二話 地下一階
眩い光が収まると辺りは先程の薄暗い部屋ではなく、木々に包まれた森の中であった。
地下であるはずなのに、天には空が青く晴れ渡り、心地よい風も吹き抜け、葉を揺らしている。
「さてと……フューネル!」
アレフが名を呼ぶと膝下くらいの小さな白い犬型の使い魔が姿を現した。獣族でレア度は
召喚されたことに喜んで尻尾を振り、アレフの足に纏わり付いてくるフューネルをアレフはかがみ込んで抱き上げた。
「ほらほら、はしゃいでないで行くぞ」
そう言ってアレフはくるりと後ろを向いて歩き出す。
遺跡ダンジョンの構造はまるで分かっていない。闘技場もこのダンジョンも、いつからあるのかすら分からない。そんな遺跡を活用しているの状況である。ちなみに遺跡ダンジョンといつの間にか呼ばれている。
地下なのに空もあり、風も吹いている中で不思議さがあるが、闘技場の地下から入れるのからか、便宜上地下と呼ばれている。
砂漠が広がる城壁の周りと違い、何故か遺跡ダンジョンには自然の恵みも充分に存在している。その為地下一階は開墾され、農業を行っている者もいる。
地下二階以降になると少しは危険のある魔物も出てくるので、召喚士以外は地下二階に降りることはまず無い。
その地下二階の入口はアレフが降り立った魔法陣から見て北にある。ここからそちらに向かっては開墾も進んでおり、人も多く居る。今日は召喚士がほとんどいない日ではある。が、そうは言ってもやはり人目につくことはアレフは苦手だった。召喚士でもない普通の人は当然仕事をしている。その為、アレフは逆に南に向かって歩き出したのだった。
「ほら、そろそろいいか?」
歩きながらフューネルを撫で続けたアレフは、落ち着いてきたフューネルにそう話しかけ地面に降ろした。と、同時にアレフの周囲をぐるぐるとフューネルは駆け回った。
周囲には小動物くらいしか出ないので危険はほぼない。アレフは無造作に近くの木になっていた野いちごをむしり取り、フューネルに向けて投げた。野いちごは地面に落ちる前に、見計らったように飛び付いたフューネルの口の中に消えて行った。
「あはは、上手いな」
使い魔には餌は特に必要無い。アレフのような行動は他の召喚士はすることはなく、あくまで使い魔を道具としてしか扱わない。ルディアが使い物にならないフューネルを替えろというのも当然のことだった。
上の位階に行けばより強い使い魔を従えている召喚士ばかりである。そんな相手に最弱の使い魔では歯が立たないのは明白だった。当然、レア度の低い使い魔ほど強さの上限も低いからだ。
その為、弱い使い魔は召喚されるとすぐに捨てられる。召喚石からはどんな使い魔が召喚されるかはわからない為、強い使い魔が出るまで何度も何度も召喚を行うのである。
トイハウンドははっきり言って普通の犬と変わりない。下手したら大型の犬だったら負けてしまうかもしれない。弱いとされる獣族の中でも最弱の使い魔であり、そんなトイハウンドは普通ならすぐに捨てられる類の使い魔だった。が、アレフの父が残したたった一つの召喚石から喚びだされた使い魔であった。だからアレフはどんなに弱い使い魔だと分かっていても、一度召喚された使い魔を解放することなど出来なかったのだった。
実はアレフは父と父が従えていた使い魔との関係性が憧れだった。他の召喚士とは違い、使い魔を大事にする父の背中を見て育ったアレフは同じような召喚士になりたいと思っていたのである。
しかし、現実は甘くなかった。使い魔の力を限界まで引き出せてやれないアレフの髪の色。そして弱い使い魔……と相まって、アレフは召喚士として最底辺から這い上がることなど出来なかったのだ。
「さてと、いつもの日課はしておかないとな……」
いつも来ている大きな滝の目の前まで来ると、アレフはぽつりと呟いた。
使い魔が弱いなら自身が強くなってみせると、鍛錬に励み続けた。周りの人間は魔法を使える為、召喚士どころか自身の身体を痛めつけて鍛えようとする者などいなかった。ある意味、鍛錬をする行為自体が無能であることの証。
だから、いつからか殆ど人の来ない
鍛錬と言ってもいわゆる
「……九千九百九十九……一万っと」
逆立ちになって腕立て伏せを行う。毎日の日課で一万回。次に片足ずつスクワットを一万回ずつ行う。
その後、フューネルの体力の強化も兼ねて、森の中を狩り回るのだ。それが、毎日の日課である。ただ、肝心のフューネルがすぐにバテてしまうのだったが……
そう、この日も同じような毎日を過ごし、明日以降もその日々を過ごすであろうことに、アレフは何の疑問も抱いていなかったのだった。
この後に起こる出来事を経験するまでは……
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