二十六話 戦いの経験値

 約一ヶ月ぶりのバトルを前にアレフは控え室で精神を統一していた。ここ一ヶ月はミノタウロスしか相手にしていないかったこと、また、出来る限り早く七階層以降の探索を始めたいことから、今日は三回のバトルを組んでいる。

 体力も魔力も回復に時間がかかるので、一日に複数回のバトルを組むと、二戦目以降は前のバトルの影響多く出る。だから普通は一日一回しか・・バトルは組まないのだ。しかし、アレフはそんなことは気にしなかった。何故なら一日に数回程度のバトルは出来るであろうとの算段があったからだ。何せ一日に軽く百回以上のミノタウロスとの戦いを毎日こなしていたのだから。


 また、普通なら一日に複数回のバトルは受付時に止められるのだが、アレフが白髪で馬鹿にされていたこともあり、止められることなく受理されたのもアレフにとっては逆に幸運だった。

 Eでは一回勝てば一万ガルドだったところがDでは三万ガルドと三倍に跳ね上がる。それが三戦となると一日で以前の一週間分以上の金額が稼げるのだ。

 一日で約十万ガルドを稼ぐことも不可能ではない。十日で百万ガルドも可能である。

 ちなみに収納用のネックレスは百万ガルドなので、結果論ではあるが、バトルで稼いだ方が楽に手に入ったことになる。

 まあ、アレフにとって楽か楽じゃないかよりも一度やると決めたことは何度チャレンジしてもやり遂げることが当然なので、五千回だろうが一万回だろうが、特に問題は無かった。

 ただ、それが他の人にとって少し・・おかしいと思われること自体は薄々理解しているのだが……


「今日はDになって初めてのバトル……Dになってからはランク戦でギルバートと戦っただけ。あれはあっさりと勝てたが何があるかわからない。油断はしないようにしないと……」


 そう、アレフにはバトルの経験が圧倒的に足りないのである。Fの時はバトルで金銭は手に入らなかったので、レイモンド戦以来行ったことは無かった。

 Eに上がっても遺跡ダンジョンでの稼ぎとほぼ同等だったので、遺跡ダンジョンでの探索を優先していた為、やはりバトルの回数は少ない。

 しかし、Dになると話は別だ。稼ぎも跳ね上がるし、Eの召喚士と違い降格もあるので、勝ってる者しか存在しない戦場である。

 Eと違い猛者揃いだとアレフは考えているのだ。


 と、名を呼ばれ立ち上がったアレフは呟く。


「遺跡ダンジョンでの戦闘経験には自信があるが……対使い魔、バトルと一緒ではない。この経験不足を補えるか」


 そしてアレフは闘技場へと歩を進めた。

 そう、アレフの言う通り一緒ではない。

 しかし、それはアレフの考えているのとは逆の意味である。命の危険が少ない中、一日一戦が精々の者達と、命懸けの戦いを一日数百戦とこなしてきたアレフの経験が同等であるはずなどない・・・・・・・・・・・

 闘技場へと一歩足を踏み入れたアレフに対して、浴びせ掛けられるいつもと変わりない慣れ親しんだ怒号は、しばらく後に消え失せることをアレフは想像などしていなかった。


 闘技場の魔法陣の中には既に対戦相手が立っていた。相手は見覚えがある。青い髪のエレン、カイトの取り巻きの一人だ。これで取り巻き三人と一度ずつ戦うことになる。


「ふっ、レイモンドは我らの中で一番に弱いわ! ギルバートはその次! あいつらに偶然・・勝ったからって良い気になるんじゃないわ! バカはバカらしく一瞬で片付けてあげるわ!」


 腰に手を当てて胸を逸らし、偉そうに叫ぶエレンであったが、何故か少し膝が笑っているように見える。だが、それも作戦のうちかもしれないとアレフは気に留めることなどしなかった。


「なるほど、お手柔らかに頼む」


 そう言って自身の魔法陣の中心に立つと審判が試合開始の合図を放つ。


Diveダイブ onオン Stageステージ!」


 その掛け声と同時にエレンの周囲に三つの魔法陣が展開される。

 青い鎧のデモンアーマー、青い尻尾を持つコールドタイガー、青いハットに青い服を着ているハイウィッチ。エレンが召喚したのはこの三体だった。

 デモンアーマーは以前のレイモンド戦と一緒のようだ。やはり、エレンからの借り物だったのだろう。

 当然、レイモンドが使役するよりも色が一致しているので手強いことは明白である。コールドタイガーとハイウィッチはレア、特殊能力も持っている。確かに自身で言う通りギルバートより強いと言うのは嘘ではないのかもしれない。


 と、次の瞬間、召喚が終わったばかりのフューネルに向かい、ハイウィッチが火球を解き放つ。

 すんでのところで交わしたフューネルの横を通り抜けた火球はアレフの元へ温い空気を運んだのだった。


「え……なんだこれは?」


 その感覚にアレフは戸惑う。同じ火だとは思えないその感覚に……

 ミノタウロスの火炎はもっと離れていてもチリチリと肌を焦がす程だった。その火との違いに戸惑ってしまっていた。

 魔法陣の中にいるからなのか……とも思ったが、魔法は魔法陣の中に効果を及ぼすことはないが、それが生み出す影響は別である。温まった空気は魔法陣の中に居ても伝わる。それに少しながらフューネルも驚いているように見えた。


 と、次は氷柱がフューネルに向かい放たれる。先程ギリギリで躱したフューネルは、避けようとする素振りすら見せない。そしてまるで確かめるかのように振るった尻尾は、その氷柱を無残にもかき消した。


「おいおい……」


 ミノタウロスの使う特殊能力、その威力との差に驚きを禁じ得ないアレフに向かい、いつの間にかコールドタイガーが接近戦へ持ち込もうと距離を詰めていた。


 あと一歩まで迫り、アレフに食いかかろうと大きく口を開いたコールドタイガー。そのコールドタイガーの速さ・・に驚き、ピクリとも動かないアレフはこう呟いた。


「遅い……」


 と、次の瞬間、コールドタイガーの喉笛をフューネルが噛みちぎる。アレフは動けなかった・・・・・・のではない。動く必要が無かっただけ・・・・・・・・・・・

 ゴロンと転がったコールドタイガーは一瞬でその姿が消え去った。


「なんだ、あの遅さは? よっぽどミノタウロスの方が速いぞ? あいつの方が数段でかいのに。コールドタイガーは氷の息を放てるし、その素早さにも定評があったはずじゃ……」


 必殺の間合いまで近寄ったコールドタイガー……のはずだった。そのコールドタイガーを目にも止まらない速度で倒されたエレンは呆気に取られ、その場にへたり込もうとしてする。が、エレンのお尻が地面に着く前に、一瞬で距離をゼロにしたフューネルがハイウィッチの胴体と首を二つに分ける。

 力なくエレンがとすんと地面に座り込んだ瞬間、ハイウィッチの姿もすぅっとかき消えたのだった。


 残りはレア度の落ちるデモンアーマーのみ……勝ち目がないと悟ったエレンは力無くこう呟いた。


「まいり……ました……」

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