二十二話 ヘスティアの思い
アレフが街に戻った矢先、ヘスティアが抱き着いて来た。
「ど、どうして……」
予想だにしていなかった出来事に狼狽えるアレフ。その背後から声がかけられた。
「ごめん、ヘスティアがどうしてもって聞かなくて、話しちゃったのよ……」
アレフが振り返るとルディアのバツが悪そうにしている姿が目に入った。
「ヘスティアもホントは昨日気づいちゃったみたいなのよ。昨日は気付かないふりしてくれてたみたいだけど、今朝からひっきりなしに聞かれてさ。根負けして話しちゃったのよ……ホントごめん!」
両の手を顔の前でバンっと合わせルディアはアレフに深々と頭を下げていた。ルディアの話を聞いたアレフが目線を下ろすと、ヘスティアが少しの嗚咽を漏らしていた。アレフは優しくヘスティアの頭を撫で続けた。
しばらく後、落ち着いたヘスティアがアレフから離れた。
「ご、ごめんなさい……」
伏し目がちで謝るヘスティアに対してアレフは優しく話しかけた。
「ほら、人の目もあるから一度移動しようか?」
その言葉に対してヘスティアはまだ潤んだ瞳で上目遣いで答える。
「じゃ、じゃあ私の家にいらっしゃって頂けませんか?」
いたたまれなくなった様子のルディアは手をパタパタと振って答えた。
「あ、あたしは帰るから……」
スっと立ち去るルディアの後ろ姿を見送り、アレフとヘスティアはヘスティアの家へと向かったのだった。
道中重苦しい雰囲気が流れる中、無言で歩き続けるが、ヘスティアの家に入った矢先、その雰囲気に耐えきれなくなったアレフがヘスティアに問いかけた。
「どうしたの?」
俯き、はにかみながらヘスティアは答えだした。
「いや、ルディアから今日のことを聞いて。ボス? か何かに挑むって。昨日、何か様子がいつもと違うなって思って。それでルディアに聞いたんです。そ、そしたら……死ぬかもしれないって! 遺跡ダンジョンは危険な所だって伺ってます! でも、ボスはより一層危険な存在だって。そういう何かに挑もうとする時は昨日みたいな感じになるんだってルディアが言ってたんです。それを聞いたら居ても立ってもいられなくなっちゃって……心配で心配で……まだかまだかって待ってたんです……」
自分が心配をかけてしまったことを申し訳なく思い、アレフも少し暗い雰囲気で答える。
「そっか……心配かけてごめん……」
しかし、ヘスティアは吹っ切れたような表情でアレフの目を見つめた。
「いえ、アレフさんは謝らないで下さい……ただ、そういう時は話して貰えませんか? 急に居なくなっちゃうなんて、酷いです……そう、せめて、最後かもしれない覚悟はさせて下さい」
そのヘスティアの表情に応えるように、アレフは力強く頷いた。
「ああ、わかったよ……次からは伝えるからさ」
ヘスティアは喜んだ様子でアレフの左手を両手で掴んだ。
「はい、ありがとうございます! あら、この指輪……」
するとヘスティアはアレフの指に召喚士の指輪が増えていることに気が付き呟いた。
「あ、ああこれか? さっき手に入れたんだ」
「まだ使い魔は決まってないんですね……そうだ、もし宜しかったら召喚石をプレゼントさせて貰えませんか?」
そう言ってじっとアレフの瞳を見つめるヘスティアに対して、ついアレフは視線を逸らしてしまう。
「え、それは悪いよ……」
「私の代わりだと思って遺跡ダンジョンに連れて行ってあげて下さい! お願いします!」
ヘスティアの力強い口調にアレフは観念し、ヘスティアを見つめて答えた。
「そ、そこまで言うなら……」
「じゃあ早速買ってくるので待ってて下さい!」
そう言ってぽつんとアレフを残したままヘスティアは家を飛び出して言ったのだった。
それから一月と少しが過ぎた。Dに上がって次のランク戦もアレフはあっさりと勝った。その数日後の話である。ちなみにそのランク戦の相手はカイトの取り巻きとして付いていたギルバートであり、デュランをたった一振しただけで終わったので特筆するようなことも無かった。アレフが強くなったのか、レイモンドが最弱というのが嘘なのかわからないが、レイモンドとのバトルの時以上にあっさりと終わったのは間違いのない事実であった。
「楽しみだったんです。私の差し上げた召喚石の使い魔を見せてくれるの……」
アレフの背後を歩いているヘスティアがそう呟いた。
ヘスティアから召喚石を貰った際にアレフはそう約束をしたのである。
それを今日果たそうとヘスティアを呼び出した。扱いに慣れるまでと言うことにして見せるのは待ってもらっていたのである。
「俺には魔力がないから使い魔が慣れるまで時間がかかるんだ。何かあるとまずいからすぐには見せられなくてごめんよ……操れなくて暴走、なんてことになってもいぇないからね。さて、この辺でいいかな?」
街中で見せる訳にもいかないし、バトルでは観客席から見るだけなので遺跡ダンジョンで見せることにした。
場所はいつもの滝の近くである。人を避けたいアレフにとっては一番安心出来る場所だからだ。
そう言ってアレフは立ち止まって左手を天に掲げた。
と、次の瞬間、展開された魔法陣から一羽の鳥の姿が現れた。少し青みがかった白い胴体からスラリと伸びる細長い足と細長い首。飛び上がろうと広げた翼はアレフの体躯を優に超える大きさだった。
「こいつはベンヌって言って
バサッと羽ばたき空中へ飛び立った使い魔を見上げながら、アレフはそうヘスティアに告げた。
「へえ……この子が……」
そうベンヌを見上げて呟いたヘスティアはしばらく空中を舞っているベンヌを見つめ続けたあと、視線をアレフに戻して語りかけた。
「お役に立ってますか? その……強いんですか?」
アレフにとって想定できた質問ではあった。
「ああ、役に立ってるよ。レア度も高いし、
そう言ってゆっくりと頷くアレフに対して、ヘスティアはほっとしたのか笑顔になった。
「良かったです。アレフさんの為にと思って差し上げた召喚石が無駄にならなくて。足でまといになってないかだけが心配で……」
その笑顔を見たアレフは少しの罪悪感を覚えたが、この状況も覚悟の上だったので、悟られることなく笑顔を返すことができた。
「心配しないで大丈夫だから。どうかな……これで満足した?」
アレフの問いかけにヘスティアは嬉しそうに何度も頷いた。
「じゃあそろそろ街に戻る魔法陣まで送ってくよ」
「大丈夫です! 道はわかります! アレフさんもまだやることあるでしょうし一人で帰れますから!」
そう言ってぺこりとお辞儀をして帰路につくヘスティアの後ろ姿をアレフはじっと見送ったのだった。
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