二十七話 格上の召喚士
あっさりと勝ってしまったアレフに向かい、沢山の野次が投げかけられる。が、それは先程までの怒号と違い、いささか少なく……小さくなっているようだった。
それは単純にアレフの強さに驚いた観客達が野次を飛ばすことをやめてしまったことに他ならないが、アレフは
「さて、戻るか……」
一戦を終えて控え室に戻ろうとするアレフに審判から声がかけられる。
「おい、次もお前のバトルだ。そのままここにいろ!」
はて、とアレフは肩を竦めて審判を見ると、審判はニヤつきながらアレフに言い放つ。
「一々戻ってたら時間の無駄だろ? 三連戦だよ」
なるほど、これは好都合だとアレフは深く頷いた。
「確かに好都合だな……よし、次だ!」
まるで怯んでいない様子のアレフに審判は少しの驚いた様子を見せた。それはアレフが審判の予想した反応と違ったからだ。審判はアレフが怒りを示すと思っていたからである。
時間の無駄を無くすとは嘘だったからだ。単純に三連戦の方が体力の消耗も激しいし、不利になる。その為に三連戦を組んでいたのだ。が、アレフはそんなことは露知らず言葉通りに受け取り好都合だと考えたのだ。
それもそのはず、アレフにとっては一々休んでいてはミノタウロスと戦う時間が減ってしまう。休まずに戦うことなど慣れている。死ぬかもしれないミノタウロス相手でも、だ。それに対して一日一戦が常識の人間たち。ギャップが生じるのも当然だった。
命の危険もなく、ここまでの実力差がある……アレフは
それ以上に時間の節約に繋がるのは大きい。バトルが終わったあとに七階層まで降りる余裕だって生まれるかもしれない。体力もこの程度では減らない。召喚しっぱなしでいいから、一々魔法陣を展開する必要もない。
単純に好都合だったのだ。
「あなたが坊ちゃんの邪魔をする者ですか……」
ゆらりと闘技場の中に一歩踏み込んできた次の対戦相手が静かに語る。
「坊ちゃん?」
相手の物言いに覚えのないアレフは疑問の声を上げた。
「カイト様ですよ……取るに足らない羽虫の癖して坊ちゃんに楯突いていると話は聞いております」
柔らかな物腰とは裏腹な口調の影には、侮蔑の色が見え隠れしている。
「ああ、カイトか……従者か何かか?」
「ウィンザスター様お抱えの召喚士の一人です。バクゥと申します。以後お見知り置く必要は御座いません。羽虫如きに名前を覚えてもらおうなんて思っておりませんので……」
ウィンザスターとはカイトの親の名前だ。この国でも有力な人物の一人である。
「しかしエレンも情けない……少しは手合わせしてやったこともありますが、降参などと。私はあの子達と同じだと思わないで欲しいですね。元々私はCでも上位の実力を持つ……ただ、坊ちゃんの頼みで
Cか……Cとの戦いはルディアが上がったばかりの時だった。
隙をついて勝利を収めた
当然今はルディアも強くなっているが、目の前の相手の言い分が確かならば、あの時のルディア以上に手強い相手だと言える。
「なるほど。それは確かに手強そうだ……気を引き締めないとな」
そう言って魔法陣の中で両者身構えると、試合開始を告げる合図が響き渡った。
紫の髪を持つバクゥが従えるは青白く不気味に光るアーマードゴーレム、赤い髪のハイピクシー、赤い翼のブレイブバードの三体。
紫の髪は純粋な赤と青には負けるが、青い使い魔、赤い使い魔ともに相性がいい。
ハイピクシーとブレイブバードは
レア度で言うとデモンアーマーがアーマードゴーレムになった分、エレンより格上なのは明らかだった。
「ブレイブバードか……カイトと同じか……」
フューネルとベンヌを召喚したアレフはそう呟いた。模擬戦でカイトが召喚したブレイブバードと一緒だったのである。
「模擬戦でのことか? お前とは戦っていないと聞いているが、どうして貸したことを知っている?」
アレフの呟きに疑問の声を上げるバクゥを尻目にアレフはアーマードゴーレムに駆けつつ右手を上げる。
それを合図にベンヌが光り輝くと、ベンヌの体から光り輝く無数の羽根がバクゥ達に向かい降り注いだ。
砂埃が晴れるとそこには無傷のアーマードゴーレムがそびえ立っていた。
素早く庇ったのかバクゥと他二体の使い魔も涼しい顔をしていた。
「さすがに
まだ使い魔として使役して間もないベンヌとは連携がうまく取れないアレフは、ルディア戦と同じように自身を劣りにして、フューネルを切り札にと考えた。
が、当然その時とは状況が違う。相手にするのはロックゴーレムより数段強いアーマードゴーレム。使い魔も他二体に好戦的なバクゥもいる。
組み合った瞬間に攻撃の嵐が降り注ぐことは容易に想像出来るし、ベンヌにブレイブバード、フューネルにハイピクシーと牽制させた上でバクゥが一人ずつ片付けることも可能だろう……
「だが、しかし!」
そんな不利など百も承知とアレフはアーマードゴーレムと組み合った。次の瞬間、アーマードゴーレムの仮面の奥が怪しく光り輝く。
アーマードゴーレムの特殊能力……それは出力を上げるただそれだけのこと……
しかし、一体でも軽々と岩でも動かすと言われる怪力のアーマードゴーレムがより強くなる。
それこそ山でも動かせる程の怪力と言っても過言ではない。
「うぉぉぉ!」
その光と呼応するようにアレフは叫んだ。
ボゴォォン!
アレフが叫び声を上げたその刹那、まるで腕がへし折れたかのような鈍い音が闘技場内に響き渡ると共に、アレフの左手から一切の抵抗が無くなる。
「くそ、折れたか! 腕の一本くらいくれてやる!」
そう叫んだアレフがまるで抵抗の無くなった左手を見ると、確かに折れていた。折れていたどころかもげていた。
「あ、あれ?」
アレフですら予想していなかった出来事にアレフ以外の闘技場の時が一瞬止まる。しかしその一瞬を見逃すことなどアレフには有り得なかった。
「それ!」
胴体から切り離されたアーマードゴーレムの右腕を軽く横に薙ぐと、想像を絶する角度と速度で吹っ飛んだアーマードゴーレムは、その右腕と共に姿を消していった。
既に呆然としているバクゥ。召喚士の抱いた感情はその使い魔にも伝わるものだ。他の召喚士は道具に感情などないと否定するが、アレフが一番良く知っている。
怒りや喜び。その全て伝わってしまうことを。
そう、今バクゥがアレフに抱いている感情は彼の使い魔も同様に感じ取っている。いや、生物としてより本能的に使い魔の方が抱いているかもしれない。
その感情……それは恐れである。
使い魔対使い魔なら当然のこと。その強さには差がある。もちろんレア度の差はあるが、下のレア度の使い魔が上位を倒すことは不可能な話ではない。
だがそう、それは
今回は使い魔対使い魔ではない。使い魔対生身の人間である。それも魔法も使えず無能と蔑まれ続けた、取るに足らない人間。その人間が行う使い魔ですら出来ないような所業にバクゥやその使い魔も恐怖を抱いているのだ。腕力に優れるアーマードゴーレム。その腕力を上回る人間に恐れを抱かないことなど出来なかった。
ひたっひたっとバクゥに向かって歩みを進めるアレフに対して、戦意を喪失したバクゥはへたり込んでしまう。が、一体の使い魔が勇気を振り絞って羽ばたいた。
その使い魔はブレイブバード。名に恥じぬ勇猛ぶりだった。
アレフの視線の端で羽ばたいたブレイブバードは、一瞬にして弾丸のような速度でアレフに迫った。
が、アレフはそんなブレイブバードに視線を送ることなどせずに左手の二本の指でブレイブバードの嘴をパシッと摘む。
普段からもっと疾いフューネルを視界に入れながら連携を取っているのだ。それより遅いブレイブバードの突進など見るまでも無かった。
と、そのブレイブバードを今度は右手でがしりと掴み、ハイピクシーに向かってビュンと投げ付けた。
ブレイブバード自身の能力よりも数段早い速度で空を舞ったブレイブバードはハイピクシーの腹に大きな穴を空けてから壁に叩きつけられた。
自身の限界を大きく超える力で壁に叩きつけられたブレイブバードと、腹に大きな穴が空いたブレイブバードは同時にスゥッと姿を消した。
残るはバクゥのみ……とへたり込むバクゥの前に仁王立ちになったアレフは一つの事実に気付く。
「おい、こいつ気を失ってるぞ! 審判、確かめてくれ!」
「クッ! 勝者アレフ!」
その声にバクゥに駆け寄った審判は次にアレフの勝利を宣言するしかなかった。
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