十五話 レイモンド戦
アレフはまずレイモンドの使い魔の召喚を待った。現状で出来る事は、使い魔の攻撃を避ける事と
出来ればフューネルが
レイモンドの展開した魔法陣から召喚された使い魔は三体。緑色の鬣を持ったケンタウロス。青い鎧のデモンアーマー。黄色い体毛のワイルドベア。色に統一性はないが、物理に特化した構成だ。ケンタウロスは魔法で物質化した矢を放ち、デモンアーマーは防御力に優れる鎧と左手の盾で敵の攻撃を受けながら、右手の剣で敵を屠る。ワイルドベアは強靭な顎で噛み砕き、鋭い爪で八つ裂きにするのである。全て
「俺のケンタウロスがついてるぞー」
アレフの耳は一つの声援を捕えた。この声の主はギルバート。つまりケンタウロスはギルバートからの借り物なのだ。と言うことは恐らく青い鎧のデモンアーマーはエレンの物と推測がつく。アレフを魔法陣に閉じ込めた上で自分は安全な場所から、アレフに攻撃が届く使い魔でバトルをしようと言う魂胆なのだろう。
変わらず偉そうに突っ立っているレイモンドの前にはワイルドベアが身構えている。アレフの使い魔への壁役としてである。その横にいるケンタウロスはアレフを射ろうと矢をつがえており、デモンアーマーはガチャガチャと音を立ててアレフに向かっていた。
この様子だとデモンアーマーと接近戦をしながらケンタウロスの遠距離戦をいなさなければならない……一対二になるのは明白だった。
「なるほど……これはこれで
そうアレフは呟いた。普通なら不利な状況だったが、アレフの捉え方は違った。いつもは魔法陣を出て戦わざるしか無かったアレフは、一対三、召喚士からの魔法も含めると一対四なのだ。それだけでかなり楽になる……そうアレフは思ったのだった。
そう冷静に戦況を分析していると、アレフは距離を詰めてくるデモンアーマーの影からケンタウロスが矢を射る姿を視界の端に捕えた。
スっと半身をずらし矢を避ける。カイトのブレイブバードの突進に刃先を合わせられるくらいの動体視力を持つアレフにとっては矢を避けるくらいのことなど造作もないことだ。それどころか……
パシッ!
続いて放たれたケンタウロスの二の矢を避け、三の矢は避けること無く箆を鷲掴みにしてみせた。
観客席が静まり返り、レイモンドの表情に驚きの色が少し見える。
「ちょうど良かった。
そう言ってアレフは手にした矢をヒュッっとレイモンドに投げ返す。
空気を切り裂きレイモンドの腕を掠めた矢は、背後の壁を射抜いた。滴り落ちる一筋の血を見たレイモンドの表情は驚きから焦りへと変わっていく。
「さて、お次は……」
これでワイルドベアをこちらへ寄越すことは無いだろうし、警戒してケンタウロスが矢を射る頻度も減るだろう。と、アレフは眼前に迫りつつあるデモンアーマーへの対処へと移った。
ガチャガチャと音を立ててアレフに迫るデモンアーマーに対して、アレフは敢えて素手で迎え打つことにした。
アレフと会ってないことになっている為、カイトがデュランの存在をレイモンド達に話しているとは思えない。が、とある理由から一旦隠しておこうと考えた為だ。
はっきり言って既に戦力差は分かった。この一週間の経験から
迫り来るデモンアーマーを見据えながらも、アレフはその事を思慮する余裕すらあった。
眼前に迫ったデモンアーマーは手に持った剣を大きく振りかぶってアレフに斬り掛かろうとしている。
が、避けようとすることもなく、アレフはデモンアーマーの盾を思いっ切りぶん殴る。
ガイィィン!
大きな音を立てて盾を弾かれたデモンアーマーはバランスを崩してたたらを踏んだ。一発でひん曲がり使い物にならなくなった盾を投げ捨て、両手で剣を持ち今度こそはとデモンアーマーはアレフに斬り掛かる。
ガシィッ!
しかしその剣は振り下ろされるに至らず、剣を握った両の手をアレフが左手一つで受け止めてしまう。力比べならアレフに分がありすぎる。力に特化したロックゴーレムやフォレストグリズリーですら負けないのだ。デモンアーマーなら
振りほどこうと激しく踠くデモンアーマーに対して、アレフは涼しい顔のままだ。
すると、味方に当たるのもお構い無しだと放たれたケンタウロスの矢を視界に捕えた。
グイッっとデモンアーマーを引っ張り、盾にすることでいなしたアレフは、先程と同様に落ちかけた矢を掴み取り今度はケンタウロスに投げ返した。
グボォォ!
喉元を矢で貫かれ身悶えるケンタウロス。消えないところを見ると、まだ倒した訳ではないが、すぐに戦線に戻ることは難しいだろう。
ケンタウロスが倒れ、デモンアーマーがアレフに抑えられている状況を打破しようと、ワイルドベアがこちらに向かい駆け付けてくる。
アレフのほぼ狙い通りの展開だった。ケンタウロスを無力化出来たのは嬉しい誤算ではあったが……
「フューネル!」
ここぞとばかりにアレフは取っておいた切り札の名前を呼んだ。と同時に魔法陣から現れる姿を見て、デモンアーマー越しにレイモンドの狼狽する姿も見える。
トイハウンドだと思っていたらヘルウルフだったのだ。それは驚くだろう。が、傍目から見たらワイルドベアと同じレア度である。普通に考えればさほど慌てるような事態ではない。力の差はほぼ無いのだから。その慌てっぷりは滑稽だった。真の実力は別として……
喚び出されたフューネルは待ちくたびれたと言うかのように、ウゥゥンと一つ大きく伸びをした……ように思えた。が、気がつくと、ワイルドベアとの間合いを一瞬で無に帰し喉笛を噛み切っていた。
ドォォン!
大きな音を立てて倒れ込んだワイルドベアは身動きひとつ取ることなくスゥゥッと姿をかき消す。その速さに場内は静まり返っていた。フューネルの姿を捉えられた者など、ここに誰もいない、それほどの速さだった。たった一人を除いて。
倒れて身悶えているケンタウロスに一瞥し、今度は先程の目にも止まらぬ速さとは打って変わって、ヒタッ……ヒタッ……と一歩ずつ一歩ずつレイモンドにフューネルは近付いていく。
既に自分を守れる使い魔はおらず、腰を抜かし恐怖の表情でワタワタと焦るレイモンドの座った地面には、何故か水溜まりが出来ていた。
レイモンドの目の前まで迫ったフューネルは、涎を垂らした大きな口をパカりと開ける。
その口をレイモンドの頭に振り下ろそうとした瞬間に、アレフはデュランを喚び出し、目の前のデモンアーマーを一閃で斬り捨て、その勢いでデュランを投げたのだった。
ズドォォン!
闘技場の壁に突き刺さるデュランの音が闘技場に響き渡ると同時に、ベロンとフューネルがレイモンドの顔を舐め上げる。
バトル中でも模擬戦中でも殺人は犯罪だ。模擬戦中に死ねとか言う
こんな所で喰い殺すはずなど有り得ない。
ただ……
「気絶したか……」
ドサリと音を立ててレイモンドが倒れると共に、残った一体のケンタウロスがすぅっと消え去る様を見てアレフは呟いた。
どうやらレイモンドは眼前に迫ったリアルな死の恐怖によって、意識を失ってしまったようだ。
「まあ、バトルだけじゃ死の恐怖はそんな感じないからなぁ……」
頭をポリポリとかいて呟くアレフは次にデュランを放り投げた先を見た。
「あらら、あっちも意識無いみたいだな。これじゃあバトル終わらないじゃん」
デュランが突き刺さった壁の前方には、坊主頭の審判が泡を吹いて倒れていた。
その脳天は投げられたデュランによって、ど真ん中に一本の傷が出来ており、ピューピューと吹き出る血はまるでモヒカン頭のようだった。
「すまんな。バトル中に
少し意地悪そうにアレフは言い放ったが、当然嘘だ。当初打てる手は殆どないと思った一手の一つは、デュランを放り投げることであった。
攻撃手段を放棄すると魔法陣を出ることが出来ないので最後の最後まで待ったのだ。最初はレイモンドに投げることを想定していたが、戦況が変わった為、別の手段に使うことにしたのだ。
そう、アレフだって
「さて、審判も気を失ってるようだし……フューネル! レイモンドを魔法陣の外につまみ出して!」
その言葉にフューネルはウォォンと遠吠えで応え、レイモンドの首筋の衣服を咥え、ひょいとレイモンドを魔法陣の外まで運んだ。
正直このまま立ち去ってもアレフの勝ちは揺るぎないが、前回無かったことにされたので同じことのないように、観衆の目の前で先程決められた勝ち方を達することにしたのだ。
「これで文句は無いだろう! カイト!」
アレフは先程突き刺さったデュランの少し上の観客席で、悔しい表情を浮かべているカイトを見て叫んだ。そう、審判の延長線上にカイト達が位置した時を狙って投げたのだ。当然、カイトへの威嚇と挑発も兼ねている。
効果覿面だったようで、カイト以外の二人は腰を抜かしたようで座り込んでいる姿も見える。
「ぐぬぬ……認めよう……お前の勝ちだ……」
なんとか絞り出されたカイトの返答を聞き、アレフは片手を上げて応えた。
そして直ぐに使い魔を戻し、闘技場を後にするアレフに向かってカイトがこう吠えた。
「レイモンドは我ら四人の中で最弱! これで終わりだと思うなよ!」
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