十六話 ヘスティアの家
ヘスティアが働いているレストラン、そこから一本路地裏に入った道にアレフとルディアが立ち尽くしていた。その二人の前には、一生懸命に謝るヘスティアの姿があった。
「ホントにごめんなさい! 私からお願いしたのに! ごめんなさい! ごめんなさい!」
勢い良く何度も頭を下げるヘスティアに、アレフは苦笑いを浮かべながら頭をポリポリとかいた。
「そんな謝らなくていいよ。いつもの事だからさ」
アレフがルディアに助けを求める視線を送るが、ルディアも困った表情で溜息を吐いていた。
「はぁ……まあ、だから言ったんだけど……ヘスティア。気にしないでいいからそろそろ止めてよ……」
しかし、二人の言葉に耳を貸すことも無く謝り続けるヘスティアである。アレフとルディアの二人は顔を見合わせ、深く溜息を吐いたのであった。
事の発端はヘスティアが昼食に誘ったことだった。あまり血なまぐさいことを好まないヘスティアは、今日初めてルディアに誘われて闘技場に足を運んだのである。
観客すら敵……という状況で闘い、勝ったアレフに感動したので是非一緒に昼食を……と誘われたのだった。ヘスティアの働いているレストランに招待すると言って聞かなかったのである。
アレフはその場で断り、ルディアも渋い顔をして止めるように話したのだが、感動でいっぱいのヘスティアはマスターを説得するからと聞かなかったのである。
それで今、レストラン横の路地裏でヘスティアが盛大に謝っているのだ。
「だから言ったんだけどなぁ……」
「しょうがないでしょ? 白髪の人なんて来ないだろうし……」
そう、アレフが白髪だから店に入ることを許して貰えなかったのである。アレフやルディアはいつもの事なので気にしてない。それどころかこうなる事は予想出来ていたため断ったのだった。
しかしヘスティアは自分が招待すると言い、説得まですると言ったのにマスターの凄い剣幕に押されて、逃げるようにその場を去ってしまった。
ここまで白髪が嫌われていると認識せずに、断られても強引に誘ってしまったことにもヘスティアは申し訳ない気持ちでいっぱいになったのである。
「このままじゃ申し訳がたたないです! そうだ! せめて……せめて……私の家に来て貰えませんでしょうか! 最近、レストランでも厨房に立たせてもらってるんです!」
アレフは困った表情で言葉を返した。
「うーん……でも、俺が行くと家の人に迷惑がかかるし……」
「なら大丈夫です! 私、一人暮らしなんです! 父と母もいないので……」
アレフがルディアをチラリと見ると、目線があったルディアは小さく頷いた。どうやら本当のようだった。
「仕方ないな……」
このままでは埒が明かないと、渋々と了承の返事をするアレフの言葉に、ヘスティアは飛び上がって喜んだ。
「有難うございます! こっち、こっちです!」
そう言ってヘスティアは、アレフの手を引っぱるのであった。
「どうぞ! あまり綺麗じゃなくてすいません!」
アレフはそのまま連れられてヘスティアの家へと辿り着いた。バレンシアの東南側辺りに位置する区画である。民家は立ち並んでおり、アレフの家とも離れているので、知り合いでも居なければ立ち寄ることはない。実際、知り合いの殆どいないアレフは、この辺りに立ち寄ったことなど無かった。
「お邪魔します……」
普段、他人の家など訪れたことのないアレフは、慣れない挨拶をしてヘスティアの家に入った。
「こっちで待ってて下さい! ルディアも! お料理作って来ますね!」
そう言われて居間に通されたアレフは、ルディアと共に座って待つことになった。
「ルディアは来たことあるのか?」
馴染みの無い出来事に戸惑いの色を隠せないアレフは、部屋をキョロキョロと見回しながらルディアに尋ねた。
「ええ、何度かね」
落ち着いた様子で深々と座るルディアは、頷きそう答えた。
ルディアは黒髪で優秀な上、明るくて可愛いい。それに、小さい頃から一緒だったからと言うこともあるが、アレフとも分け隔てなく接することが出来るような性格だ。幅広い交友関係はある。胸は無いのだが……
「それにしても、今日はしてやったりだったわ! レイモンドも怖がって漏らしてたし、他の二人も腰抜かしてた! グルだった審判にも一泡吹かせてやったしね! さすがアレフだわ! 最初は凄いムカついたけど、ちょっとはスッキリさせて貰ったわよ!」
自分のことのように今日のバトル勝利を喜ぶルディア。
「まあ、今回は相手も闘い慣れてないみたいだったし、借りた使い魔らしいし寄せ集めだった。最初に訳分からない言いがかりをつけられた時はどうなることかと思ったがな……」
腕を組んで考え込みながら語るアレフにルディアは身を乗り出した。
「何言ってんのよ! アレフは!
偶然とか隙を衝いての部分を強烈に強調するルディアに対して、アレフは苦笑いを浮かべた。
「まあ、でもカイトの最後の台詞を聞く限り、これで終わりという訳じゃなかろう。別に俺は慣れてるからいちゃもんをつけられるのは慣れてるし構わないが、ルディアも気を付けろよ?」
再度深々と座り直し、ルディアはフンっと鼻を鳴らした。
「大丈夫よ! あいつとはもう関わらないわ! 今まではただ付き纏ってくるウザイだけのやつだったけど、ここ最近の一件で凄いムカつく対象になったから!」
「そうか。大丈夫ならいいけど……」
アレフにとってその差はよく分からなかったが、ルディアが大丈夫だと言うならそれで良しとした。
レストランのマスターもそうだが、アレフにとって程度の差はあれど、他人からはカイトのような目で見られ、カイトのような対応を取られてきたのである。
さすがに父を馬鹿にされたことは頭にきたが、他人に対しての感情には少々疎い。
「お待たせしました! 準備出来ましたのでこちらへどうぞ!」
と、その時、エプロン姿のヘスティアが部屋に入って来たのだった。
「いやはや……これは悪いよ……」
ヘスティアに連れられて入った部屋のテーブルにはいくつもの料理が並んでいる。予想以上のされ慣れていない好意に対して、戸惑いの色を浮かべるアレフに対して、既に待ちきれないと、デンっと座ったルディアが言い放つ。
「ほら、突っ立ってないでさっさと座んなさいよ! こっちはお腹ペコペコなんだから!」
アレフは家主より態度が大きいルディアに呆れ、溜息を吐いた。
「はあ……なんでお前が偉そうなんだよ……」
しかし、家主のヘスティアはルディアに賛同の意思を示す。
「まあ、いいからいいから。ルディアの言う通り座って下さい!」
アレフはこれにはさすがに従わざるをえなかった。
「わかった……」
アレフが腰掛けると同時にルディアが大きな声あげた。
「よーし! じゃあいただきます!」
「ってなんでルディアが一番に言うんだよ! ったく……
俺もいただきます」
そう言って食べ始めたアレフの顔をヘスティアが心配そうに覗き込む。
「どう……ですか?」
「美味しいに決まってるじゃない!」
自慢げに答えるルディアにアレフはつい呆れて突っ込んでしまった。
「だ・か・ら、お前が言うなって! でも本当に美味しいよ。」
そう笑顔で言うアレフにヘスティアは喜びの声を上げる。
「良かったぁ……どんどん食べて下さいね!」
勢いよく食べるアレフを笑顔で眺めながら、ヘスティアは尋ねた。
「アレフさん、一つ聞いていいですか?」
「うん、いいよ」
アレフは手に持ったスプーンを一旦置いて、ヘスティアの顔を見た。
「アレフさんはなんであんなに強いんですか?」
「俺が強いって? 今日は勝ったけどFだし強くないよ
。ルディアの方がよっぽど強い。実際模擬戦じゃボコボコにやられるし……」
苦笑いを浮かべて答えるアレフに対して、ヘスティアは身を乗り出して尋ねる。
「違います! だって……あんなにいっぱいの人から怒声とか罵声とか浴びせられて……怖くないんですか?」
しかし、アレフは当たり前と言いたいような表情でルディアを見た。
「いつもの事だからなあ……」
ごくん、と口の中の物を飲み込んだルディアがアレフに同意を示す。
「そうよ、レストランのマスターだってマシよ」
「マシって……追い出されたんですよ! あ、申し訳ないです……」
ルディアの言葉につい反応を示してしまうが、先程の非礼を思い出しヘスティアは謝る。が、アレフもどこ吹く風といったように、ルディアの言葉に頷いていた
「本当に追い出されただけで済んでマシだよ。塩かけられたり、水かけられるくらいなら可愛いもんだからなあ……」
平然と告げるアレフに対して、ヘスティアは呟く。
「凄いなぁ……それに比べて私は……」
ヘスティアはアレフの左手を両手で握って、アレフの顔をじっと見つめた。
「私、もっとアレフさんのバトルみたいです! ファンになっちゃいました!」
「え、俺のファンだって? 止めといた方がいいよ?」
言われた事のない言葉にアレフは驚きからか、否定的な言葉を返してしまう。
「ううん! 応援させて下さい! 次のバトルはいつですか、明日ですか?」
真っ直ぐな瞳で見つめるヘスティアに、アレフは少し目線を逸らして答えた。
「明日は遺跡ダンジョンに潜るかなあ……それにFだから当分先かな。Eに上がれば……だから来月以降だね」
「じゃあ次のバトルが決まったら教えて下さい!」
さすがにヘスティアの勢いにアレフは折れた。
「わかったよ……じゃあバトルの日程決まったら教えるからさ」
「わかりました! ありがとうございます! あ、残さず食べて下さいね!」
笑顔でそう話すヘスティアに対して、アレフは慣れない笑顔で返した。
ちなみに既に半分以上の料理はルディアの手によって消え去っていたのはここだけの話である。
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