三話 進化

「もう昼か……そろそろ行くか……」


 いつもより遅い時間に家を出たので、日は既に高くなっていた。

 予定では午前の間に地下二階に向かい、狩りをするつもりだった。それがこの時間になったのは、トーマスとルディアとの会話の影響もあったのだろう。アレフは鍛錬を切り上げて向かおうとしたのであった。


 その時だった。立ち去ろうとしたアレフの目の前で、今まで轟々と流れていた滝が真っ二つに割れたのだった。

 その割れた滝から見える岩肌に洞窟があるのが見えた。

 今まで見たことの無い光景に興味を持ったアレフはフューネルを一旦戻し、目の前の池をひょいと飛び越えてその洞窟に入ったのだった。


 中はひんやりとしており、ぽつんと魔法陣が一つあるだけ。

 アレフがその魔法陣の中心に立つと、魔法陣が起動し辺りが眩い光に包まれる。

 その光が晴れると、先程とは打って変わって大きな一つの部屋の中だった。

 部屋の中心には白と黒の大きな魔法陣が二つあり、それを中心に小さな魔法陣がぐるりと周囲を囲っている。

 今、アレフがその小さな魔法陣の中の一つに立っているところを見ると、周囲の小さな魔法陣は転移用の魔法陣なのだろう。

 逆に中心の二つの魔法陣は何に使うのかはわからなかった。

 召喚石を使用する時に使う魔法陣に似ているようで何か違う。

 アレフが不思議に思い、その魔法陣に近づくと、何処からか声が聞こえてきた。


「あら、お客様? 十年ぶりくらいかしらね………珍しい」


 透き通った女性の声だった。アレフは周囲を見渡してみるが、声の主の姿は何処にも見えない。


「誰だ!」


 アレフの質問には事務的な、感情の無い声で答えが響く。


「ごめんなさいね。今はあなたのその質問に答える権限は与えられてないわ。他の質問にして貰えるかしら?」


 アレフは天井を見上げながら、目の前の地面にある二つの魔法陣を指さした。


「じゃあ……あの魔法陣はなんなんだ?」


 再度、透き通った女性の声が部屋に響く。


「その質問なら大丈夫よ。白い魔法陣は進化に使う魔法陣。黒い魔法陣は合成に使う魔法陣よ」


 聞いた事もない言葉を聞いて、アレフは視線を二つの魔法陣に落とした。


「進化と合成だと……聞いたことも無い……」


 感情を持っているように感じない女性の声が響き渡る。


「そう言えば前に来た男性も同じこと言ってたわね」


 アレフはまた腕を組んで天井を見上げた


「ちなみに進化と合成の条件ってなんだ?」


 女性の声は、今度は少しだけ得意げがあるような声に変わった。全く感情が無い訳では無いようだった。


「進化は使い魔によって変わるけど、特定の餌を与えるとか……何体以上敵を倒すとか……ただ、共通してるのは、その使い魔に召喚士が認められなきゃダメね。合成は二体の使い魔がいれば他に条件なく出来るわ。まぁ今のあなたじゃ無理ね」


 アレフは今の回答を聞いて、少し疑問を感じた部分について尋ねた。


「使い魔に認められるって何のことだ?」


 やはり声には先程感じたように少しの感情を感じた。ただの事務的な会話をする存在という訳ではないようだ。


「そうねぇ……信頼されてないとダメってこと。使い魔にもっとあなたの役に立ちたい、今のままじゃダメだって思われないとダメね。ちなみにあなたの使い魔は進化の条件を満たしてるみたい。せっかくだし進化させてみない?」


 その言葉にアレフは腕を組んで頭を傾げた。


「少し考えさせてくれ」


 少し躊躇したアレフに対して間髪おかずに声が響く。


「いつやるの? 今でしょ!」


 そう、確かにその言葉の通りだった。

 今のまま日々を過ごしても限界はあるのは明白だった。


「そうだな……これに賭けるしかないか……一つ聞きたいんだが、フューネルはフューネルのままなんだな?」


「ええ、進化なら姿形は違えど中身は一緒よ。合成の場合は完全に別個体になっちゃうけどね」


 アレフは大きく頷いた。やはり、長年一緒にいる使い魔を大事にしたいという思いは変わらない。それに声が先程言っていた通りであるとすると、フューネル自身もこのままじゃダメだ、そして、もっと役に立ちたいと思っていると言われたようなものだった。


「わかった、どうすればいい?」


「真ん中の白い魔法陣の中心に指輪を置いて貰えるかしら」


 アレフはつかつかと白い魔法陣に近づき、その中心に指輪を置いた。


「これでいいか?」


 アレフが天井を見上げて尋ねると、声が返ってきた。


「じゃあ少し下がってて貰える?」


「わかった」


 そう言われ、アレフは魔法陣から数歩離れた。

 その瞬間、魔法陣が光り輝き、魔法陣の淵から垂直に光の壁が立ち上る。

 段々と光の壁が薄くなっていくと、先程までと変わらず、白い魔法陣の中心には指輪が一つ置かれたままであった。


「もう大丈夫よ。せっかくだから召喚してみたら?」


 アレフは指輪に近づき、ひょいと拾い上げた。まじまじと指輪を見つめるが、今までと変わった様子なく感じた。しかし、既に進化は終わっているとの事。アレフは指輪を右手につけていつものように叫んだ。


「おいで、フューネル」


 すると今までと同じく魔法陣が現れ、今までと違った姿形の使い魔が現れた。アレフの胸の高さくらいまであろう白く大きなヘルウルフと呼ばれるレアの使い魔だ。


「え……お前ホントにフューネルか?」


 その余りの変貌ぶりにアレフは少し動揺してしまった。が、いつものように、いや、いつもと比べ物にならない勢いでアレフに飛び付くフューネルを抱き締め、その存在がフューネルであると確信する。そして、その力強さにさらに驚くのであった。


 アレフは自身をかなり鍛えあげたつもりだった。それこそレア度の低い、普通の使い魔なら生身で太刀打ち出来るくらいには。しかし、今のフューネルは普通の使い魔と同じように感じなかった。


レアってこんなに強いのか?

 ルディアの使い魔もレアが居たはずだが、もっと弱かったような」


 ルディアとは何度か模擬戦を行っている。そんな中でレアとも戦ったことはある。しかし、その時よりも数段上の強さをフューネルは宿しているように感じたのだ。


「ああ、それね。進化した使い魔は普通のよりも数段強くなるわ。召喚したり合成するより時間がかかるもの。同じ強さにはならないわ。でも、まさか二つも上のレア度になるなんてね」


 落ち着いたフューネルを伏せさせ、頭を撫でながらアレフは天井を見上げた。


「……珍しいことなのか?」


「そうねぇ……無くはないけど……よっぽど信頼されてたのねぇ」


 アレフはフューネルに視線を落とし、優しく撫でながら話しかけた。


「そうか……ありがとな、フューネル」


 大きく伸びをして、ウォォンと吼えるフューネルはアレフの言葉に応えたようだった。


「白い色は変わらなかったけど、これでお前も戦えそうだな。色も変われば最高だったんだけどな?」


 ボソリと呟いたアレフの言葉にどこからともなく疑問の声が響き渡る。


「白い色? なんで? 白と黒はどんな相手でも相性いわよ?」


 そんな話はアレフは聞いた事は無かった。と、言うよりも正確には黒い使い魔はどんな相手とも相性が良いのは知っている。しかし、白い使い魔を使う者はまずいない。自分の髪の色と同じような色の使い魔の方が相性がいいからだ。白い髪を持った者は今までアレフ以外に召喚士になったものなど聞いたこともないのだから当然のことだった。

 アレフが押し黙って考え込んでいると、声はこう続けた。


「元々、色に相性があるのは知ってるわね? 黄は地、青は水、赤は火、緑は風の属性の使い魔になるわ。地は風に強く火に弱い、水は火に強く風に弱い、火は地に強くて水に弱い、風は水に強くて地に弱い。でも、白と黒は全てに強いのよ。白は光、全てに抵抗を持つ。黒は闇、全てに力強さを持つ。今まで弱すぎるトイハウンドだから感じなかったのかもしれないけど、どんな色の使い魔とも互角以上に戦えるでしょう」


 そんな意味もあったのかと、再びフューネルに視線を落とすとまたもウォォンと吼えた。まるで任せてくれとでも言っているような鳴き声だった。


「さて、いくか……」


 一度フューネルを指輪に戻しこの場を後にしようとすると、声が響き渡る。


「あら、帰るの? またいつでもいらっしゃい。あ、そうそう今来た階層に戻りたいなら一つだけ円で囲まれた魔法陣から戻りなさい。少し離れた場所に出るわ。他の魔法陣だと違う階層に出ちゃうから気をつけてね」


 言われて小さい魔法陣に目を落とすと、確かに魔法陣はそれぞれ若干違うようだった。魔法陣の外側にある線の数が違った。


「ああ、じゃあまたな」


 そう天井に向かって言葉を放ったアレフは指示された魔法陣で、元の場所へと帰ったのだった。

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