八話 母との約束
「じゃあ明日は十時ね。朝一番で換金してくるから」
「ああ、頼む」
そう言ってルディアと家の前で別れたアレフは自宅の扉を開けて中に入った。
「ただいま……って母さん?」
家に入ると、奥のキッチンで夕食の支度をしている音が聞こえる。どうやらミューズが起きて料理をしているようだった。
「おかえりなさい、アレフ」
鍋をかき混ぜながら背中越しに、ミューズはアレフにそう声をかけた。
「寝てなくて大丈夫なの?」
ゴトリと近くのテーブルに荷物を置いて、ミューズに歩み寄りながらアレフは尋ねた。
「ええ、今日は体調も良くて」
アレフはミューズ背後に立って、肩にポンと手を置いた。
「いいよ、無理しないで。後はやるから座ってて」
「はいはい、じゃあお願いね」
肩を竦めて答えたミューズはそのままテーブルの近くの椅子に腰掛けたのだった。
「へぇ……シチューか……フォレストグリズリーの肉も取ってきたから、ちょうどいいし入れちゃうね」
鍋の中を除いて呟いたアレフは、先程置いた荷物の中からフォレストグリズリーの肉を取り出して、一部を一口大に細かく刻みだした。
「あら、それは凄いわね。でも、あまり危ない真似はやめて頂戴ね。今日も傷だらけだし……」
アレフを見ながら心配そうに話すミューズの言葉にアレフは笑いながら答える。
「あはは……これは全部ルディアにやられたんだけど……」
そんな会話をしながら鍋をかき混ぜつつ、空いた時間で手際よくテーブルの上に夕食の準備を進めるアレフ。
「っと出来た」
シチューが出来上がり、テーブルの鍋じきの上に置いたアレフはミューズの向かいの席に座った。
「いただきます」
そう二人で口にして、作った料理に手を付け始めた。
「あ、そうだ。これ、フォレストグリズリーの心臓」
食事をしながら、思い出したかのようにフォレストグリズリーの心臓を袋から取り出す。
「あら、助かるわ。そりゃ肉もあるんだから、アレフなら心臓も持ってくるわよね。ありがとうね。これくらいなら煎じて飲めば一ヶ月分くらいにはなるかしら……」
アレフに礼を言い、マジマジとフォレストグリズリーの心臓を見つめて呟くミューズだった。そう、アレフは一ヶ月分程度になる量を残したのだ。
「ねぇ、母さん、少し話したい事がある」
アレフの真剣な表情を見て、ミューズも真剣に話を聞こうと持っていたスプーンをコトリとテーブルに置いたのだった。
「何かしら」
アレフはミューズの目をしっかりと見て語った。
「やっぱり遺跡ダンジョンの最下層を目指してみたい。もっと奥まで行かせてくれないか?」
今までミューズとは二階層まで、と約束していた。それでもなかなか許可を得るのは大変だった。
「なんでまた?」
じっと目を見て問うミューズの瞳をアレフもじっと見返していた。
「やっぱり父さんの目指した場所を目指してみたい」
常々思っていたことであったが、フューネルの進化という事実は遺跡ダンジョンにはまだ大きな秘密眠っているであろうとアレフは、より一層考えたのだ。
「今までそこまで無茶なこと言わなかったのに?」
「うん。今日はそう思ったきっかけがあるんだ。この心臓は、一ヶ月分あるでしょ? 次のランク戦までは大丈夫なはず。まだ先だけど、Dに上がるまでにもっと強くなっておきたい。その為にもっと強い魔物と戦いたいんだ。二階層よりも強い魔物と。Fだとバトルに出ても報酬は貰えない。だから遺跡ダンジョンに潜るのが一番稼げるし強くもなれる」
Fは所謂見習いみたいなものだ。バトルも観客も入らず、収入に繋がることもない。逆に言うとそのような者ばかりだからEに上がるのは本来ならそう難しくはない。それが出来なかったのが今までのアレフなのだが……
「まぁ、それはそうなんだけど……でも、危険だわ……」
「母さん頼む!」
テーブルに両手と額をつけ、頼み込むアレフにミューズはため息を吐いた。
「ふぅ……わかったわ……でも約束して欲しいことがあるわ。一ヶ月だけ……来月のランク戦で勝ってEに上がれなかったらおしまい。諦めなさい」
「わかった! 母さんありがとう!」
アレフはその言葉に立ち上がって喜び、ミューズに礼の言葉を述べた。
「はぁ……やっぱり私達の子供ね……」
「どういう意味?」
「私もあなたを身篭る前は召喚士としてお父さんと地下を目指そうとしてたわ」
ミューズも召喚士だったことは初耳だった。ましてや、地下を目指していたことも。
「母さんが?」
そうアレフはミューズに尋ねるとミューズは黙って立ち上がり、自室に入る。すぐに戻ってきたミューズの手の中には一つの小さな箱があった。ミューズは
「これは?」
目の前の箱とミューズを交互に見つめてアレフは尋ねた。
「私が使ってた召喚士の指輪よ。身篭って辞める時にお父さんに殆どあげたんだけど、これは一番最初に手に入れた指輪だから、記念に取っておいたの。これを使いなさい。それも約束よ」
「これを使っていいの?」
そのアレフの言葉にミューズはゆっくりと頷いた。
「だって使い魔一体では心配だから。一体でも多い方がいい。だから、
今まで黙っていたのはアレフのことを思っていたからだった。が、こうなってはアレフに新たな使い魔を与える方が良いとミューズは思ってのことだった。
「母さん……ありがとう……」
「でも、絶対に死んだらダメよ? 父さんもアレフもいなくなるなんて許さないから」
そのミューズの言葉にアレフは深く頷いた。
「さ、今日は調子がいいわ。片付けはするからもう汗でも流して寝なさい? 明日も遺跡ダンジョンに行くんでしょ?」
「うん……わかった……おやすみ、母さん」
そう挨拶したアレフは席を立ったのだった。
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