で息をしながらアレフが呟くと、フューネルが甘えるように纏わりついてくる。
「お前も良くやったよ。ありがとな」
大きくなっても変わらない行動を取るフューネルに対して、アレフはわしゃわしゃっと頭を撫でて可愛がることで応えた。
「あれ? ミノタウロスの体が……?」
ミノタウロスの解体をしようかと、アレフがミノタウロスの死体に目をやると、その異変に気づく。
ミノタウロスの体が白い靄のようなもので包まれているのだ。普通の魔物は死体は残されたままである。しかし、ミノタウロスはそうではないようだった。
「もしかして、倒すとすぐに消えるのか?」
他の魔物と違ってボスはすぐに消えるのかもしれない。そう思ったアレフはしばらくその光景を見守ることにした。
程なくして白い靄が消えるとミノタウロスの死体のあった場所に残されていたのは一つの指輪、そう、召喚士の指輪である。
「へぇ、召喚士の指輪か……こりゃいいものを落としてくれたな」
倒せば絶対に落とすとは限らないし、他にもっと良いものを落とすのかもしれない。それはアレフにはわからない。ただ、確実に言えるのは未だに二体の使い魔しか使役していないアレフにとってはかなり必要度の高い物であることは確かだ。と、同時に召喚士の指輪の入手手段が遺跡ダンジョンの中にもあることを物語っている。
「この空間と言い、召喚士の指輪といい……やっぱり何かあるな……」
このボスの空間は広さや魔法陣の配置が闘技場に似通っている……いや、その逆……
「まあ、先に行くしか確かめる手は無いんだけどな……」
アレフがふと六階層に転移出来るであろう魔法陣に目をやると、ぼんやりと光が溢れている。どうやらミノタウロスを倒したことで起動し、転移が可能になったようだ。
「よし、まずは次の階層を確かめてみるか」
少しだけ布の血が大きくなったデュランと、未だに甘えるフューネルの召喚を解除し、アレフは次の階層へと繋がる魔法陣の中に一歩、足を踏み入れたのだった。
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