四話 フューネルの実力
転移が終わったアレフは辺りを見渡す。背後には先程の割れた滝とその奥の洞窟が見えた。声は離れた場所とは言っていたが、あまり離れたところに転移したわけではなかった。
しばらくすると、割れていた滝はゆっくりと元に戻り洞窟を隠すかのように流れ出した。
「なるほど……そういうことか……」
何故今まで洞窟が見つからなかったのか不思議に思ったが、どうやら時間限定で現れるものだったようだ。
滝の中に入っていけばあるのだろうが、そこにあるのとを知っているならいざ知らず、知らない者がそんなことをするはずもない。
もしかしたら、一定のサイクル……そう、月に一回この時間
普通の人が来ない場所、ましてやランク戦の日しか姿を現さないのなら、今まで誰も気付かないのも無理は無い。だから進化や合成について誰も知らないのだろう。
「いや……まさか夢だったとか……?」
ふと疑念を抱いたアレフはフューネルを召喚した。しかし、そんな疑念は一瞬にして晴れた。目の前のフューネルは進化したままの姿だったからだ。
「ははは! 夢じゃなかったんだな!」
そんなフューネルの姿を見て、アレフはとても感慨深い気持ちになってしまった。
今まで無駄と馬鹿にされつつも、フューネルを可愛がり、一緒に行動し、もしかしたら色々食べさせていた物も進化の条件に偶然合致したのかもしれない。そんな日々が、ふとした瞬間に思ってもみない出来事が起き、実を結んだのかもしれない。そう思ったからだ。
しばらくフューネルを見つめていると、アレフの目の前で、フューネルがしゃがみこみ腹這いになった。
「乗れってことか?」
ウォォンと吼えるフューネルからは肯定の意思を示しているようにアレフは感じたようだった。
「わかったわかった。よっと」
アレフがフューネルの背に飛び乗ると、フューネルはすぐさま風のように駆け出した。あまりの速さに油断していたアレフは最初、急激に加速した一瞬、振り落とされそうになったくらいだ。
フューネルは今日のアレフの目的を分かっているのだろう。二階層への魔法陣がある場所まで一直線に向かった。
普段ならアレフが走っても一時間はかかったであろう距離である。が、ものの五分程で着いたのだからとてつもない速度でフューネルが駆け抜けたのは言うまでもない。この速さなら、まさかアレフとフューネルだと気づく者などいないだろう。
すぐに目的の場所に着いたので、アレフは当初の遅れを大幅に取り戻すことが出来た。
そして、アレフは二階層に降り立った。
一階層はせいぜい小動物程度しか現れないので危険は全くない。その為、普通の人間も入ることが出来る。
しかし、二階層からは違う。大型の動物も出てくるので危険もかなり高くなる。だから普通の人間は降りてこない。召喚士ですら闘技場での闘いと違い危険がある為、滅多に降りてこないのだ。
大体降りてくるのは腕に自信のある召喚士である。得てして傲慢なので、そういう者達がアレフの狩った獲物を横取りしたりするのだが……
今日はそんな心配がいらない。だからこそアレフは今日ここに来た。
「ん? どうしたフューネル?」
アレフは転移の為、一度フューネルを戻し直していた。そのフューネルを召喚し直すと、ウォォンとフューネルが吼えたのだった。
「もしかして、自分で狩りたいのか?」
またもウォォンと吼えるフューネル。やはりそのようだった。
今までフューネルをこの階層で召喚したことはない。足でまといになるからだ。アレフ一人で狩れる獲物ですら狩れなくなってしまうからである。
「うーん……ま、あの速さだし、大丈夫だろ…… いいだろ、行ってこい!」
ウォォンと吼えてフューネルは駆け出した。アレフだからまだしも、普通の召喚士ならまず見えないくらいの速さであった。先程アレフが乗っていた時よりも圧倒的に速い。アレフも乗っていたので全開の速度ではなかったようだった。
「あまり遠くまで行くなよ。ってもう聞こえないか……しっかし速いな……」
アレフが呆気に取られてフューネルの消えた先を眺める。と、間もなくまるで雷でも落ちたかのような轟音と振動が辺りに響き渡った。
「おいおい、まさか……」
何か巨大な生き物が木々を押し分け倒れていくようだった。アレフは大きな音が聞こえた方へ走っていった。心当たりがあったからだった。
「はは……マジかよ……フューネル、お前凄いわ……」
アレフの予想が当たった。先程の大きな音の正体はこの辺りの階層では、かなり危険な生物の一つに数えられるフォレストグリズリーが倒れる音だった。目の前に喉元から大量の血を流し、ビクビクと痙攣をしながら倒れている
フューネルも以前より大きくなったが、フォレストグリズリーはアレフの五倍を優に超える巨体を持っている。それと比較するとフューネルは小さく見えるくらいのサイズ感だ。
すぐさま匂いを嗅ぎ分け、近くにいたフォレストグリズリーを見つけ、一瞬で喉元を切り裂き仕留める。それをフューネルはやり遂げたという事である。一対一なら大抵の使い魔とも相対出来ると自負するアレフ。そんなアレフでも簡単に倒せない相手をフューネルはいとも容易く倒してしまった。
アレフはすぐにコートの裏に仕込んであるナイフを取り出し、フューネルが倒したフォレストグリズリーを解体し始める。
全てを持ち帰ることは出来ないので、必要な部位や高値で売れる部位を厳選して持ち帰るしかない。特にフォレストグリズリーの心臓は薬として需要がある。とは言っても母であるミューズの病にも効果があるので持ち帰って全部を売る訳では無いのだが……
あとは毛皮や柔らかくて食べやすい部位などを持ってきた袋に入れる。毛皮は売れるし、肉は貴重な食料だ。
「今後はもうちょっと大きな袋を持ってきてもいいかな……」
今まではフューネルは戦力として考えられなかったが、これからは主力だ。移動に関する労力もかなり減った。狩りの時間も増やせるし、稼ぎを増やす為にも持ち帰る量を増やしたいところだ。収納用の魔法陣が発動するネックレスを手に入れられれば一番なのだが、あれは少々値が張るし、無いものねだりをしても意味が無い。
「さて、少し休憩するかな」
ある程度の解体を終えたアレフはすぐ近くの木の根元に腰掛けて、水筒を取り出す。
「っと、フューネル! 残りは食っていいぞ」
アレフはフューネルにフォレストグリズリーの肉を食べていいと許可を出す。
寝っ転がって解体を暇そうに眺めていたフューネルは喜んで飛び跳ね、勢いよくフォレストグリズリーに食いつくのだった。
「こういう時に魔法を使えれば楽なのにな……」
パンを齧りつつ、フューネルがフォレストグリズリーを食べている光景を眺めながらアレフは呟く。
魔法を使えれば火も起こせるし水も出せる。荷物が減るし、食料の現地調達も可能になるのでダンジョンの探索はかなり楽になる。
とは言っても、フューネルの進化を考えれば、今後の探索は天と地ほどの差がある。今までは日々の稼ぎを得ることで精一杯だったが、もっと先まで降りることも可能だろう。
「さて、勿体ないけど帰るかな……」
フューネルも満足したのか、ゴロリと横になっている。食休みでもしているのだろう。大きくなったとは言え、行動は以前と変わってなく可愛いところが残っている。
フォレストグリズリーのような大物をいつも倒せるわけではないが、ダンジョンの魔物は持ち出さない限り、死ぬと丸一日で霞となって消えてしまう。これだけ大きい魔物なら残る部位も多いが、身の危険がある戦いをして手に入れるくらいならば、戦い終わって疲弊したアレフから横取りした方が楽、と言うのが周りの召喚士の主な考えだった。いつも盗まれているアレフはだから勿体ないと口にしたのである。
ただ持ち帰ることが出来る量には限界がある。アレフはすぐに諦めた。そしてフューネルのおかげで遅れを取り戻すどころか予定より早いが、アレフは二階層を後にして帰ることにしたのだった。
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